納得いかない、そういったのは大方の予想通りセシリアであった。彼女はその綺麗な白い顔を赤く染め、たった今推薦されたばかりの二人を睨みながら自己主張をする。
「まるで男が珍しいから――そう、動物園に展示された希少生物だからと言って祭り上げている、そう見えますわ。クラス代表、重要な役目をそんな理由でさせるなんて言語道断、私のような優秀な人間がなるべきではなくて?」
「一理あるな、オルコットの言うことも。推薦した奴はクラス代表ってやつがそのクラス全体の履修状況の目安となる人間ということを当然理解しているだろうな?」
先まで散々男二人を押していた生徒の声が途端おさまる。
「――とは言っても、専用機持ちや代表候補生がいるクラスは少ない。どうせ変わらんだろうな、今のお前らのように物珍しさでクラス代表を選んでも、そうでなくてもだ」
それで、他に立候補するものは居ないのか。そういった意味をこめて千冬は視線を投げるが、もう誰も手を上げない。
とするならばこの三人の中から誰かを選ぶことになる。生徒の自主性を重んじるならば投票といった形になるだろうが、入学直後のこの状況においては調度いい塩梅にはならないだろう。
「この三人から選ぼうと思うが……さて、どうやって選んだものか」
「織斑先生、やはりここは私以外にはありえませんわ。あの男二人は推薦されたというのに胸を張るどころか、面倒そうな顔をしている。それに対して私はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生というエリート中のエリート、そして自ら立候補している。決まったも同然ではないでしょうか」
その口ぶりは一見ただの傲慢さしか見えないだろうが、しかし。裏には努力による確固たる自信があった。血の滲むような努力を外に見せない、貴族は貴族らしく優雅たれ。だが、それは裏を返せば事情を知らないものからすればただの嫌な奴としか見えない。
「私はISを学ぶためにわざわざこのような遠くの地まで来たのです。こんな、物珍しさで人を祭り上げるような、そんなところに来た覚えはありません!」
更に続ける。男が女の前に立って戦うなんて前時代的なものを見せる、それではこのクラスは滑稽な世にも珍しいものを見せるサーカスと同じではないか、と。
それを聞いていて黙っていられるほど、一夏は忍耐強くは無かった。確かに現代の価値観からしたら男が女と戦うということは間違っているのではあるが、いい意味でも悪い意味でも前時代的な『男らしさ』を持つ一夏からすれば我慢ならない内容だった。
「黙って言わせておけば、オルコット。俺たちを動物園の猿か何かと間違ってはいないのか? やるときはやるんだ、男だって。口だけ達者でまくし立てるような誰かとは違ってな!」
「な、なんですって! 貴方、私を侮辱しますの!?」
「先に侮辱したのはそっちだろ! 馬鹿にされて、頭に来ないやつなんていない!」
二人はたったまま睨み合う、そしてどちらともなくセシリアと一夏は相手に戦いを挑む。
「決闘ですわ! その傲慢な顔を吹き飛ばして差し上げます!」
「そうかい! その尊大な自信、叩き斬ってやる!」
そしてその様子を見ていた千冬はその幼稚な喧嘩に眉間の皺を濃くさせながらも告げた。たしかにこれは手っ取り早いし、誰もが納得するだろうと思いつつ。
「では、こうしよう。一週間後の月曜、アリーナで勝負をして勝者をクラス代表とする」
「決まりですね。……そして、そっちで黙っている貴方はどうするおつもり?」
途中から完全に傍観者と化していたバナージにセシリアは言葉を投げかけた。千冬も彼に向かって参加するように告げる。
「お前も勝負に参加しろ、リンクス。……いや、調度いい。お前とオルコットなら即日勝負が出来るだろう。初心者同士ではない、準備も必要ないはずだ」
「待ってください」
