千景の亡霊   作:海底1号

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4,収獲

 

 怒涛のような環境の変化に戸惑う間もなく郡の姓から結城に変わり、香川へと引っ越した千景は勇一の隣に寄り添うように座り、向いに座る勇斗と綾女を緊張した面持ちで見ていた

 

 「さて、今日から千景さんは正式に結城家の人間だ、すぐにとは言わないが徐々に順応してほしい」

 

 勇斗の言葉にぎこちなく頷く千景。新しく始まる家庭に喜びはあるものの、勇一と綾女とは正反対な厳つい顔つきの勇斗を見ていると、此処で何か粗相があればまたあの地獄に戻されるかもしれないと不安が拭いきれずに小さく震える

 

 「あなた、そんな顔しても怖いだけよ、千景ちゃんが怯えきってるわ」

 

 綾女からフォローされるが今日から家族になってくれる相手に対して怯えるなどあってはならないと、千景は勇一にしがみつきながら首を横に振る

 

 「だ、大丈夫です、お、お義父さんになる人を怖がったりなんて……」

 「無理しないでちーちゃん、正直僕だってお父さんの顔怖っ、て思うこといっぱいあるし」

 

 頭を撫でられ幸福感に包まれるが視線の先には目を伏したまま腕を組む勇斗が映り、情動の振れ幅に目を回しそうになる

 

 「大丈夫だよちーちゃん、あの顔は嬉しい時とか喜んでいる時のしかめっ面だから何も心配ないよ」

 「そうよ千景ちゃん、この人嬉しい時ほど顔が怖くなるタイプだから」

 「しかめっ面なのに……?あ、違っ、ご、ごめんなさい」

 

  失言をきっかけに、ついに涙が溢れ出す千景を睨むように見つめて席を立つと勇一の隣に綾女を挟んで座る

 

 「すまなかった千景さん、妻や息子の言う通り私の顔はあまり……いや、全く愛想が良くない。村での環境に苛まれてきた千景さんには酷だったな」

 「あ、う……私……ごめんなさい、ごめんなさいッ」

 

 これ以上怖がらせないようにと視界に勇一と綾女を挟んでくれる勇斗の優しさに気づいた千景は心の底に沈めていた親の温かさを思い出し、勇一達を挟んで勇斗に縋り付いて泣きながら謝る

 

 「……直接はもうちょっと先ね」

 「……今はこれで十分だ、直ぐにとは言わん、徐々に慣れてくれれば」

 

 綾女の手に重ねながら千景の頭を撫でる、いつか訪れる日まで、この手で二人を守り抜こうと誓いながら勇斗は愛おしそうに二人の子供を見つめ続けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 爽やかに澄み切った空の下、天空恐怖症でもなければピクニック日和な日に、千景は勇斗と共に瀬戸大橋に来ていた

 

 「結城様に敬礼!」

 

 迷彩服を来た大人たちが年端もいかない中学生の自分に向けて恭しく敬礼されるこの状況は何度経験しても慣れるものではない

 

 「ねぇお義父さん、やっぱり皆さんを連れて行くのは止めたほうが……」

 

 結城家が抱える精鋭部隊とはいえ彼らはただの人間、訓練こそ積んではいるがまともな対抗手段など殆ど無く、結界の外への同行は何度行っていても抵抗感がある

 

 「千景さま、彼らはこの任務の為に鍛え上げてきたのです、千景さまのサポートに徹し、いざとなればその身を挺してお守りいたします」

 

 公私はきちんと分ける勇斗は今は大社の(かんなぎ)として振る舞っており、慕っている義父にも畏まれるなどたまったものではないと不機嫌そうにそっぽを向く

 

 「お義父さんの意地悪」

 「…………今は任務の成功のみをお考えください」

 

 だいぶ間を開けて絞り出したような声に少しだけ溜飲を下げた千景は仕方がないという風に肩をすくめる

 

 「……分かったわ……それじゃ、行ってきます」

 「お気を付けて。それと勇一、千景さまの事をきちんとお守りしなさい」

 

 分かってるよ、と自信満々に答える勇一の抱擁に千景は嬉しそうに照れながら彼らと共にトラックへと乗り込む

 

 「結城様、いつものルートでよろしいですね」

 「そうですけど……本当に良いんですか?」

 「お心遣い感謝します、ですが覚悟は決まってますので」

 

 千景の心配は他所に彼らに恐れや迷いは一切なく、トラックは結界の外へと突き進んでいく

 

 「大建替え、か」

 「神様目線だと何をするにしても規模が大きいものだね」

 

 倒壊した街並みを呆れるように眺めながら勇一と話していると、レーダーがけたたましく鳴る

 

 「来たわね」

 

 車を停車させると雨のように降り注ぐバーテックスを大鎌で屠り続ける千景、その切り捨てた死骸が消える前に隊員達が速やかにガラスケースへと詰め、色とりどりの光が荷台を輝かせていく

