貪底にて   作:Y-K4183

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第3話

「……」

 

 目が覚める。時間は分からない。と言うより少女に時間の概念は無い。目が覚めれば起きる、眠たくなれば寝るだけだ。

 少女は辺りを見渡す。男の姿は無い。少女はここ数日あの男と共に暮らして、男が不定期に出歩くことを知っていた。だから、その事に特に反応することは無い。

 それより、少女には優先することが有った。

 グウ、と少女の胃が音を立てる。少女は今、空腹だった。

 立ち上がり、外へ行く。食事をしに向かうのだ。

 食べるものは何でもいい。何でもいいが、なるべく食べやすい物が良い。

 その考えの元、少女は目についた食べやすい物を食べていく。ここ数日の散策で人間は殆どが少女を避けるようになっていたが、それでも逃げ遅れるような者は居る。

 一人をかみ砕き、飛び散った血を啜る。体に付いた血もしっかりと舐めとっていた。

 少女は先日から体に血が付きっぱなしに成るのを嫌っている。と言うのも体に血が付いた状態だと蠅が集り、鬱陶しいからだ。おまけに蠅は少女の食欲を満たせない。

 体の血を舐め終わったが、まだ少し満腹には足りない。少女は空を飛ぶ鳥を狙い、足を曲げ、跳ぶ。

 空を舞っていた鷹はあっさりと少女の口へと収まった。

 それで満足したのか少女は家路へと着く。

 家には既に男が帰っていた。ちゃぶ台の上にはやはり簡素な食料が乗っている。

 

「……今日は食わねえのか」

 

 食料を見ても飛び掛からない少女を見て、男が話しかける。

 

「お腹は空いていないです」

 

 少女の言葉を聞いて、興味を無くした男は家の床へとひじを立て、横になった。

 少女もお腹が空いていない今はすることが無いため、座ったまま虚空を眺め始める。一時間、二時間、三時間……。

 四時間が経った頃、少女の意識が朦朧とし始める。少女に取っては初めての感覚。だが、それは一般に眠気と呼ばれるものだ。

 そこから数分とせずに前のめりに倒れた少女が寝息を立て始める。

 少女は、落ちた意識の奥底で夢を見ていた。

 

 

「……Ω、餌だ」

 

 顔も覚えていない誰かがΩ──そう言われた少女に食料を渡す。凡そ人が食すことを想定されていない栄養価だけが呆れるように高いそれを、少女は平然と食べつくす。

 

「まるで獣だ、良くあんなものが食えるな」

「聞いた話だと真面に味覚が機能していないらしい。ただ、これは利点だな。どんなものでも選り好みせずに食っている。味を考慮しなくて助かるよ」

 

 誰かが誰かと話している。少女はその話には興味を持たなかった。食料は出されて、それを食べた。なら他にすることは無い。

 少女は壁を眺めていた。

 

「……何を考えているんだかまるで分らんな。正直、不気味に思うぞ」

「何も考えていないんじゃないか? 餌を食ってるとき以外で動いてるのを見たことが無い」

 

 誰か達二人の考えは当たっていた。少女は何も考えていない。そもそも、考える、がどういう事なのかすら理解できていない。

 

「……それは困るな」

「っ! 主任、来ていらっしゃったので!?」

 

 また新しい誰かが少女の部屋の前にやってくる。

 

「こいつにはしっかりと考えてもらわねば困る。作るのに態々()()の確保しやすいこの街に来ているんだ。考え、反応し、完成してもらわねばな……」

 

 誰かは少女の入った部屋を眺めてそう言った。少女にはその意味は分からない。

 

「しかし……報告は聞いていたが、実際目にしてみると予想以上に反応が少ないな……。ふむ、想定より少し早いが戦闘実験を行わせてみるか。お前達、これの誘導を頼む。七番セクターまでな」

「了解しました」

 

 部屋の扉が開かれる。二人の誰かがロープを使って少女を縛り、引っ張っていく。少女がその気になれば容易く引きちぎれる程度の拘束だが、少女に一切の抵抗の意思は無い。ただなすがまま引かれていくだけだ。

 

 

「……」

 

 そこで少女の目が覚めた。あの後、何かと戦い、それを食べて、誰かに言われた。

 目標はウォーズだ。ウォーズを殺せ。

 

「……」

 

 少女は男の方を見る。

 

「お世話になりま、した?」

「……何だいきなり」

 

 いきなり少女の口から出た感謝の言葉にさしもの男も驚き、少女の方を向く。

 

「しなきゃならない、言われた、事がある、ので」

「へえ」

「なのでここを出ていきます」

 

 そう言って少女は家の外へと歩き始める。男はそれを見送り──一つ、気になった事を尋ねた。

 

「そのしなきゃならない事ってのは、何だ?」

「誰かを、殺すんです」

「へえ」

 

 先ほどと似たような、しかし、確実に違う態度で男は答える。その顔には薄笑みが浮かんでいた。

 

「なので、その誰かを殺しに行かなきゃなりませんのでさよならです」

「その殺す相手ってのは誰なんだ?」

 

 普段よりも明らかな好奇心を持って男は尋ねる。顔の笑みは更に深くなり、口元からは牙と見まがうほどの犬歯が覗いている。

 

「ウォーズ、です」

「……それ俺だな」

 

 男の言葉を聞いた少女は、何かを考えるように宙に視線をさまよわせた。そして、すたすたと部屋の中央に戻ってくる。

 

「これからもよろしくおねがいします」

「何だ、殺さねえのか」

「無理です」

 

 男との実力差を初めて会った時に思い知っている少女は、床に頭を擦りつけて不可能だと断言する。

 それを見て男は大きく溜息を吐いた。

 

「何だつまらん。まあ、その俺を殺せとか言ったやつはちょっと面白そうだが」

 

 男は笑う。深く、深く、笑う。

 

「おい、そいつの場所は何処だ? 今から行くぞ」

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