貪底にて   作:Y-K4183

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第5話

「しかし、あれだな。お前は思ったより鈍いらしい。本来のお前があの程度の生物に苦戦するなどあり得ないだろうに、おかしいとは思わなかったのかね?」

 

 そう言って何かは膝を付いたウォーズを蹴り飛ばす。

 うめき声を上げながら反撃しようとするが、何かは即座にウォーズから距離を取った。

 

「うーむ、その状態でもまだ反撃する力が有るか。最早関心してしまうな」

 

 声の主がウォーズへ向けて何かを飛ばす。もろに食らったウォーズを、巨大な衝撃が襲った。

 

「これも耐えるか。ふむ……」

 

 手を止め、何かは考え込む。その間に顔を上げたウォーズはその姿を見た。

 概ね人型だが背は二メートルを優に超えている。肌の色は無機質な白、六本の指と四本の腕。顔らしき部分には目も鼻も口も付いていない。

 

「随分愉快な見た目だな」

「意外だな、愉快などと理解できる頭が有ったのか」

 

 それは軽口をたたきながらも、何かを用意する。

 

「さて、これはどうかな」

 

 突如、ウォーズの全身に途轍もない圧力がかかる。まるで立ち上がることができない程の馬鹿げた圧。だが、何かが乗っているような感じではない。まるで体が急速に重みを増したような感覚だ。

 

「……つくづくふざけた頑丈さだな。二万倍の重力だぞ」

 

 二万倍の重力。今この存在はそう言った。

 そんな物を受けてしまえばどんな生物も潰れた血痕となるだろう。にもかかわらずウォーズは指一本動かせてはいないとはいえ、形を保っている。異常な耐久力だ。

 だが、それに一つだけ間違いが有った。

 

「……おいおい、どんな化け物だ、お前は」

 

 ウォーズが、立ち上がる。

 体には毒が回り、体には言語に絶す重量が掛かっている。

 にもかかわらず、ウォーズは立ち上がった。余りの重量に足場に亀裂が入る。

 一歩、ウォーズが足を踏み出した。異音と共に足元の亀裂が広がっていく。

 

「床が抜けそうだな。できれば余り歩かないでくれたまえ、抜けたら困る」

 

 その言葉が言い終わらない内にウォーズが地を蹴り、駆ける。

 瞬間、轟音と共に床が崩れ落ち、岩盤が露出する。ウォーズは構わずそこに足を叩きつけ……

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「あ!?」

「何を驚いている、言っただろう、困ると。但し困るのはお前だが」

 

 顔のない怪物は悠々と亀裂から距離を取り、話し始める。

 

「今のお前には二万倍もの重力が掛かっている。そして、お前の体重が二百キロ程、岩盤にかかる重量は四十万トン位か。足裏の面積を十八平方センチ程として、かかる圧力は凡そ二ギガパスカル。そんな圧力に耐えられる物体は地球上に無いよ、大人しくマントルまで沈んでいけ」

 

 ウォーズは、もがく。もがくが、何に手を当ててもまともな抵抗が無い。どうあがいても体は下方へ沈んでいくのみだ。

 ウォーズの沈んだ穴からは暫く音が響いていたが、一分と経たないうちに何も聞こえなくなった。

 

「ふむ、やっと終わったか。予想外に時間を食ったな」

 

 顔無しの何かは穴から離れて行く。目当ては、倒れ伏した少女。

 

「しかし意外だな。一月前に逃げ出したお前が態々戻ってくるとは」

 

 少女に意識は無い。だが、顔の無い何か……少女の研究で主任を務めていた男、そしてこの研究所の所長は滔々と語る。

 

「お前が脱走したときはどうなるかと思ったよ。何せ、お前は強いからな」

 

 所長は少女を見下ろしたまま話し続ける。

 

「理性は鈍い、知能はお粗末、本能もまともではない……だが、お前は強かった。今の私でさえ、お前と正面から戦えば敗北は必至だろう」

 

 だが……と、所長は大きく息を──呼吸をしていないので動作だけだが──吐く。

 

「そんなお前でもあの男には敵わなかったか。全く、つくづくアレは異常だな」

 

 三千屋敷の女が露骨に嫌うのも頷ける。所長はそう言って再び大きく息を吐くような動きをする。

 

