愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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闇は光を覆いつくす

「さぁ、こちらです……どうぞ入ってください」

 

 闇の自分に言われるがままに後を付いて行った結果として案内された部屋……それは立香の部屋ではなく、彼女の部屋であった。

 

「やはり、自身の部屋にマスターを監禁していたんですね……ッ!?」

「監禁とは人聞きの悪いことを言いますね、あの方は私の部屋に自らの意思で居るのです。監禁とは言わないと思いますが?」

「……くっ!もういいです!」

 

 いつまでも馬鹿にしたような態度を崩さない闇のコヤンスカヤの態度に付き合ってられるかと言うようにして、光のコヤンスカヤは少々乱暴に扉を数回ノックした。

 すると、すぐに扉は開き、部屋の中の様子が目に映り込む。

 備え付けのテーブル、シャワー、本棚……一通りの物に全て目を通した後、最後に備え付けのベッドに目を移した瞬間――光のコヤンスカヤの表情がぱっと明るくなった。

 

「マスター……ッ!!」

「あっ、来てくれたんだね……?」

 

 隣に闇の自分が居るのも忘れ、光のコヤンスカヤはベッドに座っている少女の傍へと一目散に駆け寄る。

 

「よかった……ッ!よかった……ッ!!無事で……!」

 

 とりあえずは無事であったことを喜ぶあまり気が動転し、立香の全身を撫で回すように触ってしまう光のコヤンスカヤであったが、立香は嫌がる素振りを一切見せず、喜びを噛み締める目の前の彼女を妙に落ち着いた微笑を浮かべつつ見守る。

 

「大丈夫ですか……ッ!?闇の私に何もされませんでしたか……ッ!」

「うん。大丈夫だよ、闇のコヤンスカヤには色々と悩みを聞いてもらっていただけだったから」

「……っ!なら、よかったです……!本当に、よかった……ッ!」

 

 重ねるようにして言葉を紡ぎ、光のコヤンスカヤは思わず涙ぐんで立香の手を握り締めた。

 それに対して立香も、握られた手をぐっと握り返し、穏やかな表情を向ける。

 

「(やっぱり、マスターは変わっていない……今までと同じじゃないですか……)」

 

 先程は闇の自分が言った事に惑わされたが、こうしていざマスターの声や素肌に触れると、それが嘘だったと確信できる。

 握った手から伝わる優しさ、自身を包み込んでくれるような柔らかで思わず安心してしまうような声。

 その全てに、憎しみや野心といった黒い感情は少しも見えてこなかった。

 

「(やはり、貴方は……私が野心を捨てるに値する人だったのですね)」

 

 カルデアに来てから日も浅く、そして立香とも縁が深いとは言えなかった頃。光のコヤンスカヤは、表向き立香に従順なフリをしていたが、その裏では”いつカルデアを乗っ取るか”という野心を抱き続けていた……そう、特異点で立香に助けられるまでは――

 

「(あれから、私も色々と貴方を試したつもりでしたが、全て私の予想を超える行動を取ってくれました……だからこそ、私もカルデアの為に働くと決意したのですから)」

 

 特異点での出来事をきっかけにして立香と親密な関係になっていく中、彼女がいつも口にしていたのは”カルデアに居るみんな”への想いと、マスターとしての責務についてだった。

 最初は聞き流す程度で聞いていた立香の話も、三回目程で光のコヤンスカヤは真剣な表情で親身に話を聞くようになり、徐々に光のコヤンスカヤの中から野心というものは消え始めた。

 そして、代わりに芽生えたのは”マスターの守りたいというカルデアを自分も守りたい”そんな、強い意志である。

 

「ごめんね、今まで光のコヤンスカヤに会ってあげられなくて……」

「いえ!私はマスターが無事で居たというだけで、私は満足ですから……ッ!」

 

 こうして今も自分を気遣ってくれる立香を見ると、野心を捨てた甲斐があったと心の底から思えた。

 やはり自分が仕えるべきは、清き心を持った目の前の彼女しかいないだろう。

 

「ああ、そういえば……闇のコヤンスカヤから話は聞いたかな?」

「もちろんですとも!あの聞くに堪えないでたらめな話ですよね……!?まったく……!闇の私は何を言っているんでしょうか……ッ!」

 

