バナージ・リンクスは確実にこの時代よりも先を生きていた、そう千冬に告げたのは彼女の古い付き合いで、そしてISというものを作り上げてしまった篠ノ之束という人物だった
彼が書き出した公式、理論を彼女に見せ、そして研究した結果それが正しかったからそれが確認できた、らしい
らしいというのはそういうものに疎いからであって、解説はされたが千冬はそれを左から右へと完全に流していた
しかしながら、己の頼みごとならば一日とかからずに仕上げて連絡をしてくる彼女が一週間もの間連絡してこなかったのが気になる。否、己との会話を文字ではなく言葉ですることを好む彼女が、立証した結果を翌日に文章で送ってきたのに、その日に電話が無かったのが気になったのだ
実験に時間がかかったわけではないのだろう、なにせ、結果だけはすぐに伝えられたからだ
ならば、彼女はいったい何をしていたのだろうか
『未知のISコアが何なのか、それを調べていただけだよ』
未知のISコア、それはつまり『ユニコーン』のコアのことだろうか? そもそもISコアを作る事が出来るのは彼女だけだというのに未知とはどういうことなのか
バナージのいた世界の歴史にはISというものが存在していなかったという、ならば彼が持ち込んだと考えるのは無理だ
ならば『ユニコーン』は何だ、どうしてそれが彼の乗っていたモビルスーツとやらとほぼ同一の容姿、性能を持っているのか。そういう疑問に辿り着くのは当然である
『流石の束さんでもわからないなあ。何故ISという形になったのか、どうしてバナージ・リンクスがこの世界にいるのか。それが分かるのは最早神以外の何者でもないよ』
ただね、一つだけ分かった事がある。と彼女は言った
『それはね――』
激しい衝突の音に千冬の意識は現実に戻された。目の前では一夏とセシリアが激しく戦闘を繰り広げている様子が見て取れる
セシリアに慢心は無い、それでいて一夏が攻めているのはIS同士の相性があるだろうか?
ちらりと彼を鍛え上げたであろう男を見る。その真剣な眼差しは二人の戦いを見つめていてこちらの視線に気付いていない
(束、いくらなんでもそれは無茶苦茶だ)
彼のまだ若い、小さな身体を見てそう思う。しかし、いつも突拍子も無い事を言い出しては大概真実に辿り着く彼女の事だ。確信があって私にそれを言ったのだろう
彼女は他人に対して愛情か無関心かの二通りしか感情を現してこなかった。好意を持つものには愛称を、その他には侮蔑を。しかし、束からはそのどちらの感情も伺えなかった
ならば、あいつはあいつなりにもう確信を得てしまったのだろう
(リンクス、お前がこの世界を救うか滅ぼすか、その鍵になるぞ)
やり場の無い感情に、彼女は拳を握り締めた
「ええい、ちょこまかと!」
ブルー・ティアーズは始めから六機。既に手札を切ってしまったからには隠していても仕方が無い。だからセシリアは全てを操り一夏を追い詰める
しかしながら、彼は不恰好ながらも対応し、避けて、落そうとしていた。彼もバナージと同じくビットの軌道が読めているらしい
「男は皆カンがいいのでしょうね!」
バナージのそれは最早カン、などと言う物ではなく完全な確信を持った対応に見えた。しかしながら一夏はそこまでの領域には達していない。それでも初心者とは思えない精度でかわし、反撃しようとしていた
(しかし、一週間前まで全くの初心者だったとは思えない動きですわ)
セシリアは思う。それに、この戦いの中で彼は格段に生長して行っている。むしろ、これは成長などではなく、腕を取り戻しているようにも――
(考えすぎですわ)
しかしながら、本国から送られてきた情報、即ち彼が小学生以前の記憶がほとんど無いというものがどうしても引っかかる
(それに、織斑先生のことも)
どんな国よりも治安がいいとされる日本において、あれほどの『武』を誇る人間がどうして生まれ得るのか。現在どんなIS乗りでも倒せないまで強いのはどうしてなのか
(でも)
今はそんな事はどうでもいい。やるべきことは一つだ。目の前で強烈な強さを魅せつける彼との真剣勝負、それがどうしようもなく気分を高揚させ、楽しい
「貴方は才能がありますわ。本国でもここまで私に対応して見せた者はあまりいなくてよ」
司令を下す。出来る限りの全力を持って目の前の男を落す!
