IS:UC   作:かのえ

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三章


「バナージ? おーい! バナージはいるかー?」

 

 ある休日、一夏は朝起きた時から姿を見せないバナージを探していた。いつもの早朝トレーニングも休日はしない、やるとしても軽いストレッチだけだ。さて、どうして一夏がバナージを探しているのか、それは九時頃にもらったメールが原因だった。

 中学校時代の同級生と前々から遊ぼうという話になっていたのだが、互いの予定がつかずなあなあになっていたのだが、今日いきなりそちらの予定が無くなったために急遽遊ぼうという流れとなったのだ。そして、IS学園の数少ない男子生徒であるバナージも交えてどうだ、という一夏の意見に彼も賛成、そのために一夏は今バナージを探しているのである。

 

「一夏さん、バナージさんをお探しですか? 彼は確か織斑先生に呼ばれてデュノアさんと職員室に」

「ありがとうセシリア。お前は今日はテニスか?」

「ええ、一夏さんもバナージさん、デュノアさんとどうです?」

 

 一夏の声に反応したのはセシリアだった。彼女は涼しそうなテニスウェアにラケットを入れたバッグを背負っている。運動しやすいように彼女は長い髪をまとめており、一夏はなんかいつもと違う印象をセシリアから受けた。最近はバナージやシャルルと同じ部屋で過ごしていることもあり、彼らの日本人とは異なった白い肌に見慣れてきたなと思っていたのだが、彼女の履いたスカートから覗く白い太ももはとてもまぶしく見えた。

 

 しかし、女性の肌を見続けるのはさすがに無神経、そして『そういった感情』で見られていると気付かれたらほぼ女子校であるここではどうなるか分からない。一夏は吸い込まれそうになるそこから視線を外して、そしてセシリアからの誘いを申し訳無さそうな表情で断る。

 

「あー、いや。ちょっと外出の用事があるんだ。それにバナージを連れて行こうと思って」

「そうでしたか。デュノアさんは?」

「あいつも誘ってはいるんだけど、少し消極的でなあ。口では行きたい、って言ってるんだけどどうもな」

 

 どう伝えればいいのか分からない、といった顔で一夏は口ごもる。ここ最近どうもこうなのだ。訳の分からない確信が脳内にあって、けれどもそれを相手に伝える術がない。そういった経験が徐々に増えつつある。一度バナージに相談をしてみたのだが、彼も困惑した表情でどういうことだろう、と考えこむ。

 

「――そうですか、一夏さんが言うのであれば間違いないでしょうね」

 

 シャルルにセシリアがテニスをしようと言っていたと伝えてください、と彼女は言ってから去っていった。一夏は暫くの間その場に突っ立っていたのだが、探しているバナージが移動してしまうと、職員室へと足を向けるのだった。

 

 それにしても休日の校舎というものは新鮮だ、と中学の頃部活をしていなかった一夏は余計にそう思う。登校日以外に学校に行く用事など、姉に心配をかけないように優等生たろうと心がけてきた彼にとってはほとんどなかったのだ。

 

「旅程についてはこちらから再度連絡する。……ああ、扉は開けておいてくれ。私も出る」

 

 職員室の前にたどり着くと、丁度部屋から出てきたバナージとシャルル、そして千冬がいた。

 

「バナージ! あ、おはようございます……織斑先生?」

「休日だ、いつもどおりでいい」

 

 手を振りながら歩み寄ってきた一夏の額を千冬が小突く。その二人の様子をみてシャルルがくすくすと面白そうに笑った。

 一夏が二人の様子をみると、手には何枚かの紙があった。さきほど自分の姉が言った旅程、という言葉となにか関連があるのだろうかと思い、聞いてみることにした。聞いてからプライベートなことだからだめだったかな、と頭によぎったのだけれど、それに反して千冬は簡単に答えた。

 

「ああ、二人はフランスに招待されたんだ。リンクスの『自称親族』ヴィスト家からな。当初こちらは断ったのだが、さすがに血縁関係があるかもと言われる者からの招待を無視することは出来ず、仕方があるまい」

「IS学園がどの組織からも切り離されていると言っても、さすがに『親族の再会を阻んだ非情な学校』なんて評判が出るのは痛いだろうし仕方がないさ。それに、おれも一度いかなきゃいけないと思ってたところだし」

