「…………」
電子図書館の個室で調べものをしていたところを、謎の男によって中断された。
個室とはいっても鍵は掛けられない。広さは10畳程で、端末と机と椅子しかない質素なつくりとなっている。天井にはエアコン、壁は強化ガラスで区切られており、ちょっとの爆発では壊れない。ガラスであるため、内外からの景色は丸見えとなる。
丸見えのはずなのに…
(外の景色がまるで分からない…)
いつもは見えるはずの景色が、曇っているように見えなくなっているのだ。すなわち…
(何かの『技術者』なのは確定…)
その男はコートを着ているのだが、全身真っ黒なのだ。深く帽子もかぶっており、頭髪も瞳の色すらも確認できない。唯一確認できる口元は笑みを浮かべているようだ。
そして、この男の最大の特徴は…
(白い息…?ということは…氷系か?)
そう。この男と私ががいる部屋は全く寒くなかったにもかかわらず、吐いている息だけが白くなっていたのだ。そして、その男を中心として着々と肌寒くなっていくのを感じた。それはつまり…
(低温度変化…技術者)
ここ数年、電子図書館を利用して何も知ってない訳がない。ある程度は勉強して技術者の特徴は知っている。なにも『時空』だけ調べてるだけじゃなく、炎系や氷系、異能系についても調べ済みだ。
…といっても、実戦は初めてなんだけれど
「……何用ですか?」
「…………」
男は喋らない。その口は飾りかのように笑みを浮かべているだけである。心臓は速く鼓動し、脈も早くなる。臨戦態勢を取るもこれは初の実戦であり、緊張感が強くなる。
だが、さっきの発言で明らかに雰囲気が変わった。さっきまではどこか猶予があるような感じだったのだが、今はそんな様子は一切見られない。男が左腕を突き出す。
私は身構え、いつ攻撃されてもいいように。しかし……
「ッ!?」
突然の衝撃に思わず声が出てしまう。私は何もしていない。それどころか、男も私も動いてすらいない。にも関わらず私の体は壁に叩きつけられていたのだ。一瞬呼吸困難になるもすぐに持ち直し、男を見据える。
「……」
相変わらず男は黙ったままである。
ふと、地面を見ると数個の氷の塊が転がっているのに気が付いた。
(氷の弾丸…ね…ショットガンのように飛ばしてきたって訳か…)
普通の体の耐久性じゃ穴が空いていただろうが、こっちは硬化技術者。しかも常時無意識に発動可能。氷の威力はこちらの体を吹き飛ばす程。
ただ、
(こっちの攻撃手段が…使えそうなのはこの丸椅子)
丸椅子を掴み、改めて構える。すると男はゆっくりと右腕を上げ、腕を振り下ろした。
今度は先程の氷弾ではなく、大きな氷柱が5本ほど向かってくる。
「っ!」
避けれないと判断し、防御する。
一本目は丸椅子で防ぎ、
二本目は床に転がりながら回避、
三本目は丸椅子で受け流し、
四本目は何とか飛んで回避に成功する。
五本目は空気を多く含んでいるのか氷柱は砕けている。
(我ながら上手くできたけど…これじゃあ近付けな…ッッッ!)
すると男は再び腕を下ろし、体に覚えがある衝撃が走り、そのまま壁に激突する。さっきのショットガンのような氷弾だと判断する。
「ッ女の子に容赦ないね…」
「…………」
男は答えない。無言のまま再び手を下ろす。今度は数十本の氷の柱が出現し、次々と発射される。
「ぐっ!!」
一発目を丸椅子で防いだ後にすぐ二発目が飛んできたため、反応が遅れてしまい、もろに喰らってしまう。
ただでさえこの狭さ。何本も撃たれると避けるのが難しくなってくる。普通の体よりも硬いとはいえ、このままくらい続ければ確実に動けなくなってしまう。
逃げるのも考えたが、逃げるためにはあの男の後ろに行かなければならない。そしてこのまま気温が下がれば、ますます不利になってしまう。
(何か、何か弱点があれば…)
炎もなく、お湯もなく…男も動かない。熱に弱いのは知っているが、暖かいだけでは効かないはず…身近にそんな熱いものなんて…
(ん…?動かない…水滴か…あっ……)
あるじゃないか。ここに…… しかも熱い必要は無いんだ。
私は覚悟を決め、立ち上がる。そして男に向かっていく。男は無表情でまた手を下す。
無数の氷柱が飛んでくる。だが、その全てをかわすのではなく、全てを受け止める。氷が砕け散っていく。
「ああぁぁ!!!」
「……?」
「ッ!!……はあっ……はあっ……どうだ……もう終わり……?」
「……」
男は首を傾げ、左腕を突き出す。ダメージは負ったが致命傷ではない。まだまだ戦える。それに…
「見切ってるよッ!」
「……!」
近付けさせないために、近距離で氷弾を撃つのは分かってた。それに、ある特徴についても。
先ほどから右腕と左腕を上げるか突き出し、そこから攻撃している。そして、右腕は氷柱、左腕は氷弾という法則。
ただこれだけでは決定打に欠ける。だからこそ…
(『これ』がある!)
私は鞄からあるものを取り出し、蓋を開けてその液体を男に振りかける。
「!!!!」
防御体勢を取っているようだが、たちまちその男は割れて、『溶け』始める。
そう…最初からその部屋に技術者は居なかったのだ。
おかしいと思った事がある。何故部屋で追い詰めることなく、その場を動かなかったのか。いや、動けなかったのだ。
部屋の天井にはエアコンがついており、暖房になっていた。下手に動くと『ただの氷像人形』だとバレてしまうから。
そして、『空気を多く含んだ氷』『エアコンで溶けた氷柱の水滴』それは溶けやすく、砕けやすいということ。熱い必要はなく、暖かいもので十分。
(ありがとう…お母さん、この『魔法瓶』のおかげで切り抜けた。)
かけた液体は暖かいお茶。氷像の遠隔操作だった為か、空気が入るほど氷の密度が甘かった。攻撃も氷像人形も…
(…外に出ようそして、)
急ぐように部屋を出て周りを見る。部屋の中の異変に気が付いて人達が集まっている。
(良かった…)
そう思うのを最後に、私は意識を手放した。