スピカに隠れて、デネブは輝く   作:とくめいトレーナーA

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メイクデビュー

 

(大丈夫、大丈夫……あたしならできる、絶対に勝てる……!)

 

 ――6月上旬、東京レース場。デビュー戦を迎えたメジロライアンは、そのパドックで自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返していた。

 

 同じ日にデビューする他8人のウマ娘たちは、それぞれが勝負に臨むいい表情をしている。

 緊張も、不安も、怖れもあるのだろうが、それでもそういったネガティブな感情を乗り越えようと懸命に自分を奮い立たせる彼女たちは、それと同時に名門出身のライアンのことを好敵手として強く意識しているようだ。

 

 これが自分の勘違いならばどれだけ気が楽だっただろう。対戦相手たち全員からデビュー戦のライバルとして見られるだなんて、メンタルが弱い自分にとってはしんどいが過ぎるではないか。

 そんな弱音を控室でトレーナーである仁にこぼせば、彼は快活に笑った後でこう言ってくれた。

 

「それはライアンの強さが認められている証拠だ。言っただろう? 君は最高で最強のウマ娘だって」

 

「……ふぅ~」

 

 肺に溜め込んだ酸素を、一気に口から吐き出す。

 空っぽになった胸を張るようにして上体を起こしたライアンは、パドックから観客席を見回すとそこにいた目当ての人物の姿を見つけ出した。

 

「ライアーン! リラックスだぞ~っ!!」

 

「あはは。わかってますよ、トレーナーさん」

 

 こちらに向けて手を振りながら、大声でアドバイスをしてくれる仁へとぼそりと呟くライアン。

 この声が彼に届いていないことを理解している彼女は、少しでも安心してもらうために満面の笑みを浮かべて手を振り返してみせた。

 

(リラックス……頑張れでも負けるなでもなくて、リラックス、か……)

 

 仁の言葉を振り返りながら、トントンと軽く飛び跳ねてエンジンのかかり具合を確認するライアンは、その言葉に込められた彼の想いを感じ取っていた。

 緊張や不安を感じているだろうが、まずは落ち着いて練習の成果や自身の実力を出し切ることに集中しろ。そうすれば、結果は自ずとついてくる……仁はライアンに向け、そう言っているのだ。

 

 それはつまり、通常の状態でレースに臨めばライアンは勝てると信じているということ。

 自分のことを最強で最高のウマ娘だと言ってくれた仁の、揺るぎない信頼を感じ取ったライアンが心を温かくする中、ファンファーレの音と実況の声が響く。

 

『天候に恵まれ、晴天の下で行われようとしているメイクデビュー。バ場は良好、ウマ娘たちには是非とも実力を出し切ってもらいたいところですね』

 

『ウマ娘たちの今後を占う大事な1戦です、まずは悔いのないよう、全力を出すことを意識して走ってもらえると私も嬉しいです』

 

 実況、解説のアナウンスが競技場に響く中、ライアンたち出走ウマ娘たちが指示に従って続々と指定されたゲートの中に入っていく。

 8番……外の枠ながらも末広がりの数字という、差しウマである自分にとっては実に縁起の良い番号のゲートに入ったライアンは、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動を抑えるようにして握り締めた拳を胸に当てていた。

 

『やはり注目はこのウマ娘でしょう。1番人気メジロライアン、ゲートは8番です』

 

『観客たちの期待に応えられるでしょうか? 好走に期待しましょう』

 

 どうにかして緊張を押し静めようとしたライアンであったが、そんな実況と解説の話を聞くとどうしたってプレッシャーがかかってしまう。

 期待されている、こんな自分が……という、元来のメンタルの弱さからくる不安定さが前に出ようとしていた時、彼女の耳に馴染みのある声が届いた。

 

「ライアン! 落ち着いていけ! 君は誰よりも強い! 自分を信じて走るんだ!」

 

「トレーナーさん……!!」

 

 喉も枯れろとばかりに大声で叫び、自分へと声援とアドバイスを送ってくれる仁の姿を目にしたライアンの口から呟きが漏れる。

 再び、深くまで息を吸って肺の中を酸素で満たした彼女は、それを吐き出すと共に顔を上げると精悍な表情を浮かべながら前方に広がるコースを睨みつけるように視線を向けた。

 

(大丈夫、あたしは強い。今はまだ、自分自身を信じることはできないかもしれないけど……あたしを信じてくれてるトレーナーさんの言葉を信じるんだ!)

 

 期待や声援は時として大きな重圧となってそれを向けられる者へとのしかかってくる。

 だが、信じられているという思いはその重圧を跳ね除けるだけの力を引き出してくれることも、ライアンは知っていた。

 

 メジロ家の期待を背負って走るマックイーンがそうであったように、周囲からの憧れや課せられた使命を力として走る者こそがスターウマ娘としての道を駆け上がることができる。

 今の自分にはまだ、大勢の人たちの歓声に応えられるような強さはないけれど……たった1人、自分を傍で支えてくれる人からの全幅の信頼に応えるために、最高のレースを見せようという気持ちにはなれた。

 

『さあ、各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 ゆっくりと、ライアンが前方に重心を置いた体勢を取る。

 他のウマ娘たちもスタートに備えてそれぞれ思い思いの姿勢を取り、コースへと強い視線を向ける中、静寂に包まれた東京レース場に、ガコンッというゲートが開く音が響いた。

 

『さあ、レース開始です! 各ウマ娘、綺麗なスタートを切りました』

 

『みんな集中していましたね。好レースが期待できそうです』

 

(やった! まずは無事にスタートできた!)