「バナージ……そう言ってくれると助かるよ、同じフランス人として謝るよ」

 

 シャルルの謝罪にバナージはいいよいいよと両手を振る。

 

「ヴィスト家が盛大に宣伝しようとしてな、おそらく今日の夜にはニュースになるだろう。こいつはいつも以上に時の人だからな、マスコミは盛大に騒ぐだろう」

 

 頭がいたいよ、といった表情で千冬はこめかみに手を当てる。一夏はいつも学校では何事も涼し気な顔で解決していく自らの姉の見たことのない一面を見た気がして驚いていた。家の中ではだらっとしていることもあるものの、何かについて悩んだ表情を見たことは無い。

 いや、悩んでいたことは多分あった。それは彼女の親友であり問題児の束関連だっただろうか。しかしながら、そのことについて頭を悩ます彼女はどこかしら楽しそうに見えた。こう、本当に頭が痛そうな千冬を見るのは初めてかもしれない。

 

「で、一夏はどうしておれを?」

 

 バナージは真っ先に自分を呼んだ一夏に問う。

 

「そうだそうだった。前々から言ってた俺の友達、そいつが今日予定開いたみたいでさ。それに、確か俺らもなんも無かっただろう? 今日」

「なるほどね……ああ、でもシャルルはどうするんだ? 『同じ男子』だし呼ばないのか?」

 

 どことなく同じ男子、という言葉をバナージは強調した。それはおそらくシャルルに向けたものだったのだろう。実際に彼の視線はシャルルに向けられていたのだから。

 シャルルは自分の性別についてバナージが知っているということを知らない。だから、多少気乗りがしなかったのだが、ここで断ると不自然だろうかと思い悩み、そして口を開こうとするが、それをバナージが続けた言葉が遮る。

 

「そういえば日本には裸の付き合いって言葉があったよな」

 

 しばらくここで生活しているうちに、宇宙世紀で知っていた極東の島国とこの日本との違いをようやく理解してきたバナージ。日本にサムライやニンジャはいないし(しかしニンジャは某生徒会長のせいで実在しているのではと再び思い始めた)、謎の古代武術ジュードーやSUMOUは無いのだ。が、あえて彼はここでとぼけた。

 

「裸で付き合うことで絆を確かめ合う、つまり両手を上げる以上に非武装であることを宣言しながら腹を割って話す……それが日本の文化なんだよな、一夏!」

「え、バナージちが」

「そうだよな!」

「あ、はい」

 

 バナージの謎の攻勢に押されつつ多少不思議に思うも、そういえばこいつ日本を誤解していたなと思い出す。

 

「どうだ、シャルル。君もおれたちと裸の」

「あ、アハハごめん二人共。僕はちょっと用事を思い出したから行けないや」

「そうか……残念だ」

 

 事情が見えている千冬は目の前の教え子たちの様子を見て少し微笑む。三人とも、いい子だ。三人が三人、色々な事情や困難を抱えているけれども、それでも折れずに成長している。まっすぐだ。

 だから、と彼女はシャルルにちらりと瞳を向ける。間違いなく、この娘は三人の中では我が強くなく、そして折れかかっている。過去に乗り越えてきた二人とは違って、シャルルは今現在苦しんでいるのだ。教師として見逃せない。

 

「一夏、その口ぶりからすれば今日、家に帰るのか?」

「ああ、弾の家に行くんだ」

「そうか、何か欲しいものはあるか?」

「ん、特に無い」

 

 千冬は一夏に夜には家に行く、と告げてから去っていった。その様子を三人で見送り、そして自室へと足を向ける。

 一夏は二人からフランス行きの旅程を聞き、そして自分の脳内にあったスケジュールと照らし合わせる。

 

「あー、金曜の放課後から日曜夜、または月曜日か」

「うん、ラウラと入れ違いになるみたいだ?」

 

 バナージはようやく学園に帰ってくる銀の少女を思い浮かべる。画面越しに会話をしたのだが、彼女の表情はどこか安らいでいて、どこかで見たことのあるような顔に見えた。それは間違いなく、あの人だろうとあたりをつける。

