愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
ニキチッチがダヴィンチの部屋へ訪れてから、二人は食堂でよく食事を共にするようになった。
きっかけとしては闇のコヤンスカヤの一件や立香の事だけであったが、それでもあっという間に不安や愚痴を言える親密な関係へ発展していき、今では友と呼べる仲へとなっている。
そんな二人は、今日も食堂のテーブルで身近にあった事を話し合っていた。
「聞いてくれ……ダヴィンチ……!今日、光のヤースカヤに声を掛けたら無視されたんだ……っ!オレは何か気に障る事をしてしまったのだろうか……っ!?」
「あー、光のコヤンスカヤは元々立香君大好きだからね……前も私が声を掛けても無視して立香君に抱き付く事があったから、そこまで気に病む必要はないと思うよ……?」
「でも、でも……っ!光のヤースカヤは前だったらオレが話しかけたら絶対に反応してくれたんだ……っ!やっぱりオレは、嫌われてしまったのかもしれない……」
酒を飲んでいるわけでもないにもかかわらず、泣き上戸のように食堂の机に突っ伏しつつ大声で嘆き、ダヴィンチに慰められるニキチッチ。
周囲に他の英霊が居たら注意でもされそうなぐらいの声量であったが、幸いにも食堂は二人以外の人の気配はなく、厨房にいつも居るエミヤやタマモキャットも不在だ。
とはいえ、ニキチッチをこのままにしておける気もせず、ダヴィンチは彼女を慰める事に専念した。
「まぁ、ニキチッチ……彼女達はいつまでも子供じゃないんだ。子供はいつか巣立っていくものだよ……ほら、水いるかい?」
「ありがとう、頂くとする……」
背中を軽く叩いて励ましてくれる友に感謝しつつ、ニキチッチは目の端に残っていた涙を拭い、ダヴィンチから受け取ったコップ一杯の水を口に流し込む。
そして、数秒程でコップの水を飲み干した後、ニキチッチは真剣な表情で口を開いた。
「……最近は、光のヤースカヤも闇のヤースカヤの二人共と話せてない。というより避けられてる気がするんだ……」
「避けられてる、か……それは思い違いじゃないの?」
「そうかもしれない。でも、前にマスターを監禁していた実例が闇のヤースカヤにはある以上、何か怪しい事をしていてもおかしくはないと思う」
光のコヤンスカヤに関しては、ニキチッチだけでなくマシュやダヴィンチにも親しく接しているところを日常的に見ているため、あまり疑いの目を掛けていないが、闇のコヤンスカヤだけは別だ。
親のような存在であるニキチッチには従う姿勢を見せるものの、それ以外の英霊やカルデアの職員には親しく接することなく、マスターである立香だけに親しく接していた。
――怪しい……何か立香へしようとしているのか?
立香を見る目が明らかにおかしいと勘付いた二人が、遠目から闇のコヤンスカヤを観察していた矢先に、彼女が立香を監禁するというとんでもない事件を起こしてしまった。
もしかすれば、今回もそんな事が起こってしまう可能性もないとは言い切れないのが現実である。
「(あ……そういえば、最近立香君を見かけてないな……)」
数日前、ニキチッチに色々とアドバイスを受け、どう話を切り出すかまで完璧に準備して立香の部屋に行ったダヴィンチだったが、肝心の立香は居なかった。
ホームズやマシュに聞いてみれば、シミュレーションルームにずっと籠っているということのようだが、食事や休憩といった時間を挟む必要がある以上、数時間に一回はカルデアに戻ってきているはずだ。
しかし、他の英霊に尋ねても、ここ数日で立香を見た者は誰も居ない。
「ニキチッチ……最近、立香君を見かけた?」
「ん?あ、いや……見かけてないが、マスターがどうかしたか?」
「……部屋に行っても彼女が居ないんだ。それどころか他の英霊に聞いても行方が分からないから、私も君と同じで避けられてる気がする」
「そうなのか……だったら、気のせいだけで片付けられないな……」
難しそうな表情を作ってそう呟くニキチッチだったが、立香とコヤンスカヤ達を結びつける確証が確実にあるわけではない現状で、勝手に闇のコヤンスカヤの事や光のコヤンスカヤが悪事を働いていると決めつけるのは心苦しい。
