愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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永遠に帰ってこない日常

 視界がぐらぐらと揺れる。立香君の顔がはっきりと見えない……耳鳴りが止まない。

 私は、立香君の身体の温もりを感じていただけなのにどうして?

 ――嘘……だろ?ダヴィンチ……っ!

 何を騒ぐ必要があるというんだニキチッチ。別に何もおかしい所などないじゃないか。

 立香君はさっきよりも嬉しそうに笑みを浮かべているし、瞳も生き生きとしている。

 ん?でも、どうして立香君の手に銃が握られてて、それが私に向けられたまま硝煙を上げているのだろう?

 それに、なんで私のお腹が赤く染まってるんだ、ろ……う――

 

 

 

 部屋に響く銃声と共に、その場に膝をついてしまったダヴィンチ。

 何事だろうかとオレが傍に駆け寄ると、ダヴィンチの腹の部分が赤い血の色へ変わっていた。

 

「おい……っ!嘘……だろ?ダヴィンチ……っ!」

 

 虚ろな目をするダヴィンチの身体を揺らし、必死に彼女へと呼び掛けをするが、ダヴィンチは”立香君”と何度もうわ言を述べるだけで、まともな応答は期待できそうにない。

 ――どうすればいい?どうすれば……ッ!?

 パニック状態に陥るオレを後目に、ダヴィンチの顔色が徐々に青白くなっていき……そして――

 

「立香……君……ごほ……っ!」

 

 口から大量の血液を吐き出した後に、ダヴィンチは動かなくなってしまった。

 ”死”オレの脳内はそんな言葉が頭をよぎる。

 少し前まで楽しく会話をし、笑い合っていた友が死ぬ姿など想像することすらしたくなかった光景。

 そんな光景が目の前で広がっていることが、オレには信じられそうにない。

 

「……ふくくっ!あはははは……っ!!呆気なかったですね、ダヴィンチさん……ッ!まさかこんなにあっさり死んでくれるなんて、思ってませんでした……!」

 

 呆然とするオレをそっちのけに、ダヴィンチを殺めたであろう目の前のマスターは一丁の拳銃を片手に持ちながら楽しそうに笑う。

 ――ああ、間違いない……こいつは偽物だ。

 目の前のマスター[[rb:もどき > ・・・]]の口調が変わった瞬間にオレは即座に確信し、いつの間にか手に巨大な斧――ハルバードを持っていた。

 そして。

 

「――ッ!!」

 

 絶対に殺す。何者だろうと殺す。

 友を殺された激情に駆られて横へ一閃した一撃は、おそらく生前でも出したことのないであろう速さと重さを兼ね備えたもの。

 そんな一撃を不意打ちで放っているのだ、絶対に避けられるはずが――

 

「おっと……っ!危ない……!」

 

 ハルバードがマスターもどきを捉える寸前、パチンと指が鳴る音が聞こえたかと思うと、いつの間にか彼女の横にはライフル銃らしき物が顕現しており、見事にオレのハルバードを受け止めていた。

 だが、受け止められようとオレは構わず力を込める。

 

「貴様……っ!一体、誰だ……っ!?このオレの不意打ちを読んでいるなんて、只者じゃないな……っ!」

「あれ?ここまで来ても分かりませんか?ニキチッチさん。先程からヒントはいっぱい出しているつもりなんですが……少々分かりずらかったですかね?」

 

 そう言っておどけるマスターもどきだが、正直言って銃を使う女性英霊などあまり聞いたことがない。

 聞いたことがあったとしても、ラクシュミーか……光のヤースカヤしか――

 

「お前……まさか、光のヤースカヤか……?」

 

 先程から何かと目に付く妖艶な笑い方、それに口調やオレの呼び方もどこかあいつにそっくりだ。

 ――違うだろ……?いや、むしろ違ってくれ……ッ!

 そんな願望すら入ったオレの質問にマスターもどきはにっこりと微笑むと、突然……その姿がぐにゃりと歪む。

 何かしらの魔術で姿を偽っていたのか、徐々に徐々にマスターもどきの化けの皮が剝がれていき、真の姿が見えてくる。

 

「(光のヤースカヤが、こんな事をするわけがない……あんなに良い子がダヴィンチを殺すなんて……するわけ、ないじゃないか……)」

 

 闇のヤースカヤが来る前から遠目で見守っていた光のヤースカヤは、初めこそ危険な側面があったが、マスターとの出会いを通して確実に表情が柔らかくなっていった。

 最初は仲良くしていなかったマシュやダヴィンチとも、マスターをきっかけにして仲良く会話をしていたのはオレの目で確認している。

 そんな子が、ダヴィンチ……ダヴィンチを――

 

