セキエイリーグチャンピオン(合法ロリ転生者)の憂鬱 作:大小判
ポケモンバトルが興行として、あるいは軍事力として成り立つこの世界において、強いポケモンというのは絶対だ。
強くなければ勝利を得ることも、何かを守ることもできない。何かを証明し、手に入れたいというのならば、勝利を掴むしかない。それが揺ぎ無い現実である。だから強いポケモンは尊ばれるべきであると思う。
だが、そうだとしたら……弱いポケモンはいつまでも弱いポケモンのままで居続けなければならないのか? 人間の勝手で見下して、見限って、嘲って、虐げても良いというのか? 強くなることすらも許されないというのか?
大抵の人間はそうじゃないと思うだろう。だが世界にはその通りであると断言し、ポケモンを粗雑に扱う者たちが確かに存在し、それらは消えることはない。
ポケモンのコンディションを考慮しない無茶な特訓を課すトレーナー。自分の至らなさを棚に上げてポケモンを怒鳴り散らすトレーナー。弱いからと簡単にポケモンを捨てるトレーナー。
中には厳選というポケモンの意思を蔑ろにして無理矢理交配させ、生まれた大勢のポケモンの中から僅かに存在する強い個体だけを選び、残りはまともに面倒を見ることもなく野に放つという、強さだけを追求して重犯罪を犯す許しがたいトレーナーもいる。
あぁ、何という人の勝手だろう。一体ポケモンを……そこに存在している、たった1つの命を何だと思っているのか。
何の因果か、幼少期の頃からトレーナーの身勝手によって傷ついて来たポケモンたちと多く出会ってきたカリンは、この不条理が確かに存在する世界でどのようなトレーナーになるべきなのか、それを探して旅をしてきた。
様々な価値観のトレーナーや個性豊かなポケモンたちと出会い、自分に何が出来るのか、それを知る為の旅の途中……カリンは自らの運命を変える出会いをすることとなった。
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セキエイ高原の一角に存在するバトルフィールド。そこは今まさに、戦場というべき激闘が繰り広げ垂れていた。
通常の個体とは違う、水色に輝く結晶を体中から生やす巨体のポケモン……チャンピオン・タチバナのギガイアスは咆哮を上げると共に地面を前足で叩いた瞬間、フィールド全体を埋め尽くすように〝ストーンエッジ〟が勢いよく立ち並び、上空から無数の〝いわなだれ〟が降り注ぐ。
例えるならば、まさに巨大な岩の怪物の口の中に放り込まれたような気分だ。おまけにフィールド全体には強力な〝じゅうりょく〟までもが掛けられている。生半可なポケモンなら碌に対処もできずに戦闘不能に追いやられるだろう。
「ドラピオン、〝つじきり〟」
だが相対するサソリのようなポケモン……四天王・カリンのドラピオンもまた生半可なポケモンではない。尻尾を含め、頭の両側から生える触腕の計3本を巧みに操り、襲い掛かる岩を切り裂き、最小限の動きだけで躱していく。
(ドラピオンはよくやってくれている……けれど、このままでは先に倒れるのはこっちね)
タチバナのギガイアスの主力戦法は、地に足を付けてどっしりと構えながら、広範囲、高威力を誇るオールレンジ攻撃を繰り出し続けることだ。その分技に使うためのエネルギーの消耗が激しいのだが、ギガイアスは太陽光からエネルギーを無限に供給するポケモン。ただ避けるだけではドラピオンのスタミナが先に尽きるだろう。
その上、タチバナの代名詞でもある砂嵐がフィールドに舞っている。ただそこに立つだけでダメージを与えてくる砂塵がある以上、ただ逃げるだけの戦法は通用しない。
(これまでの攻防で猛毒状態にはしたのはいいけれど)
砂嵐の影響下では非常に厄介な耐久力を誇る岩ポケモンだが、それ故に耐久力を無視したダメージを与え続ける毒は鬼門だ。タチバナもドラピオンが出てきた時は顔を顰めていたくらいだし、一刻も早くボールに戻したいところだろう。
「どうしたの? 猛毒状態になったポケモンは、一度ボールに戻せばダメージを抑えらるわよ?」
「……意地悪言わないでください。〝おいうち〟を使ってくるくせに」
カリンの挑発に少しムッとした表情を浮かべながらも、安易に交代という手段を選ばないタチバナ。本当なら交代したいのだろうが、それをすればギガイアスが落とされることを一番よく知っているのが彼女なのだ。
ポケモンをボールに戻す間際を狙った一撃を当てることで、与えるダメージが倍加する技、〝おいうち〟。これまでの戦闘でギガイアスが受けたダメージから考えれば、ドラピオンなら一撃で倒せる技だろう。
