愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
どこまでも、付いて行きますから!
闇のコヤンスカヤがマスターを軟禁するという、とんでもない事件から数日が経ち、ノウムカルデアには比較的平穏な日々が訪れた。
「マスター♪今日は、どちらへ行かれるのでしょう?私、どこまでも付いて行きますからね♪」
「あはは……それは頼もしい限りだね……」
廊下を歩くマスター・藤丸立香の左腕に、自身の腕を絡ませて隣を歩くのは、玉藻の前……ではなく、彼女によく似た顔を持つ金色の狐――闇のコヤンスカヤだ。
数日前に事件を起こした張本人のはずだが、そんな闇のコヤンスカヤは自分をかばってくれた立香に惚れ込み、あれから四六時中ずっと立香の傍に付きっ切りになっている。
「本当に何でもおっしゃってください……できる限りのことはしますので」
「う、うん……そこまで言われると、逆に頼りづらいね……」
文字通り、一時も欠かす事無く立香の傍に居る闇のコヤンスカヤ。
だが、それは闇のコヤンスカヤに限った事ではなかった。
「ちょっと!闇の私!抜け駆けは許しませんからね!?」
そう言って、立香の左腕の影から、ひょっこりと出てきたのは闇のコヤンスカヤの別側面である光のコヤンスカヤだった。
彼女もまた、立香に惚れ込んだ内の一人である。
「あら?抜け駆けなんて関係ないでしょう。どちらが、先にマスターの寵愛を得れるか……それだけの話ですから」
「だからと言って、そんなにマスターへ引っ付く事もないでしょうが!そもそも、先にマスターの寵愛を受けていたのは私なんですからね……!」
立香の両腕を掴みながら火花を散らす二人。
そんな小競り合いを見て、立香は聞こえないように一言だけ呟いた。
「はぁ、仲が良いんだから……」
――太陽が、眩しい……
そんな感覚になるのは、久し振りかもしれない。
最近は、陽が出ない所ばかりにレイシフトしていた事もあってか、太陽の光を浴びると、自然に明るい気持ちになってゆく。
砂浜から見渡せる、限りなく広い海。そして、海の傍に立ち並ぶリゾートホテルや飲食店。
バカンスを楽しむには、最高の環境と言ってもいい場所であるハワイ――ワイキキビーチ。
そんな最高の空間……なのだが。
「これがシミュレーションじゃなかったらなー」
砂浜に立てられたパラソルの下、椅子に座ってくつろぎつつ、オレンジ髪の少女……藤丸立香はぼんやりと言葉を漏らした。
今の彼女の姿は、いつも着ている白いマスター礼装ではなく、彼女の髪に合わせたオレンジのビキニ。
元々、豊かな胸としなやかな肢体を持つ立香だが、ビキニを着ると、それがより強調され、何とも言い難い美しさを醸し出していた。
ここが本場のワイキキビーチなら、ナンパの一つでもされそうだが、シミュレーションの中であるここでは、砂浜に立香以外の人影はない。
「(人が居ないリゾートも最高かと思ったけど、割と寂しいね……)」
身を預けていた椅子から身体を起こし、改めて周囲を見渡す立香。
海沿いには店があるというものの、その店は無人であり、店員などは居ない。ホテルにしても同じで、チェックインなどは不要であり、どの部屋にも入りたい放題だった。
それだけ聞くと羨ましく思えるが、やはり人と会話ができないというのは辛くて退屈になってくるものだ。
「まぁ、もっとも……人以外なら居るけどさ」
若干苦笑を交えつつ、立香は不意に横を流し見る。
すると、さっきまで誰も居なかったはずの砂浜の奥に、二人の人影……もとい、兎と狐の影が見えた。
最初はゆっくりと足取りを進めていた二つの影だったが、途中でパラソルに座っている人物が立香と気付くや否や、手を振りながら猛ダッシュでこちらに迫って来る。
「やっぱり、付いて来ちゃったか……」
徐々に顔の見えてきた二人、兎――光のコヤンスカヤと、狐――闇のコヤンスカヤ。そんな二人の姿を見て、ため息をつく暇もなく――
「「マスター!お待たせしましたー!」」
猛ダッシュしていた足に急ブレーキをかけ、にこやかに微笑みを作って立香の前に並ぶ二人のコヤンスカヤ。
砂浜の奥からここまでは、軽く数百メートル以上はあったと思うが、それを数秒の間で走破するコヤンスカヤ達に畏怖の念を覚えつつ、立香は呆れたように言葉を返した。
「あの、二人共……?確か貴女達、ダヴィンチちゃんから待機しているように言われてなかったっけ……」
「ああ……確か、言われてたような……言われて無かったような気がします、そうですよね?光の私?」
「ええ、私が聞いた限りでは”マスターに休養をあげる事が目的なんだから、付いて行っちゃ駄目!”とだけ言われていたような気が……しなくもないですね」
