愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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お前の力になる

「ふぅ、とりあえずこれで全部かな……?」

 

 自身の部屋の机で書類を一通り綺麗にまとめ、椅子へともたれかかるダヴィンチ。

 いつもはニコニコと笑顔を振り撒く彼女にしては珍しく、その顔には陰が差していた。

 

「今日も、立香君に言えなかったな……」

 

 机にまとめた書類の内容を思い出し、ダヴィンチは大きくため息をつく。

 そこに置いてあった書類は全て、藤丸立香の精神状態や健康状態を数値化したものであったが、その全てが最悪と言っていい程のものだった。

 パーセンテージで表される健康と精神状態チェックで両方とも百パーセント中、十パーセント未満……普通なら動けない上に廃人になっていてもおかしくない数値である。

 しかし、それでも立香が未だにレイシフトを続けられるのは、彼女の瘦せ我慢と尋常ではない精神力に他ならない。

 

「(でも、それが長く続くわけがない……続くわけ、ないじゃないか……)」

 

 実際、この間も特異点で立香は精神をやられて発狂している前例があるだけに、もう彼女が限界ということは明らかである。

 しかし、そんな状況に立たされていても立香は休むことを拒んだ。

 もう身体はボロボロで精神的にも疲れ果てているはずなのに、”大丈夫だから”と作り笑いを浮かべ、すぐにレイシフトへと行ってしまう彼女。

 今までは止めるに止められない状況が続いていたが、そんな状況はそろそろ断つ必要がある。

 

「だけど、言えるかな……?ちゃんと立香君に」

 

 頭では分かっている。だが、それをいざとなって立香の前でやると考えると、急に怖くなってきてしまう。

 悲しい顔をするかもしれない、絶望した顔をするかもしれない……想像すればするほど自身の中にあった勇気が無くなっていき、臆病な気持ちだけが膨れ上がってくる。

 

「(そんなこと考えてる場合じゃないのに……!なんで、私は動けないんだ……ッ!)」

 

 自分への怒りからか、気付けばダヴィンチは軽く机を殴りつけ、自身の唇を噛み締めていた。

 

「どうすればいいんだ……!?どうやって立香君に言えばいい……?」

 

 殴りつけた拳を震えさせ、問いかける様に言葉を吐くダヴィンチ。

 当然ながら一人しか居ないこの部屋で、その質問に答える者は誰も居らず、ただ言葉だけが虚しく響く。

 だが、その言葉に引き寄せられたのか、突然――部屋の扉が数回ノックされた。

 

『ダヴィンチ!居るか?』

 

 扉越しに声が聞こえるせいか、明確に誰なのかが判断できないが、辛うじて女性ということだけは分かる。

 普段、この部屋を訪れるのは立香かホームズの二人のみだが、明らかに扉の外から聞こえた声は二人のどちらでもない。

 

「あ――ちょ、ちょっと待ってて!すぐに開けるから!」

 

 誰だろう?ダヴィンチは少々戸惑いつつも急いで椅子から立ち上がり、扉のパネルを操作する。

 すぐに扉のロックは解除され、同時に勢いよく扉が横にスライドした。

 そして、扉の先に居たのは……

 

「ニキチッチ!?」

「悪いな、いきなり押し掛けて」

 

 意外な人物の来客に表情を驚かせるダヴィンチに、軽く謝罪の言葉を口にする銀髪に猫耳を付けたニキチッチと呼ばれた女性。

 彼女……というより彼が突然部屋を訪れたのも驚きであったが、それよりもニキチッチの表情が少し暗く、瞼の下に涙の跡があることの方が気になってしまう。

 

「えっと、ニキチッチ?何か私に用があるのかい……?」

「……ああ、実は闇のヤースカヤの事で直接礼を言いたくてな……」

「ヤースカヤ……なるほど、闇のコヤンスカヤのことか。ん?でも、私って礼を言われるようなことしたっけ……?」

 

 ニキチッチの言葉に違和感を覚え、ダヴィンチは思い当たる節をぼんやりと思い出してみるが、いまいちピンとくる出来事は最近無かったように思える。

 しかし、それでも”闇のコヤンスカヤのことで自分が何かやったのかもしれない”そう思って、記憶を掘り返そうとした時。

 目の前のニキチッチが、いきなり深々と頭を下げた。

 そして――

 

「闇のヤースカヤの処遇について、軽くなる様に口添えをしてくれて感謝している……!!今回の件で、迷惑を掛けてすまなかった……!」

 

 平身低頭。その言葉が合う程の頭の下げ方をし、誠意を示すニキチッチであったが、当のダヴィンチはいきなりの出来事に困惑を隠しきれない様子である。

 

「あ、うん。確かに闇のコヤンスカヤの一件で、私も口添えはしたよ……でも、あれは立香君の意思を尊重したからで――」

「いや!それでも、礼を言わせてくれ!」

 

