IS:UC   作:かのえ

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 翌日、普通に授業に向かうバナージ。彼の肉体は常人に比べて遥かに急激なG変化に適応している。MSサイズでの『NT-D』に耐えうる彼がISサイズのそれで耐えられないわけがない。以前、使用禁止を言い渡されていた『NT-D』であるものの、その後の精密検査などから使用してもいいこととなっている。が、しかし、やはりもしものことはあってはならないために時間制限付きだが。

 とは言っても『NT-D』自体基本的に五分程度までしか使用ができないからその制限はあってないようなもの。

 

「大丈夫かよ」

「平気だよ、むしろ調子がいいくらいだ」

 

 寮から教室への道中、一夏からの問いかけに笑って答える。ほんとか、と一夏は思うもののバナージが大丈夫と言ってるし校医のお墨付きだ、と納得する。

 先日の出来事について現場にいた人間には口外が禁じられた。ラウラの出生の秘密、そして世界中を飛び回っていた篠ノ之束が表舞台に出てきた、第四世代ISまで完成していたなど、口外したらどうなることかわからない先日の全てのことについて、だ。

 口外するとどれほどまずいことになるのかは、世間に少し疎い一夏でもさすがに理解が出来た。

 

「っと、一夏。ごめん、用事を思い出した」

「用事? こんな朝にか?」

「ごめん、先に行っておいてくれ」

 

 わかった、と一夏は一足先に教室へと向かう。バナージは今別れた一夏と同じように寮から教室へと移動する生徒の流れとは反対に歩く。道中同級生上級生問わずに挨拶をされるのを軽く返しながら、人の少ないところへと歩を進めていく。

 女生徒が楽しげに会話をするのを遠くに聞きながらバナージは廊下を進む。そして、背後からやってきた人影に声をかけた。

 

「……何か用事ですか? 会長」

「あら、気付かれちゃった? さすがはバナージくん、といったところかしら」

 

 現れたのは顔立ちが簪に似ている少女――いや、既に少女という繭から美しい女性へと羽化しようとしているそれだ。少し意思が強そうな瞳は、それでいてどこか彼女(簪)に似ているように見えた。

 美人、と誰もが評するような整った顔に片手で持った扇子を広げる。バナージは何度見ても面白いものだ、とその扇子を興味深く観察する。彼にとってそれは異文化の塊。たまにここに文字が書かれていたりするのはどういうギミックなのだろう、といつも考える。

 

「ずっと付け回されていたら誰だって気付きますよ」

「そうかしら? 私の気配に気付いたひとなんて片手の指で数えるほどしかいないのだけれど」

 

 扇子で隠れた口元は楽しげに弧を描いている。バナージは警戒心を持っていない。ただ、相手の意図が本当にわからないだけだ。

 

 彼女、更識楯無はバナージの境遇について全て知っている。何故ならば、千冬が信用に値すると全てのことを話したからだ。当然、その時から面識があった。

 以前も今と同じように付け回されたことがある。毎回毎回、簪と行動を共にした後にちょっかいをかけられる。そのたびにげんなりしていた。こういう人をからかって遊ぶようなタイプの人はバナージにとってはじめてだった。

 

「それで、今日はどうしたんですか? 別にかん……」

「今日は違うわ」

「……意外だ、会長が簪のこと以外で言いがかりをつけてくるだなんて」

 

 いつもなにかと簪との関係について言いがかりをつけてつっかかってくる楯無。今回もそのパターンかと思ったら違ったらしい。また言いがかりかと決めつけていた彼の様子を見て楯無は頬をふくらませた。

 

「あのね、バナージくん。おねーさんがいつもキミに言いがかりをつけてるような言い方やめてちょうだい?」

 

 少し芝居がかった口調でそう言った楯無に対して事実でしょうに、とバナージは心のなかで呟く。口にしたら何をされるかわかったもんじゃないからだ。こういう相手には無駄に口を開かないことがいいということを嫌というほどに彼は学習していた。

 

「まったく、失礼しちゃう。……まあいいわ。呼び出したのはこれよ、これ」

 

 ツカツカとバナージと少し離れていた距離を眼前まで歩み寄り、手に持っていた紙を渡す。受け取ってそれに視線を落とすと、それは学年別トーナメントがタッグ制になったことを知らせる書類だった。いきなりのルール変更にバナージは首を傾げる。

 

「それに加えて専用機持ち同士のタッグは禁止、か」

「シャルロットちゃんについては本音ちゃんがタッグになるって方向で調整しているわ」

「……やっぱりあなたも知っていたんですか」

 

 織斑先生と言い、とバナージはなんとも言えない表情になる。それを見て楯無は苦笑いで返し、今朝決まったことだからまだ全校生徒この事をしらないわ、と言った。

 

「それで? ……大体言いたいことがわかりました。ありがとうございます、会長」

「もう少しで関係各所との調整が終わるんだけどそれまでに事実発覚しちゃったら水の泡。シャルロットちゃんのためのルール変更、みたいなものよ」

 