(だからこそ今はギガイアスとドラピオンの根競べになっているんだけれど……流石と言ったところね。このままでは先に倒れるのはドラピオン)
とても毒に侵されているとは思えない、反撃も許さないほどの猛攻振りにはドラピオンも思わず回避が手一杯だ。反撃を仕掛けようものなら、相応のリスクが伴うだろう。どうするべきか、トレーナーとして決断を迫られているカリンに、ドラピオンは一瞬だけ視線を向けた。
ポケモントレーナーのトップ勢、セキエイリーグ四天王であるカリンは手持ちの目くばせによるサインを見逃さない……あれは間違いなく、覚悟を決めて突き進むことを決めた眼だった。
「いいわ、ドラピオン。存分に魅せてあげなさい、貴方の強さを」
詳しい内容を相手のポケモンに聞かせることはない、抽象的な指示をカリンは出す。それに応えるようにドラピオンはより鋭く、的確に岩という岩を切り裂いていくが、地面から突き出た無数の岩の刃が突如として枝分かれし、ドラピオンを穿たんとばかりに向かってきた。
代表的な岩タイプの物理技とはすなわち、ポケモンの体内エネルギーを使って鉱物を操る物が大半となる。
〝ストーンエッジ〟とは岩を剣のように鋭く錬成し、敵を切り裂く技……ならば、一度外れた岩の刃に干渉し、そこから更に刃を作り出すことも可能なはず……そう考えた鬼才、タチバナによる奇襲だったが、ドラピオンは体を捻って何とか回避する。
「ギッ……!」
だが四方八方から伸びてきた岩の刃は、まるで中に人が入っている狭い小部屋の中に無数の棒を差し込んで動きを封じるかのように、ドラピオンの動きを阻害する。
車を簡単にスクラップに変えるパワーを持つドラピオンならば脱出は簡単だが……その僅かな隙を見逃さず、ギガイアスは上空へと跳び上がり、全身から光の尾を引きながらドラピオンに向かって落下して来た。
その威容はまさしく地上に向かって落下する隕石そのもの……その威力もまた、それに匹敵するだろうということをカリンは全身で感じ取った。
(あの光は恐らく〝メテオビーム〟……! 特殊攻撃を不得手とするギガイアスというポケモンだけれど、その特殊技を純粋な攻撃としてではなく、攻撃の威力を引き上げる推進力として使うなんて……!)
しかもよく見てみれば、ギガイアスの全身が鋼鉄化しているのが分かる。つまりあの技の正体は重量級ポケモンの十八番、〝ヘビーボンバー〟が主体となっている合わせ技……身動きを封じた敵に対するトドメの一撃。
特性〝すなのちから〟×〝じゅうりょく〟による加速×ギガイアスの全体重×〝メテオビーム〟の推進力による、〝ヘビーボンバー〟最大パワーである。
「〝まもる〟!」
即座に岩の拘束を解いたドラピオンだが、回避は間に合わない。そう判断し、破壊不可能の障壁を真上に展開。直撃を防ごうとするが――――
「無駄です……! 直撃しなくとも、障壁ごと上から押し潰せばいい……!」
幾ら破壊できない壁で遮られても、技を展開するポケモンの体は動くもの。
技の威力、重さに耐えきれず、ドラピオンの足元から地面が吹き飛ぶように爆散する。もはや中心部で何が起きているのかも分からない土と石の幕が地面に落ちる頃には、本当に隕石が落ちてきたのではないかと思えるほどの巨大なクレーターによって、バトルフィールドは上書きされていた。
これほどの一撃を受けてはドラピオンも戦闘不能になる。そう思ってタチバナは倒れ伏しているであろうドラピオンの姿を確認しようとしたが……土煙が晴れても、ドラピオンの姿がどこにもなかった。
「……〝あなをほる〟攻撃……!」
不可解の正体を察したのと同時に、ドラピオンが勢いよく地中から飛び出し、ギガイアスの背後を取った。
やられたと、タチバナは歯噛みする。先ほどの〝まもる〟はギガイアスの攻撃から自分の身を守る為だけに使ったのではなく、穴を掘ってギガイアスの死角に回り、奇襲を仕掛けるための時間を稼ぐことこそが本命だったのだ。
回避も防御も間に合わない、実に見事な〝だましうち〟である。猛毒を受けて既に弱っているギガイアスならば、この一撃で沈むだろう。
「なら……攻撃で撃ち落とす……!」
だがこの土壇場の危機を覆してこそチャンピオン。半ば勝利も確信しそうになったドラピオンの胴体に、〝ストーンエッジ〟が突き立てられる。
相変わらず凄まじい執念と練度だ。あれほどの一撃を放った後でも、即座に次の技を放つための余力を残していたと、一体誰が思うだろう?
