IS:UC   作:かのえ

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 二人目の男、その噂はバナージがIS学園で『ユニコーン』を身に纏ったその日に世界中に広まった。多くの生徒の前で男がISを纏ったのだ、それも仕方があるまい。

 おしゃべり好きの女子生徒のこと、瞬く間に噂は広がっていき、そして各国がバナージの所有権を争うこととなった。

 何故か、一人目の織斑一夏は確固とした国籍があった。だが、遠い未来、しかも本当にこの時代から続いているのか疑問すら覚えるところから来た彼なのだ。当然そんなものあるわけが無い。家族や知人を名乗る者が現れ、彼との面会を希望するようなことも起きたが、すべてを学園側でシャットアウトされた。

 

 どこの国出身でもない。これまで生活してきた痕跡が無い。

 このことからマスコミは、非人道的な研究機関で彼が人為的に生み出された(ついでにISも作られた)とするようなことを言い出したりもするのであったが、過去が無い以上そういった結論に至るのは仕方の無いことだろうか、と当事者のバナージはぼんやりと考えた。

 学校が始まるまでの間、男一人でIS学園にほぼ軟禁状態だった彼のところには多くの書簡が届けられた。どれもが我が国の国民に、といった内容で彼は辟易としていた。

 

 入学式の日、彼はもうすっかり慣れた寮と食堂、そして売店への道から大きく外れて会場となる体育館に向かった。当然周囲は全員女子、二人しかいない男に向けられるのは好奇の視線。

 そしてそこから憎悪、そして恐怖といった負の感情をバナージは敏感に感じ取っていた。おそらく女性優位の世界に突如現れた自分という男、それが許せないのだろうか。

 

 地球と宇宙の対立に匹敵する大規模な対立だ、と彼は考える。かつて、男尊女卑の時代があった。そのときはそれが当たり前で、女性は男性の都合で日々の生活をしていた。

 だが、第二次世界大戦の後に徐々に女性の人権が重要視され、ISが現れる前までにはおそらくその不均衡がある程度是正されていたに違いない。しかしながら、どこの時代も活動家というのは存在する。男尊女卑だ、女性軽視だと言えば非難されることすらあった。

 

 でも、それでも宇宙世紀の頃にはそのような問題は全くと言っていいほどに無くなっていったのだった。一介の学生であっても人権の問題くらいは学校で学んだ。

 だが、この世界は違う。

 少し女尊男卑に向かいかけたところに圧倒的女性優位の象徴であるISの登場。これにより何の努力もなしに、ISと全く関係の無い生活をしていた女性までが男を見下しあごで使うようになった。何の努力も無しに――いや、努力して力を付けたとしても人を見下すなど言語道断ではあるが。

 

 バナージはこのようなことを誰よりも敏感に感じ取ってしまう。だからこそ強く思う。わかりあう必要がある、性別でもなんであれ人を見下すような世界は駄目だ、と。

 だから、自分に課せられた男たちの――いや、不平等を正したいと願う人達の思いも嫌というほどに、重い。

 

「バナージ・リンクスか?」

「君は織斑一夏、だね」

 

 入学式の会場。そこには自分と同じく視線を集めている男がいた。それは織斑一夏、あのとき自分を尋問した女性の弟。一人目の男。彼はなるほど凛々しい顔立ちをしており、女の子が放っておくようには見えなかった。さぞかしモテるのだろうな、とバナージは握手しながら考える。

 

「い、いやあよかったバナージ! 俺以外に男がいて。一人だったら絶対この入学式の記憶が飛んでた!」

「針のむしろ、っていった感じだ。誰もが興味を持っておれたちを見るんだ。見られるだけでこれだけ精神を擦り減らすとは思わなかったよ」

 

 入学式が終わり教室へ向かう。主役の一年生、しかも男だからということで先頭で式を迎えることとなり、背後からの視線に溜息をつくこと数回。バナージと一夏はたったの二時間でこれからの生活に不安を覚えた。

