●奥田陽介
扉を開けた先にいたのは、陽介だった。
青の制服は煤と埃に汚れ、異臭を放っている。汚れの新しさから見て、ついさっき付着した物だろう。
ゴミ箱にでも突っ込まれたのだろうか、だとしたら誰に……もしかして、アイツらに!?
理由は単純だ、俺が学校に来なくなって、次の標的が陽介に向いたからだ。
だとしたら、なんて非道な連中だろう。彼らにとって、きっと標的など別に誰だって良いのだ。たまたま目についたのが俺というだけの話だったのだ。
「玉置」
陽介は目を伏せ、申し訳なさそうに俺の名前を呼んだ。
何やら険しい表情をしている。
そこで、俺は思い出した。
陽介が俺を裏切ったあの日の事を。
あの時も、アイツは同じ顔をしていた。
「陽介」
彼の名を口にした途端、心の中に怒りが湧き上がってきた。
思い出したのだ、彼が俺にした仕打ちを。
そうだ、
そんな奴の事を心配してやる理由があるだろうか。助けを求めてここに来たのなら、お門違いだ。
突き放してやる。
お前がやった事を今度はお前にやってやる。
どす黒い気持ちを心に抱えたまま、俺は彼を睨みつけた。
「……なんだよ? また俺の事笑いに来たのか?」
陽介は小さく首を振った。
元気のない仕草だった。
「お前に謝りに来たんだよ」
その言葉に、少なからず俺は驚いた。
謝る……そんな言葉が
聞けて嬉しいという思いは少しあった。だが、それよりも彼がどうしてそんな事をしようと思ったのか、それが気になった。
そして、その理由を思いつくのに時間は掛からなかった。
「如月先生の言いつけでか?」
陽介は首を振らなかった。
図星という事だ。
結局コイツは、一人で何も決めなかったんだ。いじめっ子に言われて俺を裏切り、先生に言われて俺に謝りに来た。
そこには友情なんて欠片も無いんだ。
そう思うと、途端に落胆と怒りの味が心の中に広がった。親友の証を破られた時よりも酷いかもしれない。
その思いを込め、俺は陽介を睨みつけた。
「アイツらの言いなりかと思ったら、次は先生の言いなりかよ! 裏切ったかと思ったら今度は謝りに来やがって!! お前は何がしたいんだよ!!」
「…………悪い。でも、今度こそ本気なんだ」
陽介はツカツカと俺の前に歩いてくると、破れた紙のような何かを俺の前に差し出した。
それは、煤と埃でボロボロになった、親友の証の片割れだった。
「お前コレ……」
「見つけてきたんだ。焼却場行きかけてたから、探すの、時間かかっちまったけど」
陽介はどもりながらそう言った。
俺は先生の方を仰ぎ見た。本当かどうか確かめたかったのだ。先生はコクリと頷いた。
俺は二の句が継げなかった。陽介はこんなカードの切れ端を取ってくるために焼却炉まで行ったのか。
「これで許してくれなんて言うつもりはない。けど、ここで言っとかなきゃ、二度とお前に謝れなくなる気がしたから。本当……ごめん!」
陽介は深々と頭を下げた。
彼のそんな姿を見たのは初めてだった。
「もう二度と、アイツらのいいなりになんてなったりしねぇから! アイツらだけじゃない、誰の言いなりにもならないからよ!」
陽介はそこで顔を上げた。
埃混じりの涙が彼の頬に一筋の線を書いていた。
そこで分かった。
陽介が本気だって事に。
「本当にごめん! もう一度だけ、俺と……友達になってくれないか?」
俺は何をしていたんだろう。
何で陽介をずっと憎んでいたんだろう。
陽介は本心から俺を裏切ったわけじゃない。そんな事、分かってたはずなのに。
本当に憎むべきは陽介じゃない。俺達を
それなのに俺は、ずっと陽介を憎み続けて、たった一人の親友を失う所だった。
俺は陽介から親友の証だったものを受け取った。
寒さでカチカチになった片割れと、肺と埃と熱に塗れた片割れ。
同じ境遇にありながら、別々の痛みを味わった二つ。まるで俺たちのようだ。
歪になってしまった二つ。でも、親友の証は確かにここに存在している。
俺は灰色の片割れをポケットにしまうと、寒さで固まった方を陽介に渡した。
「こんなボロボロのカード、使い物になるかよ」
「玉置…………」
陽介は残念そうに顔を伏せた。
許してもらえなかったと思ったのだろうか。だとしたら、それは大きな間違いだ。
俺は陽介の肩にポンと手を置いた。
「今度また大会出て、取って来よう。そん時は陽介も一緒にな。それまでは、この半分が友情の証だ」
「……おう!」
陽介はニカッと頬を綻ばせた。
俺も釣られて笑ってしまった。
二日ぶりに笑った気がした。
陽介の背後で、先生も笑っていた。
「これにて一件落着、コンプリートだな。まぁ俺は何もしてねぇけど……」
「何言ってるんですか。先生が学校中走り回ってくれたから、玉置の場所が分かったんじゃないですか」
「あ? まぁ、そんな事もあったな」
先生はどこか遠い空を見上げ、そう呟いた。
この人は俺を助けるために動いてくれていたんだ。クラスも違う、初対面の俺の事を。
「じゃ、今日はこの後の授業全部サボって、3人で飯でも食い行くか! そしたら2人とも俺の
「……まだ3時間目ですよね? 流石にヤバいんじゃ」
「細けぇ事ぁいいんだよ。ほら、今日は俺の奢りだ。上手いラーメン屋知ってんだよ」
先生に肩を組まれ、俺達は屋上を後にした。
俺はもう迷わない。
たとえ悪魔の囁きがあろうとも、絶対に耳を貸したりしない。
俺には、信頼できる親友がいて。
この学校には如月先生がいるから。
●風田三郎
昼休み、その少年は教室の戸をガラリと開けた。玉置の所属するクラスの教室だ。
ピシャリ!
