IS:UC   作:かのえ

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ずっと違和感があったのでオリキャラから名前を剥奪しました

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全話に挿入の予定につき話数変更




 カツカツと靴を鳴らして歩く。先頭を歩くのは日本から同行しているフランス代表候補生の女性、続いてバナージ、シャルルが横に並びその後ろを千冬と並ぶ。

 豪華な屋敷だった。世界有数の大富豪『ヴィスト家』は伊達ではない、といったところだろうか。かつて歩いた『ビスト財団』の屋敷と同等だろうか、どこか懐かしさを感じたバナージはちらりと窓から見える風景を見る。

 

 外には広がる無限の青空があった。人間には見えないのだろうけれど、そこには無数の電波が飛び交っていて電波に載せた人間の言葉、声が遠く離れたところにまで届いているのだろう。まったく、バナージからすれば到底理解しようもないことだった。

 宇宙世紀では有線で通信が行われることが常であり、重要なデータなどはすぐにプリントするということが常識でもあった。当たり前に道行く人が携帯電話を持って会話をしている様子などまず見ることなど出来ないし記録の中の光景だった。

 

 また大きな広間に出た。同じように見える部屋がいくつもいくつもありよく迷わないな、と苦笑してしまう。バナージのそんな様子を見たシャルルはどうかしたのかと問うが、なんでもないよとだけ言った。

 大きなシャンデリア、無駄に横に広い階段に絨毯が敷かれている。いつか見た映画でこういったところを女優が悠然とあるいていたな、と脳内で思い浮かべる。

 しかし、バナージはどうしてもいつか見た映画の女優ではなくて別の女性を脳裏に思い描いてしまう。その女性は遠く離れた彼女だった。なるほど、確かにお姫様なんだから似合うのだろうなと納得してしまう。

 

 十二分に清掃された綺麗な廊下をまだ歩く。こうも長く歩かされると飽きてしまうものなのだろうが、しかし。それよりも先に目的の場所にたどり着いたようだった。先頭の彼女により大きな扉がまた開かれる。

 

「……これって」

 

 シャルルが声を漏らした。彼女だけでなく、その目の前の光景にバナージも目を見開いた。二人は目の前に現れた大きなそれに驚愕したのだ。双方とも過去を思い出す、このタペストリーに込められた想い、家族の声を。

 二人とは異なりそれに何の縁もない千冬だけが、ただ美しいものだなとそれを眺めた。

 

「私の、たったひとつの望み」

 

 目の前のタペストリーは記憶のものよりも遥かに新しかった。長年大切に保存され、補修されたとしてもどうしても古くなってしまう、それに戦争などといったことが起きればなおさらだ。バナージは知らないが、あのタペストリーを手に入れたサイアム・ビストはもともと裕福な人間ではなかった。戦争の動乱や『箱』をつかって手に入れたものだった。

 これはオリジナルのものではない、レプリカだ。しかしレプリカであれどその美しさはその場で見上げた全員の胸をうつ。絵画とはそういうものだ。

 

「やはり読めるか」

 

 目の前のタペストリー『貴婦人とユニコーン』に目を奪われていたために、少し離れたところに立っている男性に気が付かなかった。はっ、とそちらにバナージとシャルルは目を向けると、そこには髪の毛がほとんど真っ白になってしまった男性が立っているのが視界に入った。彼とは初対面のはずだったがバナージはどこか既視感を感じる。それはバナージのことをよく知る人間も同じだった。

 

「っ! バナージ・リンクスです」

「シャルル・デュノアです」

 

 各々が自らの名前を告げていることから、千冬は彼らが自己紹介をしているのだ、ということは理解できた。そう、今ここで行われている会話はフランス語だった。

 自己紹介が終わり、ヴィスト家当主はバナージだけを連れて奥の部屋へと入っていく。残った人間はしばらくここで待っていることとなったのだが、幸いここには豪華なソファーや机があり二人を待つのにはちょうどいい空間となっている。もっともくつろぐことが出来るのであれば、だが。

