愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
場所を変え、ニキチッチの自室までやってきた光のコヤンスカヤは、ベッドの上に座りつつ一通りの悩みは洗いざらい話した。
闇の自分に立香を取られてモヤモヤとした気持ちになっていることと、立香に甘えたい気持ちがあることなど……色恋沙汰の話ではあったが、それでもニキチッチは一切笑うことなく真剣に光のコヤンスカヤの悩みを全て受け止めた上で、顔を俯かせる光のコヤンスカヤを励ますようにして言葉をかけていった。
「……オレは、お前が闇のヤースカヤに嫉妬するのは悪い事じゃないと思うぞ」
「え?」
「だって、オレがカルデアに来る前から、お前はマスターの傍にずっと居たんだ。それが今になって来たばかりの自分の半身にマスターをいきなり取られたら、オレがお前の立場でも文句も言ってしまうだろうさ……でも――」
ニキチッチは言葉に少しだけ間を空けると、穏やかな表情を光のコヤンスカヤに向けて言葉を続けた。
「闇のヤースカヤにも少しはマスターに甘えさせてやってくれないか……?あいつも、マスターの事がどうやら好きみたいなんだ……」
「そんな……!闇の私は、きっとマスターに良からぬ事をしようと接近しているに違いありません!だから、本当にマスターを愛しているのは私です……!私こそがマスターの傍に居るのにふさわしいはずなんです……っ!」
常に平静を保っている光のコヤンスカヤにしては珍しく感情的にニキチッチへと反論するが、ニキチッチは穏やか表情を保ったまま、諭すようにして光のコヤンスカヤに言葉を返す。
「確かに闇のヤースカヤはマスターを誘拐した上で自分の部屋に閉じ込めた……そんな事をした以上は、疑われてもしょうがないとは思う」
「だったら……!」
「でも、今のあいつは見ていて凄く楽しそうで、邪な事を考えているようには思えなかったんだ……お前と同じように純粋にマスターの事を慕ってて、マスターの事を愛おしい存在だと思ってるようにしか見えなかった……」
「……」
ニキチッチの言葉に納得がいかず、不満そうに押し黙る光のコヤンスカヤ。
そんな光のコヤンスカヤに対し、ニキチッチは懐からタブレット端末を取り出し、その画面を彼女へと見せた。
「これは……?」
「お前なら、見ればすぐに分かるさ」
光のコヤンスカヤからすれば、ニキチッチが電子機器を使いこなしていることが驚きであったが、それよより気になったのは、画面に映る映像に闇の自分が映り込んでいることだ。
いきなりの出来事に戸惑う光のコヤンスカヤだったが、画面の映像がされ始めると、戸惑いよりも驚きの方が勝っていった――
『えっと、疲労回復には果物がいい……と。なるほど、今度からマスターには果物を差し入れるとしましょうか』
それは、ここ数日の闇のコヤンスカヤの様子を映し出した映像だった。
光のコヤンスカヤ自身、まったくと言っていい程に闇の自分に対してのプライベートに興味はなかったが、こうしていざ映像として出されるとついつい見入ってしまう。
『あ、そういえば……私、果物の切り方すら知らない身でしたね。はぁ……仕方ありません、少々癪ではありますが、あの方に教えを乞うとしましょう』
自室のベッドに座って料理本のような物を読んでいた闇のコヤンスカヤは、ため息をつきながら本を閉じてベッドから立ち上がると、部屋からそそくさと出て行った。
刹那――映像が切り替わり、闇のコヤンスカヤの部屋からカルデアの厨房へと景色が変わる。
そこに映し出されていたのは、必死に果物の切り方を練習する闇のコヤンスカヤの姿と、それを教える玉藻の前の姿だった。
『痛……ッ!?また手を切ってしまいました……うう、中々上手くいかないものですね……』
『最初はそんなものです。ほら、めげずにやってみてください』
『はい、分かりました……』
「(なっ……!?まさか、玉藻の前様に教えを乞うていたとは……少々驚きました……)」
いくらマスターの為と言っても、あまり仲が良いとは言えない玉藻の前にまで頭を下げ、めげずに練習を重ねる闇の自分の姿。
最初は、闇のコヤンスカヤに対しての印象が最悪だった光のコヤンスカヤも、マスターの為にと頑張る闇の自分を見ていく内に、段々と何か感じ入るものが生まれてきていた。
『ふむ……中々、上手くなってきましたね。流石、私のコピーと言ったところでしょうか?ですが、まだまだ足りない所は多いように思えます。貴方もマスターの為と私に頼み込んだのですから、これからも精進してください』
『はい、ありがとうございます』
『では、今日はここで終わりと致しましょう。お疲れ様でした』
厨房を出ていく玉藻の前に謙虚におじぎをすると、闇のコヤンスカヤは厨房の机にあった、果物の盛られた皿を手に取り自身も厨房を後にする。
そして、再び映像が切り替わると、今度は立香の部屋の前が映し出され、数秒後には闇のコヤンスカヤが部屋の扉をノックしていた。
『マスター……いらっしゃいますか?』
『うん、居るよ。今開けるね』
部屋の中で足音が少しした後、部屋の扉が開き、すぐに立香が中から姿を見せた。