鋭い音に、クラス中の生徒が前の入り口へと目を向けた。
そこで見た、その少年の姿を。
少年は天高の制服を着ていた。
中肉中背、これといって特徴の無い普通の少年だ。だが、皆その少年から目が離せない。
彼の持つ妙な迫力に圧されているのだ。
そう、柔道部の学生を見るのに似ている。正中線がブレない歩き、常に気を張っている感覚、それらは本能でわかるものだ。
少年はツカツカと教室の中央へと進み、とある生徒達の前で止まった。
いくつかの机を寄せ集めた島の上でたむろしている男子の四人組である。いかにもこのクラスのボスですと言った風情だ。
四人組の中でも特に体格の大きな男子が、少年を睨みつけた。
「俺達になんか用?」
少年は僅かも動じる事なく、彼を上目遣いで睨みつけた。彼より身長が低いが故である。
「君達、玉置豪君と同じクラスの奴等だよね。いじめっ子のバッドボーイズ」
挑発するような少年の言葉に、四人組の一人が島から降りた。
「人をいじめっ子呼ばわりとか、何? 超失礼でしょ?」
「事実でしょ。被害届も出てる」
「は? 俺らには弁護士つける権利もないワケ?」
四人組の一人は馬鹿にしたように少年を見下ろしている。他の3人も、揶揄いの視線を少年に向けている。
人を馬鹿にしきった態度だ。
そんな男子生徒達を、少年はビシッと指差した。
「勝負しようよ、俺と。一発でも当てられたら、見逃してあげるよ」
「あ? 何言ってんのお前? 話聞いてる?」
男子生徒の一人が、馬鹿にしたような目で少年を睨みつける。彼に続くように、他の3人も口々に悪口を言い始めた。
「つか、誰よお前」
「勝負するからには名乗らねぇと!」
「俺、コイツ知ってるぜ。コイツ仮面ライダー部だよ。あの狭んまい部室に篭って意味分かんねぇ事してる連中」
四人組の一人の言葉に、少年の眉がピクリと動いた。それまで飄々としていた少年の、初めての分かりやすい感情表出だった。
「意味わかんない、ねぇ」
少年は残念そうにため息をついた。
瞬間、彼の腕がビュンと唸り、男子生徒の身体がビクッと跳ね上がった。
バチィンッ!
少し遅れて鋭い音が教室中に鳴り響いた。
男子生徒は島の上に倒れ、身体をビクビクと痙攣させている。その額には真っ赤な指の跡がくっきりと残っていた。
少年の中指も、真っ赤に腫れている。
「ただのデコピンだよ。ほら、君達も」
少年は跳躍で島へと登ると、他の3人に次々とデコピンをかましていった。
「ひ、ひいっ!?」
バチィン!
「な、なんだよお前!?」
バチィン!
「ゆ、許して!?」
バチィン!
彼等は少年のデコピンを額に食らった側から、白目を剥いて島の上に倒れ伏した。
あっという間に少年は、自分より体格の大きい男子生徒達を倒してしまったのである。
「意味わかんない俺以下の君達は、何なんだろうね。ってもう聞こえてないか」
動かなくなった彼等を見下ろし、少年は吐き捨てるようにそう呟いた。
表情は笑っているが、その瞳は笑っていない。
「学園の平和を守るのが仮面ライダー部の活動内容なんだ。いじめがある学校なんて平和じゃない。次はデコピンじゃ済まさないよ」
唖然とする生徒達を残し、少年は教室を後にした。
少年の名は風田三郎。
又の名を自由の戦士・イナズマン。
忙しくて全然書けなかったんですけど、この小説多分期限明日なので、速攻で書きました。
このくらいの分量の方がいいのかもしれませんね。