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「学年別トーナメント?」
一夏は突如姉であり、そして今いるクラスの担任である千冬がそうクラスに向けて発した言葉に困惑する。それもそうだ、学年別トーナメントと言ったところで、結局優勝するのはどこかのクラス代表に決まっている。少し前にクラス対抗戦があったばかりで、同じようなイベントが連続するというのはどういうことだろうか
「と、まあこんな事を誰も考えるだろう」
一夏が想像していた内容を千冬は全体に説明する。皆、同じような疑問を持っていたのか、首を縦に振った
「しかしだ、優勝だけが全てではないだろう? 今の貴様らに勝ち負けは意味が無い、参加する事に意味があるんだ。勝敗だけに拘り過ぎるのではまだ青いぞ? ま、後は自分たちで考えるんだな」
以上、と言い放ち彼女が教室を出て行った後、誰もが始めての試合になるであろうそのイベントに思いを馳せるのであった
「今年の一年の優勝は誰だろうね?」
「専用機持ちの誰かでしょ」
「それ以外にもなんか素質ある子いたら面白いよね」
夜の食堂、そこには情報が各クラスの教師から伝えられた学園の生徒達は学年別トーナメントの一件で持ちきりだった
中には身内で誰が優勝するのかを賭けたりもしており、その様子が耳に入ったバナージは気が早いな、と思うのだった
新聞部の黛薫子が聞いてもいないのに教えてきた情報によると、先の一件で学園の危機を防いだ、と人気のあるバナージや一夏、そして二組で一夏の幼馴染である鈴の三人のうち誰かが優勝するだろうと予想されているらしい
「話題にもされていませんわ。バナージさんや一夏さんが話題に出すぎて入試トップだというのに「ああ、いたね」程度……納得いきません」
「仕方が無いだろう、この三人は目立ちすぎた」
イギリス代表候補生、そして主席合格だったはずのセシリアが優勝するかもという話は全くと言っていいほど出ていない。それは先の一件が大きくなりすぎたというのと、その前の決闘騒ぎでバナージにいい様にされたというのも影響していた
箒は最近ちやほやされる一夏に若干の苛立ちがあるのか、多少不機嫌気味だった
「まあ、私はそれよりもあの新聞部の先輩が言ってた転校生というのが気になるわね」
「鈴の言うとおりだ。またお前みたいに微妙な時期に転入してくるんだなあ、しかも二人」
「私が微妙だって?」
鈴の冗談に笑いながら一夏は、その食べ物の選択が微妙だよ、と言う。確かに鈴はラーメンに白飯という炭水化物に炭水化物を食べるという、見る人によっては不思議に思われるような選択をしていた
「いいのよ、私はこれで。……思うに、この二人は専用機持ちね」
「根拠は?」
「逆にセシリア、普通の生徒がこの時期に入学するという勇気ある行動をしたとして許されると思うの?」
「それは確かに」
その場に居た誰もが鈴の仮説に納得し、そして多分そうだろうなと思うのだった。そして、それが正しかったのだと翌日の朝、HRによって彼らは理解した
クラス中転入生の話で持ちきりだった。そういう噂好きな子が情報を仕入れてくるのもあったし、なにやらどの教師もあわてているような様子があったからだった
きっと、これは本当に来るかもしれないと機体を抱いていたのである
「転入生二人を紹介します! 入ってください」
教室のドアがスライドして開く。扉の向こうに居たのは金と銀。綺麗な金髪を持った人物は、そのシルエットから誰もが驚愕した
「お、男?」
どこからともなく声がする。そう、現れた人物の一人は男だった
騒然とする教室内であったが、彼の背後から現れた銀の人影の放つ異質な雰囲気とその容姿に少し戸惑いを誰もが抱く
長い銀髪に、黒の眼帯。凛とした視線はどこかの誰かを連想させた
「挨拶をどうぞ、ではデュノア君」
呼ばれた金の彼は教壇に立ち、自己紹介を始める。その優しげな眼差しに柔らかな物腰と雰囲気。そして誰もが安心するような、そんな声を持つ彼は堂々と立つ
「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。ISを使える男、ということで一時保護されていましたが、色々と上のほうであったようで、こうやってここに来る事が出来ました。これからよろしくお願いします」
