結城千景になってから彼女の人生はガラリと変わった
温かく優しさに溢れた母、厳格ながらもちゃんと見てくれる父、そして何より、これでもかと愛を注ぎ込んで包み込む勇一
結城一家に矯正された千景は痩せ細っていた体は日に日に健康的に育ち、健やかな心を育めるようになった
「……からだ、おもい……」
そんなある日の事、目を覚ました千景は気怠さと気持ち悪さと腹部の鈍痛に悶ながら勇一にしがみついていた
「ちーちゃん、大丈夫?トイレ行く?」
勇一が心配そうにお腹を擦る、彼の手の温もりにいつもなら何もかもがどうでも良くなるほど幸福感に包まれるというのに今日はやけに痛みが重い
「ゆうくん……お願い、一人じゃ……動けなくて……」
わかったと頷き、痛みに堪える千景を抱き上げてトイレまで連れて行くと、終わったら声を掛けてと一言添えて扉の前で待機する
「む?おはよう勇一、順番待ちか?」
「あ、お父さんおはよう」
実は、と朝の千景の様子を話すと険しい顔に更に皺を寄せて何か考え始める為、勇一は呆れながら忠告する
「お父さん、ちーちゃんに見つかる前にその顔直した方がーー」
「ゆ、ゆうくん……」
遅かったか、と振り返ると顔面蒼白の千景が映り、父親は別に怒ってないと伝えるが、千景は震えたまま勇一にしがみついてなにかに怯え続けている
「ちーちゃん?どうかしーー」
生暖かい液体で千景の下半身が赤く染まっていることに気づいた勇一、ソレが血だという事に気づくまで時間は要らず、強く千景を抱きしめる
「ち、ちーちゃん、大丈夫、大丈夫だからね!」
「ゆうくん、わたし……死んじゃうの?」
そんなことない、と強く否定し急いで救急車を呼ぼうとリビングへと向かおうとして勇斗がソレを止める
「落ち着きなさい二人とも、千景さんのソレは病気でも怪我でもない」
「え?」
「そう、なの?」
勇斗の一声で冷静さを取り戻す二人、こういう時自分の顔は迫力があって便利だと自嘲しながらトイレの棚からナプキンを取り中身を見せる
「今、綾女を呼んでくる、詳しい使い方は綾女から教わりなさい」
そう言って綾女を呼びに行くとものの数秒で綾女がやってきて千景を抱きしめる
「初潮の事ちゃんと教えてなくて不安にさせてごめんね千景ちゃん!」
そのまましばらく続きそうな勢いだったがそこは母親、まずはちゃんと対処の仕方を説明して実行させるのが先決だと千景を連れてトイレへと篭もる
「ちーちゃん……大丈夫かな」
「安心しなさい勇一、この手のことは男より女性の方が手慣れている」
故に男手は別のことに手を回すべきだとタオルを勇一に渡して床の血を掃除していき、終われば朝食の準備に取り掛かる
「お父さん、女の子って血が出るのが普通なの?」
「人によっては量の差異はあるが出るのが普通だ、月毎にそういう日が来るものだ」
「月一なの?じゃあまたちーちゃん苦しむの?」
不安そうに狼狽する勇一に、だから支える人が必要だと勇斗はいう
「誰彼構わず優しくしろとは言わん、だが本当に支えたい、守りたい人ならその為の努力と知識を怠らない事だ」
棚から一冊の本を取り出し、これを読んで学ぶようにと勇一へと渡す
「それはあくまで入門程度の知識だ、今の内に千景さんに合う最善を二人で考えていきなさい」
「……うん、分かった」
そう言ってる間に綾女と千景が戻ってくるとすぐに駆け寄る勇一
「心配かけてごめんねゆうくん」
「ちーちゃんが無事なら良いんだ。これからは僕もちゃんと勉強してちーちゃんを助けるから」
ひしと抱き合う我が子達の微笑ましい光景に綾女も勇斗も笑みをこぼし、四人は朗らかに食卓を囲んだ
「体が重い……」
「ちーちゃん無理しないで」
ベッドの上で唸る千景、いつもであれば遠征に行った程度で音を上げる事などないが、今回に限って重めの月の物と被ってしまい、訓練を休むほど体調を崩してしまった
「ちーちゃん、やっぱり代わろ?元はと言えば僕の食事のせいだし」
「ううん、流石にコレまで、肩代わりしてもらうわけには、いかないわ」
千景を心配そうにしている勇一だが遠征時に使った七人御先の代償は勇一が今現在請け負っている
何度か経験しているがあの負の感情に苛まれている時にこの痛みが伴うなど、愛する勇一にさせるわけにはいかないと千景は意地でも勇一の甘言を断わり続ける
「それに……この痛みを抱えてる間、ゆうくんがいつも以上に優しいでしょ?だからいっぱい甘えさせて」
「もう、ちーちゃんったら……えい」
後ろから抱きついてきたために千景は一瞬強張らせるが、乗り移る気はない勇一の様子に安堵し、お腹を優しく撫でてくれる手に緊張も痛みも和らいでくる
「……ありがとう、私の我儘に付き合ってくれて」