 

 シャルルは一番落ち着いていた。もともと大企業デュノア社で長く過ごしていたことがあるからだ。これくらいのもてなしは慣れている。

 次に落ち着いていたのは千冬。ブリュンヒルデとして世界中を飛び回っていた彼女は動じない。

 一番動揺しているのは通訳兼案内のフランス代表候補生の彼女だった。一生踏み入ることのないだろうと思っていた豪華な邸宅に通され、しかも案内を任されるなど。半月前に聞かされた時には意識をやりそうになったほどだ。

 

 ヴィスト家とはフランスだけではなく、世界中でもトップクラスの大富豪。どこかで石油を掘り当てたわけでもなく、今バブルが起きているIS産業に一枚噛んでいるわけでもない。女尊男卑のこの世界で男性が当主をやれているのはつまり、それほど彼の才覚が確かだという証明でもある。

 

 どことなく各々の緊張度合いを感じ取っていたバナージは、扉を挟んだ向こうで当主と向かい合って座ることとなった。

 いったいどういうつもりで自分を呼んだのか、そもそも本当に自分を生き別れた息子とでも思っているのだろうか、と思案してた。もし本当に生き別れた息子がいるのだとすれば、彼には申し訳ないことになる。もう会えないと思っていた家族と出会うということは、それほどのことなのだから。バナージは身に沁みて感じる。

 

 もし、そうだとして目の前の男は自分に何を要求するのだろうか。遺伝子検査はもう手はずを整えているに違いない、もし彼が平行世界の祖先だったとすれば血縁関係が証明される可能性だってあるだろう。生き別れた息子など存在せず『バナージ・リンクス』が目的なのだとしたら自分を手中におさめて何か企んででもいるのだろうか。

 

 彼は世界的大富豪の一人だと聞いた。それならばこれを元手に新たなビジネスを、と考えていてもおかしくはない。だが、そう考えていたからか最初に口を開いた目の前の男に驚愕することとなる。

 

「すまない、勝手に呼び出して。君と私には繋がりがないというのに」

「それは……つまり」

「しかし、あの子のためには必要なことだったのだ。私の恩人の娘、シャルロット・デュノアのためには」

 

 彼の目的は別のところにあったようだ。だが、それに関連して思ってもなかった人物の名前が出てきて一瞬息がつまった。目の前の彼はシャルロットのことを知っているのだ。彼は、どうして、と脳内で様々な理由としてありえることをバナージは思い浮かべる。

 

「その様子だともう知っているのか」

「はい、だけどシャルルは……彼女はおれが知っているということを知りません」

「責めるつもりはないのか? 悪い言い方をすればハニートラップだろうに、彼女は」

 

 一瞬顔を顰めてからそう口にした彼の瞳に自分が映っている。それから目を逸らすこと無くバナージは答えた。

 

「悪い人じゃないって、分かってますから。だけど彼女はこんなことを望んでいない、今だって苦しんでいるんだ」

「――良かったよ、君が彼女を知っていて、そして手を差し伸べてくれる人間で」

 

 彼は続ける。もしバナージがこのことを知っていないのならば情報を明かした後に、その有り余る金で懐柔しようとしていたのだと。だが、当主はバナージを一目見てからそんなことが通用しない人間だと理解した。その真っ直ぐな瞳は薄汚れた社交界では一切見ることのない、曇りのないものだったから。

 彼は信用しても良い男だ、と。

 

「始まりはフランスが欧州のIS事業に乗り遅れたことだった。デュノアの社長も悩みに悩んだ。彼個人は良い人だったが、会社には多くの人がいる。首を切って路頭に迷うのは社員だけではない、家族もなのだ」

「だから実の娘である彼女をつかっておれたちの情報を盗もうとした、というのか」

 

