千景の亡霊   作:海底1号

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3,愛称

 

 「勇一、千景ちゃん、朝よー、早く起きなさーい」

 

 部屋の外から聴こえる勇一の母、結城綾女は間延びする優しそうな声で朝を告げる

 

 「むぅ〜、んん、ふぁ……おはようちーちゃん」

 「んん~、ふぁ……おはようゆうくん」

 

 寝起きの二人はぼんやりする頭で抱き合い、深く息を吸う

 

 「ゆうくん好き」

 「ちーちゃん大好き」

 

 互いに好き好き言い合っているうちにだんだんと目が覚めだすと、部屋を出てリビングで食卓を彩る綾女と挨拶を交わす

 

 「おはよう二人共、朝ごはんできてるから冷めないうちに食べてね」

 

 隣り合うように並べられた席に座ろうとして、千景は互いが引っ付くほどの位置まで椅子を動かし満足気に勇一の隣に寄り添う

 

 「ふふ、仲良しさんね」

 

 微笑ましい光景に嬉しそうに眺める綾女

 今は居候として千景を招いている立場だが、旦那の勇斗の働きによってもうすぐで本当の家族になると思うと嬉しくもあり少しだけ悲しくもある

 

 (本当はちゃんと愛されて育てられて、そうやって大人になっていくべきなのに……)

 

 だが現実はそうはならなかった、村にも郡家にも千景の居場所はなく、勇一に見初められなければ彼女は一体どうなっていたことか考えたくもない

 

 「あ、あの、ゆうくんのお母さん、その、えっと……あ、ありがとうございます」

 「な~に?改まっちゃってから」

 「私のようなアバズレの子に、こんなに良くしてくださって……」

 「……勇一、挟撃よ」

 

 アイアイサー、と元気よく返事をすると二人で千景をサンドイッチのように挟み、これでもかと頬擦りをする

 

 「ゆうくん、お、お母さん……あ、あの、ひゃ……」

 「あなたはもう結城家の娘よ!この家で私達に育てられる結城千景よ!」

 「そうだそうだ!」

 

 いらないと言うなら、誰も手を差し伸べなかったというなら、その役目は自分達だと綾女と勇一は千景を強く抱きしめる

 

 「……だから、そんな風に自分を卑下する娘は、お母さん叱りますからね」

 

 抱き返された綾女は胸の中で震える千景の頭を彼女が泣きつかれるまで優しく撫で続けた

 

 

 

 

 

 

 

 日課となった伊予島杏との訓練が少しずつ実戦形式になってきた千景は日に日に強くなっていく杏にまた微笑みと敗北を贈る

 

 「お疲れ様、立てる?」

 「あ、ありがとう、ございます」

 

 息も絶え絶えに千景の手を借りて立ち上がるも、うまく力が入らずに寄りかかるように倒れる

 

 「す、すみません千景さん」

 「いいのよ、それだけ頑張ってる証拠よ」

 

 壁際に座り直して一息つくと千景はカバンから本を取り出し面白かったと感想を添えて杏に渡す

 

 「ちゃんと幼馴染の手を取ってくれたのは良かったけど、もっと早く幼馴染と引っ付いてほしかったわ」

 「あはは、恋愛小説あるあるですね、私も二人のその後をもっと読んでみたかったです」

 「それとライバルを演じてた子、いい子すぎて最後の方は読んでて辛かったわ」

 「まさか今までの行いは二人を焚きつけるためだったなんて……」

 

 休憩がてら恋愛小説の感想で盛り上がっていると勇一が千景の肩を指先でつつき、どうかしたのかと視線を向けるとちょうど入り口の方から覗く人影と目が合い、あぁ、と察する

 

 「千景さん、どうかしましたか?」

 「ほらあそこ、お客さんよ」

 「お客さん?あ、タマっち先輩に高嶋さん!」

 

 杏が手招きすると覗き見のようなことをしていたことを恥じてか、バツが悪そうに中へと入る二人

 

 「その、私達な?最近二人がなんかしてると気になってな?」

 「覗いたら二人がすごい気迫で組手をしてて、声を掛けづらくって」

 「気にせず声を掛けてくれても良かったのに、ね?千景さん」

 

 ついでに言えばやけに杏と千景の距離が近い事も気にはなっていたようで、この際だからと色々聞いてみてスッキリさせた二人

 

 「そっか、タマ達を守ろうと、嬉しいぞ〜杏〜、千景〜」

 「ありがとう、アンちゃん、ちーちゃん」

 

 二人に撫でられ顔を綻ばせる杏とは対象的に少しだけ困った表情を浮かべる千景

 

 「あれ?どうしたのちーちゃん」

 「ううん、なんでもないわ、ただのヤキモチ……あ、いえ、ちょっと疲れてるだけだから」

 

 すると杏の首が捻じ曲がるのではと思う速度でグルンと回り、千景の手を取る

 

 「つ、疲れてきたんですか!」

 「え、えっと……そうね、杏さんが強くなってきたから油断していたわ」

 

 頬を掻きながらそう言うと杏は嬉しそうに礼を言って抱きつく、彼女からしてみれば千景は教え授ける側の教師的な存在だった、今まで涼しい顔で指導してくれていたが、ようやく千景に疲労を感じさせるほど食いつくことができたのだと喜ぶ

 

 「あ、タマっち先輩と友奈さんも一緒にしませんか?」

 「お、良いのか?」

 「私もぜひ参加したい!」

 

 確かに攻撃のバリエーションが増えるのは良い事だと千景も頷く。とくに盾役と超近接役相手に同時に対応できるようになれば進化体への対応も選択肢が増える

 

 「これからもみんなで頑張りましょう?」

 

