千景の亡霊   作:海底1号

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2,勇者

 

 「ちーちゃんはさ、大きくなったら何になりたい?」

 「ゆうくんと一緒にいたい」

 

 腕にしがみついて迷うことなくそう答える千景、今まで真っ当な人生を送れなかった彼女にとって夢も希望も全ては勇一が隣にいてくれる事

 

 「私はゆうくんが側にいてくれたらそれでいいの、それ以上は望まない、それ以外もいらない、だから……」

 「本当に?」

 

 泣きそうな顔を上げるといつもにこにこと微笑んでいた勇一の笑顔はなく、不安が滲むソレはどこか鏡でも見ているような気分になる

 

 「ゆうくん?」

 「これから先、本当に何があっても一緒にいてくれる?」

 「……いるッ、一緒にいるよ!」

 

 何が勇一の心を苛んでいるのか今の千景には分からないが、彼を苦しめている要因になんだか無性に腹が立ってきた千景は声を張って肯定し、いつもしてもらうように彼の頭を胸に抱き締める

 

 「……ちーちゃん、温かいね」

 「ゆうくんがくれたのよ?ゆうくんがいなきゃずっと寒くて生きていけないわ」

 「そっか、じゃあ離れられないね」

 

 ギュッと抱き返され千景は安心感に包まれる

 

 「僕もちーちゃんがずっと傍に居てくれるならそれでいいや、だからちーちゃん、ずっと一緒にいてね、約束だよ?」

 「うん、約束。ずっと一緒よ」

 

 顔を見合わせるとどちらからともなく笑みを浮かべる。たとえ何が起ころうとも、この温もりを手放さないと心に新たな火を灯しながらまた強く抱き締めあった

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、千景さんこんにちは」

 

 淡い金髪のくせ毛を伸ばした少女が千景の顔を見て軽く会釈しながら挨拶をする

 

 「珍しいわね、貴方が一人でいるのは」

 

 この少女とオレンジの子は何かとセットでいることが多く、訓練が休みの日に人もまばらな食堂に一人で食事していた事に少しばかり意外に映る

 

 「少し、一人になりたくて」

 「まぁそういう日が必要な時もあるわよね」

 

 話に合わせる千景だが、さっきまで勇一と家で目と目を合わせて愛を囁やきあっていた身としては勇一という依存相手がすぐ側にいないなど、想像するだけでも身の毛がよだつ

 

 (そう考えると、私ってつくづく場違いな気がするわね)

 「千景さんは今からお食事ですか?」

 「……えぇ、ちょっと遅くなったけど自主練前に食べておこうとね」

 

 あのまま日がな一日、囁やきあっていても良かったが、少しくらいは体を動かすべきだろうと登校しに来た

 

 「……あの、迷惑でなければ、少し愚痴を零してもいいですか?」

 「……まぁ吐き出したいなら吐き出すと良いわ」

 

 そう言って料理を軽めに皿へ盛りつけると彼女の正面に座り、箸をつける

 

 「……千景さんは強いですよね」

 「え?」

 

 独り言を相手にする気であったが耳を疑う言葉が聞こえ、思わず箸が止まってしまう

 

 「勇一さん、でしたよね、彼の為にそこまで頑張れるのですか?」

 「当然よ、私はゆうくんのいるこの世界を守るの、もし、仮に、考えたくないけど駄目だとしても……ゆうくんとはずっと、ずーっと、一緒にいるわ」

 

 やっぱり強いですね、と微笑もうとする彼女だが引き攣ったようにぎこちなく映る

 

 「私は怖いです、バーテックスと戦ったら殺されるんじゃないかって。私だけじゃない、乃木さんや高嶋さん、タマっち先輩が殺されたらって思うと」

 

 怯える彼女の言い分は理解できると千景は頷く、その道をすでに通ってきた身としてはまるで勇一の視点で自分を見ているようだと思わずそっと手を重ねる

 

 「自分の命も、自分より大切な人の命も失いたくないわよね、だから私は抗うわ、抗って抗って、一分一秒でも長くゆうくんといる為に、私はいくらでも強くなってみせるわ」

 

 千景の本質の一部を垣間見た気がした彼女は息を呑み、自分にも出来るだろうかと思わず吐露する

 

 「それはあなた次第よ、でも、そうね、私もバーテックスが降ってきた日から怖くて仕方がなかったわ」

 

 スタートラインは同じだと言外に含ませると少しだけ彼女の瞳から何かしらの意志が見え隠れする

 

 「……私も千景さん達みたいにタマっち先輩とずっと一緒にいる為に頑張ります」

 「えぇ、一緒に大好きな人を守り抜きましょう?」

 「は、はい!」

 

 結城一家以外でこうも笑い会えるのはいつ以来だろうか、少なくとも彼女とはこれから仲良く出来そうだと微笑む

 

 「ところで、あの、千景さん。せっかくなのでこれからは杏と呼んでくれませんか?」

 「え、えぇ、よろしく杏さん」

 

