IS:UC   作:かのえ

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 ラウラの全ては妹達だった。同じ境遇、同じ処置を行われた血の通わない家族。しかし、戦闘能力を高めるためだけに創りだされた身体は強くて、脆かった

 ラウラが軍隊に入った時に、妹の数は半数以上減ってしまっていた。薬品の拒絶反応、人工臓器の不具合、ナノマシンの異常増殖。人の形になるのも奇跡だった、だが、それ以上に生き続けるラウラ自体も奇跡の塊だったのだ

 

 契約は交わした。妹達は普通の人として生活をしている。否、生活だけはしている。研究者たちも想定していなかったアクシデントの多発による相次ぐ死者。ささいな要因で死んでしまう可能性があるというのにラウラだけに研究を絞ることなんて出来なかったのだ

 もしものときのバックアップ、妹達は学校で初めて出来た友人と語らいながらも、その身体は非人道的な処置が続けられていた

 一人、また一人と妹が減っていく中、ラウラの心は冷たく凍っていってしまった。自分が何をしても無駄なのではないか、どう足掻いても彼女らに『普通』を与えてやることすら出来ないのか

 

 だが、ある日、そんなことも言えない事態が起きた

 

「なんだと! 手術は成功したはずだ! 今更になって拒絶反応だと!?」

「おちつけ! クソッ、今まででの最高傑作をここで壊すのか私達は!」

 

 ISの本格的運用が始まると同時に行われた『ヴォーダン・オージェ』の移植手術。術後の経過は順調だったかのように思われた。しかし、ラウラはその時神を呪った

 一命は取り留めた。しかし、その瞳の制御に精一杯で普通の軍人よりも劣る成績しか出なくなってしまったのだ。それはそうだ、常日頃常人の数十倍とも言える知覚を強いられるのだ、脳が焼き切れて廃人と化してもおかしくもない。過負荷の情報は毒にしかならないのだ

 

 だが、彼女は常人よりも優れた精神力を持ってそれを耐えた。発狂しかねない情報の奔流に耐え、自らを保った。そしてようやくある程度のレベルにまで扱えるようにはなったが、常人より優れた肉体を持とうにも、真に同じ瞳を最大限に扱える者からすればラウラは赤子の手をひねるくらいの容易さで倒されてしまう

 馬鹿な、と日々苦悶した。このままでは妹達が戦いに出されてしまう、とも。だからがむしゃらになった。幸い身体は頑丈だ、無茶をしてもちょっとやそっとでは倒れない

 

 必死に、瞳を使えるものに追いつこうとラウラは一人で訓練を続けた。片目のハンデを背負いながらでは、手術直前に与えられた黒の機体の特徴であるAICを万全に使えない。誰もいない訓練室でラウラはISに乗り続けた

 

 そして、自らを虐め続け、妹達を守るただそれだけのことを為そうと尽くしてきたラウラは、似た思いで戦ってきた絶対的な強さである織斑千冬に出会う

 彼女は語った。自分は弟を守るために強くなった、と。そして同時に語る。『強いだけでは守れない』とも

 ラウラは理解できなかった。それもそうだ、彼女がこの世に生を受けてから今まで、強いラウラだけが必要とされ続けていたからだ

 

 無論、自らが強さを求める理由なぞ千冬に話せる訳がない。非人道的な研究によって生み出された己はドイツの汚点でしか無いから

 だからこそ千冬は誤解をした。彼女が強さを求めるのは『誰かに認められたい』という幼さ故の過ちだと。一人の人間として生きていくにはそんな強さだなんて要らず、其れがなくとも誰かから必要とされるのだと、見当違いな事をラウラに語ることしかできなかった

 ラウラはそんな千冬の見当違いな言葉に表面では頷くも、本当の事を知ったらどのような言葉をかけてくれるのか、それしか頭になかった

 

 私のようなヒトとも言えない存在を、今と同じように扱ってくれるのだろうか、と

 

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。『不良品』として判断される前にその汚名を返上しなくてはならない

 ISに乗り、自らを鍛えていくうちに人の気配、殺気、闘志を感じることが出来るようになったという千冬に目が十二分に使えないラウラは縋った。彼女の技術、それを手に入れることができれば妹達を救える。聞くに、織斑千冬も幼い頃から一人で弟を守ってきたらしい。なるほど、彼女の強さがあれば妹を守れる

 

「私の国には『座頭市』という物語がある。盲目の剣士が荒くれ者たちをなぎ倒していく話だ」

 

 訓練された軍人十数人相手に、目隠しをしたまま木刀で戦い、そして勝利した彼女が強さの秘訣を聞いてきたラウラに答える

 