 

 選抜レースでしでかしたスタートでの出遅れという嫌な思い出を振り払うように、順調極まりないスタートを切ったライアンがポジションを見定めながら心の中で歓喜の声を上げる。

 前のめりにならなくてもいい。差しウマであるライアンは最初から前方に出る必要はないのだから、多少は遅れても構わないくらいの気持ちでスタートを切れ……という、トレーナーからのアドバイスに従って第一の関門を突破したライアンは、そのまま息を整えながら後方の集団につけていった。

 

(外側からスタートしたあたしが無理にインコースを取りに行く必要はない。大丈夫、このペースならスタミナにも余裕があるんだから、最後まで脚を溜めて外側から一気にトップに駆け出せばいい!)

 

 大外に比べて走る距離が短くなる内側のコースには、スタミナの消耗を抑えたり、同じ歩数で外側よりも前に進めたりするという大きな利点がある。

 だがしかし、そういった有利を握っているからこそ内を狙う者は多く、その競争で体力を消耗する場合もあれば、運よくその競争を勝ち抜いたとしても逃げ、先行の策を取った前のウマ娘がコースを塞いでいる可能性だってあるのだ。

 

 ならば、いい。その有利はすっぱりと切り捨てて諦めよう。

 元々、外側からのスタートを切ったのだ。自身の最大の持ち味である爆発力に賭け、一直線に前方まで駆け抜けることができるコース取りを選択したライアンは、後方集団のやや前方、外側の位置を落ち着いたペースで走り続けていた。

 

 逃げの策を取った相手は1人、先行は4人。自分も含めた差し先方が3人で、追い込みが1人というレース展開。

 先頭集団との差はそこまでないことを見て取ったライアンは、このレースが自分の思い描く展開通りに進んでいることを感じつつ、最後まで気を抜かぬようにと自分自身を戒めながら走る。

 

(焦るな、焦るな……仕掛けるタイミングを計れてるんだから、余裕はあるんだ!)

 

 5番目……いや、インアウトの差から考えて、自分は6番手といったところだろう。

 順位だけを見れば苦戦しているように思えるかもしれないが、このレース運びはライアンの想定通りのもの。何一つとして焦る要素は存在していない。

 

 だから彼女は待った、自分が仕掛ける最善のタイミングを。

 これまでのトレーニングや仁と話し合って決めたスパートを掛ける距離を思い返した彼女は、十分な余力を持って第4コーナーへと足を踏み入れ、そして――

 

(ここだっ!!)

 

 最終コーナーに入った瞬間、溜めていた脚を爆発させるかのように前に出るメジロライアン。

 ぐっ、と両脚に力を込めて前方へと踏み出した彼女は、一瞬にして横に並んで走っていた後方集団を置き去りにして先頭集団の背を捉える。

 

『メジロライアン! 上がってきた! 速い、速いっ! あっという間にトップに躍り出るっ!!』

 

 コース取り、スタミナ管理、仕掛けのタイミング、その全てが抜群だった。

 後方集団を置き去りにし、スタミナが尽きて下がりつつあった逃げウマ娘を並ぶ間もなく抜き去って、先頭争いをしていた3人すらも千切り捨てて、瞬く間にトップに立ったライアンがぐんぐんとその差を広げていく。

 

 1バ身、2バ身、3バ身……最終直線の途中ながらも、後方のウマ娘たちとは文字通り一線を画した実力を見せつけるライアンの走りを目にした観客たちは、この時点で既に彼女の勝利を確信して歓声を上げていた。

 

『強い! メジロライアン、強過ぎる!! ゴールまでリードをどこまで広げるのか!?』

 

 観客たちの歓声も、実況のアナウンスも、ライアンの耳には届いていない。

 ただ前を走る者のいないコースを、風を切って走る爽やかな感覚に浸りながら、全身の筋肉が躍動する爽快感に笑みを浮かべながら、前へ、前へと最後の直線を駆け抜けた彼女は……ダントツの1位でゴール板を駆け抜け、ゆっくりとその脚を止めていった。

 

『メジロライアン、今、ゴール! 圧倒的な強さを見せつけ、デビュー戦を制しました!!』

 

「はぁ、はぁ……やった? あたし、勝った……!?」

 

 他のウマ娘たちに圧倒的なまでの差を作り上げての1位。

 レース展開も危な気なく、想定通りの走りを見せるという完璧そのものな試合運びをしたライアンであったが、それでもまだ彼女は自分が勝利を掴み取ったことを信じ切れずにいた。

 

 そんな彼女の耳に、自分の名を呼ぶ大勢の人たちの声が届く。

 そして、その歓声に紛れて誰よりも大きな声を出す仁の声を耳にした彼女は、その声のした方向へと視線を向けた。

 

「よくやった! よくやったぞ、ライアン! メイクデビューで初勝利だ!!」

 

「……は、はは……! そっか、やったんだ。あたし、勝ったんだ……!」

 

 彼のその言葉が、自分を称える歓声が、徐々にライアンに勝利の実感を与えていく。

 クールダウン代わりのランニングの最中、沸き立つ観客たちに応えるように天へと拳を突き上げ、弾けるような笑顔を向けた彼女は、次の一歩を大きく踏み出すと共に全身を躍動させるような大ジャンプを決めながら叫んだ。

 

「やった! やりましたっ!! あたし、勝ちましたっ!!」

 

 レースが終わったばかりだとは思えないその動きっぷりに、あれだけの圧勝を見せた彼女にはまだまだ余力が残っていると理解した観客たちが大きな拍手を送る。

 

 マックイーンに並ぶメジロ家の優駿、メジロライアン。

 鮮烈なデビューを飾ったその走りを目にした者たちは、早くも彼女が出走する次のレースでの活躍に期待し、胸を躍らせるのであった。

 

 

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