 少し返事に詰まっていたが単純に恥じているのだろうと杏は訝しむことはせず、むしろさっそく呼んでもらえたことに喜びが勝る

 

 「あの、千景さんが良ければですけど、その自主練、武器持ちでの模擬戦に付き合ってくれませんか?」

 「えぇ、構わないわ」

 

 同意を得られた杏は嬉しそうに微笑んで訓練場の使用許可を貰いに行くと言い残して食堂を後にする

 そんな杏を眺めながら千景はうどんの汁も最後まで飲み干して一息吐く

 

 「伊予島さん、良い子だね」

 「えぇ…………ゆうくん浮気しちゃいやよ」

 「しないしない、ちーちゃんは僕の事をそんな男だと思ってるの?」

 「ふふ、冗談よゆうくん」

 

 微笑みながら席を立ち、ゆっくりとした足取りで訓練場へと歩いていった

 

 

 

 

 

 

 

 「そこ!」

 

 杏が撃ったゴム弾を大鎌の柄で弾き、そのまま棒高跳びのように飛び上がり背後を取る

 

 「これで私の勝ちね」

 

 模造の武器とはいえ殺意はそのままな千景の勝利宣告に己の首が落ちる姿を幻視した杏は力なく座り込む

 

 「だいぶ疲弊してるわね、今日はこれで終わりにしましょう」

 「あ、いえ、まだ、頑張ります」

 

 膝を笑わせながら立ち上がる杏に無理は禁物だと座らせタオルと飲料水を渡す

 

 「ねぇ、やっぱりこの訓練、杏さんには負担じゃないかしら?」

 

 近距離で広範囲に攻撃できる千景相手に遠距離の直線的な攻撃しか出来ない杏では相性が最悪どころの話ではない

 初めこそ飛び道具という利点で懐に入れさせない引き撃ちで少しは粘れたが、射線が読めてからは千景の一方的な蹂躙になってしまい、いっそ他の訓練をしたほうが良いのではと千景は思ってしまう

 

 「いえ、この訓練方法のままお願いします、今までタマっち先輩たちに頼り過ぎていた分、少しでも一人で立ち回れるようにならないと」

 「……分かったわ、私で良ければいつでも相手になるわ。まぁ、今日の所はシャワーを浴びて帰りましょう?」

 

 二人は備え付けのシャワーを浴びてさっぱりすると帰り支度をする、その際に杏が一冊の小説を出し千景に渡す

 

 「私のお気に入りの小説のひとつです、その、良ければ千景さんも読んでみませんか?」

 「……まぁ勇者の中で言えば共有出来そうなのは私くらいよね」

 

 堅物、アウトドア、まだ早そう、と恋愛小説とは無縁なメンバーを思い浮かべて、まだ自分は取っ掛かりがありそうだと納得してしまう

 

 「あ、いえ、けして無理強いをしたいわけではないですから……」

 「冗談よ、それに興味は少しはあったから。それ、読ませてもらってもいい?」

 

 はい、と嬉しそうに喜ぶ杏から本を受け取ってかばんへ入れる

 

 「それじゃ、また明日」

 「はい、また明日」

 

 こういう関係も悪くないと微笑みながら帰り道を歩いていると勇一が、良かったね、と笑みを浮かべながら千景の手を握る

 

 「共通の趣味が出来れば仲良くなれる大きな一歩だよ」

 「えぇ、でも私はゆうくん第一だからなんだか申し訳ないわ」

 

 杏が好意で差し伸ばしてきてくれた手を振り払うとまでは言わないが握り返す気が起きない心情に薄情だと自嘲してしまう

 

 「そう深く悩まなくても良いんじゃないかな、友情は広く浅いくらいが丁度いいんだよ」

 

 そういうものかと首を傾げる千景に、多分ね、と笑い飛ばす勇一

 

 「まぁ僕にもちーちゃんにもそういう相手が今までいなかったから戸惑うのも無理はないよ。だけど今までいなかっただけでこれから作っていけば良いんだよ、ちーちゃんならそれが出来るから」

 「ゆうくん……分かったわ、私も頑張ってみるわね」

 

 これから共に戦うのならどのみち意思疎通ができる程度には仲良くしておいた方が良いと千景も頷く

 

 「あ、でも頑張りすぎて好きになるのは駄目だよ?」

 「ひどいわ、ゆうくん、私のことそんな風に見てたの?」

 「あはは、冗談だよちーちゃん」

 

 昼間の仕返しだと笑う勇一に分かっていながら千景は許さないと冗談交じりにそっぽを向く

 

 「ごめんってちーちゃん」

 「ふーん、婚約者の事を疑う旦那様なんて知らないわ」

 「もー、聞き分けの無いお嫁さんはこうしてやるー!」

 「あっ、ちょっと、もう!ゆうくん!駄目だってば!」

 

 後ろから羽交い締めに抱きながら千景の敏感なところをくすぐる勇一、笑いをこらえようにも彼の責め苦に抗えた試しはなく、夕暮れに染まり始める帰り道は艶めいた笑い声が響き渡った

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