愛玩の獣はマスターを手に入れたい 作:若杉優太(テト/teto)
「っていうことがあったんだったな……」
時は現在へと巻き戻り、立香は感慨深い様子で数時間前の出来事を思い出していた。
「(あの後は、ハベトロットに急いで水着を仕立ててもらってすぐに、シミュレーションルームに直行したんだよね、そしてパラソルでのんびりしてたら……うん。二人のコヤンスカヤに襲われて、今――こんな状況になってるのか)」
遠くへやっていた意識を現実へと引き戻し、立香は砂の上で正座させられている二人のコヤンスカヤへと目線を向ける。
しょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうに表情を暗くする二人。そんな二人の傍で、仁王立ちをしていたのは、彼女達の母親的な存在であるドブルイニャ・ニキチッチだった。
「マスターを休ませてやるというダヴィンチの心遣いを無下にするとは……闇のヤースカヤと光のヤースカヤ、どういうつもりなんだ?」
「「い、いや……!私達は、そんなつもりは――」」
「言い訳をしない!」
ごにょごにょと言い分を述べる二人を一喝し、ニキチッチは組んでいた両腕を組み直す。
あの後、立香が二人に追いかけ回されてから数分も経たぬ内に、シミュレーションを監視していたダヴィンチに頼まれたニキチッチによって、あえなく二人は大人しくさせられた。
立香としては、あのまま捕まったら何をされるか分かった物では無かったので、ニキチッチに来てもらって助かったのだが……
「まったく……!この前は、闇のヤースカヤだけを叱ったが、まさか光のヤースカヤまで叱るとは思いもしなかったぞ!」
「あぅ……!ごめんなさい……」
「私も、またニキチッチさんに叱られるとは思いもしませんでした……」
相変わらずニキチッチに逆らえない様子の二人は、若干ながら涙目になって謝罪の言葉を口に出し始める。
「ニキチッチ、もういいよ。闇のコヤンスカヤも、光のコヤンスカヤも反省してるみたいだしさ……」
「いや、駄目だ……マスター。こういう悪い事をした時は、ちゃんと叱ってやらないと理解しないからな。それに、前も叱ったのにこういう事をしたんだ、流石にヤースカヤ達は当分の間謹慎させる」
語気を強め、きっぱりとニキチッチは言い切ると、二人のコヤンスカヤは顔をがくりと俯かせた。
そんな二人の姿は、立香の目にはどうにも不憫に見えてしまう。
「(闇のコヤンスカヤと光のコヤンスカヤ。どっちも、正直危険な所が無いとは言えないし、邪な考えが多少なりともあるとは思う……でも――彼女達は”心”があった)」
心の中で広がる温かい気持ちに身を任せ、立香は頭の中に思い浮かぶ記憶を復元する。
まず思い浮かんだのは、光のコヤンスカヤとの出会いだった。
「(あの時は、私の事をあんまり彼女は信用してなかったな……だから、あんまり会話もしてなかったような気がする。でも、
ある特異点で、光のコヤンスカヤが魔力切れを起こして動けなくなった時があった。
運が悪い事に、その時は立香と二人でのレイシフトであったため、他の英霊に助けてもらうことはできず、立香と光のコヤンスカヤは何処かも分からぬ砂漠で遭難している状況だった。
『流石に、終わりましたね……』
魔力切れのせいか、全身に襲い掛かる倦怠感と吐き気に襲われながら、光のコヤンスカヤは諦めて目を閉じようとした……だが、立香は諦めることはしなかった。
『大丈夫、光のコヤンスカヤ。私が必ず貴女を守るからね……?』
息も絶え絶えになっていた光のコヤンスカヤに笑いかけると、立香は彼女を背中に背負い、カルデアへとレイシフトできる位置を探し続けた。
途中で敵エネミーに遭遇しそうになるものの、何とか息を潜めてやり過ごすなどをし、結果的には無事にカルデアへと帰還したのだ。
『マスター……何故、私を助けたのですか?』
『え?そんなの決まってるでしょ?光のコヤンスカヤは、私の大切なサーヴァントの一人だからだよ!』
帰還後、礼をしに部屋へ訪れた光のコヤンスカヤに、立香は屈託の無い言葉と笑みを向ける。
そんな言葉に、光のコヤンスカヤは一瞬呆気に取られるが、すぐにその顔を綻ばせた。
『ふっ……!ふふふ……そうですか、ありがとうございます。マスター……』
この一件があってから、光のコヤンスカヤは何かと立香の傍へ居るようになった。
命を助けられた事の借りを返す為……それが、彼女が口にしていた理由だ。
同じように闇のコヤンスカヤも、自身を処罰すべきという英霊から庇ってくれた時の恩を返す為と言い、数日前から常に立香の元に居るようになっている。
もちろん、立香も二人の行動に思うところがないわけではないが、その行動には理由があるとは考えていた。
だからこそ、この場で彼女達の想いを聞きたい。
「さぁ、二人共。早くここから――」
「二人は……なんで、私にこだわるのかな?」
二人を連れて行こうとしたニキチッチの言葉を遮り、立香はそんな疑問を投げかけた。
それに対して二人は、戸惑いつつもそれぞれ答えを口にする。
「それは、もちろん……マスターに頂いた恩を返しきれてないからです」
「私も……特異点で助けられた恩を返しきれてませんから……」
「そっか。じゃあ……二人は恩を返す為だけに私に付きっ切りになってるってこと?私に対しては、何の感情も抱いてないってことでいいんだよね?」
少々含みを持たせた笑みを浮かべつつ、立香は再び二人へ質問を返す。
すると――
「い、いえ!そんなことはありません……!私達はマスターの事が大好きで、お守りしたいと思っているからこそ貴女の傍に居るんです!」