 馬鹿馬鹿しい話だった。そう言わんばかりに、光のコヤンスカヤは扉の外に居るであろう闇の自分の顔を思い浮かべつつ、忌々しそうに語っていく。

 

「大体、”マスターがカルデアを滅ぼしたいと思っている”などと大ぼらを吹く時点で気づくべきでした。マスターのように強く清い心を持っている方が、そんなこと考えるはずもありませんし……ましてやカルデアの皆さんを殺したいなどと願うはずなどあるはずがありません」

「……」

「ほんとに、無駄な時間を使ってしまいました。そんな戯言になど耳を貸さず、さっさとマスターの居場所を力づくでも聞き出して、縄で縛ってしまえばよかったですね」

 

 ここ数日の間散々振り回された腹いせとばかりに、闇の自分への愚痴を思いつく限り並べ立てていく光のコヤンスカヤ。

 だが、いつもであれば多少なりとも同調したり、意見を言ったりする立香からは何の反応も返ってこない。

 それどころか口を閉じ、顔を下に向ける姿を見るに、怒っているようにも見えた。

 

「大体、マスターを部屋に軟禁した時点でカルデアからは追放されて当然で――……って、マスター……ッ!?」

 

 更に愚痴を言おうとした光のコヤンスカヤだったが、ようやく表情を険しくさせていた立香に気付き、大慌てで彼女の機嫌を取ろうとする。

 

「す、すいません……!何かお気に障る事を言ってしまいましたか……?」

「……」

「あ、あの……マスター?」

 

 必死に声を掛ける光のコヤンスカヤに対し、立香はひらすら無言を貫き、その表情を伺わせようとはしない。

 ――やはり、自分がマスターの琴線に触れてしまったのだろう。

 そう思い、光のコヤンスカヤは咄嗟に思い当たる部分を思い出し、その場で深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい……つい、闇の自分への悪口を言い過ぎてしまいました。本当に、申し訳ございません……」

 

 以前も、ある英霊がカルデアを騒がせた際、その英霊へと浴びせられた悪口を一喝したことを思い出し、光のコヤンスカヤは自身の至らなさを悔いた。

 

「(マスターは、かつての野心を抱いていた私すら快く受け入れてくれた方……そんな方なら当然、闇の私の事も大事に思っていますよね……)」

 

 どんな英霊であろうとも、カルデアに来て自分のサーヴァントになったからには命懸けで守り、大切な仲間として扱う。

 そんな立香の姿勢に魅了されて彼女を敬愛するようになったというのに、自分はどうして彼女の前で闇の自分への愚痴を並べ立ててしまったのだろうか?

 光のコヤンスカヤは頭を必死に下げつつ、立香から来るであろう戒めの言葉を待つ。

 すると――不意に立香は光のコヤンスカヤの方へと顔を向け、閉ざされていた口をゆっくりと開いた。

 

「……ふふ、大丈夫だよ光の[[rb:おねぇちゃん> ・・・・・・]]……別に怒っているわけじゃないから」

「え……?」

「あっ、ごめんねー?つい、闇の[[rb:おねぇちゃん > ・・・・・・]]と同じ感じで呼んじゃった。でも、いいよね?これからは三人だけの世界を創るんだし、光のおねぇちゃんにも平等に接してあげないとね」

「マス、ター……?な、何を言って……?」

 

 先程まで真剣だった表情をガラリと変え、子供のように無邪気な笑みで突拍子もないことを述べていく立香。

 呆気に取られ、一言も言葉を発せなくなってしまった光のコヤンスカヤを楽しそうに見つめつつ、引き続き立香は言葉を紡いでいった。

 

「さっき、光のおねぇちゃんは闇のおねぇちゃんから色々と聞かされたでしょ?あれについて、どう思った?」

「それは……」

「有り得ない話だと思った……?でもね、あれは私が望んだことなんだよ……」

「……ッ!?そんな……っ!」

 

 信じられない。冗談に決まっている。

 そんな言葉を、目の前の彼女に光のコヤンスカヤは今すぐにでも問い掛けようとした次の瞬間、立香は光のコヤンスカヤの頬を手で優しく包み込み、先んじて言葉を発した。

 

「ねぇ、もちろん光のおねぇちゃんは私の為に働いてくれるよね?」

「……っ、マスター……どうかもう一度考え直してください……貴方は私に言っていたじゃありませんか、”仲間を守る為、そしてカルデアという居場所を守る為に頑張りたい。だから、出来る限り力を貸して欲しい”と」

