相手は代表候補生、そして自分は全くのド素人。鈴と離れていた期間、それだけでその地位まで上り詰めた彼女は才能に、そして努力もしてきたのだろう
だからといって、一夏は簡単に負けるような男ではない。どんなに醜くとも足掻いて足掻いて足掻いて、一筋の光を手繰り寄せる、そんな男だ
バナージにとって、彼のそういう愚直なところは好ましかった。何度も挫け、ガンダムから遠ざかろうとしてきた自分とは境遇が違うにしても、メンタルの面で優れているのは分かる
「じゃあ、勝ってくるぜ」
彼はそう言ってバナージ、箒、セシリアに背を向ける。クラス対抗戦があるからというわけでもないが、彼らは四人で強化に勤しんでいた
日々もう立ち上がるのも辛いような、そんな激しい訓練をしていた一夏(日頃の鍛錬を怠らない箒とセシリア、そしてユニコーンに『慣れた』バナージにはそこまででもなかった)はメキメキと実力をつけていき、セシリアとの模擬戦の勝率は二割を超えだした
それが、彼に自信を付けたのだろうか、負ける事などないと言ったような表情で一夏はピットに向かう
「あの馬鹿、浮かれているな」
そう言うのは千冬。学校生活では厳しく接してはいるものの、時に見せる肉親への感情は微笑ましい
「自信が付いたところで壁を見せる、そうすることで一夏は更に強くなるだろうな」
「箒さんは一夏さんが負けるとお思いで?」
セシリアは不思議そうな表情を箒に向けた。いつでも勝て、男子たるもの云々と一夏に発破をかける彼女らしからぬ発言だったからだ
「無論、負けてほしいなどとは思わん。勝ってほしいと思っているが――それがあいつの成長に繋がるかどうか、それを考えるならば負けたほうが良い、とは思っている。まあ、どのみち勝ったところで上には上がいる。初心者の一夏や私が天狗になったとしても壁となってくれる存在が、な」
ちらりとバナージを伺う。その視線を受け止めて、彼はこれは大きな期待をかけられたものだ、という内心を出さずにそうだね、とだけ応えた
そうこうしているうちに試合が始まる。クラス対抗戦ということもあって一年生の大半に、そして上級生がちらほら見える
アナウンスに従い、アリーナへと飛び上がった一夏と鈴、彼らは互いににらみ合ったまま動かない
『甲龍』、鈴の専用機。彼女に触れることなく浮いているユニットが特徴的で、赤と黒のその装甲が勝気の鈴に似合ってると言えた
「覚悟してきたかしら?」
「当たり前だ。お前こそどうなんだよ」
「はん、あんた相手に覚悟なんていらないわ」
スッと青龍刀を持ち上げる。それに応えて一夏も雪片弐型を担ぐ
「言ってくれるな……」
そして直後に来る爆発に身体を整え
「それでこそ鈴だ!」
突撃――! だが、そう簡単に一撃を貰うようであれば代表候補生になどなってはいない、当然のように彼女は持っていたその双天牙月で雪片弐型と斬り結んだ
「奇襲? 残念! 丸見えよ!」
一気に出力を上げて押し出してくる。それに応えよと一夏も全力でそれに迎え撃つ。だが、互いにその拮抗状態にいるわけにもいかず、どちらが先かは分からなかったが、いったん距離を取った
「ごめんね、一夏。斬るしか能が無いのに斬らせてあげられなくて」
そんな挑発。しかし、一夏はそれが聞こえなかったかのようにもう一度突撃を仕掛ける
ジグザグの軌道を描き、その全てが瞬間的な加速。暴力的なGに振り回されそうになりながらも一夏は敵の一瞬の隙を探す
無論、そんな子供だましのフェイントともいえない彼の動きに惑わされる鈴でもない。速度を使ってかく乱してくるならば、全身全霊でその動きを見極めるのみ
ある人が言っていた。IS乗りはたまに殺気を感じることがある、と。それはISコア同士がネットワークで繋がっているがゆえに、僅かな機微がそれにより相手に伝わってしまうのだ、と
バナージ・リンクス。織斑一夏を鍛え、そしてその技量も圧倒的と目される人物。対セシリア、一夏の情報は既に世界中の関連研究施設に轟いている
対戦の履歴を見るに、彼の人物は『攻撃が来る前に回避行動を起こしていた』
そのこともあり、先ほどの仮説は真実味を帯びて、研究が活発になり始めていた
その事を知らない鈴でもない
彼女自身、感じたことがあるのだ。ハイパーセンサーに頼るでもなく、相手が何をしてくるのか、極限状態に至ったときに一瞬、わずかな一瞬脳裏に浮かぶ、そんな感覚を
