IS:UC   作:かのえ

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「やっほー! 今君たちが使っているISを作った、篠ノ之束さんだよ!」

 

 織斑先生、と誰かが無意識に口にするが、大丈夫だという彼女の言葉に下がる。しかし、警戒態勢は解かなかった。誰もが動けない中、真っ先に動き出した千冬は、突然現れた親友へと真正面に向かう。

 

「いきなり現れてどうした束。今ここで拘束して国につきだしてやってもいいんだぞ?」

「やだなあ、冗談きついよちーちゃん。……ここにバリアが無い今の状況で私と戦って施設が無事ですむと思うの? それはちーちゃんがよぉ~く知っているはずだよ」

 

 押し黙る。篠ノ之束は科学者として有名であるが、しかし。身内しか知らないことであるがその実武道にも長けている。

 人は一人では強くなれない。必ず相手が必要だ。世界一である織斑千冬は彼女以外誰もたどり着けない領域にいる――否、彼女以外同じ高みにいる者がいない、と考えられている。が、しかし、そこまでの高みに一人で登れるはずがない。

 どんな天才にでも切磋琢磨しあう者が必要なのだ。

 

「姉さんは、何をしたいんだ」

 

 防御姿勢を取った箒が一夏の『白式』の影で呟く。姉妹として長く暮らしていたのだ、姉の強さは知っている。嫌というほどに、武に実直だった自らよりかは身体のキレは良くないが、その頭脳を持って圧倒的優位に立ち回り、箒でも『一度も勝てたことがない』

 彼女はその知略で、そして常人離れした記憶能力で相手の思考を誘導、傾向をインプットし、常に最善手をうつ事が出来る。

 瞬時瞬時の判断が必要な場面において、それは大きな武器となる。対応できるのは彼女の全てを小細工と鼻で笑うことの出来る千冬だけだった。

 

「とりあえず礼を。ラウラ・ボーデヴィッヒ……ながいから黒眼帯で。黒眼帯のおかげで物事がよりよい方向に進んだ。ありがとう、お礼として君達の体内にあるナノマシンから身体に害をなす機能を削除、ついでに研究所は壊してきてあげたよ」

 

 だから感謝してよね? と無垢な笑みを向ける。まあこれでもお礼が足りないから何かして欲しければその『シュヴァルツェア・レーゲン』でコンタクトを取ればいい、とも言う

 ハッ、とした表情でどこかに連絡を取ろうとするラウラ。そして、応答がないことに目を見開き、目の前の女が口にしたことが真実だと知る。

 先ほどまでの決意が無駄だったかのように、ほんのすこしの間で起こった出来事。事実を適切に処理しようとして、ラウラは思考が乱れた。

 

 そんな彼女の表情を見て、どこか満足気な笑みを浮かべた束は、次に純白に緑の光を煌めかせる機体へと顔を向ける。

 再び目を向けられたバナージは、自分を見ているようでいて、何処か違う物をみる彼女にたじろぐ。

 

「そしてバナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』……ニュータイプの一つの結末、私の理想。はじめまして、ISの開発者、篠ノ之束だよ。名前くらい知ってるよね?」

 

 クスクスと笑いながら一歩進む

 

「天才というのはアカシックレコードから情報を引き出しているにすぎない。宇宙の果て、時間を視認できる領域にまで進化した人間はアカシックレコードそのものになる。ニュータイプはその卵、可能性。そして私はそれを開花させたい。この世界に神を存在させたい!」

 

 狂信者のように、もしくは救いを求めるただ一信徒のように。束はその紅い機体を移動させながら一歩一歩、バナージの方向へと近づいていく。

 ニュータイプは思惟をつなげることが出来る。それは生者に限ったことではない。肉体を開放された存在、異なる時間軸ですら可能なのだ。

 人の思惟が重なり、時間すら輝いて見える場所。そこに到達した真のニュータイプは文字通り『神』たりえる。篠ノ之束という科学者は、聞いた誰もが一笑に付すようなその理想を声を大にして言う。

 

「ねえ、バナージ・リンクス。時間の最果て、人間はどうなってると思う? まだまだ繁栄しているかな? それともとっくの昔に滅んでいるか。または全てが終わり世界は暗黒に包まれているか、はたまたそれすらも克服してしまっている」

 

――そして、その時間軸から見ればISも、ニュータイプも、忘れ去られた産物。封印された歴史になるんだ。

 

 ISを待機形態に戻した束は、バナージからほんの数歩の距離で立ち止まる。

 

「私は英知に触れた。そして怖くなった。いつかは死ぬと知ってしまい怯える子どものように、怖くて怖くて仕方がなかったんだ。その未来に私がいないというのにね」

 

 結局のところ、自分が今やっていることが果たして人類の存続につながるかどうかさえ分からない。けれども、少なくともこの恐怖は小さくなるだろう。

 そう語る彼女にバナージは分からない、とだけ呟く。

 

「わからない……わかりませんよ! いきなり現れて好き勝手言って!」

「そうだよね、わからないよね。――そう言って世界は私を否定したんだ」

 

 束は泣きそうな顔に無理やり笑みを浮かべる。

 

「いずれ地球は汚染されて住めなくなる。人類は居住を宇宙に移す。けれど、今みたいに争ってばかりじゃあ戦争の規模が大きくなるだけで、いずれ取り返しがつかなくなる。愚かでどうしようもない人類を導く神が必要なんだ」

