僕は悪い潜水艦じゃないよ 作:カワカゼ
────ポツポツと滴る水滴。海特有の生臭い悪臭と共に鼻を刺激するのは血の匂い。ポツンと一つの電灯が照らし、薄暗く一目で窮屈と感じてしまうベッドの上にて秋川は目覚めた。直前の記憶は痛みと霞んで聞こえずらかった誰かからの無線。そして二度と目覚めることの無い眠りへ誘う睡魔と────柄にも無い、あまりにもファンシーな人形達が戯れていた夢だった。
「バイタル安定、脳波正常。目が覚めたか艦長、秋川晴翔。貴官は現在どのような状況に置かれているのか、把握しているか?」
だからだろう、耳元にて響くいくらか若い女の声が聞こえてもパニックにならなかったのは。
右腕の感覚が鈍いながらも、何かに固定されていると言う圧迫感を感じながら体をゆっくりと起こす。
「把握も何も、俺ってば目覚めたらここに────ってクマが喋ってる!?」
起こした直後に秋川は声の人物へと目を向け、そして信じられないものを目撃する。クマだ、そこには白いクマがいた。
一目で人工物だと解る毛並みに可愛らしくデフォルメされたデザイン。キュートな瞳におでこ、ハート型の模様は見る者をほんわかと優しい気持ちにさせる謎の魅力を秘めている。秋川はそんな姿に驚いたが同時に既視感も感じていた。具体的に言えば"アレ、なんか昔どっかで見た事があるぞ"っと。
「それに関しては謝罪する。本来なら本体の僕が艦長である貴方の目覚めを出迎えなければならないと私も知っている。だが現在本体は
ペコリと頭を下げる可愛らしいクマの人形。秋川は流暢に言葉を話す人形を前にマジかと非現実な現象に困惑。だが、状況的にこのクマが助けてくれたと理解出来た為に恩義を感じていた。
「ってか何でクマだよ、まだ俺は夢でも見てるのか?」
「否定、秋川艦長は明らかに覚醒状態であり脳波は正常値を指し示している。特に問題ない」
「だがよぉ……」
正気は狂気。そんな言葉が頭を過るも頭を可愛らしく傾け、疑問だと呟くその姿に癒しのような感情が湧き正常に頭が働き出す。
だが、だからだろう。一時の平穏と感じられる空間に何か物足りなさを感じる。何故だ、何でだ。秋川はそんな疑問に身を任せながら頭を多少働かせた。すると、どうだろう。目覚めた直後の為に記憶の奥底に眠っていた自分以外のクルーの姿。つまりは怪我を負った原因である戦闘で沈みゆく船から離艦させた部下達の事を思い出した。
「……部下はッ!」
「はい?」
「俺の部下は無事なのかッ!」
彼は思わず立ち上がり、高ぶった感情に任せて人形を鷲掴みにして顔を近づける。秋川の睨み付ける無機物の瞳には反射して映る激怒して歪む自分の顔。だが、そんな状況であろうと人形はぷらんぷらんと吊るされた状態で黙々と喋り出す。
「一部肯定する。貴方の部下は大方無事だ」
頭を鷲掴みにしていた手を振り払う人形。その予想外の力に怯み、そのままベッドに深く座り込む事になる。そして自由となった人形はそのままスタっと
着地するとそのまま何処からかタブレット端末を取り出し、秋川に渡した。
「コレは僕が救出した水兵のリスト。確認すると良い」
渡された端末を食い入るように見ながらスライド。記憶内にある名簿と照らし合わせ、誰が無事なのかを確認した。何人か居ない者もいるが事情が事情だ。諦める他ないが悔しいさが胸の内を支配する。しかし名簿は細かく記載されていた為にクルーたちの現状を一目で把握出来るのはありがたかった。