それは中国拳法における気、とも関連付けられるのではないか、そっちの方面にも彼女は最近知識をつけ始めていた
故に
「見えるのよ」
彼の一撃を難なくかわす。そしてがら空きのボディにその青龍刀を叩き込もうと振り上げるが、それを彼も感じたのか、咄嗟に反転し、また火花が散る
「まるで動物みたいだな!」
「だからこそ、あんたに一撃を食らわなくてすむのよ!」
そして再び距離が開く
「中々やるじゃない。――なら、これは避けられるかしら?」
彼女の『甲龍』の肩に位置しているアーマーが変化した。その中から現れた球体が光を発し、そして
「っ!」
間一髪だった。立ち上るような彼女の闘気。それが膨れ上がったかと思うと、一気に先ほどまで一夏のいた場所へと突き抜けたのだった。完全に避けてしまってはそれがどのような指向を持ったものかは分からない
だからこそ、彼はわざと雪片弐型がその闘気に当たるように回避したのだった
腕がはじかれるように後方へと傾く。それは物理的な攻撃だった? エネルギーは己付近から感知していない。なれば、これは
「空気を圧縮して撃ちだしているとでも言うのか……?」
なるほど、それならばハイパーセンサーで察知する事など無いだろう。ならば、それをもって不可視の攻撃を仕掛けてくる鈴に対抗する手段は
「ほら、避けてみなさいよ! さっきあんたが私に言った、動物みたいに直感でさ!」
次々に撃ちだされるその衝撃砲。未だ未完成である一夏はそれを避けることは叶わず、その大半をモロに食らってしまう。一撃一撃でシールドエネルギーが削られる
見えない、避けられない、俺は、負けるしかないのか?
「そんなの、認められるわけが無いだろ」
目を、閉じる。見るんじゃない、感じろ。理解しなくてもいい、ありのまま、水のような澄み切った心で。燃え上がる炎のような己では感じられない、水の波紋がその原点を示す、そういうイメージを
そして、目を開けた。精神統一、幼い頃に叩き込まれたそれ。己と向き合い無垢な心になるための儀式
白であるならば、黒が分かる。意識の外に現れた敵意という墨汁が、はっきりとその在り処を示すのだ――!
バナージが思考訓練と称した、多方向からの敵意を次々と倒していくゲーム。意識を集中させる、それが魂レベルで叩き込まれていた彼にとって容易く、それでいて効果的だったそれは、鈴に対しては圧倒的な効果を出した
「どうして、避けるのよ……」
呆然と、鈴が呟く。アリーナに観戦しにきていた誰もが思ったその言葉を彼女が代弁した
沈黙が落ちるアリーナ。断続的に砲撃の音がするものの、それは一夏に当たった音などではなく、彼の背後にあるシールドに衝突するそれだった
目の前で彼女の闘気と共に空気が爆発したのを感じながらバナージは呟く
「一夏、君は――」
彼は驚いていた。自らが幼い頃、父親である男に遊びとしてやらされたそれ。幼い頃という何もかもを吸収しやすい時期に行われた数々の遊びという皮を着た訓練
それがあったからこそ、バナージはただの日常にずれを感じていたし、そしてあのような事態になっても自分が何をするべきかが何故か分かった。マシーンを介した戦闘、その中でも殺気を感知して闘う事が出来た
そういう下地があって、今のバナージがいるのだ
だが、一夏はどうだ? 親が行ったそれの真似事を試しにやってみただけで彼は不可視の攻撃を避けることが出来た。小学生以前の記憶が無い、つまりそれはかつての己と同じか、それともあの女性(ひと)のように――
いいや、考えすぎだと頭を振る。宇宙にも出ていないのに、そのような思想があってたまるものか
途端、眉間に光が弾けるようなイメージを持って、バナージはそれを感知した
「織斑先生! 直ちに試合を中断してください! 生徒の避難をお願いします!」
「リンクス? いったいいきなり何を」
「お願いします! おれは『ユニコーン』で出ます!」
「おい、リンクス!」
駆け出した彼に周囲の誰もが驚き、そしてその後ろ姿を見送る事しか出来なかった
一介の生徒が口出しした内容に、教師が簡単に答えることなどできない、それも試合の中断や生徒の避難など
しかしながら、十数秒遅れて鳴り出したアリーナの警報、そして轟音と共にそこに張られていたシールドが突破された事実を持って、彼女らは彼の発言がただの妄言ではなかったと理解した
