理不尽だ、世の中は理不尽すぎる、とバナージは自らの心が熱く脈打つのを感じる。家族の暖かさを知らず、ただ戦うだけに生み出されて、人を殺すために育ち、今こうして戦っている
彼女の境遇がおれを肯定して、後押ししてくれた『彼女』と重なる
ああ、約束を果たせなかったと今更ながらに思い出す。うまい店に連れて行ってあげるって、約束したのに
「そんなことのために私は鉄の子宮から生まれ落ちたのだ!」
彼女の攻撃はますます強烈に、そして鋭く正確になっていく。バナージ・リンクスのような存在をこの世から消滅させる、これが彼女のこれまでの人生の全てだった
「くっ、う……!」
レールカノンを真正面に受けてバナージは後退する。明確な殺意を持って攻撃されながらも、本格的にこちらに敵意を向けてこないその姿勢に呆れと、そして妬みがラウラの中で渦巻く
ラウラにとってバナージはそこそこ出来るやつではあるが、所詮は素人の域だと推測した。生まれてから絶えず、時にはその存在理由を隠し、失敗作の烙印を押されようとも訓練をし続けてきたのだ。素人ごときには遅れをとってはならないし、取らない
だから気をつけなければならないのは彼の戦闘能力ではない。いや、広義では戦闘能力とも取れるニュータイプとしての力だろうか
それにまだ、『ユニコーン』は本性を表していない。NT-Dを使われたらこの金の瞳を持ってしてでも補足は困難を極める。強化人間として常人以上の力を自負してはいるがどこまで通用するか
と、そこまで思考を続けて目の前の『ユニコーン』を見る。バイザーで隠されたバナージの顔は見ることができない。だからか、彼の存在の重みとも言えるものを全身から感じる
背筋にひやりと、冷水を流し込まれたような感覚。きっとあのバイザーの下には『自分の生き死には自分で決める』、そう自己主張する綺麗な瞳があるのだろう
私はあの瞳が羨ましく、そして嫌いだとラウラは嗤う。ニュータイプ、それは宇宙で生まれるだろうと予言され、私は一生出会うことが無いだろうと思っていた存在。人類の新たな可能性として、それは賞賛されてしかるべき存在だ
それに比べてどうだ? この薄汚れた馬鹿げた考えから産まれた身体に何の意味がある? 人を殺すために生きているこの身体に?
バナージはどこか、かの大戦を生き残った老兵たちと通じる匂いを感じる。自らの手で殺めたことが感触として残らない現代の戦場の中で、血の匂いとも言えるそれ
けれども彼の人となりを見て、思う。彼にはきっと彼なりの思いや苦悩を持ってそれを為し、後悔をしていないと
だが、私はどうなる。バナージ・リンクスを殺したところでもうニュータイプが存在してしまうのは明らかなのだ。永遠と殺し殺される戦場に身を投じる覚悟はあるのか。そしてこの日を後悔しないか
「ラウラ! そんな悲しい理由で戦っちゃ駄目なんだ!」
「もう止まれないのだ、バナージ・リンクス」
女としての臓器、そんなものは戦いに不要と取り出され、中に入れられたのはナノマシン製造プラント。子を育てるべきところで生み出されるのは冷たい機械。それによって身体に受けた傷は即座に修復されるが――あの狂った研究者たちにとってはそれが副次的効果でしか無いことは説明されていなくても分かる
要するに怖いのだ、私のような存在が。裏切られて殺されるのが、だから脅しとして体内に爆弾を埋め込んだ。従え、でなければいつでも殺せる、と
ああそうだ。私は脅されたのだ。軍人でもない、ただの研究者に
だから絶対に負けてはならない。勝たなければならないのだ。『私達』の未来のためにも
「その未来に、お前は邪魔だ」
ワイヤーブレードを自在に操り、バナージを襲う。地面スレスレを飛行しながらも、彼は躱し、そして銃口をラウラへと向ける
悩みは消えた。そう、本来悩みなんて無かった。弱くなったな、とラウラはまた嗤う。その原因は
「教官、すみません。でも」
教え子同士が殺し合う。女手一つで弟を育て、ISの世界チャンピオンになった。それほど過酷な運命を背負っていても平和ボケした日本に住むまだ30にも満たない小娘は何もできずに、この光景を割れんばかりに歯を食いしばって見ることしかできない
