愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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愛しいマスター

――マスター、そろそろ起きてください……朝ですよ?

 

 光のコヤンスカヤのもふもふとした尻尾の心地良さに身を任せ過ぎたせいか、昨晩は膝枕をされたまま寝てしまっていたらしい。

 もう少しだけ、尻尾の気持ち良さを味わいたいが、せっかく光のコヤンスカヤが起こしてくれているのだから大人しく起きることにした。

 だが、ベッドから身を起こすと妙に身体が軽い気がする……

 

「(昨日……光のコヤンスカヤにマッサージしてもらったからかな……?)」

 

 思い当たる節を頭で探しながら、ぼんやりとした頭で自分の手足に目をやる。

 すると、違和感の正体はすぐに判明した。

 

「(服が伸びてる……?いや、私の身体が縮んでるんだ……!)」

 

 予想外の事態で、立香は呆然と縮んでしまった身体を見つめることしかできない。

 そんなマスターの肩を掴み、微笑むのは背後から迫る妖狐だった。

 

「マスター……♪どうされました……?」

「どうしたじゃないよ……!って、声までおかしくなってる……!?」

 

 咄嗟に掴まれた手を振り払い、妖狐――闇のコヤンスカヤに振り向きざまに言葉を返すが、その声はまるで幼い少女のようにか弱く可愛らしい物に変わっていた。

 

「あははは……!あれだけ凛々しいマスターが、こんなにも可愛くなるなんて思いもしませんでしたわ……ッ!わざわざ、聖杯を使った甲斐はありますねぇ……!」

「一体、どういうことなの……?狐のおねぇちゃん……?」

 

 たいそうご満悦の様子である闇のコヤンスカヤに対して、無意識に立香は言葉遣いを子供のように変えてしまっている。

 そのことに気付き、闇のコヤンスカヤは笑みを浮かべる。

 

「ふふ……ちゃんと、記憶の幼児化も進んでいるみたいですね……?」

「記憶の幼児化……?よくわかんないよ……」

 

 立香が先程まで闇のコヤンスカヤに対して抱いていた警戒心が薄れていく。

 

「(なんか……頭がふわふわして、考えがまとまらない……)」

 

 視界が揺れ、身体がふらふらとしてきた。

 記憶も水の中に漏れだしていくように、最近の出来事から順に思い出せなくなっている。

 

「や、止めて……!コヤンスカヤ……ッ!」

「安心してください……一日で戻しますから……♪」

 

 何とか言葉を絞り出し、闇のコヤンスカヤに訴えかける。

 しかし、立香の訴えも虚しく、脱力した身体は闇のコヤンスカヤの身体へと身を預け、再び膝枕をされている状態に戻ってしまう。

 

「それでは……おやすみなさい……()()

 

 そんな闇のコヤンスカヤの妖艶な笑みを見たと同時に、立香の意識は闇に消えた。

 

…………

……

 

「おはようございます!立香……♪」

「あ、おはよ……狐のおねぇちゃん」

 

 金色の尻尾に身を包まれながら、立香は穏やかな目覚めを迎えた。

 完全に身体も心も完全に幼女となった立香は、闇のコヤンスカヤを見て安堵の笑みを浮かべている。

 先程まで立香が向けていた訴えかけるような顔は消え、完全に闇のコヤンスカヤを自分に友好的な存在と認識してしまっていた。

 

「立香は可愛いですね……私、思わず食べちゃいそうで……」

 

 闇のコヤンスカヤは思わず、その美しくも恐ろしい黄金色の瞳で立香を舐めるように見つめる。

 しかし、闇のコヤンスカヤの瞳に気圧されたのか、穏やかな表情を浮かべていた立香が目に涙を溜め始めてしまった。

 

「わたし、食べられるの……?いや、いやだよ……!」

「あ、いえ……冗談です……!だから、泣かないでください!」

 

 喜びのあまりに立香の精神が幼児となっている事をすっかり失念していた闇のコヤンスカヤは、大慌てで立香をあやす。

 