一瞬の空気の波。恐怖や困惑が乗ったそれが観客席に広がる。どこかで冷静な脳内が、彼女らの思考を進める
侵入者? それもISのそれよりも格段に強いアリーナのシールドを破って来た。それは、やろうと思えば自分たちを殺せるというのと同じ――
彼女らは優秀だった。だからこそ、恐怖した
そんな侵入者に戦いを邪魔され、そして今正に真正面で対峙している一夏と鈴は一時的に休戦をしていた。彼らとて、馬鹿ではない。侵入者がシールドを破ったという事はISの持つ絶対防御も貫いて殺される可能性すらあるということ
畏れはある。でも、一夏は守らなければならない。それが彼の本質なのだから
アリーナには姉がいる。いくら世界最強とはいえ、ISの攻撃を食らって無傷で居られる訳が無い。ならば、俺が食い止めなければ
「一夏! 逃げるわよ!」
「馬鹿か、鈴! いま逃げたらアリーナが滅茶苦茶だ!」
「だから何よ! ただの学生にアレをどうこうできるとでも思ってるの!」
ぐっ、と言葉に詰まる。確かに彼女の言うとおり、俺に何が出来るわけでもないだろう。こんな緊急事態は教師が解決してくれる
心はそちらに傾いていた。だが
「私が撤退までの時間を稼ぐわ。だからあんたは逃げなさい」
その言葉で、そんな自分は霧散した
「ふざけるなよ、お前を残して逃げるなんて、死んでもできないね」
熱源反応、相手はこっちを狙っている。逃げなくて良かったな、少なくとも俺が的になるんだから
しかし、と一夏は一瞬で思考を切り替える。先ほどの攻撃から、避けた場合の被害がありうるかもしれない。アリーナのシールドは壊される事なんて想定もされていないはずだ、何か起きてもおかしくは無い――
避けられない、ならば斬るしかない!
だが、その覚悟は必要が無かった。何故ならば
「一夏!」
「バナージ!」
白の機影、一角獣を模したフォルム。『ユニコーン』、それが現れてそのシールドでビーム攻撃を防いだのだった
「どうにか隔壁が封鎖される前に来れた!」
「馬鹿なのあんた! 死にたいわけ!?」
突如現れたバナージに鈴は罵声を浴びせる。それもそうだ、バナージは自ら死にに来たようなものだったからだ
バイザーで隠された彼の表情は見えなかった
罵声を自らに上げた彼女に彼は一歩も引くことはない。既に『ユニコーン』と分離したシールドファンネルが『三機』、彼の周囲を浮かんでいた
「増えた?」
「『ユニコーン』の拡張領域(バススロット)にあったんだ。特別な装備でもないから重火器もまだ入ってる」
「なら、生きて帰って見せてもらわないとな!」
再びの砲撃。しかし、それらは全てIフィールドに弾かれた。その爆発に防がれながらも、鈴はバナージに声を上げる
「いくらあんたのシールドが強いからと言って、耐え切れる保障は――!」
「なんとかする!」
彼女の言葉を遮り、シールドが縦横無尽に動き回る。サイコフレームの発する物理的な力によるそれは、既存の物理学では説明の出来ない事だった
次々に発射される敵の砲撃。しかしながら、一撃必殺の威力を持つであろうそれは発射までのラグがあり、そう連射は出来ない
故に、防御をするのは容易かった
「撤退しろ、なんて言ってもどうせ聞かないんだろ? なら、三人でやるしかない!」
ビームマグナムを相手の正体不明機(アンノウン)に向けて撃った。強烈なその一射を避けた相手、だが、その隙を見て鈴が衝撃砲を撃ちだす
「セェェェェェアッ!」
零落白夜、それは一撃必殺の技。一夏はそれを持って全身装甲(フルスキン)の敵機を撃破しようとしていた
しかし、それを崩れた体制からさらに身体を捻ってかわした敵機は、すぐさま一夏に照準を合わせる。しかし、それも『ユニコーン』のシールドによって防がれた
「この分からず屋!」
バナージは声を荒げる。彼は通信で許可を求めていた。それは、『NT-D』の発動。PICがあるにしても、システム発動時のパイロットへの負担は看過できない、それも、まだ成長期の少年だ。だから、『NT-D』は封印させられた
この事態においても、上はそう簡単に許可を下ろさなかった。貴重な男性操縦者が身体を壊してしまうなんて事があってはならない。今、そんな事を言っている場合ではないのに
だから、バナージは命令無視をした。己が為すべきと思ったことを、為すために