「俺に器になれ、とでも言うんですか」

 

 まるでフロンタルみたいじゃないか、とバナージは思う。

 

「人間に可能性なんて無い。信じるだけ無駄なんだっていつかは気付く。信じて裏切られて、やっと遅くなって分かるんだよ。まだ若い君には分からないかもしれないけどね」

「それでも、俺は人間を信じたい。神様に強制なんてされたくない! 俺の、俺自身の可能性という内なる光を信じたいんだ」

「その結果が、なにも存在しない無に繋がるとしても?」

 

 束の問いにバナージは首を縦に振る。何故ならば見たからだ。光すら超える力を手にした人類が虹の彼方を目指す可能性を。遠い未来の『光』、現在を生きる彼らがよりよい未来を、その『光』を次の世代に繋いでいく姿を。人間は時の彼方までその『光』を繋いでいけるのだ。

 

 バナージの無言の答えを受け取った束は彼に背を向ける。分かり合えることはない、根本から考えが異なっているのだ。ならば、仕方のない事だけれども例の計画を実行しなければならない。

 それはつまり、人一人にISでは対処できない大きな衝撃を与えること。ニュータイプの感応とサイコフレームの共振があれば神は出来上がる。本人の意思とは関係なく。力には、代償が必要なのだから。

 

 彼女は左手首に巻き付いた『それ』を、自らの妹の方向へと投げる。それは先程まで彼女が身に纏っていたISの待機形態。自ら手がけた第四世代機『赤椿』

 それは操縦者に合わせて成長していく。そのために直前まで他人が使っていたそれは一見、箒にとっては無用なものかもしれない。だがしかし、血がつながり、体型が類似し、そして修めている武術が同一なれば、一転してアドバンテージとなる。

 

「どういう、つもりですか」

「や、なになに。遅めの入学祝い、ってね」

 

 先ほどまでの表情とはがらりとかわり、箒にとっては見慣れた顔となる束。要らないと投げて返そうとするものの、その対象の彼女は既に別の『白』を纏っていた。それを見たバナージの表情が驚愕に染まる。

 

「ガンダム……ッ!?」

 

 シールドに描かれた紅い一角獣。三年前に飛来したサイコフレームをふんだんに使った機体は、それは知る人が見ればこう言うであろう。

『νガンダム』、と。

 

「言ってなかったけど私も、君には及ばないまでもニュータイプではあるんだ」

 

 ガンダムタイプの双眸、それに隠された束の表情は伺えない。

 

「三年前、君の世界で起きた事件。巨大隕石を押し返した力。サイコフレームに宿った思惟が教えてくれたよ」

「アクシズ・ショック……」

「じゃあね、バナージ・リンクス。私はきっと君を――神様にする」

 

 飛び去る束。それを追いかけようと、バナージは飛ぼうとするが、しかし。精神の感応と戦闘による疲労、そして『NT-D』の限界で、そうすることが出来なかった。

 緑の光が消えて、むき出しのサイコフレームが灰色となる。そして一回り小さくなる『ユニコーンガンダム』は、ユニコーンモードへと機体を戻した後、ゆらりと揺れて地面へと伏した。

 それとほぼ時を同じくして、膝立ちの状態だったラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』も彼女の疲労から同じように地面へと崩れ落ちてしまった。

 アリーナのロックが解除されると同時に、待機していた教員が彼らへと駆け寄る。その様子を一夏たちは見ていることしか出来なかった。

 

 担架に乗せられる二人、めちゃくちゃになったアリーナの惨状。しかしながら、本当にどっちかが死ぬような結末にならなくて良かったと、千冬は大きなため息をつく。その点では束に感謝したかった。

 しかしながら、彼女の理想、夢。それは容認しがたい。バナージは生徒だ、そして千冬は教師。教師は生徒を守るものだし、それに――

 

「あいつの目を、覚まさせてやらねばな」

 

 束はなにかに取り憑かれている、そう千冬は感じた。

 昔、彼女が語った夢は、今日の言葉とはぜんぜん違う。ただ、純粋に宇宙の果てを見たいというもののはずだった。

 まあ、しかし。それはもう少し先の話だ。早急にしなければならないことが出来てしまった。千冬は箒の手の中にある『赤椿』を見て、どうしたものか、とまた大きなため息をつく。

 これはまた面倒事を残していったものだ、そう思いながらちらりと横目で過ぎた機体(おもちゃ)を渡されてしまった箒の表情を伺う。戸惑いと喜び。複雑な感情が混ぜこぜになったその表情は、先行きを不安にさせる。

 

 千冬の不安の通り、箒は脳内に様々な思いを巡らせていた。

 

 どうして姉さんは、という思い。そして、これで一夏の横に立てるという喜び。

 箒は無力さに自らを呪っていた。あのクラス対抗戦で、なにも出来なかった歯がゆさは胸に今の重くのしかかっている。

 文字通り降って湧いたIS、それも篠ノ之束が手作りしたというそれは今の自分には過ぎたもの、だけど手放したくない。それに加え、姉がISが世に出したせいで転校を繰り返し、その性格から周囲を寄せ付けないできた箒が初めて出来た学友のバナージ・リンクス。そんな彼をよくわからないことに巻き込もうとしている姉への不信感。

 

 多くの感情がせめぎあい、そして、結局結論は出ない。

 荒れ果てたアリーナから動けないでいる一同の中で、箒は口を開く。

 

「ち……織斑先生。これ、預けます」


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