「まだか、まだ隔壁は」
「もう少しです!」
「早くしろ!」
今にも飛び出して行きそうな彼女、だが飛び出しても結局は今は何もできない。歯痒い思いをしながらも祈るしか無かった
次々と襲いかかってくる攻撃。レールカノン、手刀、そしてワイヤーブレード。『ユニコーン』は規格外とも言えるMSで、今はISだった。しかしながら主が明確な指針を出さず逃げ回っている限り打開はできない
両手でビームマグナムを構えて、撃つ。これで残弾2だ。隙の大きいこの砲撃は容易く避けられてしまう
ビームサーベルを振るう。彼女のプラズマ手刀とぶつかり火花が散る。横からは奪われたシールドファンネル、それに取り付けられたビーム・ガトリングガンの銃口が向けられていた
「おおおおっ!!」
雄叫びを上げてラウラは力任せにこちらを押してくる。どうすれば、どう――
――お前は光だ
「……マリーダさん」
言葉が、聞こえた気がした
――なすべきと感じたことに、力を尽くせばよい。自分の中の『可能性』を信じて
迷った時に言葉をくれた、助けられた。彼女だけではない、おれには沢山の人に教えてもらった事がある。自分が何をするべきか、ラウラをどうしたいのか。そうだ、最初から決まっていたではないか
「おれは」
蹴りを受けて地面に叩きつけられてしまった。長い距離を滑り、ようやく止まった。それでもバナージは立ち上がった
「彼女を止めたい。こんな悲しいことを続けさせたくない、だから!」
その白い機体が背を伸ばした。足から順に、装甲が移動していく。バナージにだけ聞こえた金属の音。『ユニコーン』の頭部が彼の思いを、願いを受信して動き始めた
赤の光、ニュータイプを殺すための『ニュータイプ・デストロイヤー』。いや、バナージはそんなマシンの憎しみに呑まれない
装甲が展開し、そしてバイザーが開けて角が割れる。血のような赤色、だが、彼の思いとともにサイコフレームが色彩を変化させた
「おれに力を貸せ、『ガンダム』!」
力強い心臓の脈動、それが弾けるかのように赤の燐光が輝きを増して真っ白に染まった。彼の願いを叶えるために、力を振るう。これが本当の『NT-D』、『ニュータイプ・ドライブ』
手のひらをラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』へと向ける。暖かな波動が伝わり、そして制御を奪っていたはずのシールドファンネルが彼の元へと戻っていった
「AICが!?」
無効化された、馬鹿な! 今まで無かった出来事に困惑する。そしてこの光、いままでの『ユニコーン』とは明らかに違う
そして、白から緑へ。最大共振したサイコフレームは暖かな色へと変わった
「なんだ、この光……」
ただ声を上げることしかできなかったアリーナの一夏たちも、ただ目の前に起こっている出来事を理解することができなかった。でも、口から溢れる言葉は停めることはできない
「綺麗……」
セシリアの言葉は誰もが思ったことだった。赤色も綺麗ではあったが、それよりも温かいこの光のほうが好ましい
「戦いの光じゃない。止めたいって思う、リンくんの気持ち、それがあの光なのかもしれない」
彼女らの見つめている先で、ユニコーンが動く。緑色の燐光を残しながら、悠然と。それをただぼうっと見ているだけのラウラではない。攻撃を仕掛ける。だが、あっさりとそれは躱されて、ワイヤーブレードを掴まれてしまう
「嘘でしょ、あれを掴むだなんて!」
鈴が驚愕する、それと同時に緑が、彼女の機体に伝わっていった
ラウラはNT-Dを発動させた『ユニコーン』、そして伝わってくる緑の波動。それよりもこちらに向けてくる彼の手が何かと重なるかのような錯覚を覚えた
巨大で、ISとは言えない異質なロボット、そうだ、あの手にかかればひとたまりも――
殺される、と思わず見を縮めてしまう。馬鹿な、こちらが先に殺そうとしたのにと一瞬で思考を巡らせるが、もう遅い。あの巨人はすでに自らを
無機質なはずの巨人の瞳が腕の向こうから見てくる。無機で有機、アンバランス。理解できない、理解したくもない。あれは無機物であって生物――
