ひぐらしのなく頃に 醍   作:陸 理明

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鬼ヶ淵

 少し驚いた。

 あの事件が終わってから、もう七、八年ぐらい経つ。

 もう当時の記憶も薄れてきてはいるとしても、それでも何人かは祟りについて面白半分に調べにくる記者ななどはいたが、『オヤシロ』さま自体について調査に来たというものは初耳だった。

 レナは少しだけ態度を改めることにした。

 青年の話に好奇心をそそられたのだ。

 

「竜宮さんは、『オヤシロさま』はなんの神様だと思いますか?」

 

 突然の問いに、レナは答えられなかった。

『オヤシロさま』は『オヤシロさま』だとしか言いようがない。

 

「この村を守る神様ですね。外に出てはいけないとか、外に出たものには祟りがあるとか言われていましたけど、実際はそんなことのない優しい神様だと思います」

 

 外に出たものを祟ると言うことの真相を知ったレナにとっては、自らの罪でないことを気に病んで謝罪する心の優しい神としか言えない。

 だが、何の神かといわれても……。

 だが、彼女の困惑をよそに青年は話を続ける。

 

「『オヤシロさま』は古手神社に祀られた神で、雛見沢の守護者です。ただ、僕が東京で調べた資料ではそこまでしかわかりませんでした。そこで、僕はまず古手神社を訪ねました。神主が留守ということなので、中は見ることが出来なくて、外から窺うことしかできなかったんですが、はっきりいって驚きました。形式としてはとても正しい神道の神社でしたから。よく考えれば、ここは京都に近いし、当然ですよね」

 

 まあ京都まで二時間ぐらいだ。

 

「普通なら、神社ですから神道で祀られているのは、天照大海の神です。でも、外から見た感じでは祀られている神様がはっきりしません」

 

 確かに神道だし。

 

「それは『オヤシロさま』というのが、雛見沢独自の神だということでしょう。祟り神ということですから、生前に非業な死を遂げた過去の人物という可能性があります。で、ここに来る前に東京で調べたんですが、僕は『オヤシロ』さまというのは、村の奥にあるという、元々この村の名前の由来だった鬼が淵のことではないかと思っていたのです」

「鬼が淵?」

「はい」

「だって『オヤシロさま」は神さまですよ」

「地名というか、場所が神格化した神さまというのは日本には結構あるんです。例えば、人の顔に見える巨石を神様に見立てたものなどですね。それに、僕がそう思った根拠は、別にあります。『オヤシロさま』の、さまは敬称だと仮定すると、問題はオヤシロということになります。同様に「お」も尊称だと考えれば、残るのは『ヤシロ』になります。雛見沢の人は「社」という字をそこに当てていたようですが、僕はこれが「沼」のことだと直感しました」

「どういうことなんですか」

 

 青年は、メモ帳に「沼」という字を書いた。

 若いくせに意外と達筆だった。

 

「では、沼と言う字をバラしてみます。三つに部首に分けると、それぞれが『シ』『刀』『口』になります。『刀』という字をさらに崩すと、『ヤ』になりますね。三つを並び替えることで『ヤ・シ・ロ』となります」

 

レナはびっくりした。

確かにそうだ。

 

「でも、村のみんなは、べつに沼の方には行きませんよ。亡くなった人の遺体の一部が見つかったりしたこともあるので、逆に怖くて近寄ったりしません」

「そうなんです。確かに、雛見沢の人たちは、沼をまったく神聖化している様子がないのです。僕が見に行ったところ、小さな祠としめ縄のされた木があったぐらいでした」

「それ、沼で亡くなった人の供養のためのものですよ」

「みたいですね。本当に最近のものみたいでしたから。僕は、もっとはっきりとした形跡があるものと思ったのですが、沼の付近には神社にかけているほどの労力の跡が一切みあたらないので、これは違うなと感じました。で、手詰まりになっちゃって、何かヒントが聞ければ、と雛見沢の歴史に詳しい人を訪ねてみることにしたのです」