 今にも泣き出しそうな程に感極まったニキチッチは、ダヴィンチの手を両手で握り、必死に言葉を発し始める。

 

「今回の事件は、闇のヤースカヤが全て悪いというのは分かっていたし、罰も重い物になっても仕方ないとオレも思っていた!だけど、一部の英霊の意見で”カルデアから退去させろ”という意見を聞いた時は、正直オレは不安で仕方なかったんだ……!」

「……っ」

「でも、その意見をマスターとお前が必死に諌めてくれたと後に聞いて、オレは心の底から救われた!だから言わせてくれ……ありがとう……ッ!!」

 

 言葉に嗚咽を混じらせつつも、目の前のダヴィンチとこの場には居ない立香に感謝を伝えるニキチッチ。

 いつも見せる自信満々な顔からは想像できない程に目を赤く腫らして泣きじゃくる様子からしても、”コヤンスカヤ”という存在がどれだけ彼女にとって大事なのかが分かる。

 ダヴィンチはそんな彼女の手を優しく握り返し、労いの言葉をかけた。

 

「こちらこそ、わざわざ礼を言いにきてくれてありがとうね……?君の想いは、十分に伝わったよ」

「そう、か……?それなら、良かったぞ……っ!」

 

 頬に涙を伝わせながらもダヴィンチに精一杯笑ってみせたニキチッチであったが、すぐにまた嗚咽を漏らして泣き始めてしまう。

 その姿は、少し前まで立香のことばかりを考えていた自分と重なる。

 

「(私もニキチッチも、想いは同じなんだね……)」

 

 愛しき人がずっと自分の隣で笑っていてほしい。その想いはダヴィンチだけの物でなく、ニキチッチも持っていた物だ。

 互いに愛しき人と過ごした時間は多くはないが、それでも大切な存在である彼女達のことを第一に考え続けてきた。立香に闇と光のコヤンスカヤ。今回の事件がある前も後も、三人の仲睦まじい姿を見ているダヴィンチにとって、ニキチッチの気持ちは理解できる部分が多かった。

 

「大丈夫だよ、ニキチッチ……落ち着いて、落ち着いて……」

「っ……!ひぐっ……!すまない、ダヴィンチ……っ!」

 

 幼い少女の身体ながらも、ニキチッチの身体を軽く抱き締めて背中を優しく叩いてやるダヴィンチ。

 その顔は、母親のように慈しみのある表情をしていた。

 

 

 

 

 ――時は少し進み、すっかり涙も収まったニキチッチとダヴィンチの二人は仲良く談笑しながら気分転換も兼ねて食堂へと向かっていた。

 コヤンスカヤ達のこと、そして……立香のこと。

 お互いが思い出話を披露しながら、その胸の内を明かしていく。

 

「初めて見たヤースカヤは可愛かったなぁ……!言葉は話せなかったが、それでも幼かったあの子はオレに懐いてくれたんだ。できることなら、お前にあのヤースカヤの様子を”カメラ”というもので見せてやりたいよ」

「コヤンスカヤの幼い姿かー、正直あんまり想像付かないな……」

 

 少々興奮気味にコヤンスカヤのことを話すニキチッチの雰囲気に押され、ダヴィンチもなんとなくコヤンスカヤの幼い姿に興味を持った。

 

「あ、そういえば。立香君の幼い姿なら私は見たよ」

「おっ、マスターの小さい時の姿か……どんな感じだった?」

「可愛かったね。ほんと、最近余裕がないとは思えないぐらいに純粋で元気な子になってたよ、初めて彼女と会った時みたいな、ね……」

 

 少しばかり声のトーンを落とし、ダヴィンチは記録としての昔と、実感として得ている記憶を思い出していく。

 

「……前のカルデアでの立香君は、もっと明るかったんだ。裏でも表でも、ずっと笑顔が絶えなかった」

「そう、なのか……だが、今もマスターはヤースカヤ達やお前、他の英霊と居る時でもずっと笑顔で居るぞ?」

 

 どこか悲観的に立香の事を語るダヴィンチに、首を傾げつつ素直に思ったことを口に出したニキチッチであったが、その答えは首を小さく横に振ることで返された。

 

「今の立香君は形こそみんなの前で笑ってるけど、裏ではずっと泣いてる……実際に私も、立香君の部屋の前を通った時に何回も泣き叫んでいる声を聞いたよ」

「……っ!あのマスターが?」

「ああ、そうだ……」

 

 表情を険しくさせるニキチッチに力無く返事を返し、ダヴィンチは部屋でまとめていた資料の内容を全て彼女に話した。

 立香の精神状態や健康状態が最悪であることや、特異点で立香が精神を錯乱させてしまった出来事など、自身が知っている限りのことを全て伝えたダヴィンチ。

 当然と言えば当然と言える結果ではあったが、全てを話し終える頃には二人の間に重苦しい雰囲気が漂ってしまっていた。

 