 彼はその動きを察知して当然ながら止めようとした。もしバレたら今のまま破産して社員を路頭に迷わせたほうがマシになるくらいの痛手になるはずだからだ。ハニートラップをしかけた会社の社員、なんて肩書はマイナス要素にしかならないだろう。

 デュノア社長自体にはシャルロットをハニートラップに使うなどといった考えは一切なかった。しかしこうなってしまったのは一重に周囲の暴走、ただの思いつきでつぶやいた言葉にのっかった周囲が全てを推し進めて戻れないところまできてしまったのだ。

 

「私が気が付きどうにかしようとしても無駄だった。金で解決もできなかった、今だって交渉し続けているのだが……」

「あなたが男であるということが足を引っ張った」

「そう、そしてデュノアも」

 

 すでにデュノア社長の実権はほぼ無い状態に陥っている、男ということで力を削がれて彼はいざというときに見せしめに切られるだけの立場だった。

 バナージは考える、どうすれば最良の結果を得られるのか。楯無が秘密裏にシャルロットが女性としてIS学園にいられるように動いてはいるのだが、事態はそんな簡単なことではない。

 

 それでも、バナージはシャルロットを救いたい。どこか無理をしている笑顔を浮かべる彼女が、本当に笑えるようにしてあげたい。

 だからバナージは決めた。おそらく目の前の彼も同じ結論に至っているのだろう、真正面のバナージをしっかりと見据えている。しかしそれをするのには問題がある。それはバナージ自身がこの世界の人間ではなく『宇宙世紀』の人間であることだった。だから、彼はそれを目の前にいる彼に話すことにした。彼が生まれ、育ち、そしてこの世界に落ちたという全てを。

 

 いつか自分がこの世界から消えても、シャルロットが笑っていられるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん」

 

 日本の夕方、楯無は学園に帰ってきた銀の少女を呼び止めた。ラウラを呼びかけてきた人間は極めて察知しにくいほどまでに気配を消していたのだが、それに気付いてあえて無視をしていた。彼女からは学園のほかの女子とはちがった『匂い』を感じ取っていたからだが。楯無はあえて無視されているのを感じ取り、話しかけることにしたのである。

 

「貴様は……生徒会長か」

「そうよ、『せ・ん・ぱ・い』って呼んでいいわよ?」

 

 楯無は手に持っていた扇子を開く。そこには『おかえりなさい』と書かれていたのだが、ラウラの興味はそこの文字にはなかった。異文化の塊とも言える扇子事態をまじまじと観察する。

 そういえば、とラウラは思い出した。国の部下の一人が日本かぶれで、彼女の披露した知識の中に目の前のものについてあったことを。曰く、日本の高貴な身分の者は必ず扇を身に着けている。だが、それは一見綺麗であるのだけれどうちに秘めた破壊力は侮れない、その扇を極めたものは心身共に優れており一振りで幾多もの首が飛ぶという。

 

 ラウラは目を輝かせた。人生経験はある意味で豊富なのだけれどこういった未知に関する好奇心は見た目相応にあった。今まで自分を律してきたためにそれを抑えていたのだが、今の彼女は違う。伝説の武器に興味津々といったところだ。

 対して正面の楯無は苦笑いを浮かべる。バナージ、ラウラに限らずこういった反応を海外の人間からはしょっちゅうされるのだ、そして沈黙を美徳とする日本人からはその扇子について何も突っ込まれない。最近会話した時に一夏が言い放った『扇での奥義ってどんなものなんですか?』というしょうもない駄洒落に笑ってしまうほどに、驚かれたり無視されることが日常だった。ちなみにいい笑顔で駄洒落を言った直後の一夏は隣りにいた箒と鈴に頭を叩かれている。

 