「その一撃、読んでいたわ……!」
何千、何百とチャンピオン・タチバナと戦い、その強さを誰よりも信じていたカリン以外に――――!
不敵な笑みを浮かべる自身のライバルの様子を見て、タチバナはドラピオンの口元についている食べカスに気が付く。
(あれは、オボンの実……!? 地中で体力の回復を……!? 不味い……ドラピオンを倒す目算が狂って――――)
今度の今度こそ隙を晒したギガイアスに対し、攻撃を受けた報いであると言わんばかりに、ドラピオンによる水を纏った〝しっぺがえし〟が炸裂し、ギガイアスはその巨体をゆっくりと地面に横たえた。
=====
それから数時間後。荒れに荒れたバトルフィールドの整備に駆り出される職員たちを尻目に見ながら、自らの手持ちポケモンたちに囲まれて食事をするカリンは、同じく手持ちポケモンと共に食事を摂っているタチバナを見ながらコーヒーを口に含む。
「この香り……今日もコーヒーですか? 昔から飲んでますけど、苦くないですか……それ」
「それを楽しむための飲み物よ、これは。好き嫌いが分かれるとは思うけど」
「……もしかして、カフェインには凄い発育効果があったりします……? だからカリンのスタイルが良いとか……」
「それはコーヒーに夢を見過ぎね。むしろ夜眠れなくなって発育に悪いんじゃない?」
「…………むぅ」
いじけたような視線を向けてくるタチバナの姿に、カリンは思わず微笑みを零す。どうやら18歳になった今でも、自身の発育のことを諦め切れないらしい。
子供の頃、旅の道中で出会った時からそうだったが、タチバナにとって自分の発育不良はコンプレックスであり、以前本気で1000年の内に7日間しか目覚めない幻のポケモンを見つけようとしていたほどだ。
「いいですよね、カリンは。隅から隅まで良い意味で大人っぽくて……私なんて他所の地方のリーグ会場歩いてたら迷子扱いされるのに。貴女って本当に私と同い年ですか……?」
「……ごめんなさい、タチバナ。私にはどうしてあげることもできないわ。だから私の胸を恨みがましく凝視するのは止めてくれない?」
「……可哀そうなものを見るような目で見ないでもらえませんか……!? 同情するなら乳をください……!」
決して姦しくはないが、気心の知れた間柄であると分かる気安い様子で話すタチバナを、彼女の家族やカリン以外の者が見ればきっと驚くだろう。
本人は割と俗っぽい普通の性格をしているが、世間におけるタチバナの印象というのはどれもこれも浮世離れしているものばかりで、タチバナが特別な存在であると本気で思っているものが一定数存在するのだ。それも決して少なくない数で。
まぁさもありなん。本人の儚げな美貌とコミュ障ゆえの口下手っぷりが合わさり、変な方向に向かって大多数に勘違いされているという、傍から見る分には面白い状況になっているのだから。……当の本人からすれば、笑えない話だろうが。
人間離れした美貌の他にも、チャンピオン業の他にも弾き語りのアーティストとしての活動もあってファンの数は多いが、その分何かを拗らせているファンも一定数いて、タチバナは果物を主食にしていて肉類は食べない新種の生物だと冗談交じりにネットに零しているそうだ。
そう言われる心当たりはカリンにもある。他でもないタチバナが愚痴っていたが、以前インタビューを受けた時に馬鹿正直に自分の好物を答えたら、「イメージが壊れるんで果物ってことにしておきましょうか」と、ポケモン協会やリーグ関係者の上役が圧力をかけ、タチバナの好物が果物であるというのが公式となったのだ。
おかげでファンから果物ゼリーが大量に送られたこともあって辟易しているらしい。ちなみに当の本人は果物も決して嫌いではないが、好きな食べ物はおでんと刺身とノンアルコールビールである。おっさん趣味の役満である。
以前屋敷に招かれた時、ラフな格好で嬉々としておでんを煮込み、鯛を捌いてる姿からは18歳とは思えない、社会に疲れた中年のようなオーラが出ていたものだ。
