郡千景は虐げられていた
家族を顧みない身勝手な父親、その夫に愛想が尽きて他の男と出ていった母親、そんな家庭にいた彼女は憂さ晴らしの標的となるには十分だった
「ちーちゃん、今日は一緒に寝よっか」
そんな彼女にも救われる瞬間はあった
結城勇一という同い年の少年は争い事を好まない温厚な性格をしており、甚振られている千景を見つけては間に入って千景を庇い、肩代わりしてきた
「ゆうくん、痛かったよね……ごめんなさい、ごめんなさい……」
この村出身でない彼は村中に蔓延する悪意に染まることなく千景を庇えるがそこまでが精一杯。ただ標的が変わっただけで悪意は手を抜いてはくれない
「いいんだよ、僕こそもっと早くに来てあげれば良かったのに……ごめんねちーちゃん」
「ううん、ゆうくんはいつも私を守ってくれてるもの……もう充分よ」
そうは言うが殴られた痣が残る千景の頬は痛々しく、勇一は頭を優しくなでながら千景を抱きしめる
「ねぇちーちゃん、僕ね、もう少ししたらここを出るんだ」
「え……?」
元々父親の仕事の都合故に長居する予定ではなかったが息子の勇一が虐められていると知り、更に予定を繰り上げて引っ越すことになったとの事、それを聞いた千景は頭が真っ白になり、不安と恐怖で体が震え出す
「い、行っちゃ……やだ……いやぁ、やだよぉ……ゆうくん、捨てないで……お願い、捨てないでぇ……」
啜り泣くどころか顔面がぐしゃぐしゃになるほど泣きじゃくる千景を勇一は頭や背中を優しく撫でる
「ちーちゃんを置いていったりしないよ。ねぇちーちゃん、一緒に行かない?」
「一緒に……?」
「お父さんからこの話を聞いた時さ、ちーちゃんがいるから僕はここに居たい、って言ったらちーちゃんも連れて行くから安心しろ、って」
だからずっと一緒だよ、と抱きしめる力を強めると腕の中でまた泣き出す千景、この地獄のような日々から抜け出せる、捨てられると思っていた勇一がずっと側にいてくれる、それがなによりも千景には嬉しかった
「行く、ゆうくんとずっと一緒にいる!」
「ん、僕もちーちゃんとずっと一緒だよ」
ずっと一緒、その言葉は幼い故の純粋さで二人の心を強く固く縛りつけた
空からバーテックスと呼ばれる人類の天敵が現れ、世界の人口は劇的にその数を減らし続けた
それでも絶滅を免れているのは神樹と呼ばれる人智を超えた神々の加護とソレを守護する勇者と呼ばれる唯一バーテックスを倒す事ができる少女たちのおかげである
そんな選ばれた存在達と同じ立ち位置に押し込められた千景は憂鬱そうに教室の窓の外を眺める
バーテックスと戦うためと言う名目で神樹を信仰する大社が丸亀城の一部を改装し学校のような学び舎に通うこととなったが、集められた勇者達と自分は仲間という気持ちや実感が湧かず、どうにも馴染めないでいた
「ゆうくん達の為にもここには通い続けるけど……ハァ、ゆうくんもっと頭撫でて」
甘えるようにそう言って机に突っ伏していると他の勇者達が揃い少しだけ教室が騒がしくなり、今日の訓練が始まる
(戦う訓練なんかよりゆうくんの花嫁修業とかしたい)
組み手の最中にそんなことを考えながらオレンジ頭の発育があまり芳しくない少女を畳に転がして開けていた胴着を正す
そもそも勇者の相手はデカくてなんか丸い白い物体、投げるにしろ掴むにしろ人相手に練習するより風船でやるほうがまだ堅実的ではないだろうかと思いながら次の相手と礼をする
「お前にはどうも戦う意志が感じられないが技術だけならそれなりだな」
「はぁ、どうも」
凛とした声と確固たる意思が瞳から滲み出る少女の言葉に興味なさげに返事を返しながら猛攻に体を合わせる、何度も相手にしているが彼女に対しては一度も技を取れた事はなく、本気でやろうが負けることは必須、であればこんな事で怪我でもして勇一に心配は掛けたくないと考えた所でむしろ逆に、と邪な気持ちが過る
(攻めたと思わせてカウンター食らって適度に怪我をするなら……今!)