 

 この青年はかなり真面目に『オヤシロさま』の正体について考えているらしい。

 レナは警戒をまた少し解いた。

 それから、彼女の知っている昔話について語り始めた。

 青年は目を閉じてじっと耳を傾ける。

 

       ◇

 

 まず、レナは鬼が淵について説明した。

 明治の頃まで、人食い鬼の住む村と恐れられ、今でも村人達は自分の身体の中に鬼の血が流れていると信じていることから始め、村人たちは普段は仙人と言われるぐらいにひっそりと暮らしているが、定期的にふもとの村に降りてきては獲物を攫っていった過去があったらしいことを語る。

 それはこのあたりでは鬼隠しと言われ、世間で一般での「神隠し」の雛見沢版であることを説明した。

 次に、鬼たちがどこから来たか。

 言い伝えでは、鬼たちは、地の底の鬼の国とつながっているという底なしの沼からこちらにやってきたらしく、その沼の名が鬼ヶ淵である。

 かつて、村人達はその沼をあがめていたが、ある日、鬼達が次々と沼から現れ、それは「地獄が溢れた」といわれている。

 鬼達は村人達を殺したが、村人達は戦うことも郷里を捨てて逃げることも出来なかったが、そのとき、「オヤシロさま」が降臨した。

 何らかの事情で地獄から追放された鬼達は、力の強い「オヤシロさま」に帰るように諭されても帰ることが出来ないと泣き、それを気の毒に思った村人達と共存することになった。

「オヤシロさま」はそのことを喜び、鬼達に人間の姿を与え、自らも地上に留まり、末永く両者の交流を見守ることにした。

 

「ここから先は、江戸時代にだいぶ手を入れられた話だということを念頭に入れてください」

 

 ……人と鬼の混血が進み、鬼の知識と技術を持った人々は仙人とも呼ばれ、周囲のものたちに崇められながら、ひっそりと暮らしていたという。

 だが、鬼は鬼でも、「人食い鬼」の血は、時折、眠りを醒ました。

 何十年かに一度人肉を食べたくてしかたのない彼らは、その度に人里に下りて『鬼隠し』をしたという。

 それは『オヤシロさま』も承知していたと言う。

 そして、その犠牲者を食べるための儀式が「綿流し」である。

 冬に使っていた布団の綿に感謝する祭りは、実は人の内臓であるワタのことであり、祭りとは凄惨な人食いの宴だった。

 祭具殿には、そのときに使った道具が収められているのだ。

『オヤシロさま』と言われている仏像のような御神体が祭具殿の中にあることは内緒にしておいた。

 見せろと言われたら困るからだ。

 もっとも、青年は祭具殿については知っているらしい。中にあるものについても、薄々見当はついているようだが、なにも言ってはこなかった。

 

 祟りと言われていた事件のことについても概略だけは教えた(レナは実際はすべての真相を知っていたが、それについては洩らしたりはしなかった)。

 ダム戦争のときの工事監督の殺人事件。

 村の神主が病死し、その妻が行方不明になったこと。

 ダム推進派の夫婦の事故死。

 その叔母の殺人事件。

 四年連続して綿流しの祭りで起きた事件を、『オヤシロさま』の祟りだと皆が恐れ、五年目にも起きるだろうと思われていたこと。

 意外にも、青年は多くのことを知っていた。

 村を実質支配しているのが、古手・園崎・公由の御三家であることや、園崎家がヤクザであるということについてもだ。

 御三家の影響が興宮の町などにもあることのみならず、現当主の三人についてもそれなりに知っているようだ。

 聞けば、アングラでは東京にも雛見沢のことは知られているらしい。

 やはり、あの事件は物騒な猟奇殺人事件としてそれなりに有名であるようだった。

 

 ここまでがレナの説明した内容であった。




レナの説明にはややフェイクが入っているのは、すべてを説明できないためとしないようにしているためです。
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