普段着のように着こなすドレスも実は趣味というより仕事着……舞台衣装のようなものであるという認識で、凡そ世間からの印象とかけ離れた人物であるというのが分かる。
素の自分を出せばいいんじゃないかとカリンは思うが、世間体や周囲の評価をやたらと気にするタチバナは泣く泣く理想のチャンピオンを必死に演じている訳だ。カリンはそんなタチバナに呆れながらも見かねて、傍で支えるために四天王に上り詰めた。
半ば自業自得とはいえ、泣きながら愚痴ってくる親友を見捨てられるほど、カリンも薄情ではない。これと言って特定の仕事に就いていたわけでもないし、四天王になったからこそ得られるものも数知れないので結果オーライである。
「……それにしても、あの……〝アクアテール〟を使えるようになったんですね、ドラピオン……オボンの実も見事に隠し抜かれましたし、アレさえ予見できれば今日のバトルはうちの子たちの勝ちだったのに……」
「タチバナの手持ちには水タイプの攻撃が良く刺さるもの。〝じゃくてんほけん〟を持っていることが多いギガイアスにはトドメとして使わせてもらったけれど、本当ならシロデスナやバンギラス対策に覚えたのよ。中々やるものでしょう、あの子は」
「えぇ……本当に、凄い子です。初めて会った時と比べると、見違えました……」
サンドパン、シロデスナ、クレッフィ、ギガイアス、シンボラー、バンギラスらと交じり、時折悪ポケモンらしく悪ふざけをしながら訓練後の食事を摂っている、ドラピオンを始めとした、ブラッキー、ヘルガー、サザンドラ、ミカルゲ、ドンカラスといったカリンのポケモンたちを眺めながら、二人は出会ったばかりの時を思い返した。
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タチバナとカリン。セキエイリーグを牽引する2トップにして、ポケモンバトルの新しい世界を切り開いたトレーナーたちの出会いは単なる偶然だった。
お互いが10歳とまだまだ駆け出しのトレーナーとして各地を旅していた頃、とある町でバトル大会が開かれると聞き、イーブイとデルビルを伴ってその町のポケモンセンターに訪れたカリンは、声を荒げるドリュウズを連れたトレーナーと、何かを必死に訴えようとしているタチバナを見かけたのである。
何事かと思って聞き耳を立ててみると、どうやらドリュウズのトレーナーは以前手持ちだったサンドを手酷く捨て、その結果精神から衰弱して入院させるまでに至ったことを、タチバナが抗議しているらしい。……尤も、相手の剣幕に押され気味で、逆に言い負かされそうになっていたが。
良識的なトレーナーならばタチバナと同じような反応を示すだろう。だが相手のトレーナーは普通の倫理観など持ち合わせていなかったらしく――――
『使えない雑魚を捨てたからって何だっていうんだよ! 俺は悪くねぇ! そいつらがバトルに勝てないのが悪いんだろ! 大体進化系のサンドパンなんて種族的にもドリュウズに劣ってるんだから、役割が被ってて弱い方を捨てたっていいだろうが!』
その言葉を聞いた途端、カリンは激しい憤りを感じた。何せカリンの手持ちであるイーブイもデルビルも、普通の個体よりも弱いからと、トレーナーの身勝手で捨てられ、傷付いて来たポケモンたちだったからだ。
ドリュウズのトレーナーとは何の関係もない話だが、あのような発言を聞いて黙っていられる奴はポケモントレーナーじゃない……そう思って飛び出そうとしたカリンだったが、不意にタチバナの雰囲気が変わったの気付く。
『ぼげぇっ!?』
そしてそのまま無言でドロップキックである。あの気弱で大人しそうな雰囲気は鳴りを潜め、怒りで興奮した様子で荒く鼻息を吹くタチバナは、尻餅をついたドリュウズのトレーナーに啖呵を切った。
『だったらドリュウズとサンド、どっちが強いかをバトル大会で叩き込みます……! く、首を洗って待っててください……!』