 ISを使った練習には『もしも』のことがありうる。軍事にも転用できる機械だ、絶対防御だって生命に別状のない威力ならば操縦者にダメージが行くために万能ではないとも言える。そのような攻撃を続けられたら一撃一撃は致命的でなくとも、大変なことになる可能性だってありうる。

 本当に『もしも』が起こったその場合、救急救命の過程で性別がバレてシャルロットの名誉が傷ついてしまう。ハニートラップとして入学しただなんて知られたら、それこそ特大ニュースだ。彼女にその気がなかったとしても、だ。そういった事を防ぐにも、事実を知った人間が近くにいてやる必要があった。

 

 話がすんだ楯無はそれじゃあトーナメント頑張ってね、と手を振りながら歩き去っていく。バナージも時計を見て、HRの時間が近いのに気が付き早足でその場を去る。

 教室へと彼がたどり着いたのは本当にギリギリのタイミングだった。もう二、三分でも遅かったものならば、その頭上に世界最強の打撃を与えられてしまったであろう。

 

「間に合ったか」

「うん、ちょっと生徒会長に呼び出されててね」

 

 そうやってバナージが一夏と話しているとチャイムが鳴り、教室に千冬と真耶が入ってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 集中していると本当に時が流れるのは早い、とバナージは夕方になりHRが終わろうとしているときに思った。通常科目については元の時代で学んでいたことが多かったバナージはISについて、そして歴史科目だけに集中していればいいだけにそうではない一夏とくらべて余裕を持って授業にのぞめていた。

 対して一夏、入学前に間違えて参考書を捨てるということもあってその分遅れている。それに加えて過保護な千冬がISに関しての情報をシャットアウトしていたのだ。夕方になるころにはぐったりしているのが常になっている。

 

「では放課――の前に伝え忘れていたな。学年別トーナメントの話だ。結論だけ言うと、タッグマッチとなった」

 

 千冬がそう言った瞬間に、教室の最前席に座っている一夏とバナージ、そしてシャルロット(シャルル)は背中に多数の視線が刺さったような錯覚を覚えた。元々『カンのいい』バナージに至っては鳥肌が立つほどの寒気を感じている。顔を真正面に向けたまま彼らは互いに瞳だけ動かして視線を交わす。

 

「そして、なるべく公平を期するために専用機持ち同士でのタッグは不可。専用機自体の使用を制限するという話も出たのだが、専用機はISの発展のために重要なもの、新装備のテストも兼ねていることもある。そこのオルコットのように」

 

 で、あるから専用機の使用は禁じない、と告げてHRが終わった。千冬は教室から出て、扉が閉まる。――否、閉まるか閉まらないかの瞬間に、一夏たちに声をかけようとする生徒が多数、詰め寄ることが発生した。無論、その裏で

 

「あ、あのオルコットさん。わたしとペアに……」

 

 なんて、微笑ましい光景があったりしたのだけれども。中には

 

「あーあ、ボーデヴィッヒさん帰国中かあ。組みたかったのにな~」

「あたしも」

 

 と言いながら残念がっている生徒もいた。そう、彼女らの言うように表向きラウラは軍の関係で一時帰国した、ということになっている。事実、ドイツに今ラウラはいるのだから間違っていない、嘘もついていない。少し踏み入ったことを言っていないだけだ。

 

 教室内の喧騒を眺めながら箒は以上のようにラウラのことを思い返していた。彼女は現時点では『専用機持ちではない』。昨日受け取った――いや、受け取ってしまった第四世代IS『紅椿』は現在のところその処遇をIS学園の上のほうで揉めている。

 と、言ってもどのような経緯で箒に手渡ったということにするか、という点でだが。『紅椿』はバナージの『ユニコーンガンダム』と同じように使用者に制限がかけられていた。貴重な第四世代型故にコアを初期化して使う、などという話は一切でなかった。故に、使える人間に使わせるという選択になったわけだ。

 

 もっとも、篠ノ之束が初期化されそうになったことを想定していないわけがない。厳重にプロテクトされているため、正攻法では先数年くらいかけても解けるか怪しいものをかけていたのだが、それが知られるのはもっと先のこと。

 

「だーめー! でゅっちーとは私が組むの~!」

「えー、のほほんさんずるい~!」

 

 そんな声を聞きながら、箒は一夏の方へと視線をやった。すると、彼も助けを求めるように視線を箒へと向けており、それに気付いた彼女はぷいっと顔を背けた。その様子を見た一夏は情けない声で

 

「助けてくれ~! 箒~!」

 

 と呼びかける。むっとなりながらも、内心嬉しい箒は少し頬を緩ませて席を立ち、一夏の方へと向かおうとして

 

「一夏! あたしと組むわよ!」

 