そして、世界が変わった
※
抱き上げられている。自分より大きな存在に抱かれながら見上げたそこには、立派な一角獣のタペストリーが飾られていた
大きな存在は語りかける。タペストリーに込められた意味。ピアノの旋律が耳に残った
屋敷を見ていた。繋がれた柔らかな手は、それでいて心強かった。不安を残しながらも度々振り返る。そして、もうそこで暮らすことは無かった
薄暗かった。暴力がありふれていて、だから自らを守るために多少の荒事は慣れた。荒れた人が集まっていて、治安が悪い
誕生日には誰かからのプレゼントが届いた。誰かは分かった、けれど口には出さなかった。母が不機嫌になるから
母が死んだ。でも、厳かで安らかだった。ぐちゃぐちゃに潰れた肉塊になり、ガスを他人に撒き散らしながら放って置かれるような死に方がまともじゃないことは分かった
顔も知らない父に呼ばれて学校に入学した。そこそこの友人付き合いをして、バイトのために朝早く起き、より良いプチモビを借りるために同居人を出し抜く。それは普通の生活、当たり前の日々
――でも、どこかずれを感じていた
そして、白の流星と出会う。その姿はまるで『彼』が身にまとっているIS
ラウラは気づいた、これはバナージ・リンクスの記憶であると。何が起きているのかはわからない、人智を超えた現象だ
夢を見ているのか、とも思ったがなぜかこれがそうではないと断言できた
彼がどのように思い、行動し、そして悩んで答えをだしたのか、その軌跡を追っていった
※
「やあ、はじめましてだな。被験体LB-4」
大きなガラス製の容器から出される。満たされていた液体に濡れた身体は当然裸で、初めて地に立とうとするが、それすら叶わず倒れこんでしまう
無機質なコンクリートの冷たさ、これが彼女にとって初めての記憶
肺に溜まった液体を口から出す。初めての肺呼吸は苦痛で、思わず泣き出してしまった。それを咎めること無く白衣の男たちは手に持った端末に情報を書き加えていく
「ようやく形になったか」
虚ろな瞳で周囲を確認する。知識はこの頭に詰め込まれているが、知識は知識だ。体験ではない
やっと焦点を合わせることができた。たったいま自らが出てきた容器に似たものが並べられている。隣を見る、そして何も入っていない胃から胃酸だけを吐き出した
生理的嫌悪感を醸し出すそれは、内臓だけが浮き、それを守護する脂肪や骨、皮が存在しない人のような何かだった
皮を持たず筋肉だけ露出したヒトガタ、脳髄だけだったり、異常発達した眼球が飛び出た奇形。普通に生きていたならば目にすることすらないそれら、原初の感情は恐怖だった
「おや、気が利かなかった」
白衣の男はそう言ってからようやく端末を操作し、容器にスモークをかけて見えないようにした
「完全な人となるのはかなり確率が低い。でも、あそこからもらった技術によって結構あっさり出来たな」
「第二次大戦以前から存在していたらしい、つまりその時代からクローンを作ろうとしてたってことだろ」
――あのヒットラーのクローンだとよ。んなことしたらドイツは袋叩きだな
――違いない
徐々に遠くなっていく声。これが彼女の初めての睡眠だった
バナージはラウラの記憶を追体験する。身体の基礎が出来上がる時期から戦うために特化した筋肉づくり、移植手術、不要な臓器を取り除き代替品を埋め込まれる
感情もなく、ただ研究者たちのなすがままにされ続ける
けれども、彼女は心を折ることがなかった
「おねーちゃん!」
妹達、同じ境遇で創りだされ、同じ目的で育てられた。同じ鉄の子宮で生み出された少女たちを妹と言わずに何と言う
研究者は最初期に生み出され、成果を出し続けているラウラに言う。君が今後もこの子たちが要らないくらいに成長するのであれば、普通の人間として社会に出してあげよう、と
ラウラは契約した。最初のニュータイプは必ず殺す、その代わりに妹達は人として生きさせろ、と
目の前の男は一つの条件を提示して、ラウラは了承し、ここに契約は成った
――もし国家権力に捕まるようなことがあれば死、だけだ
それが条件
6/23 誤字修正。指摘ありがとうございます。