スピカに隠れて、デネブは輝く 作:とくめいトレーナーA
名無しのキャラを書くのがこんなに難しいとは思わなかった……。
トレーナーがライアンと話をしてから、3日が過ぎた。
この頃になると選抜レースに出走したウマ娘たちのほとんどが自分をスカウトしてくれたトレーナーとの契約を結び、個人レッスンやそのトレーナーが率いるチームに合流してのトレーニングを行っている。
注目株であったアイネスフウジン、ダイタクヘリオス、メジロパーマーはもちろんのこと、他のウマ娘たちも来るデビューの日を見据えて実力を磨こうと必死だ。
そして当然ながら1番人気のウマ娘であるメジロマックイーンもまた有名トレーナーとの契約を結び、トレーニングに勤しんでいた。
「凄いな、マックイーンは……」
デビュー前のウマ娘が当たり前のようにこなす基礎メニューをこなし、地力をつけるべく奮闘するマックイーンをグラウンドの端から見つめるライアンが呟く。
トレーニング用のジャージではなく、トレセン学園の制服を纏っている彼女は、数少ないトレーナー契約を結んでいないウマ娘の1人であった。
視線の先にいるマックイーンは、あのオグリキャップを育て上げたトレーナーが率いる名門『チームシリウス』に所属を決め、トレーニングを重ねている。
今もチームのサブトレーナーに付き添われながら芝でのダッシュを繰り返している彼女の姿を見つめるライアンは、自分と彼女との距離が段々と広がっていくような錯覚に襲われていた。
「どうすればいいのかな、あたし……?」
そう、その場に腰を下ろし、膝を抱えながら呟くライアン。
自分がこうしている間にもマックイーンはトレーニングを続けており、その差は段々と広がっていくことを理解しながらも彼女は動けないでいる。
決して、ライアンの下にスカウトが舞い込んでいないわけではない。
名門メジロ家の一員であり、選抜レースでもメンタル面の弱さを見せながらも高い素質も見せつけた彼女の下には、シリウスにも負けない強豪チームからのスカウトが舞い込んでいる。
それでも……ライアンは、そのスカウトに乗る気になれなかった。
自分のような軟弱な意思でレースに臨むウマ娘が、全力で勝ちに行くチームメイトたちの中に加わることに対して負い目があったからだ。
いざという時の心の弱さは、きっとトレーニングの中でも発揮されるようになる。
そうなれば他のウマ娘たちの迷惑になるだろうし、そんな中途半端な気持ちでトレーニングをするのはスカウトしてくれたトレーナーにも失礼だろう。
ほとんどのトレーナーたちは、選抜レースで見せたライアンの出遅れの原因が心の弱さにあることは気付いている。
だが、その根幹にある問題に気が付いている者は、彼女が知る限りたった1人しか存在していなかった。
「夢……あたしの心と想いを支えてくれる、夢か……」
その人物が言っていたことを振り返ったライアンが俯きながら呟く。
自分の心を支える軸となるものを持っていないことを指摘されたライアンが自らの不甲斐なさを悔やむ中、そんな彼女へと近付いてきた何者かが声をかけてきた。
「そんなところで膝抱えて、どうしたんだ?」
「あっ……!」
ビクッ、と唐突に声をかけられたライアンが体を震わせながら顔を上げれば、そこにはハンチング帽を被った初老の男性の姿があった。
一目で彼が何者であるかを理解したライアンが言葉を失う中、その男性は気さくに彼女へと話しかけてくる。
「お前さん、ずっとマックイーンを見てるな。ここ数日、ずっとだ」
「きっ、気付いてたんですか!?」
「手前のチームを観察する奴のことを見逃す程、耄碌してねえよ。メジロライアン……だな? マックイーンとは同門だろう? ライバルの視察に来たにしちゃあ、浮かない顔をしてるじゃねえか」
『チームシリウス』のチーフトレーナーにして、このトレセン学園でも有数の名トレーナーである男性がライアンの様子にそんな感想を述べる。
彼から自分の晴れ晴れとしていない気持ちを指摘されたライアンは、苦笑を浮かべてからこう返した。
「わかんなくなっちゃってるんです、全部が。自分が何のために走ってるのか、このまま走り続けていいのか、迷ってばっかりなせいで足が止まっちゃって、動き出すこともできなくなっちゃってるんです」
「ふぅん、なるほどな……」
流石はこの道30年の名トレーナーといったところだろうか。男性はその言葉だけでライアンが抱えている問題におおよその見当を付けたようだ。
黙って彼女の隣に腰を下ろした彼は、静かな口調で語り始める。