「そうだっけ?でも、それがどうしたの?」

「今の貴方は、闇の私の力と光の私の力をその仲間や居場所を破壊する為に使おうとしている。それは、マスター自身が本当に望んでいる事なのですか?」

「……」

 

 真摯な瞳で訴えかける光のコヤンスカヤの言葉が通じたのか、立香は浮かべていた無邪気な笑みを消して口を噤んだ。

 

「マスターは闇の私にそそのかされているのです。貴方の中に宿った一時的な気の迷いを利用し、マスターを自分だけのものにしてやろう……貴方の前では都合の良いことばかりを言っているかもしれませんが、私が話した限りでは邪な魂胆しか見えませんでした」

「……」

「もちろん、マスターが色々と悩みを抱えているというのは存じています。ですが、その悩みはダヴィンチさんやマシュさんと話すことで、きっと和らいで――」

 

「……何が分かるの?」

 

 それは、誰が出した声だったのだろう?

 そう思ってしまう程に部屋へ響き渡る、深淵のように深く暗い声。

 光のコヤンスカヤは一瞬、誰が出した声か分からなかったが、目の前の立香の怨嗟が籠った瞳を見た瞬間に、ようやく声の主を理解した。

 

「貴方に何が分かるの……?ねぇ、ねぇ……ねぇ……!」

「……!」

「答えてみてよ……!私がどんな旅をして、どんな人を失い、どんな悩みがあったかをさ……っ!当然、それぐらい答えれるはずでしょ……ッ!?」

「……」

 

 光のコヤンスカヤの手を放し、頬を流れようとしていた涙を乱暴に拭いつつ言葉を吐き出す立香。

 先程まで浮かべていた無邪気な笑顔は立ち消え、ある意味本当の”藤丸立香”に戻ったようにも感じられる顔からは、年相応の少女の素が見える。

 そんな立香に対し、光のコヤンスカヤは一言も発することができず、ただひたすらに顔を俯かせた。

 

「あっ……答えられないんだ?そっか……なら、貴方も私を苦しめようとしている一人なんだね……!」

「……っ!違います……!私は、マスターが心配で……ッ!」

「嘘つき、嘘つき……ッ!!みんな、私の事なんか何も分かってないんだ……ッ!私の事を便利に使える駒のようにしか思ってない……ッ!」

 

 慌てて取り繕った言葉など聞きたくない。立香は自分以外の全ての音をシャットアウトするかのように耳を塞ぎ、頭を横に激しく振る。

 こうなってしまえば、もう光のコヤンスカヤの声が届くことはない。

 そして。

 

「もう嫌だ……ッ!!家に帰りたいよ……ッ!こんな所に居たくない……!助けてよ……ッ!!誰か、誰か……誰かぁ……ぁ……ッ!」

 

 ついにパニックになり泣き叫ぶ立香に言葉を掛ける事もできず、呆然とその場に立っていることしかできない光のコヤンスカヤ。

 ――もう少し、早く気付いていれば……

 元々立香が普通の女の子であり、特段優れたメンタルや身体能力を持ち合わせていないことを失念していなければ、彼女は壊れなくて済んだに違いない。

 そう……違いなかったのだ。

 

「(わたし、は……わたしは……マスターのために、何もできていなかったのですね……なにも、できなかった……)」

 

 立香を過大評価し、こんな事になるまで気遣いすらできなかった自分。

 以前から薄々、立香の様子がおかしい事に気付いていたというのに、それを深刻な事と捉えずに放置していた……そんな自分が、立香の事を真に想っていると言えるわけがなく、ましてや彼女の傍に居る資格すら無い。

 

「あ――ああ……ああああ……ッ!!ごめんなさい……ごめんなさ、い……!マスター……っ!」

 

 後悔と共に目尻へこみ上げてくる物を我慢しきれず、その場に膝を折って何度も謝罪の言葉を口にする光のコヤンスカヤの姿。

 その姿は、彼女が別人に映ってしまうぐらいに弱々しく、みすぼらしく映った。

 

「助けてよ……助けて……っ!闇のおねぇちゃん……ッ!」

 