「生徒会長、それ触らせてもらえないか?」

「『先輩、お願い?』って可愛くおねだりしてくれたらいいわよ」

「……生徒会長は私の姉弟子なのか? 私より以前に教官に師事していたと……?」

「はい?」

「先輩とは即ち姉、兄弟子のことだろう、クラリッサが言っていた。いや、の場合だとお姉さまと呼ぶのが良いのだろうか。どうだ、生徒会長?」

 

 彼女にどこか間違っている日本文化を吹き込んだのは誰だ、と頭痛を覚えながら楯無はラウラのすこしズレた日本観の修正を行い、すこし疲れたが本題に入った。

 

「貴女、見たでしょう? バナージ・リンクスの過去を」

「見たがそれがどうかしたか?」

「私に話してもらえないかしら。大まかな概要は彼から聞いたけれど、それは主観的な情報。彼の推測はもしかすると自分自身によって歪められている可能性だってある。だってそうでしょう? 彼が日本語を話すことはまず不可能なはずなのだから」

 

 楯無はこう言っているのだ。彼の記憶をラウラという客観的な視点で語ってくれないか、と。バナージが元の世界に戻るために、束に利用されないために、楯無はただ一人の人間として、知人として手助けをしたかった。

 

 もちろん、サイコフレームやニュータイプなどといった情報も得たいと思っている。いずれ人類はその境地に至る。なにせ近くに『4つ』もサイコフレームを搭載したISがあり、ニュータイプがいるのだから。時を待てば、世界に広まる。

 けれども人間は弱い。はじめは善意だったことだって、捻じ曲げられて不幸に繋がってしまう。だからこそ宇宙世紀というコロニーが落ち、多くの人が死んでしまった『失敗例』を知る必要があった。いずれロシアの、そして世界の頂点に立つつもりである彼女には義務がある。人々が道を違えないために。

 

「篠ノ之束の論文によれば、ニュータイプの発現は宇宙進出後のことだった。けれどもISは宇宙空間という新たなストレスと同等のものを人間――いや、ISに乗れる女性のみに与えてしまっている」

「つまり私のようなまがい物ではなく、本物が現れる。現れるニュータイプは全て女性で、この女尊男卑が更に加速する、と」

 

 織斑一夏、凰鈴音が徴候を強く見せ始めている。とくに一夏は凄まじい勢いであった。入学からの短期間で、相性の問題もあるものの一定の割合でセシリアや他の代表候補生に勝つようになっているのだから。

 だが、それでも男一人だ。世界中でIS操縦者の女性が少しずつ今までの科学では証明できないような動き、反応を見せ始めてきた。

 

「地球とコロニーの対立は両勢力ともの内戦で消え去るかもしれない。一度に大量破壊兵器が使われて人類総全滅なんて事態以外では人は生まれ続ける。けれども、男女間の優劣が大きく付いてしまったのなら人類種そのものの危機に陥る。……男女対立の結果子どもが生まれなくなったから絶滅しちゃった、だなんて間抜けな結果は嫌よ?」

「いや、女が男を攫って種馬のような扱いをするかもしれないが――それで人間が生き延びるというのもあまり喜ばしくない未来だな」

 

 ラウラが眉を顰めながらそう言うが、楯無は真面目だった雰囲気を一変させてこう言った。

 

「ラウラちゃん、女の子がそんなえっちな話をしちゃ駄目よ」

「貴様は真面目な話をするのかふざけるのかどっちかにしろ……」

「もう、先輩って呼んでっていったじゃない。ラ・ウ・ラちゃん」

 

 無駄にリズムよく名前を言われてラウラはげんなりとした。こういう相手はつかれるな、とバナージと同じ感想を彼女は抱いた。ラウラは知らないが一夏と箒も同じく楯無と対峙した後に考えたという。特に箒は一夏のことについてからかわれるので、なおさらだった。

 

「了解した。……貴様のことだ。どうせ他にも私の話を聴かせるつもりなのだろう?」

 

 ラウラは声を潜めてから楯無に問う。その言葉に彼女は無言でウインクすることで答えた。


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