「……」

「……」

 

 弾んでいたはずの会話は途切れ、沈黙を保ったままカルデアの廊下を歩く二人。

 その間にもダヴィンチは、思い出せる限りの記憶を思い出していた。

 

「(思えば、今の私が立香君と会った時から、気付くべきだったのかもしれなかったな……)」

 

 シャドウ・ボーダーで初めて顔を合わせた時、既に立香の顔は憔悴しきっていた。

 もちろん、前の自分が消滅した直後の顔合わせであったのだから、精神的な余裕がなかったというのは理解できる。

 だが、その後から現在に至るまで、前の自分の記録に残っている藤丸立香は帰ってきていない。

 今居るのは、ただひたすらに”皆の為”と言って作り笑いを浮かべ、レイシフトを繰り返すロボットだけだ。

 

「(どうにかしてあげたい。でも……どうすればいいか、私には分からないよ……っ!)」

 

 マシュや勘の鋭い英霊にも休むよう諭されているというのに、レイシフトを続ける立香をどうすれば止めることができるというのだろう?

 自分が真正面から言葉をぶつけたところで、マシュや他の英霊達と同じ結果になるのは目に見えている。

 だとすれば、もう手段は断たれたも同然に決まっているではないか。

 

「(もう、駄目なのかな……?もう手遅れなのかな……ッ!?)」

 

 今の今まで何も出来なかった不甲斐なさと、それを取り返す事のできない絶望。

 そんな気持ちから、ダヴィンチは先程と同じく拳を握り締め、拳から赤い雫を落とす。

 そして――遂には目からも透明な雫が落ちようとしていた時。

 不意にニキチッチが進めていた歩みを止め、ゆっくりとダヴィンチの方へ真っすぐに向いた。

 

「……ダヴィンチ、さっきの話は事実なんだな?」

「う……ん。そうだよ、全部本当の話さ……」

「そうか、ならオレから言えることは一つだ」

「え……?」

 

「協力させてくれ。マスターにはお前と同様に義理があるし、何よりもオレは今のお前を見てられないんだ……」

 

 気付けば、少女とは思えない程に暗い表情をしていたダヴィンチの顔を見つめ、ニキチッチはその目の下にあった雫を人差し指ですくってやる。

 

「あっ……」

「さっきはオレだけ泣くところを見られて恥ずかしかったからな!これでお互い様だぞ?ダヴィンチ」

「ニキ……チッチ……」 

「まったく……将来的にマスターは、ヤースカヤ達の婿になってもらわないといけないというのに、体調管理もできないのは婿として失格だぞ!」

 

 まだ暗い表情をするダヴィンチの前で少しだけ頬を膨らまし、わざとらしく怒るふりをするニキチッチ。

 そんな芝居がかった言動を見てか、若干だがダヴィンチの表情に光が差した気がした。

 

「君は、やっぱりコヤンスカヤ達のことが大事なんだね……」

「ああ……もちろん大事だ。でも、ヤースカヤ達の事を庇ってくれたお前とマスター、それにヤースカヤ達を受け入れてくれたカルデアの英霊達も、オレにとってはかけがえのない家族みたいな存在なんだ!」

「……!」

「だから、今回の事がなくてもオレは協力してたさ、何せ……”家族”の頼みだからな」

 

 そう言って、いたずらっぽく笑うニキチッチの姿。

 元より誰にも相談できずに悩み葛藤していたダヴィンチにとって、ここまで自分のことを気遣い、あえて明るい表情で話をしてくれる彼女は、かけがえのない存在に思えた。

 

「(これだったら、最初から彼女を頼れば良かったじゃないか……)」

 

 他の英霊に余計な心配をさせたくない……そんな身勝手な理由で今の今まで誰も頼ってこなかった。

 だが、いざこうしてニキチッチに話を聞いてもらうだけで、自分の心は驚くほど軽くなったような気がする。

 嫌な顔など一つもせず、彼女は励ます様に笑い続けてくれるのだ。

 それに対し、返すべきものは――

 

「ありがとう……!ニキチッチ!」

 

 涙を弾けさせながらも、その顔に見合った精一杯の笑顔を見せるダヴィンチ。

 一瞬呆気に取られたニキチッチだったが、すぐににっこりとした笑顔を返し、ダヴィンチの身体をそっと抱き締めた。

 

「……っ!ニキ、チッチ……」

「いつでもオレを頼ってくれ。今回の事が終わってからでも、オレはお前の力になると約束する……」

 

 どこまでも力強く、そして優しいニキチッチの声。それは、心身ともに疲弊していたダヴィンチにとって、天使の歌声のように穏やかで安らぎを感じれるものであった。

 いつしか我慢していた涙はとめどなく頬を流れ、その涙を隠す様にニキチッチの胸に抱き付くダヴィンチの姿。

 そんな姿をニキチッチは、先程までの自分と重ね合わせつつ静かに見守るのだった。

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