だが、やはり先の一件が頭をよぎってしまうせいか、どうしても疑念は晴れなかった。
「まぁ、考えても仕方ないよニキチッチ。また今度、彼女達に会った時にじっくりと話を聞かせてもらおうじゃないか」
「そう、だな……またいずれ――」
『今、話してあげようか?』
「「……ッ!?」」
突如、会話へと割り込む聞き慣れた少女の声。
驚いた二人が顔を上げて声のする食堂の入り口へと視線を向けると、二人は同時に目を見開かせ、オレンジ髪の少女の名前をそれぞれ口に出していた。
「立香君……!?」
「マスター……!?」
話していた内容とシンクロするような形で出てきた立香に驚きを隠せず、固まったように動きを止めてしまうダヴィンチとニキチッチ。
そんな二人の様子を気にすることなく立香は鼻歌を歌い、スキップをしながら二人の席まで足を運んだ。
「久し振り!って言った方がいいかな?ダヴィンチもニキチッチも、しばらく会ってない気がするね?私の気のせいかなぁ……?」
明らかに困惑した表情を浮かべている二人に謝罪や説明をするわけでもなく、開口一番いきなりニコニコとした笑顔で何事もないように挨拶をする立香。
場の空気は相変わらず重いというのに、ここまで明るい表情やテンションを維持する彼女の様子は、二人から見て得体の知れない化物のように気持ち悪く映った。
「いやーごめん。最近は色々と準備が大変だったから、中々自分の部屋に居られなくてね……ダヴィンチちゃんには悪い事しちゃったかな?」
「……」
自分が多少なりとも心配を掛けた事を自覚していながら、悪びれもせず軽い謝罪で済ませようとする彼女に対し、ダヴィンチはただ口を閉じて無反応を貫く。
しかし、立香の表情は変わらず笑顔のままであり、どうしてダヴィンチやニキチッチが不機嫌そうに口を閉じているのかすら分かっていないようだった。
――仕方ない……言うしかないか。
ふぅ……とダヴィンチはため息をつき、立香へ真剣な表情で語りかける。
「立香君……君は今までどこに居たんだい?」
「え?マシュやホームズから聞かされてるんじゃないの?私がシミュレーションルームに籠っていたって……」
「ああ、聞いたさ。でも、いくら籠っていたとはいえ、休憩や食事をする為に部屋や食堂へ来る時間が必ずあったはずだ、その時はどうしていたのかな?」
「え、ええ……?ダヴィンチちゃん、何でそこまで聞きたがるの?」
「いいから、早く言うんだ」
こうも訝しげに見られると思っていなかったのか、立香は苦笑を溢しながらダヴィンチに笑いかけるが、ダヴィンチは引き続き真剣な表情を向け続ける。
すると、立香は観念したようにして、近くにあった椅子へと身を預けた。
「はい、はい……言えばいいんでしょ?言うよ……コヤンスカヤ達と一緒に別のとこに居たって、ね?」
「……ッ!やっぱりか……」
「ああ、でも勘違いしないでね?別にコヤンスカヤ達に何かされたわけじゃないし、私は自分の意思で彼女達の所へ行ってるだけだから」
「だったら……っ!せめて私やマシュぐらいには、何処に居るか教えてくれてもいいじゃないか……!この数日間、本気で心配したんだよ……っ!?」
未だに何故責められているのか分かっていない立香の瞳を真摯に見つめ、ダヴィンチは自身の目を潤ませながらも必死に思っている事を伝えた。
「申し訳ないけど……光のコヤンスカヤはともかく、闇のコヤンスカヤは前にやった事を鑑みても、君と一緒に居たら何をするか分かったものじゃない……!それなのに君が数日間彼女と行方を眩ましたら、また闇のコヤンスカヤが何かをしたって疑わないといけなくなるんだ……ッ!それは分かってくれよ……!」
「……」
思わず感情的になったダヴィンチの訴えに思う所があったのか、ずっと浮かべていた楽しげな笑みをすっと消し、立香は口を閉じて俯いた。
その状況を見て、今まで何も言ってこなかったニキチッチも口を開く。
「マスター、オレはヤースカヤ達と仲良くしてくれているのは本当に嬉しく思ってるし、むしろ感謝もしてるんだ。光のヤースカヤも闇のヤースカヤも、多分マスターが居なかったらカルデアで上手くやれてないと思う」
「……」
