「お父さんどうしたの?こんな時間に」
夜が明けるかどうかの時間に地下室に呼び出された勇一は肌寒さに身震いをしながら腕の中で船を漕ぐ千景から暖を分けてもらう
「……お前と一対一で話したかったのだが……」
「起きた時にバレちゃってね、でもちーちゃん寝ぼけてるからお話聞いても夢だと思うよ?」
愛おしそうに千景を見つめる勇一、この様子では離すのは無理だろうと肩を竦めて諦める
「まぁいずれ話すつもりではあった、その事前情報だと思ってもらおう」
「なになに?そろそろ儀式始めるの?」
「あぁ、神殺しの器は手に入れた、祭壇ももうすぐ整う、あとは勇一の使い手だが……」
勇一を見れば千景を抱き潰すほど抱えておりその瞳に異論は認めないとドス黒い感情が渦巻いている
「……もし仮に千景さんが断ればーー」
「そしたら他のひとに頑張ってもらうか……人の世から神様の世に変わるだけだよ」
忘れもしない初めて会った日、それまでお役目を待つだけだった勇一の心に欲という名の明かりが灯った。それからというもの、悪意や穢れに曝されながらもただ側に居続けたい一心で千景を守ってきた
「ちーちゃん以外いらない、ちーちゃんが僕を拒絶するなら僕は死んだも同然だよ」
「…………お前を受け入れてくれる相手は、探せばきっと……」
「いるかもね、でも僕はちーちゃんが欲しいんだ」
そう満面な笑みで答える勇一にこれ以上は無意味だとため息を一つ吐き、勇一の頭を撫でる
「怒らないの?」
「したところでお前の考えは変わらんだろう。なら何がなんでも成功させる方向で思考したほうが良い」
でなければ本当に人類は屈する間もなく淘汰される
「……大丈夫よ……」
眠そうな、だがはっきりと聞こえた千景の言葉に二人は視線を向ける
「ゆうくんが……私を……欲しいと言ってくれる……私も……一緒よ……ゆうくんが……良い、ゆうくんじゃなきゃ……やだ……」
そこまで言いきって眠気が勝った千景は小さな寝息を立てながらもたれかかると嬉しそうに頬擦る勇一
「えへへ、どうやら大丈夫みたいだねー」
「……子供の寝言だ、実際に目の当たりにすれば迷い、意見が変わることもある」
「なにをー?息子を贄にする気満々なくせにー」
あ、と言いすぎた事を自覚して後悔しながら見上げると案の定、眉間に皺を刻み、歯を軋み上がるほど噛み締めている勇斗が映る
「だ、大丈夫だよお父さん、僕はちゃんとお役目を全うして立派な武器に成るから!」
「すまない、すまない勇一……」
「あぁもう、怖い顔なのに更に顔を歪めたらもはや怨鬼だよ……」
何に対して怨むと問えば紛う方なく無力な己と大建替えを始めようとする神々にだろう
「まったく、しっかりしてよねお父さん。大事な時期なんだからさ」
「……すまない、取り乱してしまった」
「まぁそれだけ愛されてるんだって分かるから嬉しくはあるけど」
落ち着いた父はいつものように厳つい顔つきに戻り勇一もホッとする
「ところで勇一、ずっと抱き上げていては重いだろ?そろそろ代わるが……」
「ちーちゃんは重くない!お母さんに言いつけてやる!」
代わりに娘を背負う的なつもりで言ったが勇一はデリカシーのない父親だと舌を出しながらさっさと部屋を出ていく
一人呆然と佇んでいると、呪われそうな妻の声が聞こえ、叱られる未来に冷や汗を流しながらも逃げる事なく部屋を後にした
「これで、ラスト!」
ムカデのような進化体を屠り、一帯からバーテックスの気配がなくなったところで一息吐くと、隊員の一人が気になることを口にする
「バーテックスの数が減ってる?」
確かに最近は戦闘してる時間より探してる時間の方が増えてるような気がしていた、いつもであれば午前中だけでもそこそこ集まる御魂が今日は空のケースが目立っている
「念の為に聞くけど回収し忘れた個体は?」
「いえ、勇一様の以外は全て集めました」
隊員達もこの状況に疑問を抱いており、やはり総数自体が減っているのではと声が上がる
それだけ聞けばむしろ喜ばしいことだがここにいる者たちはアレに終わりがあるなど楽観視するものなど居らず、むしろ嵐の前の静けさ的な不気味さが際立っている
「ゆうくんどう思う?」