「ふぅ……ようやく元の私に戻れました。どうです?ニキチッチさん……?上手かったでしょう?マスターの演技」

 

 嘘だ。

 

「あれだけ分かりやすくしてたんですから、流石に薄々気付いていたでしょう?」

 

 嘘だ、噓だ。

 

「しかし、呆気なかったですねダヴィンチさん……てっきり私は気付かれるとばかり思ってましたけど、最後まで気付くことなく死にましたね」

 

 嘘だ、嘘だ……ッ!噓だ、嘘に決まっている。

 目の前に居るのが、光のヤースカヤだなんて信じられるわけがない。

 信じられるわけ……ない――ッ!!

 

「ヤースカヤぁぁああああああああ……ッ!!」

 

 身体から湧き上がる怒りと共にオレはハルバードから手を放し、光のヤースカヤの胸倉へ掴みかかっていた。

 不思議な事に光のヤースカヤは一切抵抗せず、胸倉を掴んだオレを冷たい目で見つめている。

 

「どうしてだ……ッ!?どうしてダヴィンチを殺した……ッ!?答えろ……ッ!!」

「どうして?そんなの決まっているでしょう。私のマスターが”殺せ”と言ったんですから、殺したまで……他に理由が必要ですか?」

「なんだと……ッ!?光のヤースカヤ……ッ!お前、本気で言ってるのか……ッ!?」

「……ええ、本気です」

 

 吠えるようにしてオレが質問を投げても、光のヤースカヤは動じることなく涼しい顔で明確な答えを言おうとしない。

 ならば、こちらも相応の態度を取るまでだ。

 オレは左手で胸倉を掴んだまま右手で落ちていたハルバードを拾い上げ、ハルバードの刃先を光のヤースカヤの首元へと向けた。

 

「何のつもりです?ニキチッチさん」

「言わなくても分かるだろう。お前がダヴィンチを殺した明確な理由を言わなければ、お前を殺す……」

「殺す、ですか……であればどうぞご自由に。私は抵抗しませんので」

「なッ……!?」

「どうしました?殺すんでしょう?それとも、私から本当の言葉を聞き出そうと脅してみただけですか……?だったら、残念でしたね……さっき話した事が全て真実なんですから」

 

 そう言って、自分の命を刈り取ろうとしている刃の先を一瞬見つめた後、光のヤースカヤは静かに目を閉じる。

 貴方に殺されるなら本望です。

 言葉ではオレに言ってないにも関わらず、目を閉じる光のヤースカヤからはそんな思いがひしひしと伝わってきた。

 本来ならば、宣言通りに光のヤースカヤを殺すべきなんだろう……いや殺すべきだ。

 でも、オレの腕はガタガタと震えて、まともに動いてくれない。

 どうにかしてハルバードを動かそうとしても、その度にオレの中でヤースカヤとの思い出が溢れ出して動きを止めさせてしまう。

 

「(はぁ……っ!はぁ……っ!オレが光のヤースカヤを……止めないと……ッ!)」

 

 こんな愚かな行動をする光のヤースカヤを止めなければならない。

 頭では分かっている、分かっているつもりだ。

 だが、オレのそんな使命感より、光のヤースカヤを失うことへの恐怖が勝ってしまう。

 

「(カルデアで会えたのに、オレは……自分の手でヤースカヤを殺す……?嫌だ、嫌だ、嫌だ……ッ!!そんなことするぐらいだったら――)」

 

 友を、ダヴィンチを殺されて尚も、光のヤースカヤを恨む事ができないオレの弱い心。

 そんなオレが光のヤースカヤを殺すなんてできやしない、できたとすれば言葉による説教だけ……であれば、彼女へ向けているハルバードも意味を為さない。

 オレは光のヤースカヤの首元へ向けていたハルバードを下ろし、胸倉を掴んでいた左手から光のヤースカヤを解放した。

 

「……?ニキチッチさん、いいんですか?私を止めることのできるチャンスだったのに」

「ああ、いいんだ。オレはお前と戦いたくない」

 

「そうですか。なら――死んでください」

 

 目を開けた光のヤースカヤが再度指を鳴らすと、さっきオレの斬撃を止めたライフルやダヴィンチを殺した小型の銃などが一斉に出現し、オレの周りを取り囲んだ。

 相変わらず光のヤースカヤの瞳からは意思を感じることができなかったが、オレを見つめる表情は複雑で悲しそうな表情をしていた。

 

