黄金の時計 作:なんかいけ丸
悪魔、それは空想上の存在。人に取り憑いて悪い方へ唆したり、人を襲って傷つけたり、干渉してくる方法は様々。一貫しているのは、関わることで物事が良い方向に転がるというわけではないということ。
でも所詮は空想、本の中の存在でしかない。悪魔なんて医療の発達してなかった時代の人達の妄想にすぎない。吸血鬼だってそう、狼人間もそうだ。存在する訳がない。
──ちょっと前まではそんなことを考えていたんだ。
「え、えっと……どうかした……?」
「……いや、未だに少し信じきれなくて」
じっとそれを見ていると、面白いように焦り困惑する美少女。いや、美男子というべきか。
動きに合わせて流れる金髪、引き込まれそうな薄紅の瞳、そして同世代の女子を圧倒的に上回る端整な美貌。
ギャスパー・ヴラディ、それが彼女──いや彼の名前だ。驚くべきことに彼は悪魔であるという。実際に翼が生えているところも見たし、悪魔かどうかはさておき人間でないのは間違いない。この世界のどこかで翼が生えてる人種でもいれば話は別だろうけど、そんなニュースも聞いたことがない。
けど一番驚いたのはそこじゃなくって、さっきから訂正しているところ。
「本当に男なのか……?」
「お、男だよ!」
「しかも年上?」
「一応高校一年、だけどぉ……」
色んな意味で信じられない、こんな顔をした男がいていいのか? そういえば友人が男の娘とかいて「おとこのこ」と呼べる女子寄りの顔をした男子の存在を口にしていた気がするが、あれはそういうジャンルの話じゃなかったのか。
しかし年上……年上かぁ。幼少中高大一貫校、それが特大マンモス校私立駒王学園。俺はその中学三年生、つまりギャスパーの一つ下。いやもしかして悪魔っていうからには実はものすごく年上だったりするかもしれないのか。
「だとしても、敬語は使う気になれないけど」
「えっ!? ぼ、僕年上なのに!?」
「ギャスパー、日本では敬う語りと書いて敬語なんだ」
「それぐらいは知ってるから~!」
ううやっぱり僕なんて~! とか言いながら完全に蓋をした棺の中で啜り泣く美少女、いや美男子。さっきまでは顔だけ覗かせていたのに、もう引きこもってしまった。
しかし自己肯定感の無さがすごい、すぐに自分を下に下にと見る。最初こそ敬語だったのに今はタメ語なところからある程度の自負はあるはずなんだけど、それとも吸血鬼というのは皆こうなのか? いやそれこそ信じられない話か。
「ほら、もう泣き止んでくれ。今日も俺のショーの練習に付き合ってくれるんだろう?」
「う、うう……わかった……」
内側から開けられる棺、覗くのは金髪美少女、ではなく美男子。頭で蓋を押し退け外を最低限見れるようにしている、あの蓋そこそこ重かった気がするんだけど首とか痛くならないのだろうか。それとも悪魔なら大丈夫なのか。
しかしそれにしても、だ。
「本当に棺から出たがらないな……」
初対面からなんだかんだ1ヶ月ほど経つ、全身を見たのはあの日だけでそれからはこうして棺から少し姿が覗ける程度。臆病なのは最初から知っていたが、ここまで内気というのには驚いた。周りにそういう人間がいなかったから、ある意味では新鮮だ。
1ヶ月前、俺は幽霊の存在を確認するため旧校舎に入り込みそこでたまたま彼と出会った。悪魔だと知ったその日はあまり長居するつもりもなかったから帰ったが、そこ翌日に何となく気になって放課後に旧校舎に入り部屋の前に立った。しかし部屋は謎のテープのようなもので塞がれていたので断念。
数日後の深夜に教室の前に向かうとテープは無くなっており、入れるようになっていたので侵入。
『な、なんでまた来てるんですかァァアア!?!?』
とか叫ばれる羽目になったが気になったことは確認できた。本当に彼が存在していて本当に悪魔だったのか、それがどうにも信じきれず、また深夜だったこともあり夢だったんじゃないかと考えてもいた。のでその疑惑を解消すべく再び訪れたというのが経緯。
こういう弄りがいがあるというか反応がいいタイプは中々出会わないので、何度も弄りに訪れ、その度にマジックで機嫌を治すという少々生活に支障は出るものの今ではなんでもない日常の一幕。
その過程でお互いの学年を知り、お互いの性格を知り、お互いの好みを知って、気付けば彼の敬語も取れていた。
だというのにかの美男子はまだ俺の事を怖がっている、教室に訪れる度に棺を揺らして何かに怯えている。しかし、
「さて、皆様お待ちかね。本日披露するショーは──」
