織斑一夏にとって、姉とは自分を庇護してくれる唯一の存在であったし、いつかは逆に守るべき人だと考えていた
しかしながら、姉は世間一般で言われる『かよわいおんなのこ』などではなく、むしろ逆。男勝りで誰よりも強い――比喩ではなく――女性だった
そんな存在をどうやって守るというのだろう、一夏は中学生の間、それもとある『事件』が起きた後から考えるようになっていった
自分が弱いから、迷惑をかけた。彼女の栄光を汚した
けれど、強さとはなんだ? 現代日本の一般社会であのような事件に遭遇するなどまずありえないと言えるし、そもそもプロレスラーが強いから誰かを守れているなんて話も聞いた事は無い
それならば、と一夏は考えた。現代社会で守るとは何か。その結果、思い立ったのが自らの社会的地位の向上に、裕福さ。その二つがあれば姉を『武』の面ではなくても守る事ができる、そう考えたのだ
無論、姉はそうそう簡単に守らせてくれるような社会的地位でもないし、貧困に喘いでいない。ブリュンヒルデという称号は誰もが納得するものであったし、女手一人で自分をここまで育て上げるなど、やりくりも上手ではあった。彼女は有り余る金を持ったとしても使い果たす事など出来ない人間だ
つまり、一夏が考える『守る』は、ほぼ不可能と言ってもよかった
答えが出ないまま、一夏は『守る』とは何かを考え続けた
「まだまだァ!」
いくら殺気を読まれて避けられ、防がれ、反撃されても、一夏は一歩も引く事は無かった。元来直情的で真っ直ぐな彼はそれしか能が無かったのもあるし、他に手段が無いのもあった
「織斑は攻めあぐねているな」
「飛び道具に対する訓練はリンクスとやりはしたが、所詮訓練は訓練。初心者の一夏が本気のリンクスと戦うのは初めてだ」
形態移行も出来ずにシールドエネルギーが削られていく一夏。対するバナージはほとんどと言って良いほどダメージを喰らってはおらず、このまま試合の決着が付くかのように思えた
「まだ10分か……最適化は間に合わんのか」
「お、織斑先生落ち着いてください」
千冬を真耶が宥める
「一夏、分かっているとは思うけどもう君のシールドエネルギーは残り少ない」
「ああ」
「でも、諦めていないんだろ?」
「当たり前だ」
唯一の武装である無銘の刀を両手に持ち、一夏は息も絶え絶えにバナージを見据える
「俺は1%でも……いや、たとえほぼ0%の勝率であっても、可能性があるなら賭けてみたい、そんな馬鹿な男だからな」
ギリギリと奥歯を噛み締めて、加速に身体を整える。一瞬の爆発、まさに刹那的な時間でバナージの眼前へとその機体を移動させ、そして全力を持って刀を振るう
敵が殺気を感じ取るなら、避ける前に斬りつける!
しかしながらバナージはそれすらも対応して見せた。目にも留まらぬ速さでビームサーベルを振りぬき、その刀にぶつけたのだ
一瞬の交錯の後に、両機ともそのまま8の字を描くようにまた衝突。バルカンで牽制してくる『ユニコーン』に、あたらない様にジグザグに動き続ける一夏
直線的軌道を暫く取れば、それはとまっているのと同じ。そう言ったバナージの言葉を脳裏に思い浮かべながらもう一度刀を叩き込む機会を覗く
「うおおおおおおおおおっ!」
そして、今だ! と踏み込み、加速。イグニッション・ブーストと呼ばれるそれを持って彼は突撃する。観客のほとんどが視認できないそれ、ハイパーセンサーを持ってしても対応に難しいそれ
しかし、バナージと『ユニコーン』は見事に防いで見せた。それも、身体の捻りを加えた威力の高いビームサーベルでの一振りで
一夏は体制が崩れ、後方に飛んでしまう。それを見てすかさず『ユニコーン』は背中に装備したビーム・マグナムを構える
本来、それはとてつもない威力を持って『ユニコーン』がMSだった頃は戦艦すらも掠める程度で撃墜させるほどのものだった。しかしながら、ISサイズに縮小した事と、競技用にとIS自体にリミッターが掛けられている、それに加えて絶対防御というシステム。それのおかげでバナージはセシリアや一夏に対して気兼ねなく撃てた
銃口に溜まる球状のエネルギー、一秒もしないうちに放たれるであろうそれを、一夏はハイパーセンサーが引き伸ばした時間、それ以上に危機を感じる身体が作り出した加速された思考を持って感じていた
だからといって、出来る事は一つしか無い。元よりこの機体は斬ることに特化した機体!