だが、ここで今までなにも口にしてこなかったバナージが声を出した。
これまでの二人の言い争いを聞いていて、彼自身もセシリアに言いたいことができたからであった。彼女はどうも男のことを誰もが頼りのないやつばかりとしか思っていない。きっと、誰もが椅子を尻で磨くような連中だとでも思っているのだろう。
だが、とバナージは思い出す。そんな人間じゃなかった、彼がここまで触れ合ってきた大人の男たちは。
先までの会話について周囲の生徒はむしろ一夏がおかしい、といった雰囲気だった。ただ、セシリアの物言いはあまり好まれなかったようではあるが。
バナージはしっかりとセシリアの瞳を見据える。
「いまさら怖気つきましたの?」
「違う、そうじゃない」
バナージは椅子をゆっくりと立ち上がる。その瞳には芯の通った光が灯されていた。それを真正面から見たセシリアは、どこか遠い過去の哀愁を感じた。何か、温かくて大切だった何かを思い出しそうだったのだが、続けられた彼の言葉に現実に戻る。
「セシリア・オルコット、君はどうしてそこまで一夏を――いや、戦おうとする男をまるで見世物みたいに言うんだ?」
「決まっています。男は矮小で、卑屈で、どうしようもない生物なのですから。私たち女が導いて差し上げなくてはなりません……かつての父のように」
違う、そうじゃない、とバナージは言う。セシリアがどういう過去を過ごして男に対してこういう態度になったのかを垣間見たバナージは、自分の過去を持って否定する。
「少なくともおれは知っているんだ、誰かのために何かをしようと一生懸命に生きた男を、大人たちを。確かに君の言うとおり、今は腑抜けた男ばかりかもしれない。けれど、誰も可能性を持っているんだ」
キャプテンや多くの大人たちのように、と胸で続ける。
「それは理想ですわ。そんな男なんて、この世界に誰一人としていない!」
「だったら、おれがその『可能性』を示す。男が虐げられるだけではなく――いや、弱くても、いつかは誰かを守れる、大きな背中を持つ人間になれる、そんな可能性を」
あの人達は、尊敬できる人間だ。おれも、いつかはあんな大人になりたい。宇宙(そら)で、地球で、たくさん教えてくれた。誰もが立派な人間だった。
夕方、そのままアリーナへと移動となり準備が始まった。新学期早々だったからもあったが、あっさりとそこの使用許可が下りて試合が始まることとなる。
ホームルームでの経緯を頭で振り返っていたがもうそろそろ予定の時刻だ。飛び立たなければならない。
『ユニコーン』は人の心を増幅するマシーン。己の心が強ければ強いほど『ユニコーン』は無二の力を与えてくれる。左頬に手を添える。今はその温もりを感じない、けれどあの時確かに感じた暖かさ。信じろ、自分の可能性を。為すべきと思ったことを、為せ。そういったのは
「父さん……」
そして必ず帰ると約束をした少女オードリー。おれはその約束を果たさねばならない。だけれど、おれは今、ここでやりたいことができた。だから届かないけど彼女に謝る。
「オードリー、ごめん。おれは……」
一度瞳を閉じて、そして開く。その時にはすでに彼の身体には純白が纏われていた。
伝説上の生き物をかたどった一本角、バイザーで覆われた瞳はなにも映さず、脳内に直接『ユニコーン』が得た周囲の情報を映し出していた。
ぐっと四肢に力を込める。
「バナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』、行きます!」
刹那、空に純白の機体が舞い上がる。
そしてその少し前、アリーナの観客席。そこで一夏は千冬と箒にはさまれるようにして座っていた。
「ちふ――織斑先生、勝てますか、バナージ」
一夏の問いに返されたのはただの笑み。それがどういう意味か図りかねていると、ブザーが鳴って試合開始の合図となった。オープンチャンネルでISとアリーナは繋がっている。つまり、戦闘中の会話がある程度は聞けるということだ。ただ、歓声に掻き消されることもあるのだが。