そういう客を笑顔にすることこそがマジシャンの仕事。
◆◆
明くる日の放課後、今日も眠たい授業が終わり一息をつく。なんとか居眠りはせずにすんだけど集中力が無くなってきているのが目に見えて感じられる。筆記されたノートの内容もいつもに比べて適当で、そろそろ纏まった予習と復習の時間を取らないと着いていけなさそうだ。
一週間ぐらい彼の元に行くのは止めて、放課後は図書室に籠って勉強でもしようか。そんな算段を立てている時に荒っぽい足音が近づいてくる、ふと顔を上げると教室の出入口の方からこちらへ向かって急いで来ていた。噂好きの友人だ。
「お、お前なんかしたんじゃないだろうな!?」
「いきなりなんの話」
「しらばっくれるなよ! じゃないと先輩に名指しなんてされないだろ!」
「……誰が誰に名指しされてるって?」
興奮冷めやらぬ友人は顔を赤くしたまま「だから!」と吠え、こう続けた。
「お前が! 姫島朱乃先輩に名指しされてるんだよ!」
「……いや本当に誰だ、聞いたことないんだけど」
そもそも聞いたことがない名前だ、そんな知り合いは俺にはいない。ましてや先輩ともなれば絶対と言いきれる。部活にも入ってない俺が、先輩と交流を持つ機会なんてそもそもない。
「駒王学園の二大お姉様だぞ!? ああいや、とにかく廊下に行け! 姫島先輩が待ってるから!」
ほら、と大声で背中を叩かれる。結構な力で叩かれた、覚えていろよ噂好きの友人。そもそもそんな急かされずとも呼ばれているのならそっちに行く、避ける理由もないんだから。
そうして廊下に出ると、なんだかおかしな雰囲気。よく見ると帰宅途中の同級生達の視線は男女問わず一点に集中されていた、こちらに嫋やかな笑顔で手を振る一人の女子生徒。
艶やかな黒髪に抜群のプロポーション、スラリとした脚線美。あれが噂の姫島朱乃先輩、やっぱり全然見覚えもないし話した記憶もない。
「急に訪れてごめんなさいね」
「いえ、お構い無く」
「この後の予定は大丈夫? もし時間があるなら、少し着いてきてほしいのだけど」
「いいですよ」
本当は予習復習をしておきたかったんだけど、先輩からのお願いというのは断りにくい。従順に頷くと先輩は柔らかい笑みを浮かべてこちらに礼を述べた後にこっちに来てと先導を始める。揺れる一房の髪を目印に、アヒルの子供のように後を着いていく。
道中で姫島先輩が一言二言話しかけてきたので、それに軽い返答をする。さっきの子は友達なのかとか、寝不足気味なのかとか。簡単な世間話みたいなもの。そして歩いている方向で向かう先がどこなのか気付き、少しだけ憂鬱になる。やっぱり勝手に入るのは良くないことだっただろうか。
旧校舎、とある階にて、オカルト研究部とプレートに書かれた教室の前。言われる内容もおおよそ予想が着く、深夜での侵入の件だろう。謝罪だけで済めばいいけど。
先に部屋の前へ立った姫島先輩が引戸の前で二度のノック。
「部長、お連れしましたわ」
『ええ、入ってちょうだい』
部長と呼ばれる人の返事が来てすぐに戸を開け入っていく先輩、若干の居心地の悪さを感じながら後に続く。
扉の先の光景、部屋の風景に強い既視感を覚える。複数設置されている燭台、壁や床に多数描かれた謎の魔法陣、そしてこの薄暗さ。見覚えどころかつい最近似たような部屋に入った覚えまである。旧校舎の教室というのはどこもこんなものなのだろうか。
扉から入って真正面、まるで校長先生が使うような机に偉い人がよく座る椅子に腰かけているのは髪も目も紅いまさに悪魔的美貌を持ち合わせた女性。あれが部長さん、だろうか。他にも銀髪の女子生徒と金髪の男子生徒もいる。
しかし思ったより人が多い、居づらさがますます跳ね上がる。
紅い長髪を揺らしながら部長さんが立ち上がり、こちらとしっかりと見据えて口を開けた。
「よく来てくれたわね、常磐ジュンイチロウ君、よね?」
「はい、常磐ジュンイチロウです。よろしくお願いします」
何はともあれ初対面だから深くお辞儀をしつつ挨拶、今からなんの話がされるのかは分からないが向こうの心象を良くしておくことに越したことはない。少々小狡い手であることはわかっているが、やれることはやっておく。
「えぇ、よろしく。私はリアス・グレモリー、オカルト研究部の部長を務めているわ。どうぞ、そこに腰かけてちょうだい」
そう笑顔で指し示したのはなんだか高そうな黒いソファー、緊張のせいか少しおかしな足取りでそこへ向かい、腰かける。