 おー、と元気よく返事をするも人数が増えたことでどう訓練していけば良いか分からず皆で首を傾げる

 

 「とりあえず2対2で戦ってみるのはどうだ?」

 「まぁそれが無難な方法かしらね、あとは1対3みたいな変則的なやり方も」

 「サドンデスみたいなのもいいと思うよ!」

 

 色々と案を出し合ったり試しに実践してみた結果、しばらくは1対3のリンチ形式を交代しながら行うこととなった

 

 「よし、まずはタマからだな!さぁかかってーーおわぁっ!!」

 

 意気込んだ瞬間に襲いかかってきた大鎌をギリギリで躱すと続けざまに拳が目の前に映り盾で弾いた瞬間、胸元にゴム弾が命中する

 

 「早かったわね土居さん」

 「ドンマイだよタマちゃん!」

 「その、不意打ちみたいでごめんね、タマっち先輩」

 「くそ~、友奈、交代だ〜!」

 

 この理不尽さがどれほど理不尽なのかと教えてやろうと友奈と交代する

 土居の時同様に初手から畳み掛けるように攻撃するが友奈は持ち前の運動能力で難なく回避し、次々と掻い潜っていく

 

 (高嶋さん、やっぱり強いわね)

 

 四国出身ではない彼女は奈良からずっと戦いながら四国へと避難してきた。そのため戦闘経験はそれなりに多く、多対一という戦い方に慣れている

 

 (これで好戦的な性格だったらまだ続いていたわね)

 

 土居と杏の攻撃にほんの少しズラしたタイミングで大鎌を振るうと案の定、目は追えていたようだが回避も防御も取らずに大鎌を喉元に受け入れる

 

 「……あちゃ~三人掛かりはやっぱりきついね」

 「でもだいぶ健闘していたぞ!すごいな友奈!」

 

 土居の称賛に杏も興奮気味に頷く、褒められた友奈も照れくさそうにしており彼女の和を取り持つ心意気に水は差すまいと先のことは目を瞑る

 

 「さ、今日はもう遅いから今日は終わりにしましょう」

 「あ、もうこんな時間なんですね、皆さん、ありがとうございました」

 「また明日もこれやろうね!」

 

 そうやる気に満ちた友奈に申し訳ないが明日は用事があると、千景は申し訳無さそうに断る

 

 「なんだなんだ〜?勇者の特訓より大事な用事って〜?」

 「もう、タマっち先輩、茶化してはだめですよ」

 「フフ、いいのよ、明日はゆうくんの家族と出かけるの」

 

 全員が察してなるべくいつものように振る舞えるように気を遣うがそれが余計にぎこちなく、千景は気にしなくていいのにと呆れながら解散となった

 

 

 

 

 

 

 「ゆうくんの話になるといつもああなるわよね」

 「しょうがないよ、なんせ僕はこんなんだし」

 

 帰り道、千景に後ろから抱きつく勇一に今日は一段とスキンシップが多いと嬉しそうに頭を傾けこすりつける

 

 「まだ高嶋さんのこと気にしてるの?」

 

 彼女と会話した日は決まってこうだと微笑ましそうに指先で頬を突くと、だって、と子供のように抱きしめる腕に力が籠もる

 

 「ちーちゃんは……ちーちゃんは僕だけの呼び名なのに……」

 「前から思ってたけどゆうくんって高嶋さんにだけ何故か情緒不安定になるわよね?」

 

 心優しいはずの彼がここまで過剰に独占欲を剥き出しにするのは何か理由があるのかと聞いてみたことはあるが、生理的に仲良くなれないからとよく分からない理由だった為にそれ以上考えることはなかった

 

 「友達は広く浅く、勇者みんなと仲良くしよう、じゃなかったの?」

 「そうだけど、高嶋友奈さんだけはなんかこう、永遠に分かり合えない気がする」

 

 本当によくわからない理由だと勇一にしてはあまりにも子供っぽくて可愛らしいと千景は微笑む

 

 「……あの子絶対ちーちゃんの前の名字間違える子だよ……ぐんとか読むタイプだって……」

 

 どういう心配をしているのか分からない嫉妬の仕方に嬉しさはあるものの、彼がいつまでも高嶋友奈の事で頭がいっぱいだというのは面白くはない

 

 「……ゆうくんったら高嶋さんの事ばっかり口にして、私の事は飽きちゃった?」

 「そんなことないよ!……でも確かにちーちゃんの言うとおりだったね、ごめんね」

 

 あからさまに落ち込む勇一を千景は器用に体を回しして抱き返して頭を撫でる

 

 「ふふ、大丈夫よ、何があっても私はゆうくんの隣にいるわ、なんならずっとこうやって胸の中に住まわせても良いくらいよ」

 

 生理的無理というのは恐らく友奈と自分が好意を寄せあう可能性を恐れているのだと千景は思う

 もし仮に勇一に出会う事なく高嶋友奈に出会っていれば隣にいたのは友奈だったかもしれないと、千景も否定できないからだろう

 だからこそ千景からすればそんな心配は考える必要がない。もう千景は勇一に救われ、勇一と契りを交わし、そして結ばれた、それが全てだから

 

 「ねぇゆうくん、私はゆうくんのことが好きよ、ちーちゃんって愛称はゆうくんが呼んでくれることに意味があるの」

 

 彼以外に呼ばれたところで、あだ名以上の意味は一生持たない。勇一が呼ぶからこそ、自分の心臓はこんなにもドキドキするのだと優しく諭す

 

 「だからもっと私を呼んで、私を求めて、ね?ゆうくん」

 「……ちーちゃん、ちーちゃん!ちーちゃんッ!」

 

 脳の奥にまで響く愛おしい愛称に千景は恍惚としながら彼からの求愛を心ゆくまで堪能し続けた

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