この日カリンは、大人しい人ほど怒ると何するか分からないという事を知った。後ろから怒鳴り散らすトレーナーの声を無視して走り去っていくタチバナが気になって後を追いかけると、彼女はポケモンセンターの物陰に隠れて――――
『や、やってしまいました……! つい怒りに任せて……サンドでドリュウズに勝つとか無理ゲー過ぎ……バカなんじゃないですか、私……! もう取り返しつかない……!』
猛烈に後悔していた。それを見たカリンは思わず脱力しそうになったのを堪えて話しかけ、これからどうするつもりなのかを問いかけると、初対面の相手だからか、タチバナはしどろもどろになりながらも、しっかりとした意思を宿した声でこう答えた。
『やります……一度言ったことを覆すのは、アレですし…………この子のことも、このままにするのは心が痛むから……』
『そう……なら、私にも手伝わせてもらえない? ああいうトレーナーに何時までも好き勝手に振舞われるのは腹が立つもの』
こうしてカリンは急遽バトル大会への出場を取りやめ、タチバナと共にサンドのトラウマ克服やドリュウズ対策を行うことにした。
バトル大会まで日にちが少ない間、当然のように四苦八苦したし、サンドが立ち直ってドリュウズと戦う時もかなりギリギリではあったが、結果だけ言えば何とかドリュウズ使いのトレーナーをサンドの活躍もあって見事下すことが出来た。
結局その後の試合で敗退したタチバナだったが、サンドもかつて自分を捨てたトレーナーへの未練を断ち切ることが出来、タチバナの新たな手持ちとして彼女の旅に付いて行くことに。
『あの……ありがとう、ございます……私だけだったら、どうにもできなかったかもしれない……』
『いいのよ、私も好きでやったことだし。それじゃあ、そろそろバスの時間だから私はこれで』
数日間共に過ごし、同じ目標を掲げた者同士ではあるが、別れ自体はあっさりとしていたものだと、今になって思い返す。我ながら淡々としていた子供だったと。
それに別れ自体は悲しくはなかった。同じくポケモンと旅をする同士、縁があればまた会う日も来るだろう……そう思いながらカリンは旅を続け、その先々でトレーナーの身勝手で傷ついたポケモンたちを保護、もしくは手持ちに加えていった。
今でこそ四天王の手持ち、その一軍として活躍しているブラッキーも、ヘルガーも、ドラピオンも、サザンドラも、ミカルゲも、ドンカラスも、他のトレーナーたちが能力不足、素質不足と捨てたポケモンたちだ。
今思えば、タチバナとの出会いをきっかけに、将来を見据えることが出来たんだろうと、カリンは今までの事を振り返る。
煌びやかで平和に見えるこの世界の中、確かに存在する心無いトレーナーたちによって傷付いたポケモンたちにも光を当てたい。目の前で起こる理不尽に鈍感になることが成長することでは決してないのだと、かつてタチバナと共にサンドに光を当てた経験がカリンの道を定めたのだ。
とは言っても、現実は残酷だ。弱いからと捨てられたポケモンたちは、そうされるだけの欠点を抱えている。そんなポケモンたちによる下克上を目指し始めたカリンだったが、当初は上手くいかなかった。覚悟していたことだがバトルでは連敗だったし、その度に自分の不甲斐なさに打ちのめされてきた。
そんな時に再開したのが、タチバナである。あの時のサンドは立派に進化を果たし、トレーナーとして着実に成長をしていた彼女だったが、タチバナはタチバナで手持ちのタイプが偏ってしまってバトルで負けることが多くなっていたという。
そんな2人が、あの時のように協力し合い、己を高めようとするのは当然の帰結だったのかもしれない。
一緒に色んな地方を旅し、色んなトレーナーやポケモンと出会い、自分の手持ちポケモンたちにできる最強の戦い方を追求する……女2人で何とも色気のない武者修行だったが、実に充実した楽しい旅でもあった。
心身ともに早熟なカリンと色んな意味で小さいタチバナ。正反対なところがある2人だが、意外なほどにウマが合っていたのも大きい。