 傍で許しを請う光のコヤンスカヤを気に留めれない程の不安から、身体をガタガタと震わせてベッドの上で縮こまってしまう立香。

 やはりと言うべきか、こんな時も立香が頼りにしているのは光のコヤンスカヤではなく、[[rb:闇のおねぇちゃん > ・・・・・・・・]]。

 それを証拠に立香は自身の髪に手を伸ばし、闇のおねぇちゃんに付けてもらった星型の髪飾りを自然と握り締めていた。

 すると、そんな立香に応じるように突然――部屋の扉が開いた。

 そこに居たのは。

 

「闇のおねぇちゃん……ッ!!」

「立香……っ!!」

 

 光が消えかかっていた瞳に再び灯りを点け、立香は部屋へ入ってきた闇のコヤンスカヤの元へと走り出し、彼女の胸元へと飛び付いた。

 

「立香、ごめんなさい……少しばかり用事があって、すぐに駆け付けることができませんでした」

「うっ……ッ!ひぐ……ッ!なんで、早く来てくれなかったの……ッ!わたし、怖かった……ッ!!」

「よし、よし……もう大丈夫ですよ。貴方だけの、おねぇちゃんが居ますからね……」

 

 子供のように大きな声で泣き喚く立香に嫌な顔一つせず、むしろ穏やかな表情で立香を慰めてやる闇のコヤンスカヤ。

 しかし、そんな彼女が立香を慰めつつ光の自分へと向ける目には、冷酷で氷河のように冷たい瞳が映っていた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……わたし……の、せいで……」

 

 自責感に押し潰され、ぼそぼそと謝罪の言葉を繰り返すだけになってしまった光のコヤンスカヤの有様。

 瞳から光を失い、一人で後悔の涙を流し続ける彼女に同情の目は向けられず、ただ軽蔑したような瞳を向けられ続けた。

 闇のコヤンスカヤから、そして……自分が親愛の念を持っている立香からも――

 

「ねぇ、闇のおねぇちゃん……わたし、光のおねぇちゃんが嫌いになっちゃった」

「あら?それはどうしてでしょう?」

「だって、わたしのことを否定しかしないし、闇のおねぇちゃんの悪口を言ってたからね……これだったら――要らないや」

 

 目の端に少し残っていた涙を拭い、立香は泣き顔を冷酷な笑みへと瞬時に変えて、闇のコヤンスカヤの胸元を離れた。

 

 

 

 

「(私は、マスターの事を何も分かっていなかった……何も……何も……ッ!)」

 

 自身の不甲斐なさに涙を落とし、唇を噛み締める光のコヤンスカヤ。

 もう時間は戻ってこない今。ひたすらに立香への謝罪と後悔を繰り返し、どうすることもできない現状から目を逸らし続ける。

 そこにはかつてカルデアを苦しめた“コヤンスカヤ”の姿はなく、ただ哀愁漂う雰囲気を纏った一人の女が居た。

 

「――ねぇ、光のおねぇちゃん」

「っ……!マスター……」

 

 突然の声に身体をびくりと震わせ、力無く顔を上げた先に居たのは先程までパニックで泣き叫んでいたはずの立香。

 まずは立香が泣き止んだことを素直に喜ぶべきであろうが、その顔には思わず息を呑んでしまう程の妖艶な笑みが浮かんでいた。

 

「光のおねぇちゃん……いや、光のコヤンスカヤ。私ね、貴方の事が――大嫌いなんだ」

「え……?」

「私の事は全然理解してくれないし、私の思い通りに動いてくれない。それに、私の闇のコヤンスカヤを侮辱するなんて……論外だよ」

 

 見下したような目を向け、失望を隠そうともしない立香の表情。

 今まで向けられた事のない冷たい瞳に心を痛めると共に、彼女から単刀直入で言われた”大嫌い”という言葉が、光のコヤンスカヤに重くのしかかっていた。

 

「(大嫌い……私の事が?大嫌い……嫌い……嫌い……?私のこと……が……?)」

 

 特異点での恩や自分を大事にしてくれる立香の懐の深さに惚れ、彼女の事をずっと敬愛してきた。

 必要であれば命を差し出すし、彼女の行く所には死地であろうと付いて行く……そのぐらい愛している存在に必要とされてない自分は、一体今まで何をしてきたというのだろう?

