愛玩の獣はマスターを手に入れたい   作:若杉優太(テト/teto)

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その身体は、もう……

「シミュレーションでハワイに行って欲しい?」

 

 カルデアのマイルームにて、立香は渡された資料を手にし、盛大に首を傾げていた。

 

「急なお願いでごめんね?でも、どうしてもマスター君に行ってほしいんだよ」

「いや、それはいいんだけど、これって……」

 

 舌を小さく出して両手を合わせる茶髪の少女――ダヴィンチに、困惑した表情を浮かべつつ、立香は渡された資料をもう一度読み直していた。

 三枚あった資料の一枚目にもう一度目を通す、そこには――

 

 ”マスター君をハワイに連れて行ってあげよう☆”

 

 とだけ、A4サイズの紙の上に大きめのフォントで印刷されていた。

 念の為に、二枚目や三枚目を見たが、やはり――

 

 ”マスター君をハワイに連れて行ってあげよう☆”

 

 それだけしか書いていなかった。

 

「もう一度聞くんだけど、これが本当に今回の資料?」

「うん、間違いないね。だって、私が作ったし」

 

 更に戸惑いの表情を見せる立香に、ダヴィンチはサムズアップで応じる。

 

「いやー、最近マスター君も忙しいでしょ?だから、たまには息抜きも必要かなってね!」

「……」

「シミュレーションというのが残念かもしれないが、それでもハワイに行けるってのは中々ないよ?どうかな!?行ってくれるよね!」

 

 ダヴィンチの高いテンションとは裏腹に、立香の表情は硬く、未だに煮え切らない様子である。

 そこには、立香自身の葛藤が多少なりともあった。

 

「(私が休んでいいいのかな……?私は、人理を取り戻す為にもっと頑張らなきゃいけないのに……)」

 

 カルデアに来てから今日に至るまで、ほぼ休まずにレイシフトを行い、人理を取り戻す為に尽力してきた藤丸立香。

 自分が傷付こうとも前線でサーヴァントに指示を出し、数多くの英霊達と絆を深めた立香だが、その過程で心の闇も深めてしまった。

 レイシフト先では出会いも経験した……しかし、同時に数多くの別れを経験したのも事実だ。

 それは、徐々に立香の心を浸食していき、気付けば大きな歪みへとなっていた。

 

「ね?いいでしょ!マスター君!」

 

 目の前に立つ少女を遺した人――ダヴィンチ(・・・・・)。彼女を目の前で喪ってしまったことは、特に立香の心を揺さぶった。

 悲しみもあったが、それ以上に、立香が元々感じていた”人理を取り戻す”という責任感を、より歪んだ方向へと進めてしまっていた。

 

「ダヴィンチちゃん、せっかく提案してくれて悪いんだけど、私は行かないよ……」

「えー?行こうよ!マスター君はいっつも、休みもせずにレイシフトばかりしているじゃないか」

「別に心配しなくても大丈夫だよ、私の身体は元気だからさ……それより、次のレイシフトはいつになるか教えてよ」

 

 休みなど要らない、休み時間があるならばレイシフトを行う。

 それが、ダヴィンチを失ってから立香が大きく変わったと言える一面だった。

 いつもは、そんな立香に対してダヴィンチやマシュ、ホームズでさえ何も言葉を紡げずに、そのままレイシフトを行うのが常態化していた……のだが。

 

「はぁ……マスター君。最近、自分で鏡を見たかい?」

「え?いや、見てないけど……」

 

 唐突にため息をつき、意図の分からない質問をするダヴィンチ。そんな彼女の様子に、立香は思わず首を傾げると、ダヴィンチは更に深いため息をついた。

 

「ふぅ……気づいていないようだね、だったら自分の目で確かめた方がいいよ」

 

 そう言って、ダヴィンチは懐から手鏡を取り出し、ガラス部分を立香の顔へ向ける。

 すると――立香の口から自然と言葉が漏れた。

 

「ひどい顔……」

 

 目元に色濃く浮かんだクマ、疲労感を隠しきれない程に疲れ切った顔……そして、何かを睨みつけるような鋭い目。

 変わり果てた自身の顔を眺める立香に、ダヴィンチは諭すように言葉を掛ける。

 

「理解したかい?今、君がどれだけ身体に負担を掛けているのか……」

「うん、理解した……というよりびっくりしたかな。自分がこんな状態になってることにさ」

「だったら、私が言いたい事は分かるよね?マスター」

 

 先程までの楽しそうな表情から一転し、ダヴィンチは真剣な瞳で立香を見つめる。

 ”絶対に言い逃れはしないで”ダヴィンチの瞳からは、そんな想いがひしひしと伝わってくるようだった。

 だが、立香はダヴィンチの想いに気付くことなく、作り笑いをしつつ言葉を返す。

 

「分かってる、分かってる。身体を気遣えってことだよね?でも、私は大丈夫だから……身体も動くし、疲労感もそこまで――」

 

「いい加減にしてくれ……」

 

 突如、突き放す様にして言葉を呟くダヴィンチ。

 驚いた立香がダヴィンチの顔へ目を向けると、対するダヴィンチは立香の目を見つめ返し、一瞬でその瞳に怒りを宿した。

 

「君は、本当に今の自分の状態が分かっているのかい……ッ!?自分の身体がどれだけ、ボロボロなのかを……ッ!」

「ダヴィンチ、ちゃん……?」

「立香君が、前の私の為に頑張ろうとしているのは知っていたさ……!だから、私もそれをサポートしようって……思ってたッ!でも!それが、自分の心や身体を殺してまでやろうとするなんて、おかしいじゃないか……!」

 

 凄まじい剣幕で溜まっていた物を吐き出す様にして言葉を紡いでいくダヴィンチ。

 怒りと悲しみに染まったダヴィンチから出た言葉、その全てが、立香の心の底にある闇を正確に見抜いた言葉である。

 更に怒気を孕んだ言葉が投げつけられるのだろう……立香はそう予想したが、怒りに染まったダヴィンチ顔からは、何故か涙が溢れていて……?