「まあ、どうにか殺した訳だが。この毒を作るのは苦労したよ、その毒が効かない体を作るのにもな」

 

 所長が少女の体を掴み上げる。

 

「さて、研究の再開と行こう。まずはお前の改良からだな」

 

 所長が少女の体を持ったまま、何かを操作するように指を動かした。すると、巨大な白い空間──地下実験場がゆっくりと浮上を始める。

 

「上の建物が壊れたのは面倒だな。邪魔な物を置く場所が無くなってしまった」

 

 所長は一人ごちる。

 その間も施設は上昇し、地上へとたどり着いた。

 再度所長が指を動かす。すると、施設に開いた大穴が水を流したかのようにふさがっていく。そうかと思えば、中央より壁がせりあがり、即席の建物を作り上げた。

 

「当座はこれで良いだろう。さて、研究を……」

 

 再開しよう……所長がその言葉を口にする寸前、地下より噴出した衝撃がその腕をもぎ取った。

 

「何……!?」

 

 地下より、何かが。

 

「Warrrrrrrrrrrrrrrrrrs!!!」

 

 咆哮と共にウォーズが床を突き破り姿を見せる。その顔には引き裂いたような笑顔が浮かんでいた。

 

「馬鹿な……!!」

 

 所長が驚愕の声を上げる。

 ウォーズに掛けた重力は解いていない。なのにどうやって上がって来た!? いや、そもそも何故マントルで生きている!? 

 

「一体……どうやって……」

「あー、何か熱くなったけどな、あんなもんで俺が死ぬか、下らねえ」

 

 嘘だろう……そう呟く所長の声は驚愕に満ちていた。

 マントルの温度は低くても五百度、高ければ四千度を超える。落下時間から考えてどう考えても中心付近の超高音地帯にまで落ちたはずだ。

 つまり

 

「四千度を……耐えたのか」

 

 あり得ない。生物である以上、体はタンパク質で構成されているはずだ。ならどれだけの強度が有ろうと六十度程度で変性する。四千度など絶対に耐え切れないはずだ。

 だが、耐えた。耐えられた。

 

(あり得ない! どう考えても理屈に合わん!)

 

 所長とて魔術や超能力等の理屈に沿わない力が存在することは知っている。

 だからこそ今回のウォーズの生存は異常だ。

 

(力を振るうだけなら既存の物理学の外にある力を使えば容易い、耐えるのも同様だ……だが!)

 

 所長はウォーズの体を見る。

 所々にマグマが付着し、それらが外気でゆっくりと冷えてきている。そこに、何らかの力で防いだ、癒したような形跡は無い。

 

(間違いない、こいつは純粋に四千度を耐えている!)

 

 だが、どうやって。

 防ぐなら理解できる。癒すなら存在する。耐えるのも、不可能ではない。

 だが、ただのタンパク質の塊が、如何なる力も使わずに耐えるのはおかしい。

 理屈に合わない。まるで法則が違うようだ。そう、法則が……

 

「いや、そうか」

 

 所長の脳裏にいくつかの事が思い浮かぶ。真っ先に浮かんだのは三千屋敷の怪物ども。

 

「一部の……ほんの一部の存在が、まるで法則を無視したかのような動きを取ることが有った」

 

 所長は話す。

 

「だが、それは無視したかのような動きではない。実際に無視していたのだ!」

 

 感涙にむせぶかの如く、所長が大きく手を広げる。

 

「素晴らしい! 恐るべき存在だ! 法則さえ超越してしまうとは! 

 この世界に有る道理など、お前達にとっては窮屈な物に過ぎないだろう」

 

 しかし……と所長が言う。

 

「どうやって戻って来た? 幾らなんでも重力を無視したは無いだろう?」

 

 もちろん、無視したと言われればそれまでだが……

 顔のないはずの所長に、何処か諦観したような表情が見える。

 

「あ? 下に落ちて毒抜けたんだよ、で体が動くようになった。なら足が落ちる前に蹴りゃ戻って来れる」

 

 そうか……と、あきらめきった雰囲気で所長が呟く。最早如何なる理屈も目の前の男には通用しないことを悟ったのだ。

 ウォーズが、動く。所長にその動きはまるで見えなかった。

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