『遅かったね、何かしてたの……って――え?何それ!?」
ぎょっとした様子で立香が闇のコヤンスカヤを見つめると、その手には先程映っていた皿いっぱいの切った果物があった。
『最近、マスターもお疲れの様子でしたので、せめて差し入れをしようと持ってまいりました……良ければ食べてください』
あまりの果物の量に驚きのあまり皿を見つめてばかりの立香であったが、すぐに我に返ると、その表情に心の底からの笑みを浮かべる。
そして――闇のコヤンスカヤの頬へ自身の唇を当てていた。
『んっ……ふふ、ありがとうね!闇のコヤンスカヤ!大好きだよ……!』
『え、え……?』
『前から私の為に色々してくれてることは知ってたけど、まさか果物を切って持ってきてくれるとは思わなかったよ。だから、ありがとう……』
何が起こったか一瞬分からなかった様子の闇のコヤンスカヤだったが、自分のされたことを確認するように頬を触ると、その顔を真っ赤に染めた。
『じゃあ、私はやることがあるから、また後でね!』
『あ……は、はい……』
まだ状況を把握しきれていないとうである闇のコヤンスカヤに軽く手を振り、立香はそのまま自身の部屋へと戻ってしまった。
闇のコヤンスカヤはしばらく顔を赤く染めたまま部屋の前で自身の頬を何度も触った後、口から熱っぽく言葉を吐き出す。
『ああ、お慕いしてます……マスター……』
少しだけ嫉妬した瞳で映像を見つめていた光のコヤンスカヤも、映像が終わる頃には感心と嫉妬が入り混じった複雑な表情へと変化していた。
「どうだ?これで、闇のヤースカヤへの疑いは晴れたか?」
「……そう、ですね。認めたくはありませんが、あの映像を見せつけられては認めざるを得ないでしょう」
「そうか!それは良かった……」
少しばかり不満が見え隠れするような言い方ではあったものの、光のヤースカヤが少しでも闇の自分に対する警戒心を解いた……ニキチッチは満足した顔でタブレット端末を懐に収め、光のコヤンスカヤの方へと身体を向ける。
「これからマスターの傍に居るなら闇のヤースカヤとも仲良くして、もっとマスターを支えてやれ、それが今のお前にできることだぞ」
「……はい、分かってます。でも――」
「――マスターの一番で居たい、か?」
「……ッ!?はい……」
自分の言いたかった事を言い当てられ、目を見開かせる光のコヤンスカヤ。
確かにニキチッチの言う事は正論で、立香も出来る限り英霊の間で仲違いなどしてほしくないというのが本音であることは間違いない。
だが、それでも闇の自分に立香を取られてしまうことはどうしても嫌であった。
そんな光のコヤンスカヤの葛藤に満ちた瞳を見つめ、ニキチッチは母性を感じさせる朗らかな笑みで言葉をかけた。
「さっきも言っただろ?別に嫉妬をしたり、マスターに対してアピールするのは問題ない……でも、その方法を考えなくちゃいけないぞ」
「方法……?」
「そうとも、例えばさっき闇のヤースカヤがやっていたように果物を切ってみるとか、料理を作ってマスターに食べてもらうみたいな方法を取れば、お前と闇のヤースカヤが武力的に争わず、マスターの好感度を上げつつ平和的に争いができる。現に、闇のヤースカヤはそうやってマスターと信頼を築いてるんだ、あいつにできてお前にできないことはないはずだろ?」
「ニキチッチさん……!」
「大丈夫。傍から見ていて、お前がどれだけマスターを好きでいるかなんて分かる。きっとマスターも、それは分かっているはずさ」
力強い言葉ながらも、包み込むような優しさを含ませたニキチッチの言葉の数々。
最初は不安そうにしていた光のコヤンスカヤの顔も、徐々に明るく、自信のあるものへと変わっていった。
「そ……そうですよね!マスターはこの私を受け入れてくださる程に温厚で懐の深い方、ならば私もマスターの意思に沿い、平和的に争ってみせましょう!」
「おお!!その意気だぞ、光のヤースカヤ!だったら早速作戦会議と行くか!」
「はい!よろしくお願いします、ニキチッチさん!」
場に立ち込めていた重い空気を吹き飛ばすような満面の笑みを浮かべ、二人は昂る感情のまま互いの身体を抱き合う。
光のコヤンスカヤは、柔らかで温かいニキチッチの身体を十分に堪能しつつも、彼女の面倒見の良さを改めて実感していた。
「(本当に優しい方ですね、ニキチッチさん……)」
自身や闇の自分に分け隔てなく接し、自身で解決すべきような問題でも積極的に相談に乗ってくれるニキチッチ。
カルデアに来る前……というよりビーストであった時よりも前に関わり合いがあっただけだというのに、ここまで自分のことを実の娘のように可愛がってくれ、気に掛けてくれる彼女は、やはり光のコヤンスカヤにとって親も同然の存在である。
そんな愛しい親とハグをしあっている事実を認識するだけで、思わず表情を綻ばせてしまうのだ。
「(これからもよろしくお願いします……私だけのお母様、いえ――お父様……)」
心の中でそう呟き、光のコヤンスカヤは聖母のように穏やかな笑みを浮かべつつ、改めてニキチッチとカルデアで共に過ごせることの幸せを噛みしめるのだった――