 彼女の身体がボロボロであると悟れる前触れがあったにもかかわらず、勝手に問題が無いと判断して放置し、結果的に今の現状を引き起こしてしまった自分。

 好きという感情だけが先行し、結果的には彼女の為に何も出来ていない自分が今の立香を咎める権利などありはせず、それを咎めようとした自分は嫌われて当然だ。

 

「本当は闇のコヤンスカヤと光のコヤンスカヤの二人で協力して計画を進めてもらおうと思ってたけど、貴方はずっと反抗的だし、どうにか闇のコヤンスカヤ一人だけでやってもらうよ」

「……」

「だから、貴方はカルデアの皆と一緒に消えてね。あ、そうそう……もちろん私達の計画を聞いたからには、この部屋から出さないから」

 

 冷酷な表情で淡々と言葉を話す立香に対し、光のコヤンスカヤの瞳や表情は既に感情を失っていた。

 もう、何もかもどうでもいい……相思相愛だと思っていた立香に嫌われ、始末することすら厭われない存在へと成り下がった今。もはや、カルデアに居る意味は無いのだ。

 であれば、一刻も早く愛しい彼女の手で、この悲しみに染まった自分の命を終わらせて欲しい。

 それだけが、光のコヤンスカヤの望みだった。

 

「それじゃ、早速だけど……お別れしようか?」

「……」

「大丈夫。闇のコヤンスカヤには、痛くないように一瞬で終わらせるように言って――」

 

「お待ちください、立香」

 

 話を終えようとしていた立香の言葉を遮り、闇のコヤンスカヤは話に待ったをかける。

 

「今ここで光の私を始末してしまうことは簡単です。ですが、元々光の私は立香のことを闇の私より敬愛しているはず……ならば、もう一度チャンスを与えてもよろしいかと」

「……チャンスね……あんまり気乗りはしないな」

「お願いします。貴方の計画を成就させるためにも、彼女の力は必要なんです……」

「……」

「貴方を泣かせたことや、私に悪口を言った事は存じていますが、どうか光の私を許してもらえませんか……?」

 

 提案された事へ不満げに表情を曇らせる立香を説得しようと、言葉を重ねていく闇のコヤンスカヤの様子。

 その表情は彼女にしては珍しく、必死さが垣間見えた。

 すると。

 

「……分かったよ。闇のコヤンスカヤがそこまで言うんだったら、さっきの事は水に流す……」

「……ッ!では……!?」

「――その代わり、光のコヤンスカヤには誓ってもらうよ。これからは、私だけの物になるって……ね?」

 

 下に向けていた光のコヤンスカヤの顔を掴んで上へと向かせ、立香は輝きを失ってしまった黄金色の瞳を見つめる。

 

「どうかな?私の為に何も言わず従うか、それともここで消滅するかの二択……貴方はどっちがいい?」

 

 もはや立香の寵愛を失ったと思っていた自分にとっては願ってもない好機であり、再び立香の傍に居ることのできる最後の機会。

 光のコヤンスカヤが命より大事だと思える立香にもう一度尽くすことのできる……というのに、何故か喜びより不安の方が大きくなっている。

 その不安の種はもちろん、闇の自分だ。

 

「(もしこのままマスターの所に戻ったとして、マスターは……私の事を大事にしてくれるのでしょうか……)」

 

 散々目の前で闇の自分に抱き付くところや、”おねぇちゃん”と呼んでいる姿、そして闇の自分の愚痴を言った事に対して激しく怒った事。

 それらを合わせて考えても、立香が闇の自分に並々ならぬ信頼と親愛を持っている事は間違いない。

 であれば、一度寵愛を失った自分は便利の良い駒としか見られなくなり、以前のような関係は二度と戻ってこないのではないか……光のコヤンスカヤはそれが怖かった。

 

「わ、わたしは……わたし、は……」

 

 唇が震え、言葉が上手く出てこない。

 頭がぐるぐると回り、自分自身の答えを見出す事が中々できる気がしない中。

 ふと――立香が表情を緩めた。

 

「そういえば、光のコヤンスカヤとは思い出がたくさんあったね」

「……!」

「特異点で魔力が尽きた時は私が貴方を背負ってカルデアまで帰還して……ある時は、私が特異点で死に掛けてた所を、貴方は懸命に治療してくれた。だから、私は貴方に感謝してるんだ」

 

 今まで見せていた冷酷な目は立ち消え、純粋で温かい瞳と言葉を光のコヤンスカヤへと送る立香。

 立香は光のコヤンスカヤの手を自分から握り、更に言葉を重ねる。

 