あっ、これすごい良いソファーだ。ふかふかしてるし座り心地抜群。
「ふふ、そのソファーはうちの方で取り扱ってるものでね。取り寄せたのよ。良い座り心地でしょう?」
「……はい、すごく良いと思います」
思わず手でソファーを何度も上から手のひらで押してしまう。おお、良い反発力。ソファーの材料に詳しくないけどこれは絶対高いもの使ってる。
「それで……早速で悪いんだけど、本題に入らせてもらうわね」
「っ。……はい」
少しだけ緩んでいた空気がリアス部長の言葉だけで張り詰めていく。生唾の一つも呑み込みたいけど、むしろ緊張が強くてそれも出来ない。
「ギャスパー・ヴラディ、知っているでしょう? 単刀直入に言うわ、あの子に近づく目的はなに?」
こちらを射貫くように見つめる紅い目が細まる。オーラというのだろうか、それが彼女の背中で立ち上っていくのがまるで見えるかのような、そんな強い覇気のようなものを感じる。空気の圧が違う、本当に押し潰されてしまいそうだ。
ギャスパーに近づく理由、偶然出会った彼に何度も会いに行く理由。じゃあこれしかない、こんな時にも俺の十八番は役に立つ。こんな大勢の前でするのは初めてだけど、覚悟を決めるしかない。いずれはこの十倍の客を前に披露するのだから。
瞳を閉じた上で深く息を吸い、改めて目を開く。
「僕の右手を、見ていてもらっていいですか?」
「それとこれがどう関係するの?」
「理由を、証明するためです」
目尻がつり上がる、射貫く眼力がますます強くなるのを感じた。目の前からだけでなく、それこそ全員から。
部長は何も言わない、やってもいいという無言の許可と見た。思わず止めたくなる弱い心をねじ伏せ、乾いた唇を動かす。
「行きます。3、2、1」
カウントダウンに合わせて指を鳴らす。手汗をかいているせいで綺麗な音は出ないが、魔法は成功した。手には一輪の赤い薔薇が握られている。
目を丸くしている部長に握った手を差し出す。
「どうぞ。これはお近づきの印に」
「え、えぇ、どうも」
「皆々様も是非受け取ってください」
指を鳴らす、今度は綺麗な音が教室に鳴り響いた。と同時に手には3本の薔薇。立ち上がり一人ずつに配っていく、驚いた様子ではあったがとにかく薔薇を受け取ってくれた。ではこのまま次のマジックをするとしよう。
「それでは次にお見せするは、」
背へ手を回しマジシャンご用達シルクハットをどこからともなく取り出し、そのまま被る。誰かの感嘆の声が聞こえた。
「これまたメジャーではありますが、僕のお友達をお呼びいたしましょう」
すぐに外した帽子に手をいれ、どこからともなく杖を取り出す。
「お友達は寝坊助でして、この杖でカウントダウンに合わせて叩かないと出てきてくれないのですよ。それでは行きます、321」
コツコツと叩くと、次の瞬間には純白の鳩が次々に帽子から飛び出していく。その数合わせて四羽。白い羽毛が宙を舞う中、少しそこらを旋回した後にそれぞれの鳩が部員の肩や頭、手などで羽を休める。その姿に思わず表情を緩めているのが何人か見えた。
「こらこら、お客様に迷惑をかけてはいけないよ。帰っておいで」
次にコツコツと杖で帽子を叩くと、鳩達は飛び上がり逆さまにした帽子の中へ順々に帰っていく。そうして杖もついでに仕舞い込み、帽子も背へと隠す。
「以上です。ありがとうございました」
深くお辞儀をすると控えめな拍手の音が聞こえてくる。どうやら金髪の男子部員の人が拍手してくれているらしい、すごく良い人だ。
「マジックっていうのは、人をびっくりさせたり笑顔にするのが仕事です。いつか大きなステージでショーをして、来てくれた人全員を笑顔にするのが僕の夢です」
思い出すのは、原初の光景。そこに俺の憧れと夢が全てある。一人のマジシャンと、一つの大きなショー。ハプニングに見せかけた演出、思わず笑ってしまいそうな派手なマジック。大きな歓声と多くの拍手、何もかもがキラキラと輝く空間。
ああ成りたい、こうしたい、いつか俺も。
「でも僕はまだまだ素人で、マジシャンとして未熟も良いところです。だからまずは、偶然だけど知り合った泣き虫で臆病な悪魔を僕のショーで笑わせてあげたいんです。
──いつか人に慣れてくれるその時まで」
「……」
「これじゃあ、足りないでしょうか?」
リアス先輩が目を閉じて何かを深く考えている様を見ながら、静かに早くなっていく鼓動が耳にうるさい。息一つさえ大きく聞こえる空間で、それはより顕著に感じられる。