(何も出来ないまま終わる? そんなこと――)
無常にもそれは放たれた。圧倒的な威力を持って、自らを確実に落すために。それでも、と一夏は心から、そして腹のそこから叫ぶ
「さ、せるかぁぁっ!」
無銘の刀を振るうその一瞬先、彼の耳には電子音が響き、それの終わりを伝えた
「一夏っ!」
ビームマグナムと彼の刀とがぶつかり合った衝撃と轟音、それがアリーナ中を揺らし、こぶしを握り締めて応援していた箒を立たせるには十分であった
「織斑君……」
「いいや、あいつは負けていない。むしろ、これからだ」
ビームマグナムの光とはまた別種の光、それが一夏のいたはずの場所から噴きあがっていた。先ほどまでの無骨な装甲はなめらかに、そして手に持っていた無銘の刀は――そう、昔に見た美しいそれへと形を変えていた
「あれは、雪片(ゆきひら)? いや、違う。それの発展系」
千冬がかつて己の愛刀だったそれと、一夏の持っている刀とを重ねる。しかしながら、細部が記憶と異なっていた
「俺はまた千冬姉に助けられたのか?」
攻撃を切り裂いたその刀はバナージの脳裏に警鐘を鳴らすのには十分すぎた
(あれは、危険だ)
ぐっと気を引き締めてバナージは一夏に向かう。形態移行したことにより、彼の機体は文字通り彼専用の機体となった
細かなレスポンス、そして戦闘スタイルなどが反映され最適化された『白式』真の姿、それを持って一夏はバナージに対峙する
先ほどまでとは違った迫力を持って一夏は突撃の姿勢を取る。形態移行したとは言っても、経験の差は埋める事は難しい
「でも、力を感じる。この『雪片弐型』からは、途方も無い!」
雪片弐型が輝く。その光は一夏の意志の光でもあった
「これで、最後だあああああっ!」
一瞬の爆発。先ほどまでの速度とは比較にならないそれ。そして極限状態の一夏はまさに無我の境地に至っていた。圧倒的速度と無心の心で『ユニコーン』との距離を縮める
殺気に鋭く、直感も良いバナージであっても間に合わない、そう思わせた
だが、そこでブザーが鳴った。誰もがあっけに取られる中、一人だけ何がどうなったのか理解できた千冬はやれやれと首を横に振った
――勝者、バナージ・リンクス
当の本人たちを置いてけぼりにした結果を残しながらも、とりあえず両者とも互いのピットに戻るのだった
ピットに戻った一夏を出迎えたのは呆れた表情の千冬と、説明を求める視線を彼女に送る箒、そして残念そうな表情の真耶だった
「ごめん箒、勝てなかった」
「いいや、充分だった。銃弾を切り裂き、あと少し持てばあのオルコットでさえ与えられなかった強烈な一撃を与えられるとこまで行ったんだ。文句は無い」
「……そっか」
そして首を自らの姉に向ける
「で、ちふ……織斑先生。一体全体どうなったんですか?」
「とりあえずISを待機状態にしろ。話はそれからだ」
了解、と応えて待機状態に戻されるIS。それは真っ白なガントレットとなって一夏の腕におさまっていた。そして真耶から与えられる学内でのIS仕様についての注意が書かれた本などをもらい、落ち着いたところで本題にはいる
「それで、どうして俺は負けたんですか?」
「簡単だ。あの刀は自らのシールドエネルギーを使い、相手を一刀両断にするもの。当たれば必勝、外れれば大ダメージ。そんな諸刃の剣だ」
そんなのをお前は斬る一瞬だけでなく振りかぶったときから発動させていたんだ、当然バナージに良い様に削られていたエネルギーが枯渇するのも当然の帰結だ
と千冬は締めくくった
「と、いうことはつまり当たっていれば勝っていたかもしれない、と」
「もしもの事を話すな馬鹿者。結果は結果だ、揺るぎはしない。……まあ、確かに当たれば勝っていたな。それでも、お前の武器はそれだけだ。隠し通すだなんて不可能だと思っておけ」
「つまり、次回以降は対応されるってことか」
「当然だ。むしろ当たれば負ける武器を持っている相手に警戒しないのがおかしいだろう」
「それもそうだ」
しかし、こんなピーキーな機体、よくもまあ初心者にくれたものだと一夏は思ってしまう。だからといって射撃武器があれば勝てたかと聞かれると否、ではあるが