「もちろん、あれはフィクションだ。――が、人間というものは不思議な生き物でな、偶に人ならざる気配すら察知することがあるのだ。が、それすらもあの篠ノ之束には当たり前の出来事のようなことを言っていたがな」

 

 そうだ、私が彼女になれば――

 

 そんな全くもってどうしようもない願いを抱きながら、ラウラは織斑千冬を教官と慕う

 瞳を完全制御し、彼女から教わった技術がなくとも唯一無二の強さを取り戻すことに成功したラウラは、それでも彼女を慕い続ける。絶望から救ってくれた彼女に憧れたのだ

 

 バナージは彼女の生い立ちからこの出会いの記憶を持ってラウラを識った。彼女の生きる意味や、自分に襲いかかってきた理由もすべて

 同じようにラウラもバナージのすべてを識ったのだろう、そういう確信を持って未だ胸に残る彼女の鈍く輝く思惟を思う

 

 二人は向かい合った。彼ら以外の誰もいない、どこまでも続く空間に

 

「貴様は強いな。そして、私は弱かった。力のない自分が嫌いで、強さの象徴である軍人、そしてどうにかして教官そのものになろうとしていた。そんなこと、不可能だって知っていたのにな」

「人は誰かにはなれないから……悲しいことを、悲しくしなくするために、自分のままで強くならなくちゃいけないんだ。ラウラ」

 

 ふ、と寂しげにラウラは笑う。そして胸元に手を当てる

 

「死んでしまった妹達は、もういない。だけど私の心に、そして『シュヴァルツェア・レーゲン』に思惟は一つとして残っている。篠ノ之束が三年前、唯一試験的に創りだしたISコアだからこそ私は彼女らに触れることが出来た」

「三年前……?」

 

 どういうことだ、とバナージは困惑する。彼は彼女の記憶をすべて識ったはずなのだ、彼女が知っていておれが知らない事なんて無いはずなのに

 そして可能性に思い至る

 

「サイコ、フレーム」

「マリーダ・クルスに教えてもらったよ」

 

 だからこそ、今こうやって落ち着いて話しができているのだ、とラウラは呟く

 彼女の考えは口にせずとも伝わってくる。三年前にこの世界に隕石が降った、それはバラバラの残骸になりながらも壊れること無く一部は篠ノ之束の手に渡ったことも

 それはこの世界のオーパーツ。サイコミュの機能を持ったコンピューターチップを金属粒子レベルでMSの構造部材へと鋳込んだモノ

 どうして三年前に隕石として降ったのかは分からない。だがしかし、大いなる宇宙へ飛び立とうとしていた篠ノ之束はその宇宙からの贈り物と思い、嬉々としてISのコアに混ぜ込んだのだ。未知の技術を

 

 ラウラはバナージの記憶、そして矛盾、彼の存在自体への疑問、それらをすべて理解し、どうして彼がこの世界にいるのかを『ユニコーンガンダム』に残った思惟に教えられた。彼女は、だが、それに無関心にこれから何をするのかを決意した

 

「それでも私は止まれないんだ」

「そんな悲しいことを続けるのか君は!」

「分かっているさ。貴様はもう私を『識った』だろう? 止めることは出来ない、分かり合っていても、どうしようもないこともあるのだ。……アンジェロ・ザウパーみたいにな」

 

 バナージは苦虫を噛み潰したような思いをラウラに伝える。分かり合ったはずなのに、アンジェロはバナージを拒絶して自害した。静止も聞かず、勝ち誇った笑みを浮かべて

 

 もうすぐ現実に戻る。そうすればラウラは新たな決意を持って世界に立ち向かうのだろう。目の前の障害(バナージ・リンクス)を跳ね除けて

 ああそうだ、そう言ってラウラはバナージへと言葉を投げかけた。それはこれからまた殺し合いをする相手にかける声音とは程遠い、穏やかでいて、そして自らを勝利へと近づけるための布石でもあった

 

「私の記憶を分かっているのなら、そして私に勝てたとしたら『シャルロット・デュノア』には気をつけておけ。そして」

 

――宇宙世紀の公用語は今で言う英語なのに、どうしてお前は日本語を流暢に扱っているんだ?

