IS:UC   作:かのえ

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『NT-D』を発動させたバナージ――否、『ユニコーン』にとって稼動するのに必要なのはバナージの操舵などではなく、彼の意思だけだった

 故に、身体を動かそうとするその脳の電気信号が各筋肉に伝わる前にはその機体は動作を終えている

 一秒が幾秒にも引き伸ばされたかのような感覚、それを感じながらもバナージは敵を見据える

 一本角は金のV字アンテナに。彼の瞳を隠していたバイザーは稼動してデュアルアイ・センサーを露出させ、そして全身のサイコフレームは赤に発光する

 その拘束を解かれた一匹の可能性の獣は、その敵にビーム・マグナムを片手で向けた

 

「リンクス!」

 

 その行為に声を上げたのが千冬だった。駄目だ、と脳内で叫ぶ。競技用に出力を抑えていたはずのその武器が『本来の』性能を持って敵を撃墜させようとしている。既にアリーナには彼ら以外の人間はいないし、確かに流れ弾があったとしても問題は無い

 しかしながら、相手は人間だ。『ISは人間にしか動かせない』

 

「バナージ! 駄目だ! 相手はにんげ――」

 

 一夏のその叫びが届く前に、バナージは意識のトリガーを引いた。指が動くよりも早く、ユニコーンはその引き金を引く

 一瞬の溜め。そして放たれた弾丸は圧倒的な威力を持って敵を蒸発させよと直進する。だが、敵はそれを間一髪で避けた。が、爆発に巻き込まれて甚大なダメージを負ってしまう

 

「あんた、人殺しを」

「違う、あれは人間じゃない。プログラムだ!」

 

 え、とその声がするのと共に煙が晴れる。そこには片腕を失った全身装甲の機体があったが、千切れた肩からは血が滴っているわけでもなく、むしろコードなどの機械類が露出していた

 

「リンクス、お前はいったい何が見えているんだ……」

 

 モニターで様子を見ながら千冬は呆然としていた。なるほど確かに言われてみればあの全身装甲機は無人だった。だが、それをこれだけの短時間で見破るだなんて、ちょっとやそっとじゃあ出来ない

 画面の中の赤の燐光は残像を伴いながら再び無人機へと特攻を掛けようとしていた

 

「一夏! 零落白夜を!」

「言われなくても!」

 

 片腕を失いながらも『ユニコーン』と格闘を続ける無人機。しかしながら、それは圧倒的に『ユニコーン』が有利であった

 やろうと思えばビーム・マグナムで相手を蒸発させる事はできる。しかしながら、それをしてしまうと何故こうなったのか、誰が『これ』を送り込んだのかの情報が分からなくなってしまう。だから、相手の動力源(エネルギー)を刈り取る事が出来る一夏に後を任せる事にした

 

 先ほどまでの『ユニコーン』では想像も出来ないような高速軌道でバナージは敵を翻弄する。撒き散らされるビーム攻撃は先ほどまでの威力から比較出来ないくらい弱体化しており、Iフィールドで防ぐまでもなかった

 どうしても一撃必殺が効かないなら、数撃てばいいという無人機の主の意思なのだろうか

 しかしながらバナージはともかく、一夏や鈴も避けながら参戦出来ているという事態からそれは悪手だったのではないだろうか

 

 中々に一撃を加える隙を見せない無人機。奥の手は確実に仕留めるときにだけ使うように、と心の中で決めた一夏は臆病なくらいに零落白夜を使おうとはしなかったが、確かにこう何度も避けられていると使っていたならばもう自滅していたであろう事は誰の目にも明らかであった

 即席のチームワークではあったが、三人は少しずつ敵のシールドエネルギーを刈り取っていった。鈴の衝撃砲も、無人機には見えないようで、しょっちゅう胴体に直撃させられている

 

「バナージ、あいつの動きを止めることは出来ないか?」

「やってみる!」

 

 そして、ついに逃げ回っていた無人機が『ユニコーン』に掴まれた

 背後から敵機を羽交い絞めにした『ユニコーン』は圧倒的な力を持ってそれが抜け出そうともがくのを阻止する

 完全に一撃を加えられる状況だ。一夏は零落白夜を発動させ、そして刀のきらめきがその機体に振り下ろされるのだった

 

「おおおおおおおお――!!」

 

 正に一撃必殺、一夏のそれは敵のエネルギーを全て刈り取り、完全に沈黙させる事に成功した

 崩れ落ちた無人機の背後に浮かんでいた『ユニコーン』も、その光が消えて元の姿に戻っていく

 なんとかなった、と肩で息をする一夏。この戦いにおいて『ユニコーン』の高機動によるかく乱はとてつもなく有効だった。もし、彼がいなかったならばとても厳しい状況に陥っていただろう