 そして同じように視線を受けながら教室へと移動する。指定された席へと座るが、何故か男二人でツートップ。前にいるから観察しやすいのか、背中に視線をひしひしと感じる。しんと静まった教室で教師が来るまで二人は辛い思いをしながら待機するのであった。

 

「おはようございます、もうクラスには慣れましたか?」

 

 入ってきた女性は山田真耶、副担任だという。しかし元気よく教室へと入ってkチア彼女のその言葉に反応するものは誰一人としておらず、彼女の顔色が少し悪くなった。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします! とりあえず出席番号順!」

 

 重い空気に耐え切れなかったのか、彼女はそういってそそくさと教室の隅へと移動してしまう。名前があ行にある一夏の順番はすぐに来た。だが、この環境になじめていないのか、次が自分の番だというのに自己紹介をする気配が無い

 

「お……織斑君」

「は、はい!」

「ごめんね脅かしちゃって。でも、次の自己紹介、織斑君の番なんだ。お願いできるかな?」

「だ、大丈夫です!」

 

 咳払いを一つ、彼は覚悟をキメて背後を振り返り教室全体を見渡した。わかっていたことではあるが視界一杯に女、女、女。そんな光景に怯えながらも彼は無難に自己紹介を済ませようとした。

 

「織斑一夏です」

 

 えーっと、と口にしつつ次に何を言えばいいのか考える。こういうとき一番最初の学生の真似をするというのが日本の学校でよくある光景なのだが、生憎のところ彼はその一番最初の生徒の自己紹介を聞いていなかった。

 止まってしまった一夏に誰もが視線を集中させる。ついにこの静寂に耐え切れなくなった彼の頭は、適当なことを口走って全てを終わらせようとした。

 

「以上です」

 

 彼の言葉に前のめりになって情報を求めていた生徒たちは姿勢を崩してしまう。このしらけた空気から一刻も早く逃げ出したい一夏ではあるがそれはかなわない。したがって、急いで着席し次の生徒に自己紹介を譲ろうとする。

 しかし、その一夏の頭上に影が落ちた。あ、と考える間もなく乾いた音が教室へと響く。叩かれた、と気付きその叩いてきた人物を視認しようとした。その人物の向こう側で自動扉が閉まる音がする。

 

 ふと視線を上に上げる、そこには世界で唯一の肉親の顔があった。

 

「まともな自己紹介の一つすらできんのか」

「げ、千冬姉!? つか、どうしてここ――あいたっ」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 二度目の打撃、流石に縦で叩くと痛いと思ったのか、千冬が手に持ち、今は一夏の頭上にある出席簿は横だった。それをに気付き一夏は青ざめる。縦で叩かれたらどれほどの衝撃だっただろう、それも二度。

 

「ぶ、ブリュンヒルデ……」

 

 呆然としている一夏の耳には入らなかったが、その声が教室の何処からか響いた。それを契機に誰もが彼女が自分の担任であることに驚き、声を上げた。

 

「うるさい、黙れ! ……よし、少しはマシだ」

 

 二言でその騒ぎを収めた彼女は続ける。

 

「諸君、私が貴様らの担任になる織斑千冬だ。これから毎日ISの基礎応用を叩き込むのが私の仕事。返事は肯定しか認めん、逆らうならば……いいな?」

 

 シン、と静まった教室。そして彼女が手をたたいて自己紹介の続きを催促した。次々に自己紹介が続いていきそして最後となる。ら行、バナージの番がやってきた。

 好奇の視線と様々な感情が彼に襲い掛かるがそれを踏ん張り、言葉をつむぐ。

 

「バナージ・リンクスです、機械いじりは多少できます。これからよろしくお願いします」

 

 一夏と同じように簡素な言葉。彼の少し短い自己紹介を聞いて教室からはヒソヒソと話し声が聞こえる。主に彼と一夏の声質が似ている、ということについてだ。中には後ろから話しかけられたら絶対分からない、とまで言う生徒までいる。