「セシリア・オルコット。『ブルー・ティアーズ』、出ます!」
ふわっと舞い上がった蒼の機体。第三世代IS、イギリスの技術力の粋を集めて作られた実験的な役目も負う『ブルー・ティアーズ』
「バナージ・リンクス、『ユニコーンガンダム』、行きます!」
そして、正体不明、スペックは開示できたものの、多くの情報が不明のまま、何世代に相当するのかも分からないIS『ユニコーン』
「褒めて差し上げますわ、逃げずにここまで来たことを! 最後の通告です、降伏するならそれを良しとしましょう!」
「おれは、逃げない」
「専用機持ちで良かったですわね、負けたときに言い訳できますもの。さあ、踊りましょう! 『ブルー・ティアーズ』と、私と一緒に!」
先手必勝、といったところか。セシリアは手に持っていたレーザーライフルを目にも留まらぬ速さで打ち出した。
無論、相手の実力を見るといった理由もあってそこまで照準を合わせてはいなかったが、さすが代表候補生と言ったところか、狙いは丁度バナージの胸元であった。しかしながら撃ち出すか、それよりも先に彼は動いた。その純白の機体は彼のイメージに完全に沿った動きをする。
「やりますわね!」
すかさず彼女はバナージがこれから先移動するであろう点を狙ってライフルを撃つ。しかしながらそのどの攻撃も掠めることなく彼の接近を許してしまう
『ユニコーン』の武装は少ない、手に持っているビームサーベルか、頭部のバルカン程度。ビーム・マグナムは威力は高いが撃てる数が限られている。だからこそ、彼は接近戦を選んだ
だが、多数方向からの『それ』を察知し、とっさに『ブルー・ティアーズ』と逆方向へ飛びのく。それとほぼ同時に『それ』からの砲撃が彼のいた場所に炸裂した。
「これは!」
「ブルー・ティアーズの奇襲にも対応できるだなんて……ええい、きっとまぐれに決まってますわ! 行きなさい!」
次々と打ち出されるビット兵器。四つの砲台。それらは全て己を狙っている。なるほど、それが隠し玉というわけか。
――いや、それにしては早々に出しすぎだ。まだ何かあるかもしれない
バナージは瞬時に先までの思考を破棄してそこまで考える。
次々と打ち出されるビーム、隙を見てセシリアに攻撃をしかけはするが、接近は難しく、ビーム・マグナムは撃ち出すまでのラグで避けられることが多い。もしこれが宇宙空間であったならばすぐに勝利できていたのかもしれないが、重力に慣れていない彼には加減がどうも難しいのだった。
ならば、数で圧倒されるのならこちらも対抗するしかない。『ユニコーン』のシールドをバナージは手放した
「防御を捨てて私に向かうつもり? まぐれの連続が続いたからと言って届くことはありません。ブルー・ティアーズ!」
それを見たセシリアは攻撃を集中させようと一斉に司令を出そうとした。だが、すぐに中断させられる。
「っ! どこから!?」
不意に撃たれたビーム・ガトリングガン。確かに避けた、避けたはずなのにそれは追尾して追ってくる。真正面の『ユニコーン』は何もしていない。ならばどこだ、どこが攻撃の起点か。
そして見つける。
「まさか貴方もBT兵器を――!?」
そこには先ほど『ユニコーン』が手放したはずのシールドが浮遊していた。それは自由に動き回り逃げ惑うセシリアを攻撃し続ける。そして、全く想像してもいなかった武器の存在に集中が乱れ、ブルー・ティアーズの制御が困難となった。それらはあらぬ方向にビームを放ち、バナージにその弱点を悟られる結果となる。
何故、BT兵器で一番トップを走っているのはイギリスだったはず。そう混乱しながらもなんとか集中を取り戻してセシリアはバナージに一点集中砲火を加える。もし、自分と同じような操作方法だったなら、ビットの操作中は動けまいと考えての事だった。
