IS:UC   作:かのえ

15 / 18


 誰かがおれを呼んでいる、バナージはそう感じた。それはここ最近聞いていないはずなのに、それでもついさっき耳にしたように感じる声だった。

 バナージを呼ぶ人影は――いや、人影ではない。ニュータイプの感じる形容しがたい知覚、それでバナージは彼女を感じ取っている。彼女もまた、同じように自分を感じているのだろう。……いや、感じて『いた』

 彼女は泣いていた。両の手を広げ、背後にある『箱』の真実を全ての人々に伝えるために立って、話している彼女が一人の人間のために泣いていた。戻ってこない領域に至ってしまった人を思って。

 

 そして、また別の声がした。その声は自分のそれと全く同一で、口にしていないことを喋っているかのような錯覚を覚える。そう、それは最近寝食を共にしている一夏だ。一夏の声だ。

 そう感じると、唐突に意識が浮上した。

 

 瞳を開けると、そこは以前この時代にやってきたときと全く同じ光景が広がっている。保健室の白、今はカーテンに仕切られた窓の外には夜空に、昼と全く変わらない営みを繰り返す海があるのだろう。バナージは上半身を腕をつかって起こそうとし、全身がとてもだるいことに気がつく。

 

「バナージ」

「一夏、そしてシャルルか」

「大丈夫? というか、起こしちゃったね、ごめん。僕は先生を呼んでくるよ」

 

 タッタッタ、とシャルルが駆けていく様子を見送る。廊下は走ってはいけないのだが、そうも言ってられないのだろう。シャルルの足音が遠くなり、夜の部屋は全くの無音となる。しばらくしてバナージが声をかけた。

 

「ラウラは……?」

「あいつは別の部屋で寝てるよ。けど、見張りがされている」

「――そっか」

 

 気にした様子を見せないバナージに、一夏が片眉を跳ねさせる。

 

「気に、ならないのかよ」

「気にはなった。……けれど、多分悪いようにはならない、と思うんだ」

 

 右手で額あたりを触れる。自分でもわからないけれど、それが絶対だという確信。根拠もないのに間違っていると思えないそれは、説明しても分かってもらえないにきまっている。

 はあ、と息を漏らす。

 そして、また沈黙が二人を包む。なにか言いたいのだけれど、言葉に出来ない。

 

「ああ、そうだバナージ。よかったな、お前に親族が見つかったみたいだ」

「な――」

「今日テレビを見ててびっくりしたよ。ハゲたおじさんがお前に『バナージ、お前は生き別れた子どもだ。一度たりとも忘れたことがなかった。お父さんに会ってくれないか?』ってよ」

 

 本当にいいことがあったかのように語る一夏。しかしながら、バナージに身に覚えなどあるわけがない。どうせこれも以前から多々あった自称親族の先走った行動だろう、と思っていたのだが一夏が取り出した携帯端末に映る画像に、一瞬頭が真っ白になった。

 血に濡れた手を思い出す。無意識に左手の頬を撫でた。

 

「バナージ?」

「いや、なんでもない」

「でも、顔がひどいぞ。もう休んだほうがいい、話は」

「大丈夫だ、一夏。つづけてくれ。それで、その人の名前はなんだ」

 

 血の色を失った顔。彼の瞳に映っていたのは、ユニコーンに乗り込んだあの日に炎の中へと消えていった男と全く同一だった。小さい頃に何度も見た穏やかな表情は鳴りを潜めて、険しかったそれに灰色がかった髪。どれもこれも全く――

 

「ビス……?いや『ヴィスト』、だったか」

「カーディアス・ビスト?」

「いや、そんな名前じゃなかった」

 

 その答えを聞いて、バナージの顔に色が戻る。そうか、と口にして考える。

 この世界はおそらく平行世界の過去だ。つまり一夏の見せてきた男は平行世界の祖先なのだろう、とあたりをつける。ならば顔が似通っていてもおかしくはあるまい。

 まさか死んだはずの父が、自分と同じように何らかの理由でここにやってきて呼びかけたわけではないとは分かった。しかし、そこでどうして彼が自分を生き別れた息子、などと呼んだのだろうと疑問を抱く。

 本当にそんなのがいるのならば問題はないけれど、もし本当はいなかったら?