「だが、ダヴィンチの言う通り、闇のヤースカヤはマスターに危害を加えようとした前科がある。マスターとしては闇のヤースカヤを信頼してやりたいのは理解するが、ダヴィンチの不安に思う気持ちも理解してやってくれないか?」
感情を抑え、諭すようにして立香へ問いかけるニキチッチの優しく、心の中へ自然と入る言葉。
自分が言われているわけではないのに思わず耳を傾けてしまったダヴィンチは、自身の言動とニキチッチの言動を比べて、自分の未熟さを悔いた。
「(ニキチッチは立香君の事情も尊重しようとしているのに、私は立香君の事情も聞かずに感情的に責めてしまった……立香君にも色々あることを分かっているのは私なのに……!)」
カルデアに召喚された英霊ならば、どんな人であろうと仲良くしたい……いつも新しい英霊が来る際に必ず立香が口にしていた言葉だ。
実際に立香は、元はカルデアと敵対していたり、歴史上ではあまり良い噂を聞かない英霊でも例外なく信頼関係を築き上げてきた。
もちろん、関係を構築するまでには困難や苦労もあったが、彼女は何日かかろうとも辛抱強く英霊と付き合って親睦を深めようと努力をしてきた。
だからこそ、数百を優に超える英霊達を従えることができている。
「(駄目だな……感情的に立香君を怒って、ニキチッチみたいな優しい言い方ができないなんて……こんなんじゃ、あの事にも耳を傾けてもらえるわけがない……)」
一方的に立香を責め、結果的にはニキチッチにフォローまで入れてもらったことに負い目を感じるダヴィンチ。
ニキチッチはそんな彼女を気遣うようにして、ダヴィンチの肩に手を置き、ただ力強く頷く。
すると、ずっと下を俯いたままだった立香が顔を上げ、申し訳なそうな表情で小さく頭を下げた。
「……ごめん。二人が心配してくれてるのに、その二人の気持ちを逆撫でするような態度を取ったのは間違いだった……本当にごめんなさい」
自身の非を認め、驚くほど素直に謝罪の言葉を口にした立香だったが、謝罪の言葉を受けたダヴィンチはそれに返すような形で逆に頭を下げた。
「私こそごめんよ、君にいきなり怒鳴ったりして……君にも君なりの事情があることを考慮してなかった私が馬鹿だった」
「そんなに気負わなくていいよ……別にダヴィンチちゃんが悪いわけじゃなくて、ダヴィンチちゃんを心配させちゃった私が悪いんだからさ……」
そう言って立香は目を少し伏せた後、どこか遠くを見つめながら言葉を続けた。
「闇のコヤンスカヤと一緒に居たからかもしれないけど、私は今の彼女が邪悪な事を考えてるって思えなかったし、私の事を凄く気に掛けてくれた。だから、どうしても闇のコヤンスカヤを守ってあげたいんだ」
「立香……君」
「確かに、二人が言うような意見がカルデアの大部分を占めてるとは思う。でも、私はマスターとして最後まで彼女を守ってあげたいし、信頼関係を築きたい……これだけは、誰にどんな事を言われても止めるつもりはないよ」
強い意志を持った目で二人へ語り、きっぱりと言い切る立香。
それに対して二人は何の反論も口にすることなく、むしろ”自分のサーヴァントは何があっても守る”という立香の意志に改めて感銘を受けた。
「(やっぱり君は、優しい……優しいからこそ君を慕うんだろう……)」
いつもダヴィンチが立香を見れば、大体英霊が数人彼女の傍に居る。
その中には当初立香に反抗的であったり、言う事に従わなかった英霊も混じっていたが、立香はどんな英霊に対しても分け隔てなく接していた。
普段でも、孤立している英霊が居たら積極的に声掛けを行い、今回の闇のコヤンスカヤのように直接コミュニケーションを取る立香の姿は素晴らしいものだ。
だが、その優しさが彼女を追い詰めているとダヴィンチは確信していた。
「――立香君、ごめんけど席から立って、私の前に立ってくれるかな?」
「え?う、うん……分かった」
どこか真剣な表情をするダヴィンチに押されてか、立香は疑問を口にせず席から立ち、ダヴィンチの前まで足を進めた。
何か重大な話、もしくは今回の事で立香を叱るのだろう。
傍で見ていたニキチッチはそう察した。
しかし、席を立ったダヴィンチがとった行動は予想の斜めを行くものだった。
「あの、何か大事な話でも……――っ!?」