「もしかしたら優先順位が変わってきてるのかも」
今まではノコノコと結界から出てきた千景達を襲っていたが未だに返り討ちにされる現状にバーテックスは他を襲って態勢を整えようとしているのではと勇一は考える
「ほら、四国以外にもまだ抗ってる所ってあるからさ、なかなか殺せない僕たちの事は後回しにしてるんじゃないかなって」
つまりいつまでも抵抗を続けるダニよりも簡単に吸い込める埃からキレイにしようとしているということかと千景は納得する
「はぁ、いっそもういいやって終えてくれてもいいのに」
「今回の大建替えは人側に付いた神様が多いみたいだからね、なかなか掃除が捗らないんだよ」
人側に付き、人を守りたいと思う神々とそうでない神々との意見の相違、庇護する神様が少なければ絶滅までさせる気はない神々もおこぼれだと赦してくれるが今回は如何せん捨てきれない神が多すぎるのが未だ終わらない原因でもある
「それだけ善良な市民がいることを考慮してほしいわね」
「まぁ神様たちから見たら僕たち人間なんて木どころか葉っぱみたいな扱いだから」
一纏めに捨てられる側からすれば堪ったものではないと肩をすくめる
「それにしても隠れもせずにこんな場所でお喋りできる程度には本当に向こうも興味がないみたいだし今日は帰ろうか」
徒労に終わることほど虚しく無意味なことなどない、引き際は早いほうがいいだろうと考える勇一に対して千景は少し残念そうというか、同意しかねるという顔を浮かべる
「でもゆうくん、お腹空いてない?」
「……大丈夫だよ、数が減ってるとはいえ今日もそれなりに食べたから。…………だからそのガラスケースは元あった場所に置いておこうね?」
不安で心配する千景を宥める、だがそれでも一度湧いた不安が拭えない千景は何度も勇一とガラスを見比べる為、察した隊員達が、一つぐらいならと勧めてしまう
「ほら、この人達も良いって」
「駄目だってちーちゃん、蓋開けようとしないの!ちょっと、周りの人!ちーちゃんを止めて!」
必死に千景の手を押さえて聞こえるはずないのに思わず叫んで呼びかけるが当然彼らには聞こえはしないし、仮に聞こえる者が居たとしてもそもそも私兵である彼らが千景相手にそんな事出来るはずもない
故に彼らが取る行動はそのガラスには何も入ってなかったと言わんばかりに見て見ぬ振りをする事だけ
「ほら、好き嫌いしないで」
「そうじゃない、そうじゃないよちーちゃん!あ、うぐぐ、ぬぅぅ!」
ちょっとだけ開いた隙間から光が漏れ出しこのまま無駄になるくらいならと勇一は一思いに中身を吸収する
「……あぁ、食べちゃった」
「美味しかった?」
「…………うん」
良かった、と笑みを浮かべる千景。色々と思うことはあったがこの笑顔が見れたからまぁ良いかと勇一が開き直り、千景を抱き枕のように抱きついて顔を埋める
不貞腐れる姿も可愛いものだと微笑んだ千景は嬉しそうに抱き返して、今日は帰るよう隊員たちに伝え即諾で車が走りだす
「それで勇一様はこの状況をなんと?」
「四国は後回しにされてるんじゃないかって、まずは他の地域を攻めるだろうって」
「となると……長野ですか」
現時点で確認が取れている長野の諏訪大社、なんとか連絡が続いている諏訪には勇者が一人しかおらず、結界の規模を顧みても真っ先に潰される場所だと容易に想像がつく
「ねえ、もし私が行きたいって言ったら皆さんどうしますか?」
ふと空を見上げていた千景の呟きに皆が合わせた素振りなく付いて行くと同行を希望する
「……もう少し悩むとか葛藤とか……」
「少なくとも私は千景様を守る為なら進んで盾にも囮にもなります」
「勇一様の力となるのでしたら喜んで魂を捧げます」
「我々は結城家に仕え使われる部隊です、どこまでもお供させてください」
他の者も皆似たような意見だと頷く
何故彼らはこうも簡単に死地へと飛び込めるのかと思いながらも、その答えはすでに身に沁みている千景はそれ以上試すような事は言わない
「じゃあ、旅行の時は荷物持ちお願いしてもいいかしら?」
お任せを、と一同が承諾する彼らの心意気に感謝しながら千景は遠くを眺めてほくそ笑んだ