愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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貴方を私の物に

「貴方のせいよ……ッ!!」

 

 とある特異点の町に、一人の若い女性の声が響く。

 その町は見渡す限り、そこら中に死体が散乱し、生きている人間はその女性一人だけだ。

 だが、そんな状態にも関わらず女性は目の前に立っていた藤丸立香を睨みつけていた。

 

「貴方がもっと早く来れば……この子は救えたのに……ッ!」

「――ッ!!」

 

 その女性が抱えているのは、既に亡骸となった幼い男の子だ。

 年齢的には4、5歳ぐらいの子供が、無残にも胸を貫かれ、その命を散らしている。 

 地獄のような光景を前に呆然とする立香。

 だが、そんな立香に追い打ちを掛けるように、女性は立香を涙ながらに罵倒する。

 

「貴方は人殺しよ……!本当なら救えた命を、救わなかったんだから……ッ!」

「……ごめんな……さい……」

 

 心無い罵倒が立香の心を徐々に壊していく。

 それに対して立香は、その女性に反論の一つさえしない。

 

「返してよ……ッ!私の子を……ッ!うっ……うう……ッ!なんで、こんなことに……!?」

「……」

 

 この女性も本来ならば、心無い言葉を他人にぶつける人物では無かったのだろう。

 女性の顔を見ても、まだ二十代半ばで一見すると淑女のような見た目をしている。

 しかし、そんな女性が人に対して”人殺し”と罵ってしまえる程に変わってしまったのだ、自分が愛していた子を失って。

 

「(私は……どうすればよかったの……ッ!?)」

 

 精一杯尽くしたのに罵倒をされる……立香は、その理不尽にやり場のない怒りを覚える。

 そして、ふと思ってしまったのだ――”こんな奴死ねばいい”と。

 

「ゴホッ……ッ!?あ、ぅ……苦しい……ッ!」

 

 思ってしまったことが現実に反映されたかのように、女性はその場に倒れ込み、胸を押さえながら苦しみ始めた。

 急の事で動転しながらも、立香は女性に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか……ッ!?早く、治療しないと……ッ!」

 

 そう立香は言うものの、女性が何故苦しんでいるのかは分からない。 

 恐らく呪いか何かだろうが、それを解く手段は立香に無い。

 

「助け……て……ッ!死にたくない……ッ!」

「どうすれば……?一体、どうしたらいいの……ッ!?」

 

 女性の顔は段々と青白くなり、息も途切れ途切れになっていた。

 それに対して立香は、度重なる精神的疲労や肉体的疲れのせいか、ただパニックに陥るだけだ。

 サーヴァントを呼ぼうという考えすら浮かばずに、ただひたすら”何でこんな事になったのか”という理由を自分の中で探そうと、頭を抱えてうずくまるだけだ。

 そして――

 

「たす……けて……たす……け――」

 

 最後に言葉を言いかけると、女性はかくっと首を横たわらせ、目を閉じた。

 ”死”その言葉が立香の中でよぎった。

 

「あ、ああ……ッ!わ、私のせい……で……?死んだ?」

 

 立香はあっという間に訪れた死を受け入れる事ができず、女性の身体をゆさゆさと何度も揺らす。

 だが、当然ながら帰ってくる返事は無い。

 

「本当に死んだ……?死んだ……?死んだの?」

 

 虚ろな目をしながら、立香はぼそぼそと呟き続ける。

 そして遂には――

 

「死んだ……死んだ、ふふ……あはは……ッ!!」

 

 精神の均衡が崩れ、遂に立香は壊れたように笑い始めた。

 本当は泣きたいぐらい胸が苦しいのに、笑うと胸が苦しくない……立香は己の精神を保つためにも、笑い続けるしかなかった。

 

「あはははは……ッ!!死んだ!みんな死んだの……ッ!!あはははははは……ッ!!」

 

 その笑いは、マシュや他のサーヴァントが駆けつけるまでの間、その町に響き続けた。

 

…………

……

 

「あ、ああ……ッ!なに、これ……ッ!?」

 

 脳裏の奥で蘇った記憶に立香は思わず頭を抱えて闇のコヤンスカヤの胸でうずくまる。

 