それは言われていたんじゃ……と、立香は言葉を挟みたかったが、彼女達の様子を見る限りでは、いくら言葉を並べ立てても、しらばっくれてしまいそうである。
何より、彼女達の服装を見る限りでは、立香と一緒に居る気満々であった。
「それより、マスター♪見てください、この水着を!わざわざ、ハベトロットさんに作ってもらったんですよ♪」
「闇の”私”と同じく、私もハベトロットさんに作ってもらっちゃいました☆」
そう言って、嬉しそうに自身の身体を見せる二人。
闇のコヤンスカヤも光のコヤンスカヤも、元々抜群のプロポーションを持っているが、そんな彼女らが水着を着ると、それはもっと際立って見えた。
少々ながら露出度の高い紅色のビキニを着る闇のコヤンスカヤに、同じく露出度の高い純白のビキニを着る光のコヤンスカヤ。
自分と同じ性別の彼女達を見ているのにも関わらず、立香は心臓の鼓動を早めてしまいそうだった。
「どうです?惚れちゃいました……?」
「うん。すっごく綺麗だし、似合ってる……」
「そうでしょう!そうでしょう!わざわざ、ハベトロットさんにお願いした甲斐があったというものです♪」
褒める言葉が上手く浮かばず、詰まらせるようにして言葉を発する立香であったが、それでも二人のコヤンスカヤは満足気に笑みを浮かべた。
「でも、やっぱりマスターが一番綺麗で可愛らしく思います……」
「そうですね、闇の私。いつもは、マスターの肢体を見る場面に遭遇などしませんでしたが、これは良い物を見た気がします……」
立香に熱い目線を向けつつ、賛辞の言葉を贈る二人。
そんな二人の言葉に、立香も思わず顔を赤らめてしまう。
「そ、そうかな……?私、コヤンスカヤ達に比べると、胸もちっさいし……お尻も小さいから……」
「ふふ、そんなに謙遜をしなくてもいいんですよ……?私達は、マスターが一番可愛くて、綺麗で、愛おしい存在だと認識していますので」
「そうです。元よりマスターは、すっごく可愛いんですから……」
更なる誉め言葉に、顔を伏せて耳まで顔を赤くしてしまう立香。
思い出せば、マスターとなってからは、戦いに集中するあまり、女性としての自覚をすっかり忘れ去っていたような気がする。
可愛いとか、綺麗……といった事など言われる暇もなく、自分で思う間も与えられないまま駆け抜けてきた。
だからこそ――恥ずかしいと思う気持ちがありつつも、容姿を褒められたことが、何よりも嬉しい。
「(ほんと、そういうとこ好きだよ……)」
二人のコヤンスカヤの、何気ないであろう言葉に心を穏やかにし、改めて感謝を伝えようと顔を上げる。
すると、次の瞬間……立香の顔から一気に血の気が引いていくのが分かった。
「本当に、可愛い……食べてしまいたいぐらいに……」
「同意しますわ、光の私。こんな可憐なマスターを見てしまっては、私も昂る感情を抑えきれません……」
さっきまでは、穏やかな目をしていたはずの二人の目が、突如として、獣が獲物を見るかのような目へと変化していた。
そして、その目線は、立香の胸と尻に向けられていて――
「ふ、二人共?ちょっと、目が怖いな……」
二人の目線の行方に気付き、顔を引き攣らせつつ椅子から立ち上がる立香。
一歩、二歩、三歩……二人のコヤンスカヤが出す危険な雰囲気を察し、徐々に後ろへ足を動かすが、その動きに連動するようにして、二人も足を前に進める。
「一旦、落ち着こう?ね?後で、いくらでも構ってあげるから……さ?」
「可愛い……可愛い……私だけのマスター……すぐに気持ちよくさせてあげますから」
「大丈夫ですよ?ちょっとしか、痛みは伴いませんので……」
――うん、駄目だ……話が通じていない。
コヤンスカヤ達の反応を見た途端、立香は早々に説得を諦め、次なる行動に移ることにした。
まずは、身体を前から後ろへと向け、腕を腰に付ける。これだけで、走る準備は完了だ。
ただ、一つ問題なのは――
「逃げ切れるか、ってことだよねぇぇぇええええ――ッ!!!??」
雲一つない空に叫び、立香は砂浜を一直線に駆けだした。
当然、その瞬間に、二人のコヤンスカヤも追って来るわけで……
「ああ……ッ!?待ってください、マスター!私達と一緒に、気持ちいいことしましょうよ♪」
「うん、気持ちはありがたいね!でも、却下で!!」
遅れて後を追う二人のコヤンスカヤに、投げ捨てるように呟くと、立香はひたすら前を見て足を懸命に動かす。
「逃がしませんよ!しっかりと、施術は受けてもらいますからね!」
「待て、待てー……逃がさない、ゾ♪」
明るい声とは真逆に、背後からは凄まじい程の圧が襲い掛かるが、それでも立香はめげずに前へ前へと進んで行く。
――なんでこんな事になったんだろうね?
若干、悟りを開いた様子である立香の頭に浮かんだのは、数時間前の出来事であった。