 自分や鈴の動きは完全に見切られていた。なら、勝てるとするならば瞬間加速に鈴の衝撃砲の威力を利用した命がけの加速、まさに諸刃の剣ともいえる方法しかなかったのではないか

 体躯が一回り小さくなった『ユニコーン』。バナージが無人機を抱えて地面に降下すると、ずんずんと詰め寄ってくる機影が。それを止める気力は既に無く、一夏は幼馴染の猛攻からバナージを守る事は出来なかった

 

「ちょっと! 説明くらいしなさいよ! どうしてあれが無人機って分かったわけ!?」

 

 まあまあ、となだめる一夏とどう返答すればいいのか悩むバナージ。ピクリとも動かなくなった無人機はそのまま、暫く教師が突入してくるまでこの状況は続くのであった

 

「はあ、心配して損した。貴様らは元気だな――まあ、とりあえず休め。暫くしたら事情徴収もあるだろうからな」

 

 現れた打鉄を纏った千冬に三人は「はい」、と答える

 その後に行われた事情徴収では専ら、どうして対峙したのか、運よく勝てたものの死んだかもしれないんだ、と心からの心配をぶつけてくる千冬に少し居心地の悪い三人であった

 

 今回の事件は、対抗戦を観戦していなかった上級生にも広まった

 

 正体不明のISに襲われ、そしてそれに対峙した三人。しかも、相手はアリーナのシールドを破ってくるような火力を持っている

 そんなのとは相対するだけで危険だというのに、彼らは撃退した。それはまるで物語の英雄譚のようだった

 

 正体不明に対して果敢に挑み、そして多くの人間を救った。そんな三人が学校中で人気にならないわけが無い

 

「なーんか、客寄せパンダみたいで嫌になるわ」

「廊下を歩くだけで人だかりが出来るだなんて、芸能人にでもなった気分だ」

 

 鈴と一夏はそう愚痴を言いながらも昼食を掻きこんでいる。文句を言うのか食べるのかはっきりしろ、と箒に突っ込まれた二人は食べる事を最優先にして呆れられたのだが

 

「いや、そもそも一夏さんは数少ない男性だったのですからこういうのには慣れていると思っていましたが」

「慣れないよ。慣れたら苦労しない!」

 

 セシリアの指摘にああああ、と頭を抱えてのた打ち回る一夏。よほど辛かったらしい。箒がよく頑張った、と頭をポンポンと叩く。一夏が落ち着くまでそうしていた箒が不意に呟く

 

「しかし、リンクスは絶対安静か」

「『NT-D』を使ったからとの事ね。全く、何なのよあの馬鹿げた性能。ハイパーセンサーで

も見切れないってどういうことよ」

 

 鈴は再びギャーギャーと喚く。ああ、うるさいとはその場に居たほかの三人、一夏、箒、セシリアはげんなりとしながら何度も繰り返されたその光景を見る

 

「絶対あのムカつく面を吹き飛ばしてやるんだから!」

「なあ、なんで鈴はバナージに怒っているんだ?」

「感謝の裏返しですわ、おそらく。素直になれないんでしょう」

「理不尽だな」

 

 お前が言うな、と一夏とセシリアの心のツッコミが箒に入った。穏やかな昼休みの中、いつものメンバーは一番の功労者を欠いたままそのゆったりとした時間を享受するのだった

 

 一方、バナージはというと命令違反についての書類を書かされる羽目になっていた

 アリーナ外でのIS展開(今回の事件発生直前の移動時に使っていた)、封印された『NT-D』の使用についての始末書だ

 

「はあ」

 

 ペンを転がす。こういう作業は誰も好き好んでやるわけが無く、もちろんバナージも気が進まなかった

 

「頑張って……」

「ふぁいとー!」

 

 どうしてここに簪と本音がいるのだろうか、そんなことを考えながらも彼は保健室の薬品の匂いを感じながら文章を書き続けた

 

「リンくんが心配だったから来た、じゃ駄目?」

「別に駄目ってわけじゃないけど……」

 

 はあ、と溜息をつく。作業をしているのを食い入るように見られるのはあまり好きではない。気が散ってしまうから

 

「簪?」

「ご、ごめん。邪魔だった、かな?」

「いや、そんなに見られると。何ていうか……」

 

 あの事件の日からずっとこうだ。簪がおれのところにしょっちゅう来る。何がしたいのか、何をして欲しいのか分からないけれど

 それに、彼女と一緒にいると自分に向けて殺気が現れる。その方向を見ると、簪と同じ髪色が見えたりするのも悩みだった

 