一礼。よく躾けられたと思われる所作に誰もがほう、と息を吐く
「では、もう一人。ボーデヴィッヒさん」
続いて前に進んだ小柄な身体は、それでいて大きく見せるような存在感を持って誰もを威圧する
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以前はそちらの教官の下で師事を受けていた。以上」
ラウラはそう言って千冬に視線を向ける。それを受けた千冬は補足説明をした
「以前ドイツ軍で世話になっていたときの教え子だ。その点では貴様らの先輩にあたるとも言えるな。……あと、ボーデヴィッヒ。教官はよせ」
了解しました、そう言って一礼し一歩下がった彼女はそのまま沈黙した
誰もが色々聞きたくてたまらないが、その雰囲気に質問できないというこの空気に、生徒との和気藹々とした生活を夢見て教師になった副担任たる真耶は多少打ちひしがれていた
それでも、と教師の職務を全うしようと声を上げた
「で、ではHRをはじめます! 二人には席を用意してありますのでそこに着席してください!」
シャルルとラウラの足音だけが響く。だが、数歩もしないうちに片方の足音が止まった。ラウラは教壇の目の前に座っていた一夏の目の前に立ち止まったのだ
「貴様が織斑一夏か?」
「ああ、そうだけど」
「……認めたくないものだ。貴様が教官――いや、織斑先生の弟だという事を」
何故、と問おうとするもその視線の圧力に気圧されて一夏は何も言えなくなってしまう
「存在の重みが無い。少なくとも、そこのもう一人の男は重いぞ?」
急に向けられた顔に、背筋がひやりとする感覚をバナージは覚えた
「さっさと座れ。ボーデヴィッヒ」
「了解しました」
千冬にそう言われて直ぐに行動を起こすその姿に、どこかの誰かの影をバナージは重ねた。自らにとって絶対的な存在に追従する、そんな男の影を
あの男はどうなったのだろうか。殺してはいない、生きてはいるだろう。だが、彼の全てだった男はこの手で殺めた。信じたものを失った彼はどうなるのだろう
「HRはこれで終わりだ。そこの二人に聞きたいことは山ほどあると思うが、授業に遅れないようにしろ。いいな?」
千冬のその声でバナージは現実に戻る。考えていても仕方が無い、それよりも今の困難を乗り切るのが先だ
そう考えてバナージは一夏に目配せをする。何を言いたいのか察したのか、一夏は頷き、千冬が教室を出たと同時に行動を開始する
「あ、二人とも始めまして。僕は」
「さっさと移動するぞ! バナージ!」
「ああ、質問攻めにあってる時間は無い!」
戸惑っているシャルルの腕を取ってバナージと一夏は走り出した。ちょっとまってよ、という声が教室中から響いたが、二人は無視して足り続ける
更衣室について一息をつく。ここには女子は来ない、ようやく三人は安心できるのだった
「い、いつもこんなことを?」
「いや、君がいるからだよ」
バナージは苦笑しつつ答える。シャルルは鈍感だな、と思いながら
「さっさと着替えようぜ」
「そうだね。下に着てるから脱ぐだけだけどさ」
言ったとおりに、バナージは下にISスーツを着ていた。一夏も同じく、服を脱ぐだけで行為を済ませ、脱いだ服は無造作に投げた
几帳面で、自室は片付いているものの、こういった一つ一つの一夏の行動は、実は雑なところが多い
が、きちんとするべきところではしているために、彼の姉の部屋のようなひどい有様にはまずならないのだった
もっとも、そう言う面で適当なバナージと生活するようになってからは少し部屋が散らかるようにはなったが
「ふ、二人とも早いんだね」
「まあな、千冬姉にどやされるのは嫌だし」
「シャルルもこうしたらいいよ。じゃ、おれたちは先に行っとくよ」
え、待たないのかよ、と一夏は言うものの、どうせ織斑先生のことだ。実習で使うISの運搬はおれたちがするに決まってると言われて納得したのだった
「確かに、初日のシャルルには荷が重いもんな」
「そういうこと」
バナージが言ったとおり、実習で使う事になるISは彼らが運搬する事になっていた。それぞれISを纏ってそれらを運んでいると、ぞろぞろと生徒が集まっていき、そして一人で作業を眺めていたシャルルを包囲するかのようになってしまった
「あ、それは考えてなかった」
「バナージ……」
