愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
闇のコヤンスカヤがマスターである藤丸立香を軟禁する事件が起きてから二日程経った。
当初は急にマスターが居なくなったということもあってか、カルデア中がパニックになってしまったが、居なくなって数時間後にあっさりとマスターを軟禁していた張本人でもある闇のコヤンスカヤが自首したことで、事件はすぐに収束した。
幸いにも軟禁された立香は幼児化していただけで、体の異常はなく、闇のコヤンスカヤの処遇に関しても立香の意向があり、特にお咎めはなかった。
これで、この事件は完全に終わ――
「(――ってないと思うんですよね、私)」
カルデアの廊下を歩きつつ、心の中でそう呟く一匹の兎……もとい純白の法衣を纏ったピンク髪の女――光のコヤンスカヤ。
自身の別側面である闇のコヤンスカヤが事件を起こす前までは、常に立香へ付きっ切りであった彼女だったが、今は珍しく一人で行動をしている。
いや、正しく言うならば、一人で行動せざるを得ない状況になっていると言った方が正しい。
「(闇の私がやらかして以降、何故かマスターが私に構ってくれなくなり、闇の私ばかりに懐くようになるとは思いもしませんでした……)」
顔をしょんぼりさせ、光のコヤンスカヤは昨日の出来事を思い出す。
「(レイシフトをする時、私や他の英霊には一切声を掛けずに闇の私ばかり声を掛け、食堂やマイルームに居る時もマスターは闇の私の傍に居た……やはり、何かがおかしい)」
マシュやダヴィンチは気付いていないようであったが、立香が二人と話す時に向ける視線が、明らかに殺意を感じさせるものであった。
それは他のカルデア関係者も例外ではなく、平等に殺意と憎しみに染まった瞳を向けていることが、光のコヤンスカヤの目からはハッキリと分かったのだ。
だが、何の前触れもなく立香が豹変したとは考えづらい……なら、最も怪しい人物を問い詰めて原因を探るしか方法はないだろう。
「(とはいえ、マイルームに行ってもマスターは返事をしてくれない今。どうやって二人と接触しましょうか……?)」
ぼんやりと思考しつつ、行く当てもなく廊下を歩く光のコヤンスカヤ。
そんな彼女がふと足元に目を向けると、金色の毛が一本落ちていることに気が付いた。
「これは……?」
眉をひそめつつも落ちていた毛を手に取り、光のコヤンスカヤは何か気付いたような顔でそれを眺める。
数秒間、いや……数十秒間彼女が毛を見つめた後、不意にゆっくりと後ろを振り返った。
「まさか、ずっと私を付けて回っていたとは……中々に趣味の悪い事をしますね?」
そう言って、廊下の角を刺すような視線で見つめる光のコヤンスカヤ。
一見すれば誰も居ないように見えた廊下だったが、それでも彼女は鋭い目を向け続ける。
すると、次の瞬間――場違いな拍手と共に、廊下の影から出てきた一匹の狐が、光のコヤンスカヤの方へとゆっくり歩いてきた。
「お見事です。流石、私……と言ったところでしょうか?」
「別に褒められるほどのことでもないですよ。というか貴方、わざと私に気付かせたでしょう?」
尚も自身を睨み付けるような瞳を受け流し、光のコヤンスカヤの別側面の存在である狐……もとい闇のコヤンスカヤは彼女の正面へ立つ。
「まぁ、理由はこの際どうでもいいです。丁度よく私も貴方を探していましたから」
「それは奇遇ですね。私も、光の貴方に相談したいことがあったところです……」
「私に……?それは、一体何の相談でしょう?」
”相談”、その言葉を聞いた途端に警戒心を剥き出しにし、闇のコヤンスカヤを更に睨み付ける光のコヤンスカヤ。
何か良からぬことを企んでいるか、もしくは既に実行している……闇の自分に会うまでは予想でしかなかったことが、光のコヤンスカヤの中では確信になりつつあった。
「ふふっ、そう身構えないでください。貴方が気にしているのは、ずばり……マスターのことでしょう?」
「……っ!?貴方……!マスターに危害を加えてませんでしょうね!?」
「それは当たり前です。マスターは私が心から大好きで尊敬するお人なので、危害など加えるわけないですよ。そ・れ・に、あの方はもうすぐ支配者となられるのですからね……」
「支配、者……?」
何の脈絡もなく飛び出た単語に訝しげな表情をする光のコヤンスカヤ。
最初は”冗談か何かだろう”そう思って、再度闇の自分を見つめるが、その顔はゾッとしてしまう程にうっとりとした表情へ変わっていた。
冗談の類ではない……直感的に光のコヤンスカヤは察するものの、断定まではできそうになかった。
「(一体何を考えてやがりますか、闇の私……!)」
元から、マスターに対して向ける目線がどこか危険な匂いを感じるものではあったが、それでもマスターを慕う気持ちでは同じだと思っていた。
だが、今の彼女を見ると、そんな思いは勘違いだったと思い知らされる。