 

「一夏、そのヴィストって人について調べられないか?」

「と言われると思って調べておいたよ。……というか、大半はシャルルがやってくれた。あいつ喜んでたな、『まさか同郷だったなんて!』って」

「同郷、ということはヴィストって人はフランス人なのか?」

 

 聞くと、彼はフランスでも有数の資産家らしい。デュノア社とのつながりもあってシャルルも昔から縁があるのだとか。

 だが、どうしても引っかかった。それは、シャルルの存在だ。

 数時間前にバナージはラウラを『識った』。軍の情報、という圧倒的な信頼性のあるものを持っている彼女を『識った』ために、バナージはドイツ軍の集めた『シャルロット・デュノア』についての情報を全て知っている。――否、知ってしまった。

 

『シャルロット・デュノアには気をつけておけ。』

 

 ISを扱える三人目の男として入学してきたシャルル・デュノア。しかし、それは違う。

 彼、いや彼女『シャルロット・デュノア』はフランス政府やデュノア社によって送り込まれた、一夏やバナージの情報を盗み出す存在。ISを使える男というのは真っ赤な嘘だった。

 

 ドイツ軍はあらかじめ調査により知っていた。デュノア社という大規模でISに関わる会社に縁があり、その上に最近ISに乗れると判明した男性でありながら代表候補生。だれがどう見ても怪しすぎる。

 デュノア社は

『彼はその希少性故に保護されていた。織斑一夏が脚光を集めたことにより彼も安心して世に出られると思ったから公表したのである。それまで彼は社でテストパイロットとして働いてもらっていた』

 と言い訳をしている。

 

「なるほど、分かった」

 

 シャルルは自分を騙していた、そう分かったけれどもバナージは怒る気になれない。なぜならドイツ軍の調査ではシャルロット自体はこれに反対していたと分かっていたし、バナージ自身、彼女がすすんでそういうことをする人間じゃないと分かっているからだ。

 

(これはフランス政府かデュノア社が絡んでいる可能性が高いな)

 

 

 ヴィスト家は平行世界の先祖だ。一夏が続けて見せてくれた父に似た男の若いころの写真は、自分から見てこの顔に瓜二つだ、とバナージは感心してしまうくらいだ。血縁関係にあると言われてしまえば誰もが信じるだろう。こうやって自分をフランスに囲い込ませるのだろうか?

 

 本当に良かったな、という表情をしている一夏。違うんだ、と言いたいけれどもどうすればいいのか分からない。どう対策を取るべきか、この疲れた身体と頭では思いつくわけもない。

 再び黙り込んだバナージを不審に思った一夏が声をかけようとして――扉が開く音に邪魔された。

 

「リンクスくん、目が覚めたって?」

「気分はどうだ、リンクス。先生、診察を頼む」

 

 ここ、IS学園はISという危険なものを扱うために、校医も医者を多数雇っている。シャルロットに連れて来られたのは校医の一人に、千冬だった。

 心音や簡単な問診を行った後、大丈夫だがしばらく安静すること、と言って校医は去っていった。そして少し話したいから、と千冬が一夏とシャルロットを追い払う。

 

 不満そうな一夏に、不安げなシャルロット。二人が部屋から出て行くと、バナージはありがとうございます、と千冬に頭を下げた。どういうことだ、と千冬が困惑する。

 

「すみません、ヴィスト家がテレビに出たって聞きました。その、それを見て一夏が自分のことのように喜んでて」

「……その様子だと聞いたみたいだな。事情を知らなければ私も親族として対応してただろう」

「まさか」

「ああ、こっちに接近してきた。事情を知らない山田先生なんかは一夏と同じだ。自分のことのように喜んでて、面会を謝絶した私に不満をこぼしていたよ。滅多にそういう不満を口にしない彼女が、だ」

 

 苦笑いの中にも、少し楽しげな色があったのをバナージは感じ取った。普段滅多に見せない真耶の態度がよほど面白かったのだろうか。それに、バナージは少しむっとする。

 

「織斑先生、笑い事じゃないですよ。あの人の昔の写真、どうみたっておれと親族のようにしか見えないじゃないですか!」

「フランスが嫌なのか?」

「そうじゃないですけど。俺には帰るところがあるんだ。縛られるようなところには行きたくないんです」

 

 フッ、と笑みを浮かべる。

 

「わかった。相手にはそう言っておこう」

「ありがとうございます」

「だが、会ってはもらう」

 

 は? とバナージは声に出してしまった。千冬は続けて、私とお前、そしてデュノアでフランスに行くぞと言い出した。バナージは全身の倦怠感を忘れて、思わずベッドの上で立ち上がりかけた。それを静止して千冬は聞く。どうせお前のことだ、デュノアの本当の性別くらい分かってるんだろう? と。

 

 それを聞いて、バナージは本日何度目かのマヌケな表情をさらした。今、織斑先生は何を言ったんだ? と硬直する。

 

「まさか……まさか知っていてあなたはシャルルを見逃したんですか!」

「ああ、知っていたさ」

「標的は一夏もなんですよ!」

「だからなんだ? 不幸へと突き進む少女を見捨てろ、とでも言うのかお前は」

 

 何を言っているんだ、という顔で千冬は続ける

 

「加えて、一夏がそんな簡単にハニートラップにかかる男だと思うのか? リンクスは」

「あ、思わないです」

 