 

 不敵な笑みを浮かべて放たれた彼女の言葉と同時に、意識はアリーナへと戻っていった

 

 

 

 

 

 緑色の光が『シュヴァルツェア・レーゲン』から失われて、代わりに透明でいて真っ黒なオーラがその機体を覆う。バナージは『ユニコーン』を後退させてその場を通り過ぎるAICの効力から逃れた

 どうしてこんな、と叫びたい思いが『ユニコーン』に伝わり、彼の心の震えがそのまま力となる。ありったけの念を込めて機体を飛ばす

 英語? 日本語? ぐるぐると脳内に彼女が残した言葉が駆け巡る。何故だ、何故おれはそんなことを疑問に思わなかったか。知ってはならないという本能の警告と、どこからか起きる焦燥感。戦場においてその迷いは間違いなく命取りになる

 そうだ、間違いなく彼女の狙いはそれだ。どのような手段を用いてでも妹を守る、そのための言葉だ

 

 対するラウラはその機体に宿った思惟と心を通わせて飛ぶ。自分は一人じゃない、逝った『妹達』がずっと側にいる――!

 布石は打った。自らの存在への疑問はアイデンティティの喪失を招きかねない。特に、『バナージ・リンクス』に対しては有効な手段だった。存在根幹への疑問の提示、自分が自分であるという事実を揺さぶるそれ

 『ユニコーン』の思惟の断片的な情報、彼がこの世界にやって来る直前の行動、そしてそこから導かれる仮説。バナージ・リンクスという人間は『もう宇宙世紀に存在していない』

 

 ならば、目の前の彼は何か。それは先程『視た』それの創りだした影。己のなかの『肉の器』を模した存在

 ラウラは自らの言葉によって戸惑いを覚えるバナージが、その本来の姿を取り戻した後どうなるのか、そんなことまでは推測することは出来ない。何故ならば本来の彼の記憶は彼の意識を吸い、力としたサイコフレームによる巨大なサイコフィールドでコロニーレーザーを相殺しようとした直後、そこからIS学園の保健室へと移っていたのだから

 彼はコロニーレーザーを相殺すると決めた直後、多くの思惟に『もう戻れないかもしれない』という警告を受けていた。それをバナージは理解して、二度とオードリーの身体を抱けない、ぬくもりを感じることも出来ないことを必死に耐えて、それでも「きっと帰る」と、そう言った

 

 彼は約束を守れず、『ユニコーンガンダム』という生まれたての生命体が世界を本当に『識る』ための情報端末として外宇宙へと弾き出されたのではないか。『ユニコーンガンダム』が時を知覚して、現在過去未来すべての思惟を内包しうるのならば、それは一種の『神』であり、アカシックレコード。人々の意識の集合体であるならば、彼は人のいる世界に存在することが出来るのではないだろうか

 

 ラウラはそこまで思考を巡らせて、今更ながらに相対しているものの大きさに恐怖した。だが、それでも彼女は動きを止めない

 

「私のじゃまをするのなら、この地球から出て行け――!!」

「ッ! しまった!」

 

 NT-Dを発動させた『ユニコーン』は彼の思考と同速度で動く。そして、鈍った思考では速度は出るはずもない。反射により必殺の一撃を避けようとするが、その隙を逃すラウラではなかった

 

 だが

 

「なっ!? 何者かによってアリーナのシールドが!!」

 

 教師の一人の叫びとともにすべて無効化されてしまう。内部の攻撃が客席に流れ弾として当たらないように張られているそれが、勝手に解除されたのだ

 が、しかしながら唯一。空からやってくる『懐かしい気配』を感じ取って、叫ぶ人物がいた

 

「全員その場で伏せろ!」

 

 千冬の声と同時にそこにいた人間は全員頭を抱えて伏せた。空から降ってくるのはレーザー。エネルギーの塊であるそれはアリーナの地面を抉る。それがどれほどの威力を持った物だったかは、とっさにバナージへ攻撃をしかけようとした体勢から無理に飛び退いて、そして地面に転がったラウラの驚愕の表情で見て取れるだろう

 土埃が巻き上がる。幸い生身の人間は客席やモニターでその様子を見ているだけだったために被害はなかったが、観客席で二人を止めようとしていた専用機持ちは只ならぬ雰囲気や状況からISを瞬時に装着した

 

 空から降りてくるのは赤。真紅。美しい機体はそれでいてまだ未完成だった。ISを創りだした人間が、次世代機として開発したそれは、驚いている面々を無視して悠々と地面へと降り立つ

 モニター越しで捉えたその人物に千冬は苦々しい表情を浮かべ、ラウラは目を見開き、バナージは何とも言えない奇妙な感覚に襲われたのだった

 

 自らの内面を覗かれているようなその感覚、しかしそれはすぐに薄れ、注目を集めている少し垂れ下がった瞳をほにゃりと笑みの形に変えたその女性は、包囲されながらも堂々と、自らの存在を主張した


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