「怖いよ……ッ!おねぇちゃんに食べられたくない……ッ!りつか、悪いことしてないのに……!」

「食べません……!食べませんって……!」

 

 闇のコヤンスカヤは必死に立香をあやすが、立香は溜めていた涙を流し、その場で泣き喚くだけだ。

 

「(くっ……こういう時どうすれば……ッ!?)」

 

 自信の知っている情報だけでは立香をあやすことができない……それをいち早く勘付いた闇のコヤンスカヤは、カルデアに来てからの出来事を少し振り返る。

 

「(確か……ジャックさんが、マスターにプレゼントを貰って喜んでいたような……)」

 

 ぼんやりとした記憶を思い出してみるが、都合の悪い事に、この場には立香が貰って喜びそうな物は一つも無い。

 あるとすれば……髪飾りぐらいだろうか?

 

「はぁ……仕方ありませんか……」

 

 大きくため息をつきながら、闇のコヤンスカヤは自身の髪に着けていた星形の髪飾りに手を掛ける。

 

 

「誰か……ッ!助けて……!ひぐっ……!食べられちゃ――」

「立香……こっちを向いて……」

 

 涙を拭う立香が一瞬だけ前を向くと、そこには先程とは打って変わって穏やかで優しい目をした闇のコヤンスカヤが居たのだ。

 

「私のこと怖いですか……?」

「うん……だって、おねぇちゃん私のこと食べるって……」

 

 目の端々に涙を残しながら、立香はハッキリと答える。

 その答えを聞いた闇のコヤンスカヤは穏やかに微笑む。

 

「それは失礼しました……でしたら、お詫びをさせてもらえませんか……?」

「お詫び……?」

 

 唐突な闇のコヤンスカヤの言葉に立香は首を傾げる。

 しかし、闇のコヤンスカヤが差し出した手のひらの上にあった物を見て、立香は目を輝かせる。

 

「きれい……!お星さまの飾りだ……!!」

 

 特段、何か変わった所も無い髪飾りであったが、それでも立香は顔を綻ばせ、手に取ってそれをじっくりと眺めた。

 

「これ、くれるの!?おねぇちゃん……!」

「ええ、立香のような可愛い子が付けたら、もっと似合うと思いますので……」

 

 立香の頭を優しく撫でながら、闇のコヤンスカヤは微笑む。

 

「ありがとう!おねぇちゃん……!おねぇちゃんって優しいんだね……!」

「なっ……!?」

 

 にかっと笑いながら、立香は闇のコヤンスカヤにお礼をの言葉を述べる。

 その純粋無垢な立香のストレートな言葉に、闇のコヤンスカヤも思わず顔を赤らめてしまう。

 

「そ、そういえば……!立香は髪飾りは、付けたことはあるんですか……!?」

 

 赤らめた表情を取り繕うように、闇のコヤンスカヤは立香に質問をする。

 

「うーん……わたし付けたことないから、よくわかんないな……あ!おねぇちゃん付けてよ!」

 

 そう言って、立香は髪飾りを闇のコヤンスカヤに渡し、ワクワクとした表情で闇のコヤンスカヤを見つめる。

 闇のコヤンスカヤも一瞬だけきょとんとするが、すぐにため息をつきながら言葉を返した。

 

「はぁ……まったく……手が掛かる子ですね、いいでしょう……立香、もう少し近くに寄りなさい……」

「はぁい!」

 

 相も変わらず元気よく返事をする立香にため息をつきつつも、闇のコヤンスカヤは近くに寄ってきた立香の髪に手を掛ける。

 

「(本来であれば、このようなことをする予定は無かったのですが……なぜ、こんなことに……)」

 

 自身が拾った聖杯に願った事、それはマスター・藤丸立香の精神と身体の幼児化だった。

 だが、マスターである立香をただ幼児化させてもつまらない……そう考えた闇のコヤンスカヤは、わざわざ光のコヤンスカヤの部屋に忍び込み、立香を自身の部屋に半ば軟禁状態にすることで、カルデアをパニックにさせようとしたのだ。

 

「う……なんか、くすぐったいね……」

「はいはい……じっとしなさい……」

 

