スピカに隠れて、デネブは輝く 作:とくめいトレーナーA
選抜レース
「いいウマ娘ばっかりだな。こんな年にトレーナーとしてデビューできるだなんて、本当に俺はツイてる」
日本ウマ娘トレーニングセンター学園……通称、トレセン学園。
広大な敷地と最先端の設備を兼ね備えたこの教育機関は、日本にて『唯一抜きん出て並ぶ者なし』と称される、文字通り国内一のウマ娘育成機関だ。
トレセン学園に入学するウマ娘も、それを育成する教育者たちも、どちらも異次元レベルの化物ばかり。
そういった化物たちの中で競争が起き、しのぎを削る戦いの果てに、夢破れてこの学園を去る者も決して少なくはない。
故に、トレセン学園に足を踏み入れた者たちの反応は大きく二分される。
これから始まる熾烈な競争に思いを馳せて気を引き締める者と、夢の舞台に上がったことを喜んで気分を高揚させる者のどちらかだ。
そういった面でいえば、新人トレーナーとしてこの学園に入所した彼は後者なのであろう。
彼は無垢に、無邪気に、自分自身でも信じられないこの快挙を喜んでいた。
彼が望むのは名トレーナーとして賞賛されることでも、その栄誉でもない。
己の夢を叶えるために必死に走るウマ娘を応援し、その夢を叶える後押しをすることだ。
あまりにも漠然としている彼の目標は、競争率の激しいトレセン学園においてはハングリーさに欠けると思われても仕方がないだろう。
だがしかし、この純粋さが彼の武器であり、誰かを応援したいという想いは超一流のトレーナーと比較しても遜色ないものだった。
トレーナーとしてウマ娘を支え、鍛え上げ、彼女らの夢を叶える手助けをする。
いつかはそんなウマ娘たちを集めて最高のチームを作るという漠然とした夢を抱く彼は今、その夢の第一歩を踏み出そうとしているところだ。
トレセン学園レース場、その観客席。
応援客や彼と同じ学園のトレーナーたちでごった返すこの場所では、今からウマ娘たちにとって重大な意味を持つ選抜レースが行われようとしている。
肉体の本格化を迎え、デビューを目指すウマ娘たちがその資格となるトレーナーからのスカウトを獲得するために自身の実力をアピールする場、それこそが選抜レースだ。
中等部、高等部問わず、自らの意志でこのレースに参加する多くのウマ娘たちの姿を見つめる彼の目は、キラキラと輝いていた。
「今年は豊作だな。どの子も良く見えて、目移りしてしまうよ」
「ああ。だが、やはり一番の注目株は……」
近くで同じように選抜レースに臨もうとしているウマ娘たちを観察していたトレーナーの話を耳にした男は、彼らと同じ方向を見やった。
そこにいたのは薄紫色をした美しい長髪を湛えるウマ娘……メジロマックイーンだ。
優秀なウマ娘を数多く輩出している名門メジロ家の筆頭である彼女は、このレースでも多くの観客やトレーナーたちから強い関心を寄せられているらしい。
新人も、ベテランも、多くのトレーナーたちが彼女のスカウトを目論んでいることは間違いないだろうが、決してこのレースはマックイーンの独り舞台というわけではない。
彼女以外にも、その将来性や素質を期待できるウマ娘は山ほど出場している。
マックイーンを筆頭に多数の有望株ウマ娘が出場する今回の選抜レースは、例年稀を見る豊作レースであった。
『間もなく、次のレースがスタートします。出走するウマ娘は、ゲート前に集合してください』
「……いよいよか」
そうして、熱狂に沸くレース場の中、ついに本日のメインイベントというべきマックイーンが参加するレースが始まろうとしていた。
彼女と共に出走するのはその実力に勝るとも劣らない有望株ばかり。
このレースを走るウマ娘は、トレーナーたちからの特に強い関心を寄せられていることは見て明らかだ。
閉じたゲートの中で出走の時を待つウマ娘たちへと誰もが興味と期待を込めた視線を向ける中、新人トレーナーである彼もまた身を乗り出すようにして出走の時を今か今かと待ち侘びている。
もしかしたら、この中に自分が初めて担当することになるウマ娘がいるかもしれないと……胸を高鳴らせる希望と期待に笑みを浮かべる彼の前で、レースの始まりを告げるゲート解放音が響いた。
『さあ、始まりました。芝2000mの中距離選抜レース、先頭を走るのはメジロパーマーとダイタクヘリオス、そしてアイネスフウジン。注目のウマ娘、メジロマックイーンは少し離れて四番手で機会を伺っています』
「うわ、がっつり逃げに走ってる。作戦もへったくれもないって感じだな」
「だが、いい思い切りだ。いいアピールになってると思うぞ」
先程と同じトレーナーたちの会話を聞きながら、新人トレーナーである男も選抜レースの成り行きを見守る。
彼が見つめているのは派手な逃げ戦法を取っている3人のウマ娘たちでも、その後ろに控えているマックイーンでもなく……最後尾を走るウマ娘であった。
実況は触れていなかったが、スタートの際にたった1人だけ出遅れてしまった彼女は、その失策を取り返すべく猛然と追い上げている最中だ。
無論、実況を務める女性も彼女の失敗には気が付いているのだろうが、この選抜レースはデビューを目指すウマ娘の良さをアピールする場なので、敢えてそこに触れずに前を走る逃げウマ娘たちの良さをアピールしているのだろう。