 

「……っ!」

「最初は私も目を瞑っていたけど、もう限界だよ……ッ!これ以上休まなかったら、本当に……本当に……死んじゃう……」

「……」

「だから、お願い……!もっと自分を大切にしてよ!立香君……ッ!」

 

 愛嬌のある顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、必死に立香へ訴えかけるダヴィンチ。

 その想いは、確実に立香の心へと響いていた。

 

「(ダヴィンチちゃん……そんなに私の事を想っててくれたんだ……)」

 

 ノウムカルデアに移ってから、立香はどこかで目の前の少女を避けていた節があった。

 ――あのダヴィンチ(・・・・・)とは違う……別人だ……

 そんな思いがあったせいか、今現在に至るまで、まともにダヴィンチと会話をした記憶がない。

 したとしても、他愛のないことしか……

 

『マスター君!前の私に比べると頼りないかもしれないけど、困ったら私に相談してね!』

『大丈夫だよ、マスター君――いや……立香君は、もっと休んでいいんだからさ!』

 

 不意に脳内に響くダヴィンチの声。

 ――なんだ……思い出せば、たくさん温かい言葉を掛けてもらってるじゃないか……

 立香はふっと笑うと、優しくダヴィンチの身体を抱き締めた。

 

「ごめんね……ダヴィンチちゃん。貴女を、こんなに悲しい気持ちにさせちゃって」

「っ……!?ひぐっ……!りつ、か……くん……?」

「今までずっと、ダヴィンチちゃんが私を心配して言葉を掛けてくれてたのに、私はそれを忘れていた……ほんと、自分を引っ叩きたくなるよ」

 

 嗚咽を漏らすダヴィンチの頭を撫でつつ、立香は自嘲気味に言葉を並べていく。

 

「正直言ってさ、私は自分の事しか考えてなかったんだと思う。”自分一人が頑張れば何とかなる”って考えで、ダヴィンチちゃんやマシュの言葉も聞かずに、レイシフトを繰り返してた。まぁ、それが今の現状なんだから自業自得だ」

「自業自得なんて……言わないでよ……っ!」

「ごめん。本当に自分でそう思ったんだ……心配してくれる人がいっぱい居て、頼れる人も居るのに自分だけ傷付こうとしてたのは身勝手な考えだったよ、でも――」

 

 不意に言葉を止め、自身の瞳を改めてダヴィンチの目と合わせる立香。

 一見すると、すっきりといるように見えた立香の顔だったが、その目から隠し切れない程の涙を滲ませていた。

 泣き顔を晒しつつも、立香は腕で涙を少しだけ拭い、意を決して口を開く。

 

「もう、二度と……誰も失いたくないんだ……!前の貴女の時のように、失いたくなんかない……ッ!だから、さ……!」

 

「これからは、一緒に歩いてくれるかな……?私が何処にも行かないように、迷いそうになったら……!引き戻してくれるかな……っ!?」

 

 言葉を締めくくると同時に、感極まった面持ちをした立香が一瞬だけ上を向くと、不意にダヴィンチの頬に涙が一滴落ちる。

 その涙は、ダヴィンチの流していた涙と混ざり、真っすぐと床へ落ちた。

 同時にダヴィンチは、顔に笑みを灯して立香の問いかけに応じる――

 

「うん!もちろんさ……ッ!立香君!絶対に、君を迷わせたりなんかしない……!」

「……ッ!!ありが、とう……!ありが……と……う……!」

 

 力強く、そして……優しいダヴィンチの言葉。それに対し、立香はただ感謝の言葉を呟き、ダヴィンチの肩で涙を流した。

 

「っ……!うっ……!っ……っ……!」

「そんなに泣かないでよ……私も、また泣いちゃいそうになる……から……!」

 

 再び涙ぐむダヴィンチにそう言われながらも、立香は自身で涙を止めれる気がしなかった。

 元々は、自分が何も言わずにひたすら前しか見ず、誰にも頼らなかったのが今回の出来事を引き起こしてしまっているのだ……そう、自分のせいである。

 目の前の少女を泣かせてしまった原因も、全て自分自身の身勝手な振る舞いが引き起こした……なのに。

 

「(頷いてくれた……ッ!私の言葉に……!)」

 

 本当なら、ビンタの一つでもされていいような所業をしている自分を、ダヴィンチは”迷わせない”と言ってくれたのだ。

 それが、嬉しくて……ありがたくて……何より頼もしかった。

 

「今……まで、心配……かけて……!ごめ、ん……ッ!ほんと、に……ごめん……ッ!」

「もういいさ、これからはちゃんと私に……いいや――マシュや他の英霊にも、困ったら頼るんだ 

よ……?」

「うん……ッ!うん――ッ!!」

 

 すっかり涙を止めたダヴィンチに背中をさすられながら、立香はひたすら嗚咽を漏らす。

 そこには、いつも的確に歴戦の英霊達へ指示を飛ばし、英霊達の前では絶対にに弱音を吐かなかった”人類最後のマスター”とは思えない程に弱々しく、そして――本来あるべき少女の姿があった。

 そんな立香を、ダヴィンチは嫌な顔一つせずに、聖母のように優しい笑みで見つめ続ける。

 

――これからもよろしくね?マスター……

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