「ワンオフアビリティ『NT-D』、それがお前の隠し玉だったのか、リンクス」
「『NT-D』?」
見ろ、と端末を手渡される一夏。同時に周囲の生徒がわらわらと集まってきて圧倒的な性能を誇った『ユニコーン』の情報を見ようとする
それを、ええい、邪魔だ、散れと千冬は言うのであったが、誰も離れることは無かった
遠くの女生徒が織斑君、私にも分かるように読んでって言ったので、一夏は詳細を読み上げる
「『ニュータイプ・デストロイヤー』、略して『NT-D』……おいおい物騒だな。で、詳細は――うん、文字化けしてる」
気になっていた情報が全く持って手に入らなかったために、誰もが前のめりの姿勢から崩れ落ちそうになる
「いや、一つだけ記述が――『サイコミュ・ジャック』、サイコミュ兵器のコントロールを奪う。すごいな、敵の装備を奪うって事か。……で、サイコミュって何?」
誰もが知らないようで、隣に座っている千冬でさえも首を横に振った。誰も知らない未知の兵器、それを奪う能力
そして、そこから一夏は突拍子も無いことを思いつく
「もしかして、誰も知らないそのサイコミュってのをあの『ユニコーン』は使っているんじゃないのか?」
と。それは当たりであったのだが、そもそもサイコミュとは何かを知らない時点で誰もそのことを確認する手立ては無かったのだった
「それよりも気になるのはデストロイされるその『ニュータイプ』ってやつだよな」
「あれほどの高性能を持って攻撃される『ニュータイプ』、どれほど強いのだろうな」
「ああ、千冬姉のアレがまた始まった」
好戦的な自分の姉に呆れながらも、一夏は身支度をして観客席に来るであろうバナージとセシリアを待つのであった
この試合、見ていたのは一夏達が在籍している一組の生徒だけではなかった。一年だけでなく、上の学年の生徒でさえも、代表候補生と男が戦うという噂を聞いて集まってきたのだった
「珍しいよねぇ、かんちゃんがこんなイベントに興味を持つなんて」
「数少ない男、そして専用機――見てみる価値はあると思う」
「それもそうだねえ。そういえば、男の子二人はとってもかっこいいんだよ」
更識簪、『ユニコーン』が初めてこの世界に立ったときにその現場に居た少女。彼女は昔からの付き合いである布仏本音と共にその試合を見ていた
純白の一本角。その機体も十二分に格好がいい。搭乗者の表情を隠すバイザーに、装甲の継ぎ目から見える赤の線。大きめなシールドもいかにもといった形で格好がいいし、大口径の背負われた銃も重そうで格好がいい。頭部にバルカンがあるのも評価点高いし、そしてなにより
「見て、今からあの機体が『変身』する」
簪はその現象を心の中で角割れと呼んでいた。自分がつけているディスプレイに情報が次々に表示されていく。上昇していく機体性能、それを見て
「これは……多分、この姿が本当の『ユニコーン』。性能向上目的の変身ではなくて、リミッター解除の類」
とても興味深そうに、それこそ彼女が趣味に没頭しているときのような熱い視線でバナージを見ているそんな姿を見て、本音は一瞬驚いたような顔をした後、笑うのだった
試合が終わって暫く、先に帰るねと本音に言って席を立ち、アリーナの階段を下りる彼女。そして、その途中に彼とすれ違った
「あっ……」
咄嗟に振り返り、何か声をかけようかするものの、突然の自分の行動に驚いてしまった。あまり他者との関わりを持たない、社交的ではないといえる自分が突然知らない人、しかも男に話しかけようとするだなんて
「バナージ・リンクス……」
簪とすれ違い、そのまま階段を登って観客席に辿り着いたバナージ。既に制服に着替えており、汗もシャワーでパッと流してやってきた
「リンクス、見事な試合だった。これから先この小娘共が目指す、そんな目標になれるようなそれだった」
「ありがとうございます、織斑先生」
「さて、あとはオルコットが来たら今後の予定を……ああそうだ。織斑、これを」
千冬から手渡されたのは部屋の鍵だった。暫くの間自宅から通う予定だと聞かされていた彼は、その鍵に驚く
「寮の鍵ですか?」
