諏訪大社はかつてない危機に直面していた
今まで何度か襲撃はあったがその規模は小さく、まるで余り物を相手にしていた気分だった
だが今日降りた神託は今まで襲いかかってきたバーテックスの総数以上の規模で侵攻してくると告げられ巫女、藤森水都は心が折れ泣き崩れた
「うたのんは、うたのんは怖くないの!?」
度重なる襲撃で結界は綻び始め、辛うじて原形を維持している程度にすぎない、いつ壊され食い殺されるかも分からない現状にそれでも笑みをこぼす勇者、白鳥歌野は膝を付いて水都の肩に手を置く
「怖いよ?怖いけど、それで何も出来なくなるのが一番怖いの」
人によっては屈してしまえば楽になると考える者もいるが勇者である彼女は抗い続けることを選んだ
「最後の最期まで私は抗う、それに私は一人じゃないわ、みーちゃんや諏訪の皆、それに四国の勇者達がいる」
だから私は諦め無い、そう力強く宣言する歌野に水都は涙を堪えようとするも体は歌野を求めて縋り付く
「大丈夫、みーちゃんも諏訪も私が守るから」
決意と同時に鳴り響くサイレン、バーテックスの襲来の知らせに歌野は神器である藤蔓を手に駆け出す
(どうか、どうかうたのんをお守りください)
土地神に祈る水都の耳に神託の代わりに聞こえるはずのない飛行機の音が微かに聞こえた気がした
諏訪への侵攻が始まっている最中、限界出力で向かう輸送機が空を切っていた
「不気味なほど襲撃がないですね」
「それだけ諏訪大社に力を割いているのだろう、あとどれくらいだ」
何もなければ5分だという報告にそろそろかと勇斗は千景達の所へと戻る
「千景、勇一、準備はいいな?」
「任せてよ!」
「私もゆうくんも大丈夫よ」
恐怖など微塵も感じていない千景の様子に勇斗は頼もしい子供たちだと頷き周囲にいる精鋭部隊を見る
「これより諏訪大社の救出にあたる、今作戦の目的は白鳥歌野の救助と飛行場の確保。白鳥歌野の救助の際は囮も兼ねて勇一の食事を行う故に速やかに退避を行うこと、今日が命日になる者も出るかもしれないが例え無様な最期になろうとも胸を張ってほしい」
迷彩服に身を包んだ彼らの表情は覚悟が決まっており、無駄死も厭わない作戦に怯える様子はまったくない
「結城様、まもなく降下ポイントです」
「分かった、後部ハッチ開け」
ガコンと開いた後方から外を見下ろすと蠢く白い塊が所狭しとひしめいている
「圧巻だね、ちーちゃん」
「えぇ、これならしばらく、いいえこれだけいればゆうくんとデキるわ」
殺意と劣情が入り混じった千景の輪郭が若干ブレ出すので勇一は、抑えるように抱きつき頬ずりする
「まだ早いよ、せめて飛び降りてから、ね?」
「うん……ふふ、久しぶりにゆうくんと……ふふ、ふふふふ」
若干怪しい笑みを浮かべていると降下サインが点灯し、一目散に飛び出す千景、続くように全員飛び降りると眼前に広がる悍ましく蠢く白い塊の群れの中で懸命に抗う少女を見つける
「ちーちゃん!」
「任せて!」
勇一の声に合わせて千景は宙を蹴り、さらに速度を上げると受け身など微塵も考えずに大鎌を振りかぶる
「邪魔ぁッ!!!」
今にも少女を喰らおうとしたバーテックスへと大鎌を突き刺すと、勢いのままに引き裂き、衝撃によって弾けた肉片が周りにいたバーテックス達を道連れにしていく
そのあまりにも頭のネジが外れているような奇襲にさすがの千景も体から血飛沫が吹き出し周囲を赤い花弁で彩るも気にする素振りなく立ち上がる
「まだ生きてるわね!」
決めつけるように少女、白鳥歌野に確認しながら周囲のバーテックスを大鎌で刈り取り、進化体や若干硬い巨大なバーテックスへと飛びかかっては刻んでいく
「あ、貴女は……?」
「結城千景!ゆうくんの妻よ!」
名前以外の情報が何一つ頭に入らない歌野など目もくれずにバーテックスを殺していく千景、すると周囲のバーテックスは歌野どころか結界すら無視して千景へと襲いかかる
(ど、どうしましょう、あんな死地に向かうには足が……でも……)
援護できれば良いが自分の体の状態を自覚できる程度には冷静さを取り戻しており、ただ見ているだけしか出来なかった
「いたぞ!こっちだ!」
後ろから声が聞こえ、振り返ると迷彩服を着た屈強な男たちが向かってきており、瞬く間に背負われその場から走り出してしまう
「あ、あの!あそこでまだ戦っている方が!」
「千景様なら心配ありません勇者様!」
「むしろ早くこの場を離れなければーー伏せろぉ!!!」