 ふと、その女性のことを思い出した。ラウラは俗世に疎いと聞いている、ならば連れて行ってみるのもいいかもしれない。

 

「なあ、二人とも。ラウラが帰ってきたらみんなも誘ってアイスクリームを食べにいかないか? うまい店を知っているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度のことには慣れてきたし、対応できるとバナージは思っていたのだけれども、こういった歓待を受けたことはあまり無かった。どこかに行っては捕虜にされ、尋問をされるなどといったことばかりで、こうやって大人数から拍手で迎え入れられるなど経験にない。

 成田から飛行機で飛んでフランスへ。着陸後窓から見えたとてつもない歓迎ムードを漂わせた人々は、けれどもとても温かい気持ちになった。

 善意だ、これは全部善意だ。誰かのために何かをしてあげたいという気持ち、それがバナージにはすごく伝わってくる。しかし、その中にも一部、そうではない気配もあるように見えて

 

「どうしたの? いこう、バナージ」

「ごめん、シャルル。行くよ」

 

 外に気を取られていた彼にシャルルが声をかけた。ようやく椅子から立ち上がった彼の後ろに千冬が歩く。黒服を着たボディーガードの女性が三人を先導するのだが、背後に世界最強がいるのだから良いのではないか、と疑問に思ったのだけれど。バナージはそれを口に出さずに女性のあとを歩いた。

 

 目の前の女性はフランスの国家代表とのことだ。身に付けるのは専用機、なるほどフランスの力の入りようが伺えると千冬は思考する。このご時勢、世界標準語は日本語と言っても過言ではない。ISに明るい者はすべからく日本語を完璧に使いこなしている。目の前の彼女もそうだ、がしかし。千冬は目の前を歩くバナージを注視する。

 彼女に空港で迎え入れられた時、その時も数少ない男性IS操縦者ということでバナージはすごく視線を集めていたのだが。それはともかく、だ。

 

 挨拶をした。それは別に良い。しかし、そのときにバナージは『フランス語を完璧に使って会話をした』。驚いた。しかも怪訝に思ったのは、そのことをバナージが無意識に行っていたということだ。

 

『やはり、あなたはフランスのご出身ですね。違和感の全くない、自然な発音です』

『え? ……ああ、そうか。ただ語学が趣味なだけです』

『フランス語で喋れるだなんて知らなかったよ。英語はセシリアと普通に話せるくらいって知ってたけれど教えてくれてもよかったじゃないか』

 

 目の前で行われる彼女らの母国語での会話。その内容をバナージに聞いて千冬は考え、そして小声で問う。

 

「宇宙世紀の標準語は日本語ではないのか?」

「え? いえ。英語ですが……ああ、なるほど」

 

 バナージは千冬の問いに答えようと口を開く。

 

「本来、俺は英語標準語で、それしか話せないはずなんですが」

 

 だが、彼はここで口を閉じた。これは話していいことなのだろうか、と一瞬悩むが。だが、いつかは伝えるべきことだろうと続ける

 

「――おれはあの日、この世界に飛ばされる直前にニュータイプとして『完成してしまった』んです。他者との意思疎通なんて次元じゃないレベルで。あの篠ノ之束と友人ならばどういうことか、推測できるでしょう?」

 

『あるべき物(ヒト)を、あるべき姿に戻すだけさ』

『あるべき人(モノ)を、あるべき姿に戻すだけって』

 

 いつかの束の言葉が千冬の脳裏をよぎった。

 

「馬鹿な、それでは……お前は」

「バナージ? 先生? 行きますよ」

 

 シャルルの声に現実に引き戻される。束は先日、去る時にバナージに向かって『君を神様にする』、と言った。つまりはそういうことなのだろう。束はどうしてかバナージのことを知って、だから彼をあるべき姿に戻すと言ったのだ。

 そんなの認めない、と千冬は拳を握る。そんな結果があってたまるものか。そんなこと誰も望んではいないのだ。一足飛びに飛んでしまうなどといったことは。

 

「行きましょう先生。……多分、臨海学校が最期です。俺自身が、『ユニコーンガンダム』がその近くの座標を示しているんだ」

 

 どこか遠くを見つめるバナージの姿を見て、その姿に純白の意思を持った無機質な巨人の姿が重なるように見えて。千冬の背筋が凍った。


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