「ファーストシフトしたばかり、それにエネルギー切れで負けたようなものなので機体の整備は要らないですね。織斑君が暫く休憩したら次の試合に移りたいと思いますけど良いですか?」
「はい、山田先生」
「あ、それと。私たちは片方の生徒に肩入れするわけには行かないので次は観客席にいますね。運搬と書類を渡すために今回はここに居ただけなので」
「大丈夫です、分かっています」
「あ、篠ノ之さんはここにいても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
千冬と真耶は去っていった。残ったのは一夏と箒の二人。ベンチに座ってスポーツドリンクを飲む一夏を横目に、箒は呟く
「強いな、リンクスは」
「ああ、強かった」
「……勝ちたいか?」
「勝ちたいさ。負けっぱなしじゃいられねえよ」
意地があるのさ、男の子には。と続ける。それを聞いて、いつも無表情でそれを崩すときは怒りばかりだった彼女の顔に笑顔が浮かぶ
幼馴染の滅多に見られないその表情に一夏は惚けてしまった
「どうしたんだよ、急に笑って」
「昔を思い出したんだ。私に負けてばかりだったのに、ずっと挑んできたお前を。――ああ、悪かった。前に剣を捨てた、お前は変わったと言ってしまって。お前はお前だ、織斑一夏は変わっていなかった」
かつて、同じ道場で剣を学んでいた二人。先にずっと修練していた箒に勝てるわけが無かった一夏。それでも、意地になって何度も何度も戦いを挑んでいき、そして最後には勝利を飾ったのだった
中学になり、家庭のために剣を諦めなければならなかった一夏。そんな彼を彼女は入学初日に罵ったのだ。剣を捨てた! 私との思い出を捨てた! と
それでも彼の根本は変わっていなかった。愚直なまでに真っ直ぐで、意地っ張りで、家族思いで――ああそうだ。彼は家族が大事だったからこそ剣を諦めたんだ
ずっと彼との思い出を胸に、淡い初恋の感情。剣道をする事が彼との絆のような気がして、事情があったのにやめた彼を罵ってしまった。ただの独りよがり
「すなまい、一夏。私は不器用で、その……感情を表に出すのが苦手なんだ。たまにきつい事を言って、時には手が出てしまうかもしれない。それでも――私と共に居てくれるか?」
縋るような目。確かにこの一週間、理不尽に怒られたりした。手も出された事は、まあ一度や二度だけでは無かったと言っておこう。それでも
「当たり前だろう。お前は俺の大事な幼馴染なんだ。悪いところの一つや二つ、目を瞑ってやる。もっとも、それをただ放っておくなんて事はしないがな」
「……ありがとう」
箒は、ここ数年誰にも見せなかった笑顔を一夏に向けた。最後に笑ったのも、そう。一夏の前だったな、と彼女は思い返すのであった
それとほぼ同時刻、バナージは観客席にいた
彼は考えていた。『La+』の示す座標、そこに『ユニコーン』で向かうにはそれなりの理由が要るのだ。ISの学外での展開には特別な許可がいる
そして、その座標にもっとも近づくイベントが、IS学園一年生にはあった。臨海学校だ
その座標に何があるのか、分からない。けれどもバナージの直感は何かとてつもなく大きな変化が起きるだろうと予感していた
おれは帰らなければならない。彼女の、オードリーの元へ
「で、話とはなんだリンクス」
「クラス代表の事です」
けれども、それよりも先に考える事がある。おれは、異分子だ。この世界の人間じゃない
もし、おれが居なかったのならば一夏かセシリアのどちらかがクラス代表となり、その潜在能力を開花させていただろう。だから、おれの存在というイレギュラーが彼らの可能性を潰すだなんてことはしたくない
そう思うからこそ、バナージは千冬にクラス代表の辞退を申し出るのだった
「おれは二勝して、このままだとクラス代表。けれども、おれがなるよりも可能性を秘めた一夏やセシリアにその役目を全うしてほしいと考えています」
「お前も可能性を持っているのではないか?」
「おれはここにいていい人間じゃあありませんよ。おれの居場所は皆の待つUC(宇宙世紀)ですから」
千冬は少し考えた後、バナージの申し出を是とし、そして、一夏とセシリアの戦いが始まろうとしていた