何か用事があるのか、端末を渡すとそのまま部屋を出ようと扉へ向かうクマ。その後ろ姿を見ながらもそのスライド式の見た事のあるドアを見るに一つの疑問が生れた。今秋川自身がいる窓の無い部屋は一目見るだけでも分かるほどに建造方式が現在軍で運用している艦船とは違う。最低でも十年以上前ほどに就役した船のタイプに近い物だ。残っていたとしても動ける船は少なく、あったとしてもそんな旧式は予備役もしくは訓練艦だろう。事実秋川が学んだ訓練学院ではその頃に使われていた船がシュミレーターや訓練艦として使っていたのは記憶に新しい。だからこそそんな旧式の船でこの霧で支配された海域の外洋で活動していた俺達を助け出すだなんて事出来るとは思わない。脳裏に過るのは海軍が霧に対抗する為に試作、建造していると噂される潜水艦だがこんなにもタイミング良く救助に来てくれているモノなのか? 様々な考えが生れては消えていき、そして一つの到底信じられない結論にたどり着く。
秋川はその事に気付くと考えられない、考えたくもないと思ってしまうが出てしまった結論はこの一つしかない。この艦、目の前のクマの正体は────
「……霧か」
「」
部屋を後にしようとしていたクマはそのかけられた言葉に反応を見せず、開けたスライド式の扉を閉じ振り返る。そしてその額には特徴的な十字架にも似たデザインである紋章が浮かび白色に発光、自身の出した結論が正しい事を裏付けしていた。そのまま彼彼女は何かを話す事は無く、表情の変わらない人形まま何処からともなく丸椅子を作り出すとそこへとチョコンと座り秋川の言葉を待つ。
「だが何故だ。何故霧が俺達を助けた」
証拠はない。けれど、自分へのこの対応を考えるにこいつが俺達に対して行ったのは救助活動だろう。捕虜にするならば比較的もっと酷い、それこそ簡易的な牢獄のような部屋でも十分なはずだ。このようなコミュニケーションも本来は必要ないはず、人類に対しての生体サンプルとして考えても15年前の対戦でそれこそ大量のサンプルを確保出来ただろうからその案は無いと考える。だからこそ分からない、コイツの目的が。空気がピリピリとピリつくのを肌で感じる。重く、淀んだ緊張したこの空気の中でぬいぐるみはゆっくりと語り口を開いた。
「……あなたが助けを求めた。だから僕が助けた」
ザザザっと無線の雑音が走り、先ほど見た時には存在しなかったスピーカーから音声が流れだした。
そこから流れるは短いながらも気を失う前に、掠れた音で聞こえていた記憶と寸分たがわない音声。幻聴か何かだと最初は考えていたがこうやって記録が残っているのを考えるに、その相手と言うのがこのクマなんだろうか。
「……霧はいつからそんなにもお人好しに?」
「僕は特別、人間に分かりやすく言うならコンピューターのバグのようなモノ。だから他の霧と一緒に考えてもらっては困る」
そう言い切った途端だろうか。船が大きく揺れ、ふらふらと足元が揺れる感覚が体を支配する。バランスを取ろうとするが、その前に目の前の人形がビビットまるで電波が乱れるかのように姿がブレた。
クマは椅子から降りるとテトテトと秋川の前へ歩いて来る。その姿は先ほどよりも何処か頼り無い感じであった。
「い、今のは……」
「恐らく様子見に来た哨戒艦からの攻撃だと予想出来る」
「だ、だったら何故反撃しない」
「僕は現在、動けない状態にあるからだ」
「何故?」
クマを中心とした白色の輪っかのような光を体から出すと眼前に現在の状況を記したであろうデータを表示した。そのデータによると現在1隻の敵艦に狙われていると理解出来た。そしてもう一つデータが表示されている。それはゲージのようなメーターだった。
「君達を搭乗させた事によって生じた予想外バグ。それを修正しながら負傷した水兵達を治療している最中の為他に演算が回せない」