共に行動をし始めてすぐに分かったことだが、タチバナの表面的な性格はお世辞にも褒められたものではない。それでもカリンがタチバナを気に入ったのは、口ではなんだかんだ言いつつも、性根の優しさと責任感の強さが隠せない不器用さが好ましかったからだ。
裏の顔なんてないとばかりにポケモン愛を語る者の言葉よりも、良くも悪くも人間臭くて身内以外には関心が薄いのに、苦しんでいるポケモンがいれば衝動的に助けてしまうタチバナの行動にこそ血肉が通っているように見えた。
そんなタチバナと数多くの困難を乗り越え、力を付け、周囲に翻弄されながらも得たのがセキエイリーグの2トップ……その影響力を以てして、「ポケモンの強さを引き出すのはトレーナーの指導力次第である」という、かつて世界に知らしめると決めた価値観を徐々に広めることが出来た。
(あの日、貴女は私にありがとうと言ったけれど……礼を言うのは私の方だったわ、タチバナ)
タチバナがいたから、この高みまで上り詰めることが出来た。タチバナがいたから、自分というトレーナーが見定めた本懐を遂げる力を身に付けることが出来た。
だから何度だって、親友として彼女を助けよう。悪の勢力が社会の陰で隆盛を極めるこの時代、タチバナが求める安寧の生活が少しでも早く手に入るように。
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「やぁ、久しぶりだねカリン。姫におかれましてはご機嫌如何かな?」
「……イツキ。貴方も来ていたの?」
追憶から意識を現代に戻すと、カフェテリアにはいつの間にかマスクで素顔を隠した正装の男……セキエイリーグ四天王の一角でもある、エスパー使いのイツキが入ってきていた。
しかも彼だけではない。その後ろからは格闘使いのシバに毒使いのキョウ……図らずして、セキエイリーグの頂点に君臨する四天王とチャンピオンが一堂に会し、遠巻きから眺めていた職員たちからは歓声にも似たざわめきが起こる。
「………………」
チラリとタチバナの様子を見てみると、先ほどまで表面化していた個人としての側面が引っ込み、人形にも例えられる公人としてのチャンピオンの表情を浮かべている。
相変わらず変わり身が早い。これで内心では色々と慌てふためいているのだと思うと笑ってしまいそうだ。特にイツキのような超能力者に素の性格がバレないように苦心しているらしいので、この能面の向こう側では冷や汗を掻いていることは容易に想像できる。……少し離れた場所からシンボラーが力を使っているから問題なさそうではあるが。
「バトルフィールドの有様を見たよ。いくら昔からの友人だからと言って、君ばかり姫の相手を務めるだなんて不公平だと思わないかい?」
修行明けで力を持て余しているのか、腰のモンスターボールに手を添えて好戦的な笑みを浮かべるイツキ。どうやらその後ろのシバとキョウも同じらしく、タチバナとのバトルを望んでいるらしい。
いきなり四天王3人に勝負を申し込まれて、視線だけで必死に助けを求めてくるタチバナに、カリンはどうやって助け舟を出そうかと考えながら割って入った。
強いポケモンも、弱いポケモンも、そんな尺度や価値観は人の勝手。ポケモントレーナーとはその名の通りポケモンを育てる者であり、何がポケモンが秘めた可能性を見限ってはならない。
本当に強いトレーナーなら、本当にポケモンを愛しているのなら、自分を慕ってくれるポケモンたちが勝てるように頑張るべき。
そんな確固たる信念を胸に秘めたカリンは、今日も明日もこれからも戦い続けるだろう。
いつか世界中の人々に、真のポケモントレーナーとは何たるかを思い知らせるその時まで。
ゲーム本編においてもカリンの設定資料の少なさが目立つので完全に憶測なのですが、カリンの名言の裏にはトレーナーの身勝手によって傷付いてきた大勢のポケモンたちの姿があったのではないかと、妄想してみました。
なのでこの小説におけるカリンは、クールに見えてポケモン大好きな良い人という設定です