いきなり地面に押し付けられ、何事かと横を見れば巨大な草刈機でもかけたのかというほど周囲の物は同じ高さで切り揃えられており、もしあのままあそこで座っていたらと思うとゾッと背筋が凍る
「食事が始まった……急げ!少しでも結界へと勇者様だけでもお連れしろ!!」
駆け出す彼らに担がれた彼女の視線の先に血の海に沈む千景が恐ろしく感じてしまうほど幸せそうな笑みで何かを抱きしめ
「ごちそう……いっぱい」
幼さの残る男性のような声を最後に耳にして衝撃波に呑まれた歌野の意識は途切れた
次に目を覚ました歌野はいつもの諏訪大社ではない無骨な天井をぼんやりと見つめ、前後の記憶が混濁しながらもゆっくりと体を起こす
「……みーちゃん?」
膝に寄りかかるように眠る水都の姿を目にし、疑問や混乱が湧くも、それ以上にまた会えたことに喜びが決壊する
「みーちゃん、みーちゃん……」
いつものように気丈に振る舞おうにも体と心はすでに泣く態勢を整えており、溢れる感情のまま、縋り泣き続ける
「ん、んん……ぁ……ッ!?うたのん!」
目を覚ました水都が勢いよく顔を上げるとちょうど後頭部と顎がぶつかり合い、しばらく悶絶し合う
「う、うたのん、お、おかえりなさい」
「み、みーちゃん、た、ただいま」
患部を擦りながら微笑み合う二人、少々感動の再会とするには痛みの自己主張が激しいが生きてまた会えた喜びは何よりも勝る
「それでみーちゃん、私達ってどうなったのかしら?」
諏訪大社ではないことは確かだが、あの状況下で救援らしき勇者がきた程度の事しか分からない
幸い周りにいる見知った長野の皆に安堵の表情が伺える事から悪い状況ではないと安心する
「あのね、うたのんが戦ってくれてる間に四国から助けが来てくれたの」
救援部隊として送られた彼らが滑走路まで生き残った住民を連れ出し、四国へと避難させようと準備しているとの説明に歌野はホッとする
「そっか、やっぱり四国の……乃木さん達が……」
定期連絡でしかやり取りはしたことなかったが彼女が助けに来てくれたのだと喜んでいると、水都は言いづらそうにそれはちょっと違うと否定する
「確かに四国から助けは来たけど……その、結城さんの独断らしいの」
四国からおいそれと勇者は出せない為に千景の無断での強行、救援に携わっている彼らも雇われた傭兵という肩書しか持っていないという
「でも勇者じゃないならバーテックスには」
「うん勝てない、でも四国は……ううん、結城さんは勝てないながらも負けない手段はあるって」
その手段というのが勇者という立場を利用し、バーテックスの目を全て自分に向けさせ、囮となる事で時間稼ぎをしているという
「……している?じゃあ結城さんは……」
「戦ってくれてる……今も、あの場所で」
限界を超えている体で立ち上がろうとする歌野を水都は必死に押し止める
「離してみーちゃん!仲間が!結城さんが!」
「大丈夫!大丈夫なのうたのん!」
仲間の勇者を囮にして何が大丈夫なのかと思わず声を荒げようとした時、どうかしたのかと聞き覚えのある澄んだ声が聞こえ、歌野は思考が鈍る
「あ、あれ?結城、千景さん?」
「あ、目が覚めたんだね、応急処置はしたけどまだ動くのは無茶だよ長野の勇者さん」
戦ってくれてる筈の千景がいる事に頭が混乱しているとそれを察して千景の後ろから千景が現れ、これが答えだと言う
「本物であって幻、あそこで囮になってる僕が死んでも此処で生きてる限り、最大7人同時に存在出来るんだ」
「ねぇゆうくん、続きしよ?」
「ちょ、ちーちゃん待って待って、いま大事な話をしてるからね?」
甘えてくる千景を大人しくさせようと
「えっと……結城さん?」
「ちょっとごめんね、予想以上にちーちゃんが甘えてきて……待ってちーちゃん!キスはここじゃーー」
髪がしわくちゃになるほど頭を抱き寄せられ千景と熱いキスを交わす、端正整った同じ顔の二人がまぐわう様に歌野は見てはいけないと手で顔を覆うも、ちゃっかり開いた指の隙間からガン見する
「ちーちゃん!んん、だから、んンッ……こ、ここじゃ、んっ、ま、まずいっんんー!」
「……み、みーちゃん、これってどういうこと?」
「えっとね、私も聞いたばかりなんだけど、あの力って副作用が強くて制御できない結城さんもいるらしいの」
確かに制御できていない感じだがそういう制御なのかと言葉に困る歌野
「と、とにかく、諏訪の、んむ……皆さんの、安全は、んっ、私達が、んんッ……ほ、保証……」
その先が紡がれることはなかったがおそらく大丈夫なのだろうと釈然としないながらも理解し、甘い吐息を聞きながら避難の準備が整うのを待ち続けた