(更識楯無、簪の姉で生徒会長、か)

 

 妹に近づく男に警戒しているのだろうか。そのうち接触してくる可能性のある彼女の事を考えても頭が痛くなるような気がした

 

 

 あ、倒されちゃった

 そう篠ノ之束は戦闘データや映像を見て、それだけの感想しか抱く事は無かった。送り込んだ無人機は現行のISの『どれよりも強い』はずだったのに、結果は圧倒的な敗北だった

 

「計画を早急に進めようとしたから『神様』から罰が下ったのかな?」

 

 うふふ、と妖艶に笑う。彼女としてはバナージ・リンクスの参戦は容易に想像できたものだった。否、参戦してもらわなければいけなかったのだ

 ある程度のところで一夏を痛めつけるのをやめて、あの妙に彼につっかかる小娘を殺そうとまで思っていたのだったが、早すぎるバナージの参加によってその計画すらも壊されてしまった

 

「IS学園の隔壁はそう簡単に壊す事は出来ない。あの『ユニコーンガンダム』の『デストロイモード』でもそれは同じはずだったけど……なるほど、ニュータイプか」

 

 ニュータイプ、と同じ言葉を繰り返す

 

「ああ、早く見たいな。この世の果て――宇宙も越えたその先にある世界を」

 

 だから、と『ユニコーンモード』へと戻っていく機体を眺め、そしてそれを愛でるかのように画面に指を這わせながら束はささやく

 

「だから、お願いします。私を、導いて」

 

 しばらく、その白亜の機体に思いを寄せていた彼女であったが、突然電子音がその部屋に響く。暗い部屋の中、電子機器が散在し、どうしようもなく足元も怪しいその部屋の中。それであっても、彼女はその電子音がどこから響いてくるのかが分かったし、数瞬もおかずに誰から見てもごみ山の中から目当てのものを取り出した

 天才だから為せる事。ありとあらゆるものの保存場所はその頭に叩き込む事も無く分かっている。整理する必要は無い、そこにあるのは分かっているのだから

 散在する中にも彼女なりの秩序があり、必要なものは容易く手に取ることは出来た

 

「やっほー、ちーちゃん。束さんだよー?」

「おい束、あれは一体何だ!」

「え? あれ?」

「お前が送り込んできた無人機の事だ!」

 

 ああ、あの何にも役に立たなかったゴミの事か、と思い至る。電話口の千冬がどうしてそんなに怒っているのかは理解できないが

 

「それが、どうにかしたの?」

「どうかした、どころではない。無人機だという時点でおかしいというのに、搭載されている兵器、そのどれもが既存のそれよりも危険な代物だ。お前は一体何が目的で――」

「あるべき物(ヒト)を、あるべき姿に戻すだけさ」

 

 それに、私にとってはちーちゃんやいっくん、そしてあの子以外はどうなってもいいんだよ、と付け加える。どんなに危険であってもちーちゃん達に危害なんて加えないよ、とも

 

「篠ノ之は――箒はお前の夢を真剣に応援して、そして願っているんだぞ。夢のために他の人間はどうでもいいだなんて」

「分かってくれるよ。だって、私の妹だもん!」

 

 自信を持って答える

 

「それに、今私がやっていることは必ず人間のためになる。そう、どうしようもなく使えない人間が一つの『可能性』になるんだ。これほど喜ばしい事は無いよ」

「……そんなことのためにバナージを利用するつもりか」

 

 千冬は問い詰める。だが、束には理解できなかった。利用する? そんなことができるのは誰もいない。私がやるのはただの手伝い。それだけで願いは叶うのだから

 

「さっきも言ったでしょ。あるべき人(モノ)を、あるべき姿に戻すだけって。だから、安心して」

 

 きっと、世界はよりよくなるんだから

 

 ふふふ、はははと声を上げて笑う。そうだ、これが効かなかったんだからもっと別のプランを考えなきゃ。調度いいことに夏には彼がこの近くに来る。なら、迎え撃てばいい

 一夏や箒を追い払って危険が無いようにするためにはどうすればいいのか悩むけれども、この好機を逃したのならば暫くチャンスは来ない

 

「ねえちーちゃん。この世界は面白い? 私はぜんぜん面白くなんてないよ。IS、圧倒的な性能を持って技術革新を促して人を一段階上のステージへと乗せる。そんな計画が馬鹿共によって頓挫したんだ。ああ、面白いわけが無い。けどね、私は今はとても希望に満ち溢れているんだ!」

 

 楽しい、楽しいよと束は笑い続けた




二章に続く

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