 そんな内緒話をしている生徒を無視して千冬は強引にHRを終わらせた。

 

 最初のHRが終わり、休み時間となったが男子二人にとって休み時間は逆に授業よりも気が重い時間。誰もが自分たちに話を聞きたがっているし、そして牽制しあっているために教室に声が無い。

 よって、静まり返ったこの空気で男二人が話すわけにも行かず、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 の、だが

 

「少しいいか?」

「箒……?」

「来い」

 

 強引に一人の長いポニーテールをした少女が一夏を連れ去っていってしまった。突然のことに驚きながらも肩をつかまれ連れて行かれた一夏はバナージに両の手を合わせ、口でごめんと形作った。謝罪の念と視線を感じたバナージは苦笑して一夏と同じように声に出さずいってらっしゃい、と言うのだった。

 

 さて、と彼は現実を直視する。もうここには男はおれしかいない。なら、この視線を全て受け止めるのはおれだけだ、と。また溜息を一つついてバナージは他の生徒からの質問攻めに合うはめになった。

 

 休み時間が終わり、そして授業が始まる。ぎりぎりで帰ってきた二人を尻目にバナージは教科書と参考書を取り出した。入学式があったからといって解散ではない。この学校で学ぶことは多すぎて時間が少しでも要るのだ。

 

「――と、ここまでで分からないところはありませんか?」

「はい」

「織斑君」

「全然わかりません」

 

 一夏のそのふざけた言葉に真っ先に動いたのは千冬だった。一夏はただならぬ気配を感じて視線を動かす。その先には出席簿を構えた己の姉の姿があり、そして再び叩かれた。

 

「理由を聞くだけ聞いてやろう。教科書すら持っていないから大方予想できるが」

「いっつぅ~……間違えて捨てました」

 

 一夏は頭を抱えて机に突っ伏す。不安に思った真耶は同じく男性のバナージへと問いかける。

 

「え、えっと。じゃあリンクス君は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ある程度予習してあります」

「少しはこいつを見習え、織斑」

 

 結局、その授業はバナージから教科書を見せてもらうことで乗り切った一夏。そして休み時間。きちんと予習をしていて授業を理解できていたバナージにとってはこの時間が苦痛であったが、逆に予習すらしておらず、教科書すらなかった一夏にとってはそうではないようで、少しくつろいでいる様子だった。

 

「少しよろしくて?」

 

 その声は誰に向けたものだろうか、少なくとも理解したバナージは声の主に顔を向ける。ロールした金髪に碧い瞳。高貴な雰囲気を漂わせた彼女であったが、それでも物怖じすることなくバナージは視線を返した。

 一方の一夏は自分にかけられた言葉だと理解できなかったようで、振り向くことは無い。それもそうだ、普通は分からないものだ。

 

「聞いてます? そちらの」

「一夏、話しかけられてる」

「え、俺?」

 

 ようやく自分を認識された少女、セシリア・オルコットは教室中に響くような声を上げる。

 

「まあ何ですの! 私(わたくし)に話しかけられるだけでも相当の名誉だというのに」

 

 そういった彼女が言外に乗せてきた侮蔑の感情、それを真正面に受け止めてバナージは返答する。

 

「君は自己紹介でイギリスの代表候補生って言っていた。そう、セシリア・オルコット……だったっけ」

「代表候補生って何だ?」

 

 だが、間の抜けた一夏の言葉に思わずバナージは頭痛を覚えて額に手を当ててしまう。さすがにそこまで無知なのはどうにかしている、と思いながら。

 

「言葉の通り、代表の候補だ。IS国家代表候補」

「そうですわ。主席入学のこの私、教官を唯一倒した『この私』が直々に手取り足取り教えて差し上げてもよろしくてよ? 代表候補生と同じクラスだというのに技術が全くない、ということになれば私――いいえ、我が祖国イギリスが無能ということになってしまうので」

 