 即答だった。千冬はそんな彼の返答に対して、心底面白そうに笑う。

 

「そういうことさ。フランスに行くついでにデュノアも家の不幸から解き放ってやらなければな」

「できれば俺にもなにか明確な対策をして欲しいんですけれど……」

 

 まだ笑い続ける千冬に何を言っても無駄だろう、とバナージは諦めた。笑い続けた千冬が落ち着くのを待ってから、次に懸念している事案を聞く。

 

「ラウラはどうなるんですか?」

「どうもこうも、束のやつがやってくれたよ。監視がいるにしても、それもすぐに解かれる。全部ボーデヴィッヒを作り出した施設の仕業、ということになった」

 

 千冬が語る。篠ノ之束が去った後、IS学園教員の一部、そしてドイツ上層部へとメールが送られた。差出人は篠ノ之束だという。IS学園について知るのは分かるが、ドイツについてバナージが疑問に思い、聞く。すると、昔のコネクションで知ったんだと隠すこと無く教えられた。

 彼女は続ける。その中にはラウラの出生に関すること、姉妹について、そして今回の事件に至った経緯までもが事細かく書かれていた。

 

 束が言ったことについてラウラ自身が語ったことと一致していたと千冬が言う。決定的な証拠や、研究施設の場所までもがはっきりと記してあった。

 そして、研究員は一人残らず動けないようにしてから警察につき出された、と。

 

「束は、今回の事件の全てをIS学園教員に、ドイツの政治家や軍人の上層部に広めてしまったんだ。おそらく、この情報はいずれ漏れてしまうかもしれない」

 

 人とは違う生まれをしたことで、もしかすると差別をされるかもしれない。それがとても心苦しいんだ、と言いたげに千冬の顔が歪んだ。

 バナージも同じ気持だった。そして思う、篠ノ之束は周囲の事を一切気にしていないのだ、と。

 

 今回のことでラウラをかばうつもりだったのなら、研究については伏せておいても良かったはずだ。ただ単純に脅されてやったこと、とすれば角が立たなかったに違いない。

 しかし、束はドイツ上層はまだいいまでも、一般のIS学園教師にまでそれを知らせてしまった。軍人を育成するわけではない学校の教員が、上の人間とはいえどれくらいまで喋らずにいられるのか。

 

「……そうは言ってもそこまで心配しなくてもいい、リンクス。うちの先生はできてる人ばかりだから大丈夫だ」

 

 人を安心させるような笑み。自分も同じように不安に思っているはずだというのに、彼女が浮かべるその笑みはとても美しく、バナージの心臓を跳ねさせた。

 

「先生も、そんな表情ができるんですね。なんか、不思議な気持ちだ」

「……お前が私のことをどう見ているのかよく分かった」

 

 ラウラは療養が済み次第、精密検査のために一時帰国するという。戦うために特化していじられた体だ、今まで不具合が少なかったにしても、今後どうなるかは誰にも分からない。残された研究資料からラウラや妹たちの身体をケアするようだ。

 それを聞いてバナージは安堵する。よかった、これでラウラは人を殺さなくて済む、と。人を殺さないと得られない幸せなんて、認める訳にはいかない。だが思い当たる。もしかすると彼女たちみたいにニュータイプを殺すために育てられた存在は、もっと――

 

「リンクス、思うところがあるのは分かる。だが、恐れるな。誰もが敵視しているわけではない、むしろその将来を楽しみにしているやつだっているんだ」

「織斑先生……」

「ニュータイプだって人間だ。不完全で、泣くし、理不尽に怒る。それがどうして脅威にしかならない?」

 

 篠ノ之束のニュータイプに関する論文。それは、ボロボロになった地球を救うために一度、地球を捨てるべきだという話から始まる。宇宙という過酷な環境に対応した新人類、『ニュータイプ』はその進化した力で浄化された地球を昔よりも大切にしながら発展できるだろう、と。

 

「それでも。今の人間と違う力を持っていても、同じ人なんだ。ニュータイプ――そう、お前だってもっとより良くしていこうとする人間なんだ。それを忘れるなよ?」

「……はい!」

 

 バナージは心臓のあたりに手を当てて、何かを思い返すように瞳を閉じてから返事をした。

 

 もしかすると超能力のようなことが可能になる、と体系立てて述べていたが、最終的には『今現在の人類よりも隣人を愛し、相互理解を深く行えるよう進化した存在がニュータイプである』、と束の論文は締めくくられていた。

 決して人類に絶望なんてしていなかった。昔の彼女は、よりよい未来を夢見たはずだった。

 

(束……)

 

 千冬は考えが変わってしまった友を思う。未来に絶望しかない、なんて昔は絶対に言わなかった。絶対に目を覚まさせてやる、と千冬は誓うのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。