愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
場所は変わって、ノウムカルデア――廊下。
シミュレーションルームから出ると、立香と闇のコヤンスカヤは二人並んでカルデアの廊下を行く当てもなく歩く。
「ふぅ……シミュレーションなのに死ぬかと思ったよ……」
「大丈夫ですよ……!私をも打ち倒したマスターなのですから、簡単に死にはしません♪」
疲れている立香に追い打ちを掛けるように闇のコヤンスカヤは、尻尾を機嫌よく振らせながら話す。
そんな様子の闇のコヤンスカヤに、マスターもついつい表情を緩ませる。
「でも、死にはしないって断言するって事は、それだけ私の事を信用してくれてるってことだよね?」
「……ッ!?」」
不意に足を止めて、純粋無垢な目で見つめてくる立香に闇のコヤンスカヤは思わずたじろいでしまう。
「い、一応私はマスターのサーヴァントなのですから、信頼はしてますとも……」
「良かった……てっきり、嫌われてるんじゃないかって心配になってね……」
「そ、そうですか……」
先程までのテンションは何処へ行ったのかというぐらいに、言葉の歯切れが悪くなった闇のコヤンスカヤは恥ずかしさを隠す為か、顔を背けた。
「(最初は案外チョロそうとか思ってましたけど……何ですか、このやりづらさは……ッ!?)」
少しきついジョークのつもりだった言葉の裏を返され、闇のコヤンスカヤは心の中で悶々とするしかなかった。
召喚されて間もないが、確かどのサーヴァントにも笑顔で接していた彼女……そんな立香を闇のコヤンスカヤは自分だけの物にしたいと密かに思う。
「あ、ごめんね……?気に障ったかな……」
「いいえ……むしろ、マスターの事が好きになりました……」
先程までの動転した様子から一転して、再び楽しそうに笑みを浮かべる闇のコヤンスカヤを見て、立香も顔を緩ませた。
「あ、そういえば食堂に連れて行ってなかったね……お腹も空いたし今からでも――」
立香が言葉を終えようとした時、急に前からドタバタと足音が聞こえてきた。
「あ、そうだった……しばらく構ってあげてなかったな……」
「え?一体どういう……?」
何か悟った様子の立香に闇のコヤンスカヤは困惑しながら前を見据えようとすると、目にも止まらぬ速さでそれは視界から動き、そして……気付けば立香に抱き付いていた。
「ますたぁ――ッ!!お帰りなさいませ……ッ!!」
「あはは……ただいま……」
桃色の美しい髪を持つ狐……いや、兎というべきか……立香に抱き付いていたのは、闇のコヤンスカヤの別の側面――光のコヤンスカヤだった。
だが、そんな光のコヤンスカヤは何かがおかしい。
「わたくし、ここ最近マスターと会えなくて寂かったです……だから、今日は構ってくださいますよね……?」
「最近は忙しかったからね……うん、いいよ……今日は予定も無いし」
「本当ですか!?愛してますよ……マスター!」
立香の返答を聞いて気持ちが昂ったのか、立香に頬ずりまでし始めた。
闇のコヤンスカヤと反対に神々しいオーラを放つ光のコヤンスカヤだが、そんな彼女の今の様子は例えるならば飼い主に懐く犬とでも評した方がいいだろう。
「(え?私は蚊帳の外ですか……?)」
光の自分が既に居ること自体、驚くべきことなのだが、それに加えて目の前で堂々と別の側面とはいえ、自分自身がマスターに抱き付いた上で”愛している”とまで言っている……闇のコヤンスカヤは起こった事に対して、思考回路が追い付いていなかった。
「それでは、早速マイルームにレッツゴー……って、居たんですね闇の私……」
「なっ……ッ!気付いていなかったんですか……ッ!?」
先程まで緩ませていた目を、急に敵を見るかのように光のコヤンスカヤは闇のコヤンスカヤを睨みつける。
「ふん……ッ!別側面とはいえ、私がここまで堕落しているとは思いませんでした!もっと、華麗に振舞いなさいよ!」
「堕落ですって……ッ!?」
負けじと光の自分を睨みつける闇のコヤンスカヤ……光のコヤンスカヤもイライラした様子で立香から離れ、闇のコヤンスカヤと額を合わせて睨みつけ合う。
「ぐぬぬ……ッ!誰が堕落してるですって……ッ!?」
「実際そうでしょうが……ッ!何ですか、いきなりマスターに抱きつくなんて……ッ!」
子供のように意地の張り合いをするコヤンスカヤ達だったが、実際に二人から殺気が出ているのが恐ろしい所だ。
しばらくの間、互いに引かないと思われたが、意外にも光のコヤンスカヤは数十秒もすると、呆れたように闇のコヤンスカヤから視線を外した。
「はぁ……馬鹿馬鹿しい、ここで争っても私に利益はありませんわ……何より、これから愛しのマスターと一緒に過ごすのですから、時間の無駄ですね♪」
「何……ッ!?」
嘲るような目線を向ける光の自分に闇のコヤンスカヤは、尚も刺すような視線を送る。
「それでは、さようなら……闇の私。行きましょうか?マスター♪」
「うん……あ!闇のコヤンスカヤも今度、食堂に連れて行ってあげるからね……ッ!」
それだけを言い残すと、立香と光のコヤンスカヤはカップルのように腕を組みながら、颯爽と廊下の奥へと消えてしまった。
廊下に一人ポツンと残された闇のコヤンスカヤは、どこか悲壮感を感じざる得なかった。
「もう嫌ですわ……カルデア……」
そう思い、闇のコヤンスカヤは、がくりと肩を落とすのだった。
時は現在に戻り――闇のコヤンスカヤは自分の部屋のベッドで横になっていた。
「はぁ……何で私は、こんなに落ち込んでいるのでしょう……?」
マスターを光の自分に取られてしまったせいか……?いや、召喚されて間もないのにマスターに対して、愛着こそあれど愛情は無い。
それでも、光の自分に品定めしていた物を取られたというのは、どこか自分の中で悔しさがあったのだろう。
「(ニキチッチさんとは会えてませんし……ほんとに災難続きですね……)」
天井を見上げ、そんなことをぼんやりと呟きながら、一眠りをしようとすると、扉の外からカランッ!と何か金属性の物が地面に落ちる音が聞こえた。
「まったく……気分が落ち込んでいる時に何ですか……!?」
ベッドから重い身体を動かし、面倒くさいが、とりあえず外に出てみることにした。
どうせ、大したことでも無いだろうと高を括っていると、そこには金色の杯が無造作に転がっていたのだ。
「まさかとは思いますが……これって……」
自身の目の前にある金色の杯を手に取って眺める。
最初は目を見開かせて驚いていた闇のコヤンスカヤだったが、眺めている内に、みるみるその顔が邪悪な笑みに変わっていった。
「ふふ……今日だけは私、運命という物を信じてしまいそうです……」
闇のコヤンスカヤは、その金色の杯を愛おしく見つめるのだった。