 思いにふける傍ら、しっかりと手を動かして立香に髪飾りを付けてやる。

 

「(いたずら感覚でやったつもりでしたが、もっと別の事を願うべきでしたかね……)」

 

 一番の目的である、カルデアを困らせるという目的は達成できるが、肝心のマスターである立香は困らせるどころか、喜ばせてしまっている。

 立香の身体や精神に同情でもしたのか、はたまた壊れかけの立香に愉悦を見出したか、闇のコヤンスカヤは自分でも聖杯を使い立香を幼児化させた理由が分からなくなっていた。

 

 

 

「……よし……これで大丈夫でしょう……」

「わぁ!ありがとう、おねぇちゃん!」

 

 無邪気な笑顔を浮かべる立香の前髪の右端と左端には星の髪飾りが輝く。

 元から可愛らしい顔をしている立香に髪飾りが付くだけで、その可愛さは何倍にも引き立ったように思える。

 立香に髪飾りをつけた直後は、闇のコヤンスカヤも特に何も思わなかったが、改めて立香を見直すと、その目を見開かせた。

 

「どう?似合ってるかな?」

「え、ええ……!凄く似合っています……!」

 

 闇のコヤンスカヤ自身もとりあえず立香に渡した髪飾りだったが、それがまさかここまで似合うとは予想していなかった。

 しばらくの間、そんな立香に見惚れていると、不意に立香が口を開いた。

 

「そういえば、おねぇちゃんって何でわたしに、やさしくしてくれるの……?」

「……ッ!それは――」

 

 考えを読んだかのような立香の問い。

 闇のコヤンスカヤは動かしていた手と共に言葉を止めてしまう。

 

「それは……貴方が……」

 

 立香が幼児化する前も、してからも少しずつ胸に秘めていた想い。

 その想いを、ここで出すべきなのだろうか?闇のコヤンスカヤは踏ん切りが付かないでいた。

 だが、目の前の立香を見ると、不思議と踏ん切りもすぐに付いた。

 

「貴方が……私にとって愛おしい存在だからです……」

「わたしが……?」

 

 告白とも受け取れる言葉に、立香は少しだけ頬を赤く染める。

 しかし、すぐに太陽のような笑みを作り、闇のコヤンスカヤに向けた。

 

「うれしい……おねぇちゃんみたいな、やさしい人にそんなことを言ってもらえるなんて……」

 

 立香の笑みを見た瞬間に、闇のコヤンスカヤは気づいた。

 自分が立香に”愛おしい存在”だと告げた理由を――

 

「(まだ、マスターとは会ってから日が短い……それでも私は気づいてしまったのです……その純粋で果敢に人理修復をする貴方はボロボロだということを……)」

 

 もちろん同情をするつもりはない。

 だが、闇のコヤンスカヤにはその姿が黄金のように眩しい物に思えたのだ。

 そして、そんな立香が壊れて行く姿を是非とも、この目で見届けたい……! 結局、闇のコヤンスカヤが抱いた愛情というのは……歪んでいる。

 

「あ、おねぇちゃん……外にお散歩しない?マシュとかダヴィンチちゃんに、髪飾りを見せてあげたいんだけど――」

「駄目ですよ立香……外には、怖い人がいっぱい居るんですから……」

 

 そう言って、闇のコヤンスカヤは立香を自分の胸元へと迎い入れる。

 

「どうして?カルデアのみんなは、こわくないよ……?」

「表面上は貴方に優しくしているかもしれませんが、それは貴方を都合よく利用する為……貴方は騙されているんですよ?立香……」

 

 闇のコヤンスカヤは穏やかに微笑みながら、立香を諭すように話す。

 もちろん立香を自分の物にする……そんな黒い感情を隠して。

 

「貴方には刻まれているはずです……今までの辛い経験、思いが……」

「辛いこと……?」

 

 立香はその言葉に従い、思い出せる限りの事を思い出してみる。

 本来、記憶も昔の物となっているはずの立香にカルデアでの記憶はないはずだが、不思議とその記憶だけは思い出せる。

 それは、ある特異点での話――

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