「そ、そうです……!だから、先程マスターを追いかけ回してしまったのも、日頃お疲れであろうマスターにマッサージをしようと思ってただけで、決して悪意は無かったんです……ッ!」
必死に弁解しようと、言葉を並べていく光と闇のコヤンスカヤ。そこには、まさに立香の聞きたかった”本音”があった。
「いつも、マスターに付いて回って申し訳ないとは思っています。でも、私達にとってマスター……いえ――立香は、大切な人です。だからこそ、あらゆる事から貴女を守りたくて傍に居てしまいました……それに」
「――私達は、貴女とダヴィンチさんの話を聞いてしまったんです」
言葉を話すうちに声色を沈ませていった光のコヤンスカヤに代わり、はっきりとした声で闇のコヤンスカヤは言葉を繋ぐ。
「そうなんだ……あの話を聞いちゃったんだね?」
「ええ。とはいえ、話を全て把握しているという訳ではありません。貴女の身体が危険の状態にあったことと、その事実を隠し続けていた……その二点だけしか、部屋の外では聞こえませんでした……ですが、私達は部屋から出てきた直後のマスターを見て、すぐに部屋で何があったのかを察しました」
「……」
「普段、あまり反りが合わない闇と光ですが、今回はマスターの為にと思い、二人で協力してマスターをマッサージで癒そうと話し合いをしていました。まぁ、結果的にはマスターを癒すどころか疲れさせてしまいましたけどね……」
寂しそうに笑って言葉を締めくくると、闇のコヤンスカヤはそのまま口を噤んでしまった。
彼女達なりに、立香へ強引に迫ってしまった事を後悔しているのだろう……それを証拠に、顔を伏せる二人の目の端からは少しだけだが、透明な雫が見えた気がした。
最初は、二人に軽い言葉をかけて励まそうとしていた立香も、場に漂うしんみりとした空気に押され、二人と同様に口を閉じてしまう。
そんな時だった。
「闇のヤースカヤ、それに光のヤースカヤ。顔を上げなさい」
話を黙って聞いていたニキチッチが不意に、正座をする二人に言葉を掛けた。
言葉を掛けられた二人は、簡単に目元を腕で拭うと、そのままニキチッチへと目を向ける。
「今回、お前達はダヴィンチとマスターの間にあった出来事を知っていたのにも関わらず、休ませないといけなかったマスターを散々追い回した……これがいけないことってのは分かるな?」
ニキチッチの問いかけに、二人は小さく頷く。
「そう、悪い事だ。実際オレも、ヤースカヤ達が何の考えも無しにマスターの邪魔をしたと思っていた。でも……それは、勘違いだったみたいだ」
「え……?」
悔いるようなニキチッチの言葉に、思わず立香とコヤンスカヤ達は目を見開く。
「確かに、やった事だけを見れば悪い事ではある。だけど……それが、マスターの事を本気で心配して行動した結果って聞いたらさ……責めるに責めれないじゃないか」
怒り心頭であった先程までの様子とは打って変わり、ニキチッチは柔らかな笑顔で微笑む。
その顔は、どこか嬉しそうにも見えた。
「しかし、ヤースカヤ……お前達は本当にマスターの事が好きだったんだな」
「ニキチッチさん、それはどういうことでしょう……?」
「ん?どういうことも何も、光のヤースカヤはオレの前で言ってたじゃないか。”私とマスターは、あくまで契約で結ばれている関係に過ぎませんから”ってな」
「あ……ッ!そ、それは……言ってましたけど……」
過去の発言を暴露され、思わず光のコヤンスカヤは顔を真っ赤にしながら、体をもじもじとさせる。
「数日前の事で、闇のヤースカヤはマスターが好きなことは分かっていたが、まさか光のヤースカヤまでもマスターが本気で好きだとは見抜けなかった。マスターには悪いけど、今回でヤースカヤの事がよく知れたから結果的には良かったよ」
「うん、そうだね。私も、二人の気持ちが知れたから全然怒ってない」
そう言って立香とニキチッチは、満足気に顔を綻ばせる。
いつの間にやら、場に漂っていた重くしんみりとした空気は立ち消え、温かく包み込むような空気が広がり始めていた。
「マスター……ニキチッチさん……うっ、っ……!ふえぇぇえん……ッ!」
「ごめんなさい――っ!……っ!」
場の重圧感から一気に解放されたせいか、闇のコヤンスカヤも光のコヤンスカヤも子供のように泣きじゃくり始める。
普段は、人を寄せ付けない程の美貌と威圧感を周囲に放ち、話しかけることすら恐ろしく思える愛玩の獣。
今までカルデアを散々苦しめ、マスターの命すら狙った冷酷なサーヴァントのはずであったが、そのマスターと契約してからは、そんな冷酷さなどは微塵も感じられなくなった。
ただひたすらに、大好きになったマスターへ付き添い、笑顔を振り撒く毎日。
そんな彼女達の姿は、立香の目から見て、とても幸せそうであった。
「(元ビーストね……私には、ただの女の子にしか見えないけどな……)」
カルデアの一部で、元ビーストである者達を排除しろという意見があることは、立香の耳にも届いていた。
だが、そんな意見も今の光景を見てしまえば、ただの雑音にしか思えなくなってくる。
「っ……!……ッ!」
「ひぐ……っ!っ……!」
「よしよし、大丈夫だ……大丈夫だぞ」
遂にはニキチッチの胸元に飛び込んで、泣き始める二人のコヤンスカヤ。
そんな二人を、立香とニキチッチは泣き止むまで見守ってやるのだった。
今回、ダヴィンチとの絡みを混ぜていますが、どうでしょうか?
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