「そうだ、準備が出来たから今日から入ってもらう。必要そうなもの――まあ元々物欲が無いお前のことだ。充電器と木刀があれば十分だろう? あと当分の着替えだ。既に運び込んである」
「ありがとうございます?」
手渡された鍵の番号を見る。1025、その番号は
「ああ、おれと一緒か。よろしく、一夏」
「バナージか。まあ流石に女の子と一緒の部屋ってわけにはいかないしな」
懐から同じ番号の鍵を取り出したバナージ。男二人で同じ部屋になるようだった
「お待たせしました」
「来たか、オルコット。では、明日以降の予定を話すからメモをとるなりしてしっかり覚えておけよ」
そして諸連絡が終わり、解散となった
一夏と肩を並べて寮へと向かおうとするバナージ。そして、そんな二人の後ろに並ぶように歩く一組の生徒、そしてしれっと一夏の真後ろにいるのは箒
「お待ちください」
バナージは声をかけられる。声の主は誰もが想像したとおりにセシリアだった
「セシリア」
「貴方の言うとおり、まだ男にも腑抜けていない、強い者がいるのですね」
ごめんなさい、と謝罪するセシリア。そして一夏に向かって告げる
「織斑さん、私は男の――人間の可能性に、バナージさんの言葉に賭けてみたくなりました。一週間後、私は全力で、手加減抜きで貴方と戦います」
だから、一週間。そんな短い間でどれだけ強くなれるのか、見せてください。そう言って去っていくセシリア。朝までにあった見下すような態度は消えて、対等な、そんな感じがした
「変わったな、オルコット。……バナージ、俺は強くなりたい。だから、力を貸してくれないか?」
「一夏――わかった」
そんな二人の会話を聞きながら歩くセシリア。彼女は自分が意識を失う直前、バナージが、『ユニコーン』が自分を抱えたときに伝わってきた暖かさを思い出していた
機械と機械が触れ合っていただけなのに、何故か暖かさを感じた
とても心地がよくて、どこか昔を思い出すような切ない感覚……そう、小さい頃に父に抱かれていた安心感。そんなものだった
思い出した――いや、世の中の風潮に流されてそういう偏見を抱いていただけだったのかもしれない。本当は心のどこかで分かっていたのだ。父はただの腑抜けた人間ではなかったと
ISが世に広まる前までは、彼がオルコット家の当主として家を切り盛りしていたのだ。そんな父の姿をどうして忘れてしまっていたのか
女性優位の世界において、家の品位を落とさないために敢えて一歩引いた態度をとっていたのではないか?
今ではもう亡い人だ、どうやっても確かめられない。見下していた過去を謝ることも出来ない
「父様……」
自分の父親だった男と同じ暖かさを持つバナージ。彼と触れ合ったあの一瞬、それがどうしようも無く切なかった
「バナージさん……」
これが欠けてしまった父への愛情が生み出した哀愁なのか、それとももっと他の感情なのかは分からない。でも、私はこの感情を大事にしようと思う
「今度は、負けません」
胸に手を当てて、そう誓う
※
次の日の朝、バナージと一夏、そして箒は何故か外を走っていた。やはり何をするからにしても基本の体力は必要だろう、ということで早くに起きたのだ
すると、偶然日課で走り込みをしている箒と遭遇して、一緒に走ろうということになったのだ
早起きに慣れていたバナージはともかく、新聞配達などをやっていた一夏のどちらも寝坊する事が無かった
「しかし、一夏はともかくバナージまで体力が無いとは」
バイト三昧で、一般的な同学年の男子よりかは多少ある程度の体力しか無かった一夏。それと同じくらいにしか走れなかったバナージ。先の戦闘を見てかなりの実力者だとは思っていたが、バナージは体力が無かった
それもそのはず、ずっと宇宙に居たのだ。重力下の生活が辛くないはずが無い
「め、面目ない」
「おれはただの工専生だったから」
大汗をかいて地面に座りながら三人は話す。ふと、先のバナージの言葉にひっかかりを覚えて問う
「工専生? てことはもしかしてバナージって年上?」
「一年先に生まれたことになるのかな? まあ別に今までと同じように接してくれて良いよ」