だが、その集中砲火もシールドによって阻まれた。いとも容易く弾かれてしまった攻撃に、一瞬思考が追いつかなかった。
「化け物……!」
恐怖を抱く。どうやっても勝てない、勝てるビジョンが見えない。
「ブルー・ティアーズ!」
悲鳴を上げるように更に二機、それを追加する。隠し武装だったはずのそれ。奇襲用にとっておきたかったそれ。だが、そんなことを言っている場合ではない。攻撃は当たらず、BT兵器の精度もあちらが上。敵のシールドは通らない。なら、手札を増やすしか道が無い。
対するバナージは増えたビットの対処に悩んでいた。ユニコーンモードで全てを対処しきるのは不可能。一見こちらが有利には見えるものの、決定打となる攻撃は未だ与えられていない。
片手でビーム・マグナムを発射した直後に強い瞳の輝きを持って、バナージは自らを『ユニコーン』に感知させた。
その一瞬の隙、ユニコーンが変形を始めようとする一瞬。セシリアは何が起きるのかは分からなかったが、とにかく隙があったから撃った。それは、間違いなく『ユニコーン』に全弾命中する筈であった。
しかしそれは全て外れた。ユニコーンを中心とする同心円を描くかのように全てのビームが屈折したのだった。
「なんてっ!」
一瞬の驚愕、そしてハイパーセンサーで拡張された己の視界にセシリアは見た。それまで『ユニコーン』のバイザーに隠されていた彼の瞳を。
「あっ……」
その力強い瞳。そして美しい赤が機体から次々と露出していく光景。それはどこか神秘的で、無意識のうちに見惚れてしまっていた。
(父様……)
その瞳に何故か、自らの思い描く父性を重ねた彼女だったが、一瞬でその妄想を振り払い迎撃体制に入る
『ユニコーン』の変身は完了していた。全身の赤は強く輝き、露出したバナージの真剣な表情が誰にも見て取れた。
「なにをするのかしりませんがっ!」
ビットを全て『ユニコーン』にもう一度向け、撃った。
だが、その全ての攻撃を一瞬のうちに避けたのか、否、まさに瞬間移動。その機体は先ほどまでと全く別の位置に存在していた。
その全身から放つ赤の燐光。それが残像を引き、ハイパーセンサーであっても知覚出来ないほどの速さを持って『ユニコーン』は動いた。
「また消え……っ!?」
もう一度良く狙って放った攻撃も、『ユニコーン』は高速で避けた。アリーナの生徒の誰もがその動きについていくことができず、ただ赤の曲線が描かれていく様を見ることしかできない。
高速でジグザグに動く。いくら慣性をある程度打ち消しているとはいえ、そんな動きをすれば操縦者もひとたまりも無いはず。いままで見たことのない機動を見せる機体だけではなく、操縦者(パイロット)も化け物。そんな想像までしてしまう。
ビットの一撃を回避した『ユニコーン』はその手に持ったビームサーベルでそのまま一機粉砕した。偶然かまぐれか、いままでそんな言葉で目の前の男を誤魔化してきた。いや、違う。これは必然だ。彼は自分の攻撃を察知し、そしてブルー・ティアーズの軌道が確実に見えている。
自らを守るようにビットを呼び戻したが、その過程で数機落とされた。もうガラ空きだ。
「インターセプター!」
最後の足掻き、悲鳴のような声を上げて唯一の近接戦闘用武器を呼び出すセシリアであったが。
「セシリア――ッ!」
それが呼び出されるよりも先に彼女の視界に最後に映ったのは美しい白と赤の機体、そして力強いバナージの瞳だった。
ブザーが鳴り、勝者が誰だったかを告げる。
最後の攻撃と共に気を失ったセシリア。彼女が重力に引かれて落ちるまでに即座に回収、腕に抱き、バナージは地面へとゆっくりと降下していった。全身の露出した赤は収められ、頭部の角は一本に。元の『ユニコーン』にふさわしいシルエットへと戻る。
地面に着地、それと同時に大きな歓声が沸き起こった。