「何でもかんでも、1人で抱え込もうと思うなよ。自分が弱いってわかってるなら、遠慮せず思いっきり誰かを頼ればいいんだ。少なくとも、俺たちトレーナーはそのためにこの学園にいるんだからな」
「……難しいですよ、誰かを頼るのって。1人で走り続ける方がよっぽど簡単だと思います」
「まあ、そうだろうな。お前さんの周囲にいるのはお前さんのことを名門メジロ家の一員だと思って期待してる奴らばかりだ。そういう連中を失望させたくないって気持ちが、お前さんに無理をさせてるんだろうさ。だが……あれだけの数のトレーナーたちからスカウトされたんだ、1人くらいはお前さんの弱さを理解してる奴がいてもおかしくないと思うがな?」
「……!」
その言葉に、ぴくりと耳を震わせるライアン。
彼女の反応を見て取った男性は、口元に小さく笑みを浮かべると、続けてこう言った。
「心当たりがあるみたいだな。なら、そいつに寄りかかってみればいいんじゃねえか? そいつが頼りないっていうなら、うちの弟子を紹介してやるよ。まだ新人だが、俺が引退するまでにいっぱしのトレーナーに鍛え上げてやるつもりだ」
「……すいません。お心遣いはありがたいんですが、先約があるんです。あたしの弱さと……自分では気付けてない奥底にある強さみたいなものを理解してくれる人が、他にいるので」
「ふはっ、そうかい。なら、こんなところで油売ってる暇はないわな? やるべきことはわかってるんだろ?」
「はいっ! ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、初老のトレーナーへと礼を述べたライアンが運動場を走り去っていく。
その背を見送るトレーナーへと、また別のウマ娘が声をかけてきた。
「どうした、トレーナー? 誰かと話していたのか?」
「うん? ……ああ、ちょっとな」
クール……というより、泰然自若とした振る舞いが特徴的な芦毛のウマ娘、オグリキャップからそう問いかけられたトレーナーが曖昧に言葉を返す。
彼女の顔を見て、ライアンが走り去った後の前方を見て、そして最後に今もグラウンドでトレーニングを続けるマックイーンを見た彼は、自分が手塩に育てた愛バに対してこう告げた。
「オグリよ……あと1年か2年経ったら、お前さんとマックイーンの前に面白いライバルが立ち塞がるかもしれんぞ」
「……? そうなのか? どんな奴なんだ?」
「さあ、俺にもわからん。あのウマ娘がどう成長するかは、トレーナーの指導次第だからな」
「……トレーナーがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。なら、私もそのライバルに負けないようにトレーニングするだけだ」
「はっはっはっはっは! だな! よぅし! 今日もいっちょ厳しく鍛えてやるか!」
自分に全幅の信頼を寄せるオグリキャップの言葉に大笑いした初老のトレーナーが彼女を連れて歩き出す。
自分自身と、そして弟子のライバルとなるトレーナーの登場を予知した彼は、自分を慕ってくれる者たちに少しでも遺産を残すべく、残り少ない現役としての時間を彼女たちの鍛錬に費やすのであった。
「すいません、失礼しますっ! トレーナーさん、いらっしゃいますか!?」
ピシャーン、という大きな音を立てて扉を開けたライアンが、さして広くもない部屋の中に響くような大声で叫ぶ。
Wの大音量に飛び上がらんばかりに驚いたトレーナーであったが、目にした彼女の表情が晴れやかであることに気が付くとぴたりと動きを止めた。
「あの、えっと……この間のスカウトのお返事なんですけど……」
「……うん」
元気にトレーナー室に飛び込んだ直後、ややもじもじとした態度で話し始めたライアンの声に耳を傾けるトレーナー。
すぅっ、と息を深く吸い込んだ彼女は、決意を固めた表情を浮かべると自分の意志を言葉にし始める。
「正直、まだあたしが何をしたいのかとか、そういうことはまるでわかってません。だから、この前トレーナーさんが言ってくれたみたいに……あたしと一緒に、あたしの夢を探してくれませんか? 何を目標にて、何のために走るのか、それをレースの中で見つけてみたいんです。まだまだ未熟なあたしですけど、よろしくお願いします!」
「……ライアンがそう望むのなら、俺は全力で手助けさせてもらうよ。未熟な新米トレーナーだけど、こちらこそよろしく」
お互いに頭を下げ、顔を上げた後で手を取り合って固く握手を交わす。
自らの弱さと強さを知る者に信頼を寄せ、共にトゥインクル・シリーズという激戦に臨むことを決めたウマ娘とトレーナーの戦いが、今、始まろうとしていた。