じゃあ箒、あとで食堂で会おう、そう言ってバナージはシャワー室へと向かっていく。残された一夏と箒は顔を見合わせる
「リンクスって結構フランクだな。私の事を普通に箒と呼ぶし」
「西欧人だからファーストネーム呼びが普通なんじゃないのか?」
「それもそうか」
そして食堂、もう一度集合した三人はトレーを持ってあいている席を探していた。すると、手招きをする人影をみて、それが誰かが分かり三人は向かう
「おはよう、のほほんさん」
「おはよ、おりむー。ほらふたりも座って座って」
勧められた席に座り、本音と他に居た二人も会話に加わる
「織斑君朝からそんなに食べるんだ~!」
「それほどでもない」
冗談めかしてそう言う一夏。そして逆に彼は問う
「皆は逆にそれだけで足りるの?」
「お菓子食べるし?」
「そっかぁ」
女の子の主食は甘味、なるほどと脳内にその事を留めておく彼だったが、ふと隣の箒のトレーを見て考えを改める
「お前、お菓子食べるのに朝食そんな食べて大丈夫なのか?」
見るからに和食。米、味噌汁、卵焼き、焼き鮭。そんな一夏の発言に顔を少ししかめながら箒は私はあまりそう言うのは好まない、と返した
人生損しているな、と三食きっちり食べて適度にスナック菓子を嗜む一夏はそう思う
「で、バナージはどうしてそうなった」
彼のトレーには箒と同じような和食。それが2セット
「ジャパニーズワショクは既に絶滅したと思っていたんだ! それがこんなところで食べられるだなんて!」
「あー、ちょっとリンくんは日本を勘違いしているかな?」
本音は苦笑いをする。周囲の日本人生徒も同様のようで、どこか嬉しそうに日本食を食べているバナージを、温かい目で見守るのだった
別に今日だけで食べられなくなるわけでもないのに一生懸命日本食を堪能するバナージであった
そして放課後、なんとか借りる事のできたアリーナと、IS『打鉄』を纏った一夏。そして一緒に同じ機体を纏う箒、その二人の前にバナージは立っていた
授業中に一夏に専用機が与えられるとか、休み時間に先輩からISの操縦教えるよ、と言われたりしたのだが、専用機はもしかすると試合に間に合わないかもだし、ISの操縦はバナージに教えてもらえばいい。よって、一夏にとってそれらの事はほとんど脳内からきれいさっぱり忘れ去られていた
そんなことよりも、このアリーナが使えるようになるまでの間に剣道場で箒にボコボコにされた事が脳内に残っていたのだったが――
「空を飛ぶってイメージが中々に難しいな」
「宇宙で――いや、水中で移動するような気分になればある程度は上手くいくと思うけど」
最初のうちは四苦八苦しながらも、ようやく自由に空を飛んで身体を動かせるようになった二人。元々武道をやっている身だ、自分の身体を客観的に捉えることは易しい
地道な訓練を続けて一週間、ようやくその日がやってきた
専用機はギリギリ間に合った。けれども一次移行(ファーストシフト)をするための時間は無かった。本日の予定は一夏とセシリアの戦いの後に、一夏対バナージは行われるはずであったが、急遽その順序を逆になった
万全な状態で一夏と戦いたい、セシリアが申し出た結果だった
「バナージとの戦いでモノにしろ。いいな?」
「了解」
機体に背中を預ける一夏。そんな彼にマニュアルなどを渡す千冬と真耶。そして応援のためにピットに来ていた箒
「意地でも『NT-D』くらいは引き出してくるさ」
「意識が低いぞ一夏。――勝って来い」
箒はそう激励する。少し面食らった一夏だったが、すぐに表情を引き締めて分かった、と告げる
「織斑一夏、『白式』、出る!」
直線的な軌道で空へと飛んだ一夏。そして目の前の白と対峙する。『ユニコーン』の白、『白式』の白。二つの白が、互いに激突をした
「バナァァァァジィィィィイイイイイイ!!」
呼び出したのは刀一本、無銘。チキチキと視界の隅で最適化の作業を行っている様子が見て取れる。説明されたのを聞く分だと、武器はこれ一つしかないようだ
しかしながら、自分には射撃センスは全くないし、これが似合っている。一夏は先手をかけながらそう考えていた
振った刀はバナージが振ったビームサーベルと交錯し、激しい火花を散らせたのだった