「しかし、まだまだ実力が足りなくてよ!」
ライフルを構えて、撃つ。直線軌道を全く行わない上に高機動で一撃離脱の高速戦を得意とする『白式』
どうしても射撃武器は構えて狙うのにラグが生じる。そのためにセシリアは相性的に不利だった。それに
(一撃でも食らえば負け、そんなの反則ですわ)
バナージとの戦いで彼が手にした刀、それは千冬が現役時代に使っていたそれに酷似していて、それも能力が同じと来た
その能力を細大にまで発揮する千冬が一瞬で勝負をつけるのを何度も映像で見た
だからこそセシリアは弾を撃ちだすのをやめない。彼を近づけさせないために
それでも、果敢にその一撃を己に届かせようと足掻くその男は、誰よりも無様でいて、美しかった
(エネルギー残量的にものこり一撃、といった所でしょうか)
武器を自在に扱えていない彼は、無駄な消費が多い。それ故に相性が悪いには悪いなりにセシリアはまだ戦えていた
もしこれがバナージで、彼も一撃必殺の武器を持っていたならば、彼女は直ぐに負けていただろう
ならば、己がやる事は唯一つ。懐に飛び込んでくる彼を――
瞬間、距離はゼロとなった。刀を振りかぶる一夏、そしてライフルをそんな彼に突きつける彼女。勢いはとまらない、斬られるが先か、撃たれるが先か
「この距離なら、外しません」
不適な笑みを浮かべて、セシリアは引き金を引いた
そして数十分後
「と、いうことでクラス代表は織斑くんです。いやあ、一つながりでいいですね」
「いや、どうしてですか!」
一夏の叫びがアリーナに響く。結果、勝利したのはセシリアだった。引き金を引いたのが早かったのか、それと一夏が自滅したのか、どちらかははっきりしないが、ともかく彼は全敗でクラス代表になんかなるはずがなかった
それなのに
「バナージ、お前どうして全勝なのに辞退するんだ」
「試しに先生に辞退を願い出てみたら許されたんだよ」
「そしてオルコットも!」
「それは一夏さん、貴方の成長が見たかったからですわ。あとセシリアでいいですわよ」
はぁ、と盛大に大きな溜息をつく一夏。こうして彼はクラス代表に選ばれた。そしてその日の夜、彼のクラス代表祝いのパーティが開かれたのだったが
「リンクス君、リンクス君」
「何ですか?」
「ガンダムって何?」
そう質問をしたのは黛薫子、新聞部の二年生だった。どうしてクラスだけでのパーティに彼女がいるのか、まあそんなことはどうでもいいのだ。噂好きな女子は気になっていることがあった
「出撃のときに『ユニコーンガンダム』って言ったよね? その機体は『ユニコーン』って名前のはずだったけど」
ああ、と納得する。なるほどそういうことか。けれどもこの世界においてガンダムの名前は浸透していない。はてさてどう説明したものか、と彼は悩むが、結局
「『NT-D』を使って変身した『ユニコーン』、それがガンダムです。『ユニコーンガンダム』は愛称になりますね」
おおかたこれで納得できるだろうな、との予想通り彼女は納得してくれたようで次の質問に移った
「そういえば、織斑君とリンクス君に聞きたかったんだけど、彼女とかっている?」
途端、その手の話題に敏感な女子が彼らの周囲に集まり始めた
「俺はいませんよ、いたこともありませんし」
「おっと、織斑君はフリーだって? これはお姉さんが立候補しちゃおうかな~」
冗談交じりでそう言う薫子。そして、バナージにも話を振る
「リンクス君は?」
「彼女、といえるかどうか分かりませんけど、大切な女性ならいます」
おおお、とどよめく女子生徒達。そのなかにはそういうことに疎そうなバナージが気にするような女性への興味や、彼女持ちかという落胆の色もあったがバナージはそのことに反応することなく答えた
「へえ、写真とかってある?」
「写真? 写真……そういえばオードリーと写真撮ったことって」
そういえばそんな余裕なんてなかったな、と今更ながら思う
「へえ、なんだか面白いね。そういう関係って」
とりあえず、今にもそのオードリーとやらとの馴れ初めやらを聞きたそうにしている女の子たちが暴走しそうだ、と薫子はあわてて提案する