演算……つまりはこのゲージがそれに関する情報なんだろう。確かに分かりやすくゲージは殆どが真っ赤に染まっており、空白が見られない。
「僕は霧の中でも性能の劣る量産艦だ。だから今の僕にはコレが精一杯」
クマは近づく。一歩一歩、ふらふらとしながら。
「だからこそ僕は人類であり、優秀な艦乗りとしの貴方達に助けを求めたい」
クマは近づく。その黒い瞳で秋川の目を見つめ、強い意志を感じさせながら。
「どうか僕を使ってこのピンチを脱してほしい」
クマはそう言ってこちらへ手を差し出してくる。その姿は秋川の目には自身が見て来た霧のイメージとはまるで違い、弱った子供。そのように見えたのだった。
※※※
「現状は」
「現在敵艦の攻撃を搭載されているシールドにて防いでいる。臨界まで残り約9分」
「それを過ぎると?」
「カワカゼの二の舞になる」
「……参考までにそのシールドが臨界になったとして、この船の装甲は敵の攻撃に対してどれだけ持つ?」
「僕は潜水艦だ。その点には期待しないでほしい」
「……お前潜水艦だったのかぁ」
私の説得は人類に効果的だったのが証明され、この実績は大きな成果だ。そして今感じている感情と呼ばれる不可思議なプログラム。コレが喜びの感情か……とても好ましいモノだな。
乗艦した乗組員の容態をモニターしながら現在、私の分体と秋川艦長は艦内を移動している。生憎と艦長は比較的怪我の程度が他の水兵達と比べて軽かった為に指揮所からもっとも離れている後尾の部屋にて安置されていた。その為、指揮所へと移動する必要があった。
「それで、俺一人で潜水艦は動かせねぇーぞ。どうすんだ?」
「了解している。既に必要クルーを救助した人員の中にて選抜、説得して配置済み」
「うわぁーお、偉く用意が良いな」
「あなたが了承してくれた事が大きい。そのおかげで他の人員の説得も上手くいった。感謝している」
「霧が感謝って……なんか人間臭いな」
病人がいる区画と分ける為にどうしても狭くなってしまった通路を通り、やがては指揮所前にたどり着く。
「だけどぶっつけ本番で潜水艦を扱えるか? 習熟訓練もやってないのに」
「その点は心配ない。あなた達が扱いやすいよう昔サルベージしたデータを元に発令所の形状を新はるしお形のデータと同等の物に組み替えた」
「学院時代を思い出すなぁ……」
扉を開け、中へと秋川艦長を招く。そのタイミングで私は分体1番の構成を解除、意識を中の本体へ移す。指揮所の中では既に他の人員が各所に配置されて忙しなく自身の役目を果たす為に動き回っていた。
「艦長、入られます!」
そんな中海図が表示され、航海士や他の乗組員と共に指示を飛ばす副長が秋川艦長の入室に気付くと皆に聞こえるように声を出し敬礼。
するとどうだろ、すべての人員は手を止めて副長に続き敬礼、歓迎した。ある者は嬉しそうに笑い、ある者は自分が担当していた計器をチラチラと見ているがそれでも生還した艦長へ歓迎の笑みを浮かべていた。
「秋川艦長────」
一部の演算をメインモデルに適応、肉体を動かし私は艦長へゆっくりと振り返る。
サルベージしたデータを見るに彼らの操縦技術は操る規定に十分満たしている。正しくポテンシャルさえ発揮できれば私自身で操舵するよりも、強力に立ち回れるだろう。だから人間よ、乗員よ、秋川艦長よ────
「────僕を上手く操ってみせてくれ」
貴官らの働きに期待する。僕を操舵、運用し正しく扱ってくれ。
「競泳水着にショートパンツとストッキングってかなりマニアックな格好だなぁ……」
「……何故皆同じ反応なのだ?」
コレが僕と秋川艦長との正式な出会い。そして、私が人間を知る最初の一歩だった。