襟を掴もうと伸ばした手は予想通り弾かれ、逆に掴まれ投げられる千景は受け身が間に合わないという体で畳と体の間に腕を挟む
「す、すまん!大丈夫か!?」
あまりにもキレイに技が決まりすぎて思いっきり畳に叩きつけた少女は慌てて千景を心配する、腕を押さえてくぐもった声を漏らす千景は心配するなと言いつつも大袈裟すぎないように痛みに堪え、その姿に休むよう勇者の皆々が千景を保健室へと連れて行く
「本当にすまなかった、私がもっと気をつけていれば」
「良いのよ、本気の貴女と少しやってみたかった私の自惚れだし、あまり気にしないで」
何度も頭を下げる少女に千景は少し辟易しながらも心配するなと念押しする、やっとのことで戻っていく彼女に最後まで悟られないように気を遣った千景はベッドに横たわり少し痛む腕を擦りながら天井を眺める
「……心配かけさせてごめんねゆうくん……つい出来心で……ゆうくん、嫌わないで……」
「嫌わないよ、ちーちゃんはいつも頑張っているんだから、少しくらい休んでも良いんだよ」
ほんと?と天井から視線を外すと、のほほんとした笑顔を浮かべた勇一が映り、我慢できずに抱きつこうと起き上がったところで勇一が手慣れた手付きでベッドの上にそっと寝かす
「一応怪我人なんだから、安静にしないと駄目だよちーちゃん」
「これくらい大丈夫よ、あぁでも、せっかくだからゆうくんに甘えたいわ」
「うん、いっぱい撫でてあげるよ」
頭を撫でられ、怪我した腕を優しく擦られて嬉しそうに目を細める千景はさっきまでとは別人レベルで幸せそうに顔を崩しておりこれを他の勇者が見たならば全員頬をつねるか幻覚を疑うだろう
「ねぇちーちゃん、もう少し勇者様たちの事信じても良いんじゃない?」
「そうね……ゆうくんがいてくれればそれでいいわ」
聞いてはみたが予想通りの答えになってない答えが返ってきた勇一は、むしろそこまで愛されては何も言えないと咎めたり呆れるでもなく、ありがとうと礼を返す始末
「でもゆうくんの言いたい事は分かるわ、星屑や進化体はまだしも完成体を相手に二人でどうこうは無茶だって分かるから最低限連携が取れるくらいには頑張ってみるわ」
「ん、じゃあそんな頑張っているちーちゃんを僕は目一杯甘やかすよ……と、誰か来そうだ、お父さんかな」
そう言った直後にドアが開き、巫女と勇一の父、結城勇斗が入ってきた
「あら?今千景さん以外に誰かいませんでした?」
「えっと……」
言っていいものかとちらりと勇斗を伺うと、察した彼はため息を吐いて猫か何かの所為にする
「そう、えっと、人懐っこい子がいて、ちょっと遊んであげてたの」
「そうですか?あ、それより腕のお怪我は」
そこまで心配はないとアピールするように腕を見せる千景
「心配かけてしまっているようですが、戦闘に支障をきたす事はありませんからご安心を」
「そういう心配をしているわけではないのですが……」
「…………あ、訓練に戻れという事ですね」
やはり劣情に感けてズル休みはするものではないと反省しながらベッドから降りようとすると、勇斗がやんわりと制止しベッドに座らせる。その流れるような所作にやはり親子だと心の内でほくそ笑んでいると落ち込む巫女の姿が視界の端に入る
「純粋に千景さんの心配をしただけですのに……私達ってそんな風に見えてました?」
「えっと……どうすれば良いかしら?」
「気にすることはありません千景さま。上里様も我々大社は周りに畏れられているくらいがこのご時世には必要な事でしょう」
彼なりの精一杯のフォローなのだろうが千景から見てもそれはどうかと思う
だからといって項垂れる巫女に何か気の利いた言葉を言えるような仲でもないので口を結んだままだが
「……ではお邪魔なようですし私は戻りますね……」
「あ、えっと、はいーーあ、いえ、今のハイは邪魔者扱いしたわけではなく……」
追い打ちをかけてしまったと反省しながら幽鬼のようにフラフラと出ていく巫女とソレを支える勇斗を見送る
「……なんだか申し訳ないことをしたわね、次会えたら謝れるかしら……」
「僕が言えた義理じゃないけど、ちーちゃんとお父さんはもう少し他者を思いやる言葉を選んだ方がいいよ」
純粋な心配しての事だったのに哀れな結果となった巫女への申し訳無さに今すぐ彼女の眼の前で土下座を敢行したい気持ちになる勇一
「まぁちーちゃんもお父さんも饒舌な所なんて想像できないし僕だってそんなに口が達者な訳じゃないから強くは言えないけど」
「そうね。ふふ、ゆうくん相手ならいっぱい喋れるのに……あ、世界中の人がゆうくんになればきっと賑やかになれるわ」
「冗談か本気かは聞かないであげるけど、僕としてはそうなって欲しくはないなぁ、ちーちゃんとずっと一緒にいられる結城勇一は僕以外いらないよ」
はぅ、と小さな悲鳴を上げてベッドに倒れる千景、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしているがその表情は幸せそのもの
「ちーちゃん大丈夫?」
「ずるいわ、ゆうくん。私だってゆうくんだけの千景よ」
そう言って物欲しそうに見つめてくる千景、彼女の意図に微笑ましく思いながら隣に寝そべり、額をくっつける
「ちーちゃん、ずっと、ずーっと、一緒にいるよ」
「……それって私が死ぬまで?」
「あはは、死んでも一緒さ」
その答えに満足そうに微笑む千景と抱きしめ合い、勇斗の迎えが来るまで千景の耳は真っ赤に染まり続けた