……まあ、純粋にレースを楽しむ観客はまだしも、これから彼女らをスカウトしようとしているトレーナーたちは実況を聞かずともその失敗に気が付いているから、触れる必要もないわけだが。
それでもそういった欠点を解消し、ウマ娘たちの良さを伸ばすために自分たちトレーナーがいるのだから、逆に問題点がわかっているというのはありがたいことでもあった。
『レースは中盤、半分の距離1000mを走り終えて先頭はアイネスフウジン。しかしメジロマックイーンがじりじりと距離を詰めている』
白熱するレースは、逃げの作戦を取ったウマ娘たちとの距離を徐々に詰め始めたマックイーンの計画通りに進んでいるようだ。
少なくとも、ここまで一番手二番手を走ってきたメジロパーマーとダイタクヘリオスの走りは序盤と比べると明らかに鈍くなっている。
冷静さを失って無駄にスタミナを消耗したというよりかは、最初から後のことなど考えていない爆逃げ戦法を取った結果の鈍りと思わしきそれと比べるとアイネスフウジンは多少の冷静さを有しているようだが……それでも、マックイーンとの距離は確実に縮まっていた。
『間もなく最終コーナー、正念場を迎えます。ここで抜け出すのはどのウマ娘なのか?』
そして、終盤。勝負所となる第四コーナーを迎えた瞬間、マックイーンが動いた。
ここまで溜めていた脚を解放し、一気に速度を上げた彼女は先頭集団との距離をぐんぐんと詰め、あっという間に抜き去っていく。
そのまま最後の直線を迎えた彼女は優雅さすら感じられる独走状態となっており、逃げの作戦を取ったウマ娘たちを千切って捨てたその走りっぷりに誰もが感嘆のため息をついていた。
「流石はマックイーンだ。完全にレースの展開を支配している」
「しかもあの走りを見るに、スタミナにも余裕がありそうだぞ。私の適性は中距離じゃなく、長距離だと言わんばかりだ」
決して、マックイーンが手を抜いているわけではない。彼女もこの選抜レースに全力を尽くしているし、他のウマ娘たちに対する侮辱となる真似をメジロ家の令嬢である彼女がするわけがない。
だがしかし、ステイヤーとして長距離を走ることを目標としている彼女の走りはデビュー前にも関わらずその化物じみたスタミナをアピールするかのような余裕に溢れたものであり、それが故に他のウマ娘たちとは一線を画した実力を有していることが一目で見て取れるものであった。
これがメジロマックイーン、名門メジロ家の筆頭となる名優ウマ娘の実力。
誰もが彼女の走りに夢中になる中……男の目は、その少し後方に向けられていた。
「……いいぞ。来てる、そのまま、そのままだ……!」
「「は……?」」
今度は2人のトレーナーたちが男の声を聞く番だった。
どこか楽しそうな表情を浮かべる彼が、先頭を走るマックイーンではない他の誰かに視線を向けていることに気が付いた2人がその彼と同じ方向を向いてみれば、そこに驚くべき光景が広がっているではないか。
あの出遅れたウマ娘が、最後尾から必死の追い上げをかけていた彼女が、いつしかマックイーンの背に迫る二番手の位置についている。
前にいた中団を抜き、スピードが落ちたとはいえ良いポジションについていた逃げウマ娘たちすらも抜き去って、あのマックイーンの背を捉えた彼女が猛然と直線を駆け抜けようとしている。
マックイーンを差すのではなく、
『メジロマックイーン、今、ゴール! 危な気のない完璧なレースを見せてくれました! 2位は――』
マックイーンを称えるアナウンスの直後に二番手として彼女の名が読み上げられた時、観客たちは小さくはない驚きを感じたであろう。
なにせ彼女は出遅れて最後尾からのレース展開という苦しい戦いを強いられたわけで、そこから前を走るウマ娘たちをごぼう抜きにして2位にまで昇ってくるとは思いもしなかったのだから。
かくしてこのレース自体は実況が告げた通り完璧なレース展開を見せたマックイーンの勝利で終わったものの、彼女に敗れたウマ娘たちも自分自身の良さを十分にアピールすることができた最高のレースであったといえるだろう。
レースが終わり、出走したウマ娘たちがクールダウンを終えた後、並々ならぬ素質を見せつけてくれた彼女たちへと大勢のトレーナーたちがスカウトのために押し寄せる中、新人トレーナーである彼も自分が目を付けたウマ娘の下に駆け寄っていた。
(見つけた……俺が応援する、最高のウマ娘!)
無邪気に、無垢に……煌めくビー玉のように輝くその瞳に映るのは、1位でゴールしたメジロマックイーンでも最序盤に自らの持ち味を存分にアピールしてみせた逃げウマ娘たちでもない。
最初から最後まで、ひと時も目を離すことなく彼女のレースを見届けた彼は、その想いを告げるべく迷いなく真っ直ぐに彼女の下へと歩み寄っていった。
「なあ、なあ! 君っ!!」
注目株であり、良い走りっぷりを見せた彼女へと群がるトレーナーたちの間を縫うように、男がするりするりとその囲みを潜り抜けていく。
まるで運命に導かれているかのような動きで彼女のすぐ近くに辿り着いた彼は、自分の声に反応してこちらへと振り向いてくれた彼女の目を見つめながら、手を差し伸べ、言った。
「俺と一緒に、夢を叶えてみないか!?」