「色々と勘ぐっているようですが、これは私の意思ではなく……マスターの意思です。このカルデアを滅ぼし、私とマスター……それに貴方を加えた三人で人理を支配する――それがマスターの望んだことです」
「はっ!冗談も程々にしてくださいませんか?第一……あの良くも悪くも馬鹿真面目なマスターが自らそんな事を願うはずがないでしょうに。嘘を付くにしても、もっとマシな嘘を……」
「それが、事実だとしたら?」
その一言で、馬鹿にするような笑みを浮かべていた光のコヤンスカヤの顔が一気に強張った。
「貴方も、薄々気付いているんじゃないですか?マスターが持つ、心の闇の深さを」
「……っ!それは……」
心当たりがある。言葉に出さなくても、動揺した光のコヤンスカヤの顔が正直に答えていた。
それを好機と見たのか、闇のコヤンスカヤは一気に光の自分の近くと歩み寄る。
「元々、貴方もこのカルデアをあわよくば支配してやろう……そして、マスターである立香を自分のモノにしたい……そう思っていた筈です。違いますか?」
「……何が言いたいんです?」
「別に難しい事を伝えたいわけではありません。私が言いたい事はただ一つ……”自分に素直になってほしい”というだけです」
複雑な表情をする光のコヤンスカヤの肩へ絡ませるようにして手を置き、彼女の耳元で闇のコヤンスカヤはささやく。
「これはチャンスなんですよ……自分の私欲ではなく、マスターの為という大義名分を持ってカルデアを支配し、滅ぼすことができるというんですからね」
「……」
自身の肩へ手を乗せる闇のコヤンスカヤの手を一刻も早く振りほどいて、ダヴィンチかホームズ、それかニキチッチの所でこの話を広めてしまえば、すぐに闇の自分の計画など一瞬で頓挫してしまうだろう。
だが、光のコヤンスカヤはその決断ができそうにない。
もちろん、この話を他の誰かへ広めたりでもすれば、マスターの身が危険になるかもしれない……そんな考えも浮かんではいたが、何よりも闇の自分が言っていた”カルデアを支配する”、それが光のコヤンスカヤには魅力的な事に思えていた。
「(もし、カルデアを支配できるならば、マスターは私と闇の私の二人だけのもの……つまり、マスターの寵愛を一心に受けられる……)」
今も昔も、マスターである立香は他の英霊との付き合いもあってからか、中々二人きりになれる時間というのが少なかった。
おそらく昔であれば、迷いなく提案に乗っていただろう。
しかし、現在ある程度立香と親しくなっている光のコヤンスカヤにとって、やはりどこか腑に落ちない所がある。
「(本当に……マスターはカルデアを支配することを望まれるのでしょうか?)」
確信を持ったように話す闇の自分の雰囲気に気圧され、本当にマスターがそう思っていると勘違いしてしまったが、肝心のマスターの声を聞いていない。
確かに、以前から彼女が心の闇を抱えていることは察していた。だが、そんな状態でもマスターは、いつも自身の責務について熱い想いを口にしていたことも事実だ。
『貴方一人が頑張る必要はあるのかって?』
それは、ある特異点に行っていた際、光のコヤンスカヤが口にした疑問だった。
その時はまだマスターとの関係も深くなく、マスターの度量を推し量るつもりで投げた疑問であったが、彼女は悩む素振りなど見せず、すぐに疑問へ答えを返した。
『だって、私が頑張らないと人理を本当の意味で取り戻せないんだよ?マスターも私一人しか居ないわけだからね……何よりもカルデアのみんなの為って思えば、私はいくらでも頑張れるよ!』
もちろん、彼女の心に逃げ出したいと思う気持ちがあるということは見抜いていた。
しかし、それでも”カルデアの為”と言って力強い笑みを浮かべていた彼女の様子からするに、逃げ出したいという思い以上にカルデアや仲間を想う気持ちがあることを痛いほど知った。
そう。だからこそ、マスターの豹変が理解しがたい。
「……闇の私。もちろん、マスターの声も聞かずにさっきの話に乗れというのではないですよね?」
「ええ、むしろこちらからマスターの所へ案内しようと思っていたところです。その方が、貴方も腹を決めてくれるでしょうし」
肩に乗った闇のコヤンスカヤの手を払い除け、光のコヤンスカヤは再び怪訝そうに目を細めた。
「では早速、案内しましょう。私達の新たなる主の元へと……ね?」
最後にとびっきり厭らしい笑みを浮かべ、闇のコヤンスカヤはマスターの居るという部屋の方向へと歩みを進める。
当然ながら後を付いて行く光のコヤンスカヤであったが、その瞳は不安と疑念で埋め尽くされていた。
「(マスター、無事で居てください……そして”カルデアを滅ぼしたい”という願望が闇の私の戯言であると願っています……)」
祈る様にそう願う光のコヤンスカヤ。
その願いの一部は、既に叶わぬことを知る由もなく、ただ彼女は闇の自分の背中を見つめるのだった……