スピカに隠れて、デネブは輝く 作:とくめいトレーナーA
「……言っちゃった。言っちゃいましたね、トレーナーさん」
「ああ、言っちゃったな」
「えへへへへ……あたしたち、この会話を何度繰り返してるんしょうね?」
「昨日からずっとこうしてる気がするな。本当、これで何度目だ?」
メイクデビューにて、メジロライアンが鮮烈なデビューを飾ったその翌日、仁は彼女とトレーナー室でそんな会話を繰り広げていた。
ライアンの手にはスマートフォンが握られており、その画面には先日のメイクデビューに関するスポーツ紙の記事が表示されている。
彼女から自身のスマートフォンを取り返した仁は、改めて画面を見つめるとぼそりと感想を漏らした。
「よく撮れてるじゃないか。格好いいぞ、ライアン」
「えへへ……ありがとうございます!」
デビュー戦にて、最後の直線を後続に圧倒的な差をつけて走るライアンの姿を映した画像がそこにはあった。
自身の担当ウマ娘が大きく取り上げられている記事を誇らしげな表情を浮かべて読んでいた仁は、そのタイトルを声に出して読み上げる。
「【注目のウマ娘・メジロライアン、圧倒的な差を見せて1番人気に応える。クラシック三冠を目指して始動!】か……かなり大々的に取り上げてもらってるな」
「……正直、恥ずかしいとかよりも恐れ多いです。あたしだけが注目されてるわけじゃないってのはわかってるんですけど、他にもいっぱい、いい走りをした子はいるのにって……」
昨日のメイクデビューの結果は、多くのスポーツ紙が記事にしている。
その記事の内容は主にここで活躍した将来有望なウマ娘に関する特集であり、中でもライアンは多くの記事で注目株として取り扱われていた。
元々、メジロ家という名門に所属している上に、同じ新人ウマ娘たちを全く寄せ付けない完璧で力強い走りを見せたのだから、記者たちがそんなホープを放っておくわけがない。
レース内容の克明な描写に加え、その後のライブのパフォーマンスに関する情報まで記載された多くの記事を読んだライアンは、段々とそのことに恥ずかしさを感じ始めているようだ。
だが、それ以上に彼女が感じているのは、インタビューの中で語った今後の意気込みに関する部分。
目標として掲げたクラシック三冠を獲るという宣言を、どこの新聞社も大きく取り上げ、見出しとして大々的に取り扱っている。
「もう、後には退けないな。クラシック三冠目指して、突き進むしかないぞ?」
「最初からそのつもりです! あそこで宣言したのも、絶対に譲らないっていう意思表示のためですし……あたし、勝ちに行きます! 来年の4月に開催される皐月賞で、1着を獲ってみせますから!」
ぐっ、と拳を握り締め、覚悟を問いかける仁の言葉に堂々と応えるライアン。
デビュー戦の活躍で自信を持つようになった彼女は、多少はメンタルの弱さを克服しつつあるようだ。
それは未だ冷めやらぬレースの熱狂に彼女の心がざわついているからかもしれないが……それでも、俯いていられるよりかは何倍もいい。
少しずつ、こういった自信を積み重ねていくことがライアン自身の成長に繋がると信じている仁は、そんな彼女の気持ちを引き締めるようにしながらこう答えた。
「意気込みを見せるのは結構! だけど、まずは皐月賞に出るための条件を満たさなくちゃならないってことを忘れちゃダメだぞ? 勝利したとはいえ、まだまだライアンはデビューしたての新人ウマ娘。ここから沢山のレースに勝って、人気を獲得しながら実力を証明しなくちゃならないんだからな」
「わかってます。クラシック三冠を獲るって宣言したのに、レースに出場すらできないだなんてことになったら笑い話にもなりませんから。筋トレと一緒で、目標を達成するためにはしっかりとした計画が必要ってことですよね!」
トレーニング好きな彼女らしい、合っているんだか的外れなんだか微妙に判断しにくい例を出しながら気合を入れ直すライアン。
そんな彼女の反応に苦笑を浮かべた仁は、そこで意識を切り替えると今後の予定について話し始めた。
「わかってるならいい。さて、クラシック三冠を目標とした計画を立てていこうか」
「はいっ! 次走はいつですか!? あたしは明日でもOKですよ!」
「ははははは、流石にそんなハイペースなローテーションでライアンを走らせるわけにはいかないさ。俺たちが次の目標とするレースは……これだ」
開いたレース予定表の一点を指差し、ライアンへと出場するレースを教える仁。
闘志をめらめらと燃え上がらせる瞳で自分が指差した場所へと視線を向ける彼女に対して、彼はが声を出して改めてそのレースの名を告げた。
「9月下旬に行われるオープンレース『芙蓉ステークス』……ここが次の目標だ」
「9月の下旬ってことは、準備期間は大体3か月くらいですね? わっかりました!! それで、その後はどうするんですか?」
「無事に勝利することができたら、次は翌年の1月に開催される『京成杯』だ。それが終わったら、皐月賞の前哨戦となる『弥生賞』に出場する予定だよ」
「GⅢ、GⅡって順当のランクアップしていくんですね。なんだか筋トレで段々負荷を強めていくみたいです」
あくまで順調に勝ち進むことができたら、という体での話ではあるが、自分の進む道が明確になったことでライアンの闘志がさらに燃え上がり始めたようだ。
自分自身に気合を入れ、自慢に筋肉に力を漲らせる彼女のことを頼もしく思いながら、仁は自身が設定した目標の共通点について話していった。
「……ライアン、気が付いたか? この3つのレースは、全て中山競バ場で行われる2000mの中距離レースなんだ。これが意味しているのは――」
「……この3つは全て、皐月賞と同じ条件でのレースになる……そういうことですよね? もちろん、天候やレースに参加する子たちの顔ぶれは違いますけど、本番と同じ条件でのレースを何度も経験することで、情報を蓄積する。それが目的……で、合ってますか?」
「大正解! 流石はライアン、賢いなぁ!!」
「わわわっ!? は、恥ずかしいですよ、トレーナーさん!」
自分の思惑を全て理解してくれているというのにどうにも遠慮がちなライアンの特徴的なショートカットをした髪をわしゃわしゃと撫でて彼女を褒める仁。
突然の激しいコミュニケーション方法に驚き、恥ずかしそうに顔を赤らめたライアンであったが、決して悪い気はしていないようだ。
「……まずは目の前のレースに勝つ。だけど、クラシック三冠を獲るっていうのなら、先のことを考えてなくちゃいけない。両方を同時にやるのは難しいけど、ライアンならできるって信じてるぞ」
「えへへ……! はいっ! でも、そこは
ライアンへの信頼を感じさせる仁の言葉に、彼女が同じく信頼を寄せた言葉を返す。
デビュー戦を終え、『トゥインクル・シリーズ』という厳しい戦いの道のりを自分たち2人で突き進んでいくことを改めて確認し合った仁とライアンは、クラシック三冠の最初のレースとなる『皐月賞』に向けて、本格的に始動するのであった。