「大丈夫です……一瞬で終わらせます。絶対に苦しませはしませんから」

「そうか……ありがとう。光のヤースカヤ」

 

 短く礼を言うと、オレの目に光のヤースカヤの手が少し震えているところが一瞬だけ映った。

 ――ああ、良かった……少しはオレの事を想ってくれてるんだな。

 それが分かっただけで満足だった。

 

「(ダヴィンチ……すまない。やっぱり、オレには光のヤースカヤを殺せないよ……)」

 

 オレの傍で血だまりに沈むダヴィンチの姿に心の中で謝罪し、オレは自分の気持ちを整理していた。

 正直、未練がないかと言われたら、ないとはいえない。

 もっとヤースカヤ達と一緒に居たかった気持ちもあるし、ダヴィンチと親交を深めたかったという思いもある。

 だが、一番気掛かりなのはマスターのことだ。

 もし本当に光のヤースカヤの言っていた通り、ダヴィンチとオレを殺せとマスターが言ったのならば、その先にある目的が知りたい。

 マスターをそうさせてしまった理由があるのならば、何か助けになってやりたかった。

 

「(結局、ダヴィンチの不安は的中してしまったんだな……)」

 

 ”どこかへ行ってしまいそうで怖い”その言葉が現実になっているなど、あの時のオレもダヴィンチも予想すらできなかっただろう。

 

「覚悟は、いいですか?ニキチッチさん……」

「いつでもいいぞ……光のヤースカヤ」

 

 これからカルデアはどうなるのだろう。そして、人理はどうなってしまうのだろうか?

 死にゆくオレではどうしようもないことは分かっているが、それでもこれからの事が心配でならない。

 だが、一番気掛かりなのはヤースカヤ達のことだ。

 

「光のヤースカヤ、これからお前はどうするつもりなんだ?オレとダヴィンチを殺した先に何がある?」

「……そんなの分かりません。私は、ただマスターの望む事をこの先もやり続けるだけですから……あの方だけの世界を創る為に、マスターに身を粉にして働くのみです……」

 

 なるほど。やはりマスターが第一優先か、ならオレも少しは安心できる。

 

「――支えてやれよ、マスターを」

 

「え?」

「お前が以前からマスターを慕っていたのは知っている。今回だって、お前はマスターを止めようとしたんじゃないか?」

「な……ッ!?」

「だったらいいさ、ダヴィンチと同じぐらいマスターを想ってたお前が説得しても無駄だったんだ……もうカルデアにマスターを説得できる奴なんて居ないよ」

 

 動揺する光のヤースカヤに少し笑いかけると、指を鳴らそうとしていた光のヤースカヤの手は見て分かる程に震え、何かを堪えるようにしてオレの瞳を見つめる。

 

「ニキチッチさん、貴方は私に殺されるんですよ……っ!?なのに……っ!なんで、私に優しいんですか……ッ!?」

「……」

「本当は、私だって……ダヴィンチさんとニキチッチさんを殺すなんて嫌です……ッ!でも……ッ!!私はマスターにお仕えすると決めた以上は、それに逆らうなどできるわけがないじゃないですか――ッ!」

 

 目に大粒の涙を浮かべながら言葉を吐き出しつつも、瞳に奥で燃える”マスターへの忠誠心”は決して絶やしていない光のヤースカヤ。

 最後に本音を漏らしてくれた彼女には、オレから一言だけ言葉を掛けよう。

 

「楽しかったぞ、光のヤースカヤ」

「……ッ!」

「短い間ではあったが、闇のヤースカヤと光のヤースカヤの二人と一緒の空間に居れて楽しかった。これからお前達がどうするかは知らないが、マスターとお前達が元気で楽しく生きられるように願っておく」

「ニキチッチ……さん……ッ!」

「さぁ、早くやってくれ。愛するオレのヤースカヤ」

 

 一通り言葉を言い終わると、オレは目を閉じて覚悟を決めた。

 死ぬのは嫌だが、敵に殺されるわけじゃない……[[rb:ヤースカヤ > 我が子]]によって殺されるんだ、そう考えると悪い死に方じゃない。

 

『……ぅ……ッ!私は……わたし、は……ぁああああああああッ――ッ!!』

 

 光のヤースカヤの苦しそうな叫び声が聞こえると同時に、光のヤースカヤの傍に出現していた銃が構え直される音がした。

 ――ようやくか、ようやく死ぬんだな……

 もう悔いなどない今。いつ死んでも問題はない。

 ああ、でも……もう一つだけ言葉を伝え忘れていた――

 

「大好きだぞ……ッ!!ヤースカヤ……ッ!!」

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