「本当に我儘だよちーちゃんは、僕がこんなにも……あぁ違う違う、ごめんちーちゃん」
「ふふ、大丈夫よ、ゆうくん」
一瞬飲まれそうになったのか怒気を孕んだ声を出した勇一へと頭を反らし、腕を伸ばして顔や頭を撫でる
「たとえゆうくんの心に表に出せない闇があろうとも、私はずっとゆうくんと痛たた…………」
台詞の途中で本音が溢れ、血の気が引いていた真っ青な顔が見る見るうちに赤く染まっていく千景
「うぅぅぅ、こんなはずじゃ……」
「だ、大丈夫だよ、ちーちゃんの愛はちゃんと伝わってるから」
顔を両手で覆って恥ずかしそうに震える千景を励ますように撫で回す勇一
すると扉をノックする音が部屋に響き、千景は上擦った返事で招くとお盆を持った綾女が入ってくる
「どうしたの千景ちゃん、気の抜けた返事だったけど。勇一がなにかした?」
「そこで躊躇なく息子を疑うあたり酷いもんだよ全く」
「あ、あの、ゆうくんは悪くないの、まだちょっとお腹が痛くて」
「あら、スープだけでもと思ったんだけど……これも無理そう?」
机に置かれたスープから香る美味しそうな匂いにお腹が小さく鳴る
「ふふ、大丈夫そうね、起き上がれる?」
蚊の鳴くような声で肯定しながら母の手を借りてベッドから降り、手を合わせてスープをひと掬い口に含む
「……美味しい……ありがとうお義母さん」
「どういたしまして」
色々と傷んだ心身に染みる味だと心の中でホロリと涙を流しながら完食すると綾女は笑顔で千景の頭を撫でる
「全部飲めたわね、偉い偉い」
「……もうお義母さんったら、スープを飲めたくらいで……」
唇を尖らしながらも止めてくれとは言わない千景。一番は勇一だが母の手の温もりも好きな千景は抗えずに大人しく撫でられる
そんな幸せを噛み締めていると、ふと綾女の反対の手が千景の隣の宙を彷徨っているのに気づく
どうかしたかと聞くまでもなく、すぐに意図を読み取ると勇一に隣りに座ってもらい、こっちだというように綾女の手を動かす
「……ありがとう千景ちゃん」
姿が見えないのは勿論、触れもしなければ声も聞こえない、それでも千景のおかげで勇一を確固とした存在として接することが出来る
「貴女が結城家に来てくれて嬉しいわ」
泣きそうな笑みでそう言う綾女に千景と勇一は一緒に抱きしめて、自分もそうだと微笑む
「愛されなくて疎まれていた私は、ゆうくんやお義母さんやお義父さん達と出会えたからいま幸せに生きていられるの、そうじゃなかったら多分死んでたわ」
「……もう、嬉しいけど悲しいこと言うんじゃありません」
悲しむ母に千景はそれでも嬉しそうに笑みを浮かべる
優しい家族は悲しんでくれるが、正直な所もうあの家も、あの名も、あの場所も、前世かそれ以下みたいな思いしかない千景にとってここの温もりこそが全てであった
夕方、勇一に支えられながらならなんとか動けるまで回復した千景は家事の手伝いをしていた
「あら、誰か来たわね」
乾いた服を一緒に畳んでいた時にチャイムが鳴り、綾女が向かおうとして千景が自分が出ると言って玄関へと向かう
「ただいま千景。もう起きていて大丈夫なのか?」
「お帰りなさいお義父さん、なんとかね」
いつもよりだいぶ早い帰りの勇斗にどうしたのかと少し期待を込めて尋ねると頭を撫でられ望んだ答えが返ってくる
「無論、お前を心配したからだ。朝よりはマシになったみたいで安心した」
「……ありがとうお義父さん」
不器用ながらも優しくて安心させてくれる父親という存在は情緒不安定な心を正してくれる
「ところでお義父さん、後ろの巫女様は……」
最後の理性が残って抱きつきたい衝動を抑えていたのは余計な目があっての事。客人、それもお目付け役の巫女がいてはさすがに冷静さがフル動員してしまう
「あぁ、少し上里様と話があってな……」
「このような時間に押しかけて申し訳ありません」
礼儀正しく頭を下げる巫女に何の話か気になりはしたがおそらく
「う〜ん、なんか代用感が否めないなぁ」
「……ごめんねゆうくん」
抱きつく千景をしょうがないと笑みを零しながら抱き返してくれる勇一だが、その力が次第に強くなり、千景は少し苦しそうに勇一を見る
「……ゆう、くん?」
「ちーちゃんこそ目移りしないでね、お父さんもお母さんも僕の自慢の家族だけど、ちーちゃんの一番は僕でしょ?」
七人御先の勇一だとすぐに理解した千景だが、これも勇一の本性なのだと思うと怖さよりも愛おしさが上回り、思わず笑ってしまった
「ふふ、ごめんなさい。ゆうくんの言うとおり私にとって一番はゆうくんよ」
「……分かればいい、ずっと一緒だよ、縛ってでも逃さないから」
それは痛そうな求愛だと微笑みながら顔を抱き寄せ唇を重ねた