 などと、隣のクラスから走って教室に突撃してきたルールを理解できていない鈴に邪魔されるのであった。最近は一組に彼女がいることが当たり前のようになっており、ほとんどの生徒が気にすること無く一夏争奪戦が続けられた。

 その様子を横目で見つつ、バナージは教室から離れようとする。実は、昼の時点で彼は誰とタッグを組むのか決めているのだった。普段はのほほんとしつつも抜け目のない、今はシャルロットに絡んでいる本音に頼まれたからだ。

 

『ねえリンくん。かんちゃんとタッグ組んでもらえないかな?』

『いいけど、どうして?』

『私はでゅっちーと組むから。かいちょーから聞いたでしょー? そうするとかんちゃんは一人になっちゃう』

 

 昼、屋上で本音に話があると言われたために二人きりでそこにいた。のほほんさんのことだし別にそういう話じゃないでしょ、と周囲から認識されたため、特段疑われずに会話ができた。もしかすると本音のいつもの行動はこういうときのためのものなのか、などとバナージは思ってしまったものの、即座にこれは素の行動だろう、と結論づけた。

 

『それはないだろ、簪には友達が』

『ちがうよ。かんちゃんはこんな行事に時間を取られるくらいなら打鉄弐式を完成させる、て言って辞退しちゃう子。もう代表候補生だからわざわざ外にアピールする必要はないって』

『それは……』

『だから特別な理由付けがいるの。特に仲の良い友達に参加しよう、って言われるくらい特別な。幸いと言っていいのか分からないけどタッグになっちゃいけないのは専用機持ち同士だもんね~』

 

 本音の言いたいことがバナージは理解できた。ルールに抜け穴を作ったのが楯無ならば、それを見破るのが本音。少し女の子ってこわい、とバナージは思ってしまった。

 

『――打鉄弐式は完成していない。だから』

『そう。代表候補生と専用機持ちが組んじゃいけないって書いてないもんね。おじょうさまさすがだよね~』

 

 友達が、簪がただ学校生活を満喫することなくISのことだけで学園生活を終わらせてしまうのが嫌。だからお願い、と本音はバナージに頼み込んだ。バナージも確かに、簪がISだけにとらわれて他の楽しいことを体験しないまま卒業するのは見過ごせない。だから

 

「ごめんみんな、おれは一緒にタッグを組みたい子がいるんだ」

 

 と断るのだった。

 これで済めばいいのだが、さすが噂好きの女子、相手がどんなのかが気になって問い詰める。

 

「リンクス君がタッグを組みたい子!?」

「ま、まさか」

「ちがうよ! そういうのじゃなくて、ただ最近ちょっと迷惑をかけたから」

 

 迷惑をかけた、というのは『ユニコーン』のフルアーマープランのことだ。『ユニコーン』についての稼働データなんて、バナージにとっては至極どうでもいい。La+プログラムが何故か走っているもののこの世界に『ラプラスの箱』なんて存在するわけがないし、『NT-D』に至ってはサイコフレームがなければ再現しようもない。いくら調べられても痛くも痒くもないからだ。だからこそ、そのデータが貴重で、対価に値すると言われてもバナージはピンとこなかったのである。

 

「もしかして四組の更識さん?」

「最近一緒にいること多かったよね~。邪推するなって言われてもそれは難しいよリンクスくん」

「前に大切なひとがいるって言ってたけど……それってまさか」

「だからちがうって」

 

 いろいろな意味で疲れながらも、バナージはどうにかして教室を抜け出すことに成功した。それはHRが終わってから30分後のこと。その間に別のクラスからタッグの申し入れが一夏やバナージに大量に入ったり(シャルロットは本音がガードしていたために無事)、一夏を巡って箒と鈴がなにやら物騒なことをはじめてギャラリーが湧いたり、と騒がしいことが多々あった。

 ちなみに箒と鈴の一夏を巡っての勝負、のようなものは既に一組名物と化している。その様子を来る日も来る日も眺めているセシリアが『これが日本の求愛行動なのですね』、と何やら間違った日本感を抱いてしまったのだが仕方のない事だろうか。

 

「あ、リンクスくん。また簪ちゃんに用事?」

「さっき整備室に行っちゃったよ~。タッグのことかな? ……いいなあ羨ましい」

 

 四組にたどり着いたバナージは既に教室にいないと聞き、いつものように一人で作業しているだろう整備室へと向かった。

 友人とのイベント、それに心を踊らせながらバナージは歩く。La+プログラムの示す先が、いずれ行く場所だと知っていても。

 

 夏には臨海学校がある、と夕方のHRで千冬が言った。場所を調べるとそこの近くがプログラムの示す座標。バナージはプログラムのこと自体誰にも言っていない、知っているのは自分だけだ。

 なぜかはわからないけれど、なにか大きなことがある。そんな予感を彼は感じていた。

 

 どこかの海中で兎が笑った。




三章に続く

6/23 誤字修正。指摘ありがとうございます。
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