「怖いよ……おねぇちゃん……ッ!」

「ふふ……大丈夫ですよ、私がちゃんと守ってあげますからね……?」

 

 子猫のように怯えている立香の頭を撫でながら、闇のコヤンスカヤは尚も穏やかに微笑む。

 

「(順調にマスターは昔の記憶を思い出しているようで、何よりです……)」

 

 立香を聖杯で幼児化した際に、闇のコヤンスカヤはいくつかの条件をつけていたのだが、その一つに立香が最も記憶に留めているカルデアでの出来事や人物だけを思い出す様にした。

 立香に不審がられないように作った条件だったが、その条件が上手く作用しているようだ。

 

「おねぇちゃん……外には、こわい人がいっぱい居るの……?」

「ええ……だから、私が怖い人から守ってあげます……」

 

 立香は闇のコヤンスカヤの言葉に頷きつつ、その胸元から離れようとしない。

 

「ねぇ……おねぇちゃん、どうしたらこわい人居なくなるの……?」

「難しいですねぇ……この地球から怖い人を無くすというのは、()のような者でなければ無理でしょう……」

 

 立香の言葉にどす黒い笑みを浮かべながら、闇のコヤンスカヤは返事を返す。

 同時に闇のコヤンスカヤは立香の様子に目をやる。

 

「(今なら、もしかして行けるかも……)」

 

 未だに自分の胸元から離れようとせずに怯える立香を見る限りは、相当思い出した記憶が恐ろしかったのだろう。

 なら、自分に依存している今か――

 

 

「立香……もし、貴方が私の物になるのならば、怖い人達を()()()あげましょう……どうですか?立香……?」

「え?こわい人を消す……?」

 

 闇のコヤンスカヤから唐突に出た言葉に立香は、思わず顔を呆然とさせていた。

 何故なら……さっきまで、穏やかに話していた”おねぇちゃん”とは思えない程に、その妖狐の顔は愉悦に浸った顔へと変化していたからだ。

 だが、それでも立香は勇気を出して、闇のコヤンスカヤに言葉を投げる。

 

「おねぇちゃん……?消すって……どういう――」

「そのままの意味です……立香に害を及ぼす物全て、もちろんカルデアの皆さんも殺します。まぁ、要するに……私と貴方だけの世界を作るんです♪」

「……ッ!?」

 

 そう言って、闇のコヤンスカヤは再び穏やかに微笑む。

 しかし、それでも困惑したような表情を続ける立香に、闇のコヤンスカヤはさらに言葉を続ける。

 

「いいでしょ?立香……?おねぇちゃんと一緒になれて、それに怖い人も居なくなる……これ以上ない程の条件ですが……?」

「で、でも……」

「大丈夫ですよ、立香は頑張ったじゃないですか?貴方が思い出した記憶が、どのような物かは知りませんが、きっと過酷な事をやってきたはずです……」

 

 努めて思い出さないようにしていた記憶が、闇のコヤンスカヤの言葉によって再び蘇る。

 

『貴方は人殺しよ!』

 

 記憶にある女性の目線、声を思い出す度に、立香は常に誰かに睨まれているような錯覚に陥ってしまう。

 自分以外の全てが敵……立香は急に外の世界が恐ろしい物に思えてきたのだ。

 

「(怖い……怖い……どうすればいいの?どうすれば……?どうすれば――あ……)」

 

 あった。この怖い気持ちを無くせる手段が。

 正確に言えば、気付いてしまったというのが正しい。

 

「(そうだ……みんな消しちゃえばいいんだ、おねえちゃんの力で……!そうすれば……そうすれば……ッ!)」

 

 自分が苦しまずに済む……短絡的ではあるが、立香はすっかり強迫観念に囚われ、その顔を狂気に染まった笑みへと変える。

 

「(ああ……いいですよマスター……!もっと、もっと……ッ!)」

 

 人理を救うマスターが人を憎み、世界を憎む……それこそが闇のコヤンスカヤにとって待ち望んでいた瞬間。

 言葉には出していなくても、立香の表情を見るだけで、それは伝わってきた。

 

「(うふふ……ですが、そろそろ私も我慢の限界……マスターの回答を聞かねば……)」

 

 様子を見ておきたい気持ちを抑え、闇のコヤンスカヤは口を開く。

 