数秒、いや数分かもしれない。とても長く感じられた時間の末、部長が顔を上げた。こちらに向けられたその表情は、笑顔。
「いえ、十分よ。それと、ごめんなさい。私は貴方を疑っていたわ」
「大丈夫です。でも……僕は本当に、なんで呼ばれたんですか?」
それだけが分からなかった。旧校舎への侵入を咎めるわけじゃなく、ギャスパーとの接触する理由を聞いてきた。それが本当に分からない、あの箱入り息子が実は相当な権力の持ち主だったりとか。だとしたら俺の首はいつ飛んでもおかしくないんだけど、俺弄りまくってるし。
「貴方も知っての通り、あの子は悪魔なの。そして、」
バサリ、と聞き覚えのある羽音。艶のある紅髪を押し退けて出てきたのは見覚えのある黒い羽。
「私達もね」
その言葉に思わず周りを見渡す。銀髪の女子にも金髪の男子にも、そして姫島先輩にも。三人の背には同じような蝙蝠を思わせる羽が生えている。
悪魔四人が、俺の前に姿を表した。
「……意外と悪魔って身近にいるんですね、それも親しみやすく」
「ははは……この羽を見せてそんな反応をされたのは初めてだよ」
「……よく、変わってるって言われませんか?」
笑う男性部員に対して、クールな女性部員は鋭い突っ込み。心当たりはあるけど口には出さない。認めてしまったみたいで悔しいし俺はそんなに変わった人間ではないから。多分。
「ここにいる子は皆私の眷属よ、そしてギャスパーもね。でもあの子は一際特別なの、あの部屋に封印しておかないといけないぐらい」
封印。あまり良いニュアンスでは聞こえない言葉だ。
もしかしてあの日見た扉を閉ざすように張られていたあの黄色のテープ、あれがそうだったのだろうか。だとすれば深夜には無くなってる理由は一体なんなんだろうか。
「深夜には自由に歩けるように封印が解けるのだけど、まさか出ていくのではなく入ってこられるなんてね」
まるで心の内を読んだかのような補足の説明に疑問が綺麗に解消される。
なるほど、リアス先輩は決して監禁したいわけではないから深夜限定で解放しているけど、あの根っからの引きこもりが出てくるわけもなくその限定的な解禁が無駄になりつつあった頃に、俺がやってきたと。
でも、それだけじゃまだ分からない。
「どうして封印をすることになったんですか?」
「貴方も体験したでしょう? あの子の力……神器の力を」
セイグリッド・ギア。確かそれはギャスパーの口から聞いたことがある。あまりにも聞き覚えの無さすぎる単語だったから無視したが、どうやらここがキーポイントであるらしい。
けど体験したと言われても俺はそんなもの微塵も感じてない、一体どんな力だと言うのか。
「『停止世界の邪眼』、それが貴方を止めた神器の名前よ」
「停めた……?」
「分からないのも無理はないわ、あの子の視界に入るだけでも条件は満たされてるのだから。まるであの子が瞬間移動したかのように感じたことはない?」
「ないですね」
「それは貴方も知らぬ間に停められているか……なんですって?」
「瞬間移動する力、なんですよね? それはまだ見たことないです」
棺に引きこもってるから移動出来ても彼はしないんだろうけど、初対面の時でさえされたことはない。でもそうか、どこにでも行けてしまう瞬間移動する能力を持っているのなら封印しておかないと逆にどこに行ってしまうのかわからないからか……なるほどそういうことか。にしたって過剰すぎる気もするけど。
「……ギャスパーの姿は見たことある?」
「はい。女装してるんですよねあれ。びっくりしました」
「逆に貴方も見られたのよね」
「そうですね」
「停められなかったの?」
「多分ですけど。……そういえば、初対面で動いてるだのなんで停まらないだの言ってた気がします」
なんのことか全く分からなかったから気にも止めてなかったんだけど、もしかして結構大事なことだったりするのだろうか。そういうことならもっとちゃんと覚えておくべきだった、流石にもううろ覚えだ。
「……朱乃、まさかあの子も」
「──確かに、深く探れば……感じられます、神器のような気配を」
何か二人で小声で話し合ってるみたいだけど、流石に俺には聞こえない。周りの部員の二人は聞こえてるのか表情がこわばっているような気がする。
そんなに動くのがおかしいんだろうか、もしかして生命の否定をされようとしているのか。
「ごめんなさいジュンイチロウ君。申し訳ないのだけど……もう少しだけ付き合ってくれるかしら?」
そう微笑みながら伝えてくる先輩の姿に、何やら大事になってしまっているのを悟った。