気まずそうな表情をしていた立香の顔が突然驚いたかと思うと、いつの間にか――ダヴィンチが立香の胸へと抱き付いていた。
「え、え?ダヴィンチちゃん……?」
「ふふ、ごめんね?いきなり、こんなことしちゃって……びっくりしたかな?」
「うん……でも、なんで急に?」
「それは、そうだな……私にも分からない。多分、数日振りに君の無事な姿が見れてることが嬉しくて抱き付いちゃったんだと思う……」
ダヴィンチはそう言って心の底から幸せそうに笑顔を浮かべ、恥ずかしい素振りを見せずに立香の身体をより一層強く抱き締める。
「ちょ、ちょっと!ダヴィンチちゃん……!ニキチッチも見てるのに、恥ずかしいよ!」
「別にいいじゃないか……私と君との仲なんだ、ニキチッチも気にしないさ」
頬を赤く染めて立香は咄嗟にニキチッチへ視線を送るが、ニキチッチは腕を組んで満足そうに微笑むだけである。
そうしてしばらくダヴィンチが立香へ抱き付いていると、立香も諦めたようにしてダヴィンチを優しく抱き返し、二人は互いの温もりを感じつつ言葉を交わした。
「立香君……無理しないでね」
「無理?」
「うん、君が頑張り屋だってことは知ってるし、それで助かったことも多いさ。でも、私はそれよりも君に元気で幸せで居て欲しいんだ……だから、無理だけはしないでほしい」
切なそうな表情で立香の耳元に囁くと、ダヴィンチは立香の服をぎゅっと握りしめ、絞り出すように言葉を発した。
「どこにも行かないでね、立香君……最近の君はどこかへ行ってしまいそうで怖い」
「ダヴィンチちゃん……?」
「君がレイシフトから帰ってきた直後の虚ろな目を見る度に、私は罪悪感で心が握りつぶされそうになる……君のような少女に全てを背負わせている現状に腹が立ってくるんだ……っ!」
目に溜まっていた熱いものを堪え切れず、一筋の涙を頬へ伝わせるダヴィンチ。
自身の不甲斐なさと悔しさ、そして目の前の少女が負わされている過酷な運命への憤り。
その全てが涙となって零れ落ちていく。
「ごめんね……立香君……っ!普段から君をもっと私がサポートできていれば、君をこんなに苦しめることはなかったんだ……ッ!全部、私のせいで……!私の――ッ!」
「ダヴィンチちゃんのせいなんかじゃないよ」
きっぱりと、そしてダヴィンチの言葉を遮って言葉を発した立香。
そんな彼女の表情は、どこか怒っているようにも見えた。
「ダヴィンチちゃんは一生懸命やってくれた。いつも、私の事を心配してくれてたのも知ってる……だから、自分のせいだなんて言わないで」
「で、でも……っ!私は……結果的に……」
「結果なんていいよ、”ダヴィンチちゃんが私の為に色々と動いてくれた”その事実は変わらない。絶対にね……」
立香はそう言って、ダヴィンチを包み込むように身体を抱き返した。
「立香君……」
「私はダヴィンチちゃんが居てくれるだけで満足だから。それだけで、私は元気を貰える……だから、これからも一緒に居てね」
優しい、優しい言葉だ。立香の言葉を聞いたダヴィンチは咄嗟にそう思った。
”傍に居てくれるだけで幸せ”立香にその言葉を言われただけで目尻が熱くなってくるのが分かる。
そして。
「ありがとう……!立香、君……っ!ふふっ……本当は、立香君を励ますつもりだったんだけどな……!私が励まされちゃっ……た……っ!」
ぼろぼろと涙を溢しながらもダヴィンチは泣き笑いの表情を作り、何とか立香へと笑顔を見せてみせる。
立香もそれにつられるようにして柔らかな笑顔を見せると共に、ダヴィンチへ真剣な眼差しを向けた。
「ダヴィンチちゃん、お願いしたいことがあるんだけど……聞いてくれる?」
「ああ、もちろんさ……!君の願いなら何でも、とは言えないが大抵の事は聞き入れるよ……っ!」
「そっか……ありがとう、ダヴィンチちゃん」
目の端に残るダヴィンチに笑いかけ、立香は彼女の頭へと手を回した。
そして、いつの間にか手に持っていた物をダヴィンチの腹部へと当て、彼女の耳元で囁くように言葉を発する――
「じゃあ、死んで――ダヴィンチちゃん」
冷酷に笑った立香の顔が一瞬だけダヴィンチの瞳に映った瞬間、ダヴィンチの腹部に熱い感触が走った