「立香、貴方に選択肢があります……一つは貴方の要望通り、私と一緒に外を散歩する。二つ目は私と共に怖い人達を殺す。この二択、どちらを選びますか……?」

「そんなのもちろん――」

 

 怖い人達を殺すに決まっている――立香は咄嗟に言葉を吐き出そうとしたはずだったが、直前で何故か言葉が出てこなかった。

 

「ん?もちろん……?」

「あ……ぅ……わたしは……」

 

 急に立香の全身を襲う怖気、記憶に残る女性を思い出した時よりも感じる恐怖。

 幼くなった頭でも”一度決断したら戻れない”と察している。

 

「(こわい人が居るのは嫌だ。でも……そのために、みんなを消しちゃうなんて……それは正しいの……?)」

 

 一体何が正しいのか?本当に”おねぇちゃん”の言う通りにして良いのだろうか?

 しかし、今抱いている恐怖を今後も抱き続けるのは嫌だ……そんな二律背反に立香は苦しむ。

 

「(どうすればいいの……?どうすれば――)」

 

『先輩は、もっと私を頼ってください……!』

 

 自暴自棄になりかけた一歩手前に記憶の底で聞こえた声。

 それは紛れもなくマシュの声だ。

 

「(何だろう……この記憶……暖かい……)」

 

 聞こえたマシュの声をきっかけに、浮かんでくる記憶。

 その記憶をゆっくりと思い出してみる。

 

『先輩は一人じゃないんです……私やダヴィンチちゃん、新所長にホームズさん、ネモさんにシオンさん……それに他の英霊の方々も先輩の味方です!』

 

 それは、特異点で女性が死んだ際にマシュが言っていた言葉だ。

 記憶の中の自分は、精神的に衰弱して、弱弱しい。

 だが、そんな状態でもマシュは励ましの言葉を掛けてくれた。

 

『だから、一人で背負わないでください……私にとって、貴方は大切な人なんですから……』

 

 その一言を思い出すだけで、立香の心は晴れやかな物になっていった。

 

「(そっか……わたしは、一人じゃない……カルデアのみんなが居る、マシュが居る……)」

 

 そう思うと、立香の心も自然と軽くなった。

 自分一人で何とかしようとするから駄目、カルデアのみんなを頼っていけばいい……それが幼児化する前の立香を支えていた心構えだったのだ。

 

「立香……?随分と考え込んでいるようですが、決まりましたか結論は……?」

「うん、決まった……わたしは――」

 

 瞳を覗き込む闇のコヤンスカヤに、立香は遂に結論を口にした。

 

「このまま、おねぇちゃんと外でお散歩したいな……」

「……悔いは無いんですね……?」

 

 立香の回答に、闇のコヤンスカヤも目を見開かせる。

 

「うん……無いよ……」

「今後も、怖い人達に恨まれてもですか……?」

「……うん、だってわたしにはカルデアのみんな……それに”おねぇちゃん”が付いてるもん、だから大丈夫……!」

「……ッ!?そう、ですか……」

 

 そう言って、立香は闇のコヤンスカヤに力強く笑って見せた。

 本当は怖いはずなのに、それを振り払い、乗り越えていける強さ――その姿こそが闇のコヤンスカヤが立香に感じた輝きだったのだ。

 

「(本当に残念……なのに、どこか良かったと思う自分が居てしまうのが腹立たしいですわ……)」

 

 立香を自分だけの物にするという目的は叶わなかったが、それでも闇のコヤンスカヤは満たされた気持ちになっていた。

 

「おねぇちゃん、それじゃあ……外に行こ!私が食堂に連れていってあげる!」

「そうですね、行きましょうか……」

 

 立香は闇のコヤンスカヤの胸元から離れ、ベッドの上から降りると、大はしゃぎでドアの前まで走って行った。

 そんな様子の立香に闇のコヤンスカヤは思わず苦笑してしまう。

 

「おねぇちゃん!早く早く!」

「ふふ……はいはい、少し待ってください……」

 

 相も変わらずはしゃぐ立香を、闇のコヤンスカヤは少しだけ眺めると、その顔を穏やかな笑みで染めて、ベッドの上から降りるのだった。

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