「さっきはごめんね?大嫌いなんか言っちゃって……」

「い、いえ!あれは、私がマスターの神経を逆撫でしてしまったのが悪いんですから……!謝らないでください……」

「ううん、謝らせて。本当は闇のコヤンスカヤと同じぐらい[[rb:大好きな> ・・・・]]貴方にひどい事を言ってしまったから……」

「マスター……っ!」

 

 一体どうしたのかと問い質したい程に、光のコヤンスカヤへの態度が軟化した立香であったが、当の光のコヤンスカヤにとってそんな事はどうでもよかった。

 

「(やはり、マスターは私の事を想ってくださっている……私の事をまだ、気に掛けてくださっている……!)」

 

 嬉しい……嬉しい……!

 大好きと言われたという事実だけで、身体が打ち震える程の喜びで支配されるのが分かる。

 この人の為ならば、どんなことでもできる気がした。

 

「(ああ……何を迷っていたのでしょう?元より、マスターの為に全てを捧げると決めていたんですから、何も考えずに従えば良かった……)」

 

 そうだ、立香が望むならばカルデアはどうなっても構わない。立香が自分を好きでいてくれるなら、全てを敵に回す。

 光のコヤンスカヤの胸の内にあったカルデアへの愛着は完全に消え去り、その顔に浮かんでいた葛藤や迷いもなくなっている。

 そして、気付けば光のコヤンスカヤは立香へ昂る想いを吐き出していた――

 

「マスター……私はずっと、貴方の事が好きでした」

「……光のコヤンスカヤ……」

「でも、私は……そんな貴方の内面をケアすることができなかった駄目なサーヴァントです……!その罪を、償わせてくれませんか……っ!?貴方の為に、もう一度尽くさせてもらえませんでしょうか……ッ!?」

 

 目の端々から涙を伝わせ、立香へ震える声で訴えかける光のコヤンスカヤ。

 プライドなどどうでもいい、ただ想いを届けたい……そんな光のコヤンスカヤに感化されてか、立香の目の端からも一筋の涙が流れていた。

 

「うん……っ!こちらこそ、よろしくね……!大好きだよ!」

「マスター……!マスター……ッ!私も、大好きです……ッ!だから……もう、貴方を傷付けさせはしません……っ!」

 

 立香が始めに光のコヤンスカヤを抱き締めると、光のコヤンスカヤもそれに応えるようにして立香を抱き返し、ひたすら涙を落とした。

 

「うっ……!っ……!もう、私を置いていかないでくださいね……ッ!どこにも、置いていかないで……っ!くだ、さい……!」

 

 不安から解放された余波から、今まで溜め込んでいた不安を爆発させる光のコヤンスカヤだったが、立香は嫌な顔一つ浮かべず、温和な笑みでそんな彼女の抱擁を受け入れる。

 一見すれば、裏表の無い太陽のような笑みを浮かべているように見える立香の姿であったが、その内心は変わらず雲のように黒く覆われていた。

 

「(ふふ……良かった。闇のおねぇちゃんと事前に打ち合わせしていたとはいえ、光のコヤンスカヤが私に付いて来てくれるか不安だったよ……まぁ、上手くいったからいいけどね)」

 

 立香は泣きつく光のコヤンスカヤをしっかりと抱き締め、少し離れた場所に居る闇のコヤンスカヤへと目線を送る。

 すると……羨ましかったのか、闇のコヤンスカヤは少しばかり頬を膨れさせ、立香に抱き締められる光のコヤンスカヤを恨めし気に見つめていた。

 

「(闇のおねぇちゃんには少し悪い事をしちゃったけど、いずれ私達だけの世界がやって来るんだから、その時はいくらでも闇のおねぇちゃんを可愛がってあげるからね……)」

 

 瞳に底知れぬ闇を映し出し、光のコヤンスカヤを薄ら笑いを浮かべながら見つめつつ近々訪れるであろう未来を妄想する立香。

 その顔には人類最後のマスターとして戦っていた頃の凛々しく、勇ましい”藤丸立香”の顔は既になく、ただ無邪気に人理を破壊する人類悪――ビーストとしての顔を覗かせていた。

 

「これからはずっと一緒だよ?光のおねぇちゃん……」

 

 そう呟き、立香は自分へと抱き付く光のコヤンスカヤを愛おしく見つめるのだった……

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