 

 「何度見ても綺麗だね」

 「そうね、これが兵器の原料だなんていまだに信じられないわ」

 

 軽口をたたきながら大鎌を振るっているとレーダーを見ていた隊員が進化体の接近を叫んで知らせる

 

 「矢型よ!隠れて!」

 

 目視で確認して叫ぶや、鋭く尖った杭のようなモノが勢いよく射出され、とっさに弾く

 

 「ちーちゃん、いける?」

 「えぇ、だからゆうくん、一気にお願い」

 

 トラックが射線から外れたのを確認し駆けだすと、すべての矢が千景へと向き、射殺そうと次々襲い掛かる

 だが千景はその雨に一滴も触れることなく掻い潜り、徐々に距離を詰め、矢型が次を構えた一瞬の隙きに懐へと潜り、勢いに任せて両断する

 

 「ゆうくん美味しい?」

 「うん、ごちそうさま」

 

 光りに包まれながら満足そうに手を合わせる勇一に千景はおかわりもあると微笑み、次へと躍りかかる

 そんな命のやり取りをしばらく屠り続けると辺りからバーテックスの気配がなくなってきた為、地下ヘと潜り込んで中の安全を確保すると休息を取る一行

 手頃な瓦礫に腰を下ろした千景は隊員の一人からお茶を受け取ると勇一にもたれ掛かりながら喉を潤す

 

 「ふぅ、さすがにハイペース過ぎたわ」

 「お疲れちーちゃん」

 

 労う勇一の抱擁に無理した甲斐があったと顔や体に触れて勇一の輪郭をなぞっていく

 

 「くすぐったいよちーちゃん」

 「あら、もうそこまで出来たの?」

 「ううん、でもなんかそんな気分」

 

 想像豊かね、と微笑む千景を嬉しそうに強めに抱きしめてグリグリとおでこを肩に擦りつける

 

 「ふふ、甘えたがりのゆうくん、なんなら膝枕もしてあげるわよ?」

 「ん〜、むしろ僕の膝にちーちゃんの頭を乗せたいなぁ、なーんて……あれ?」

 

 冗談交じりに提案すると徐に寝そべり、幸せそうに勇一にしがみついて顔をこすりつける

 

 「ちーちゃんったらもう……気持ちいい?」

 「最高よ」

 

 尻尾が生えていればそれはもう引きちぎれんばかりに振っていることだろうと勇一は頭を撫でながら微笑み、吸うのは止そうとさすがに咎める

 

 「さすがに匂いは再現できないからね?」

 「そうかしら?心做しか吸えてるような……」

 

 気のせいだと念を押す勇一にクスクスと笑みを零し、からかっていたのだと気づいてじゃれ合い始める二人

 

 「あの、千景様……お楽しみのところ申し訳ございませんが」

 「……バーテックスね、わかったわ」

 

 なんて間の悪いと舌打ちしながら不服そうな顔はするものの、すぐに切り替えてトラックへ乗り込み外へ飛び出す

 

 「せっかくいいところだったのに……」

 「まぁまぁ、帰ったらまたいっぱい甘やかしてあげるから頑張ろうね、ちーちゃん」

 

 それなら俄然やる気が湧くと七人御先を降ろして各自ガラスケースを携える

 

 「……ちーちゃん?さすがにそれは無駄遣いじゃないかな?」

 「作業効率が上がるなら無駄じゃないわ」

 

 確かに勇者の身体能力が7人掛かりで集めれば早く終わるがその分千景の負担は増える事になり、それはあまり賛成できない勇一はやる気満々な千景と体を重ねる

 

 「ッゆ、ゆうくん……そん、いきな……り……」

 「だって止めてもちーちゃん渋るでしょ?ちーちゃんが無茶するくらいならいっそ食事を始める方が良いよ」

 

 まるで千景の口から勇一が発しているかのような口振りに隊員達の目が据わる

 

 「勇一様、我ら一同この身を捧げる覚悟は出来ております」

 「その決心は別の機会でお願いするよ、今はとりあえず離れた位置で七人御先達と回収してて」

 

 そう言ってトラックから飛び跳ねると進化体の頭上から大鎌を振り下ろし、いとも容易く真っ二つにする

 

 「おいで御馳走、全部食べてあげるから」

 

 殺到するように群がるバーテックス達へと大鎌を振り回し光を浴びながら踊っていく、まるで演武のような殺戮に遠く離れた隊員達は畏れを抱きながらも救われたような表情が伺える

 

 「綺麗だな」

 

 隊員の一人が呟くと周りも同意するように頷く、真っ当な人生を歩めなかった彼らにとって結城家、ひいては勇一の存在は最後の希望であり安らぎでもある

 いつか自分達も、そんな羨望に近い眼差しで勇一の糧になっていくバーテックス達を眺めながらガラスケースを回収していった

 


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