 そういってピシッと人差し指を二人に向けるセシリア。だが、一夏の言葉にその見下した表情とポーズを崩す。

 

「俺も倒したぞ、教官」

「な、何ですって?」

「女子では、ということじゃないのか?」

 

 そう言い放った一夏に顔を驚愕で染めながらもセシリアはバナージに続けて問う。

 

「な、なら、そちらの方は?」

「おれは引き分けだった。時間切れ」

「ふ、ふん。どうせそこら一介の教師でしょう」

「担任の織斑先生だった」

 

 だが、その思いもよらない人物の名が上げられた途端誰もが驚愕の表情を浮かべ教室がどよめく。バナージは認識していなかったのだ。彼女と引き分けた、それがどういう意味を持つのか。

 確かにバナージは一夏に比べたらISについて学んだ。しかしながら、どのようなものかということだけにとらわれて、『世界最強』と呼ばれる人物のことを一切知らなかったのだ。

 

「――っ!」

「どうかしたのか?」

「あ、あな」

 

 何か言い終わるより先にチャイムが響く。休み時間が終わった。

 

「お、覚えてらっしゃい! 織斑先生が手を抜いてるのも気付かないお馬鹿さん!」

 

 そう言い残して彼女は去っていった。授業が始まり、千冬が教壇に立ったのだったがまだざわついている教室内を見渡して苦言を呈する。

 

「何を浮ついている? ……授業にならないな、なら先にクラス代表でも決めるか」

 

 誰か自薦、他薦問わずにいないか、と見渡す千冬。そして、おずおずとあげられた手に、自薦かと問う。手を上げた少女は頭を横に振ってから聞いた、バナージが千冬と引き分けだったと言ったがそれは本当か、と。

 それを聞いた千冬はしかめっ面をして、そしてバナージを睨む。どうして睨まれているのか分からないが面倒なことをしてくれたな、という気持ちだけは理解できた。

 

「――事実だ」

 

 そしてその返答を聞いた教室中が一気に周囲がうるさくなるが彼女は続ける。

 

「だが、本気ではなかった。全力ではあったがな」

 

 千冬は回想する。そう、確かに彼女とバナージは引き分けに終わった。

 これまでどのような相手であろうとその敵を一刀両断してきた彼女。だが、その刃が届かなかったのだ。

 殺気を感じて避けられる、ガードされる。暫く斬りあっていたが途中で彼女は感じた。なるほど彼は殺気に敏感なのだと。

 

 そうとわかったら殺気を消して斬ればいい。そうやって暫く斬りつけていると、今度は彼が対応を始めた。なんと、殺気を消しているというのに先ほどまでと同じような回避と防御を始めたのだ。

 久しぶりの好敵手に顔に笑みが浮かぶ千冬。同時に歯がゆく思う。どうせならば、自らに最も適合したISで戦ってみたいものだ、と。

 結果は時間切れ。だが、彼女はまだ彼が手札を残している気がしてならなかった。

 

 彼女の返答に、周囲のざわめきがおさまる。手を抜いていたのか、と。誰もが千冬がそうだったとしか認識せずに『互いに万全で戦ってなかった』という彼女の本意を汲み取れなかった。

 

「このことは置いておこう、本題だ。では誰かいないか?」

 

 落ち着いてからもう一度問う。すると返答があった。

 

「織斑君がいいと思います!」

 

 突如名前を出された一夏は立ち上がって抗議しようとするが、そんな姿勢を見せた瞬間に千冬が拒否権は無いぞ、と告げて黙らせる。

 

「リンクス君はどうでしょうか」

 

 同じようにバナージも推薦されるが、彼はあきらめたような表情で推移を見守る。何を言っても千冬が辞退を認めないだろうな、となんとなく思ってしまったからである。

 

「納得いきませんわ!」

 

 そして、好奇心だけで推薦されるこの状況に、努力で勝ち取った地位に自信を持つ彼女の声が響いたのは必然とも言えた。


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