生徒から投げかけられる多くの質問に丁寧に答えながらも、助けてという視線を投げてくる彼の姿はハイパーセンサーで感じてはいたが、わざわざその中に飛び込んでいく勇気はないために、二人はわざとゆっくりと準備をするのだった
「今日はまず最初に実際の戦闘を見てもらうか……おいボーデヴィッヒ。リンクスと試合をしてみろ」
ざわ、と空気が変わる。それはやってきた転校生、しかも千冬にかつて師事していたという彼女がどれほどの実力を持っているのか、という興味。そして今だ底を見せていないバナージとどんな戦闘をするのか、という期待
「あれ、織斑先生。私は」
「山田先生はさっきここに来るときに間違って地面に落ちただろう? 身体を痛めていないか、という心配があってだな」
「め、名誉挽回のチャンスが……」
元々、模擬戦は真耶がやる予定だったのだが、千冬の一声で変わってしまう。それに、彼女には思うところがあってこの組み合わせを選んだのだった
(あの時からずっと彼女は変わっていない)
千冬の知っていたラウラ・ボーデヴィッヒは、今のラウラ・ボーデヴィッヒと寸分違いがなかった。少なくとも、人は変わる。それは良くも、悪くも、だ
だというのに彼女は全く変わっていない。その姿勢、そして心が
(だが、あいつはオルコットを変えた)
このままでは彼女が駄目になる。そんな危惧を抱えたまま千冬は帰国した。何度も文通したものの、どうにもならなかった
これでは教育者失格だな、とも思ってしまう。教え子が不幸に向かって走り続けるのをとめる事が出来ない、そんな己に不甲斐なさを覚えてしまう
でも、凝り固まった思想を容易く溶かしてしまった男がいる。バナージだ
彼ならもしかして、と思ってしまう。それでも、と言い続ける彼の姿勢に賭けてみたくなったのだ
「先生、何も転入してきたばかりのボーデヴィッヒさんが」
「構わん、やれ。突然の事態に対処できないようでは軍人など出来ない」
「そのとおりだ、イギリスの代表候補生。オルコット、と言ったか? 心配は無用だ」
既に黒を纏ったラウラは腕を組んですでに待機していた。対するバナージは少し戸惑ったものの、『ユニコーン』を出現させる
「バナージ・リンクス。貴様の戦闘データは既に目を通してある」
だから、出し惜しみせずに全力でかかってこい――!
突如放たれたラウラの専用機、『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンを間一髪で避けたバナージは、突如自らの機体が勝手に変形しようとしているのに気がつく
「駄目だ、ユニコーン」
怒りに飲まれ、暴れかけていた『ユニコーン』は、彼の言葉と共に制御下に戻った。だが、バナージは不安が残る。これはどういうことだ? ニュータイプはおれ以外にいるはずがない
「動きが止まっているぞ!」
次砲、それも避けてバナージは攻めに転じる。ビームサーベルを抜き取り、そしてラウラの黒い機体、『シュヴァルツェア・レーゲン』に接近
火花を散らしてビームサーベルとプラズマ手刀がぶつかる
危険を察知し、バナージはその場を一瞬で離れた。一拍も置かずにその場を何かが通過する。それは一本の線で、そして彼女の機体から発せられていた
「避けるか」
ならば、と次々に同じワイヤーブレードが発射され、バナージへと向かう。思いのままに『ユニコーン』と一体化したバナージはその卓越した空間認識力を持ってそれを全て掠る程度に避けるか、弾くことに成功した
両手でビームマグナムを構えて、ラウラに放つ。だが当たる事は適わず、その場から圧倒的加速で離脱し、そして攻撃に転じてきたラウラにシールドを突き出す
「早い!?」
「瞬間加速(イグニッション・ブースト)くらい出来ずに何がIS乗りか!」
『ユニコーン』のシールドに手刀が当たるが、ビクともしない。舌打ちと共に超至近距離からレールカノンが放たれようとした。当然、この距離なら直撃でとてつもないダメージが予想される
だが、バナージはその『ユニコーン』の化け物の如き出力で彼女の腕を掴み、そして地面に叩きつけた
「やるな! だが!」
ふと、何もない虚空から殺気が通る。マズい、そんな直感と共にその場から離れる。一瞬の差で避ける事が出来たものの、それが何を意味する殺気だったのかまでは分からなかった
「チッ、やはり貴様はカンが良すぎる」
ラウラは再び加速をして、『NT-D』を封じられている『ユニコーン』へと襲い掛かるのだった