「じゃ、じゃあとりあえず記念に写真でも撮っちゃおうか。専用機持ち三人で」
はい、いくよ~と言って彼女はシャッターを切った。そして、その写真に写っていたのはその三人だけではなくクラス全員であった
「一瞬で全員が映りこむだなんて、やるわね」
妙なところで感心した薫子であった
※
それにしても、とバナージは考える
もうこんな環境に慣れ始めたんだな、と思ったのは突然見知らぬ少女が一夏に宣戦布告をし、そして千冬に殴られて逃走する姿を見たからだった
そして、そんな少女が今まさに箒と臨戦態勢なのだから頭も抱えたくなってしまうのは仕方の無い事だろうか
なるほど二人は一夏に好意を持つもの同士、反発し合っているのだなと分かってしまう。その思いを素直に口にすればいいのに、とも
少なくとも部外者の男がそんなどうでもいい喧嘩を仲裁する意味などなく、久しぶりに一人で食事を取ろうかと考えていた
一夏の救助信号を込めた視線に気付かないふりをしながら
「おーい、リンくーん!」
少し間延びした知った声に気付き、その方向を見る。そこには本音とバナージが知らない少女、簪が二人で食事をしていた
何故か簪の方は慌てた表情で本音を静止しているが、おそらく見知らぬ男との食事が気まずいから止めているのだろうな、とあたりをつけて呼ばれたところへと向かう
「どうしたんだ、本音」
「察しが悪いね~、一緒にごはんたべよ~」
「ちょ、ちょっと」
「いや、そっちの子は嫌みたいだしおれは遠慮するよ」
去ろうとするバナージに後ろから話しかけたのは簪だった
「べ、べつに嫌ってわけじゃ……その、あまり初対面の人は苦手だから……」
「うん、だからおれは一人で」
「でも、私は貴方とお友達に! ……その、駄目、かな?」
よく言えました、と言いたげな本音の満足そうな笑みを横目に、たまには知り合いを増やすのもいいか、と思いながらバナージは席に座る
しばらく一箇所にとどまっていたせいか、セシリアがバナージを見つけるのは容易だった。いつもとは違うメンバーで食事をしようとしている彼に気付き、たまにはいいかもしれませんね、と呟いて彼女はそれに混ざろうと歩き出した
「それで――」
「ストップ、ストップかんちゃん。リンくん引いちゃうよ」
「あぅ、ごめんなさい……」
「別にいいよ、おれの友達にも同じようなのがいるから、大丈夫」
簪がバナージに熱心に伝えていたのは『ユニコーン』の格好良さから自分の考える理想のIS、そしてヒーロー像にまで及んだ
「面白い話をしていますわね、更識さん、私も混ぜてもらえませんか?」
そして現れたのはセシリアだった
「オルコット、さん」
「久しぶりですわ、更識簪さん。ここに来ているとは思っていましたが、クラスが違うせいか全く会いませんでしたね」
面識があるようだ。そしてここでようやく目の前でさっきまで熱心に語っていた少女の名前を知った。そしてどういう関係かを問う
「私はイギリスの代表候補生、彼女は日本の代表候補生。代表候補生同士の交流試合などで面識がありました」
なるほど、とバナージは納得する。しばらく歓談した後、休み時間が残りわずかとなり、教室に戻るのだった
午後一番の授業、そこで千冬は次のイベントについて説明をする
「まだ話していなかったな。クラス対抗戦、それが近々行われる。無論、このクラスの代表は織斑だ」
説明が終わると、彼女はそのことについて綺麗さっぱり忘れたような口調で授業が始まった
そして数日がたち、そのクラス対抗戦が始まった
転校してきた少女、鈴と一夏から呼ばれる彼女は初日までは彼と比較的会話をしているところを見たものの、その後は全然一緒にいるところを見かけない
たまに廊下ですれ違うときには明らかに一夏へ敵意の感情を向けているのを見たバナージはどうしたのかを聞こうとするも、何も分かっていなさそうな表情の一夏を見て聞くのをやめた
聞くところによると、件の少女も中国の代表候補生らしい。どうしてこんな微妙な時期に転校してきたのかは知らないが、それなりに強いのだろう。まだ成長過程の一夏が勝てる確立は限りなく低そうではあった