後醍醐。
それはかつての南朝の天皇のことに間違いはない。
それまで鎌倉幕府の北条家に政治を握られていた天皇家は、その力が衰えたのを機に権力を取り戻そうとした。
二度の元寇、各地に増えた悪党と呼ばれる体制外のアウトローたちによる治安の悪化、その他のもろもろの問題がその政変を後押ししていた。
正中の変、元弘の変をへて、一度は隠岐に流されたがなんとか脱出し、足利尊氏などの力を借りて、俗に言う建武の中興を推進した。
建武の中興とは、天皇親政・公家一統の復古事業を言い、元寇依頼の政治的・社会的不満と不安による反幕ムードと王政イデオロギーが結実した結果によるものといわれている。
京都に戻ってきた後醍醐天皇は、それらを精力的に推進した。
しかし、天皇親政は、公家を重視し、反対にそれに助力してきた足利尊氏ら武士達を遠ざけたことで不満を持たれることになる。
公家達は、武士達を軽侮し、大切な裁判の場をうまく捌くことも出来なかったらしい。
この時代の裁判では、武士達のもつ土地に関する権利に関わるものが多く、結果次第では巨大な不満を持つ反抗分子を作り上げてしまうのだが、武士達を軽侮する公家達にはそれが理解できなかった。
また、源氏から北条を経て、政治と言う世界を知った武士達は、どんどん自分たちの発言力を増し、今までのように不満を溜め込むことはしなくなっていた。
武士達の意見を汲む形で足利尊氏は軍を挙げ、後醍醐天皇を最終的に京都から追放したのである。
そして、足利尊氏は、別に光明天皇を擁して朝廷を開く。これが後の世に言う北朝の始まりである。
一方の後醍醐天皇は、吉野の里にもう一つの朝廷―――南朝をつくりあげ、ここから日本史始まって以来の二王朝並立という異常事態になるのである。
この南北朝時代は、両朝講和に至るまで六十年ほど続く。
しかし、後醍醐天皇自身は、頼みの綱であった南朝寄りの武士団の頭領である楠木正成、新田義貞を次々と失い、形勢不利のまま、後村上天皇に譲位し、結局は吉野の行宮で波乱に満ちた生涯を閉じた。
そんな、不遇だが溢れんばかりのエネルギーに満ちた日本史史上稀にみる闘う天皇こそが、後醍醐帝である。
「―――僕は、1339年に後醍醐帝が崩御したとき、その死因が不明なのが昔から疑問でした。『太平記』で『只生々世々ノ妄念トモ成ヘキハ朝敵ヲ悉ク亡シテ四海ヲ泰平ナラシメント思フ計ナリ』などと記されてその執念が残されていますが、細かい部分は不明なままなのです。暗殺されたのだとも言われていますが、この当時では後醍醐を暗殺しなければならない政治的理由は皆無です。なぜなら、北朝はすでに莫大な武力を背景にして磐石の状態ですからあえて暗殺という汚名を着る必要性はなく、対する南朝方においても強烈なカリスマを持つ後醍醐がなくなれば一気に瓦解するのは目に見えているので排除する理由はないのですから」
青年は自分の小説をテキスト代わりに講義のようなことを始めた。
すでに彼は自分の世界に浸っていた。
「僕はそれを逆手にとって、まあこんな伝奇小説なんか書いていましたが、今ここですべてがわかった気がします。……ちなみにレナさんは、新田義貞がどこで戦死したか知っていますか」
新田義貞。
その名はレナも知っている。
「新田義貞は、後醍醐帝の崩御される一年前に、九頭竜川付近の藤島の戦いで戦死しています。義貞は京から出て日野川を下り、最終的には藤島で戦死しますが、実はそういうルートを辿った理由がわからない。一説では、その近辺の北朝びいきの武士を集めるためだとも言われていますが、もともと、このあたりは新田義貞のテリトリーではないのです。彼が使うにはやや理由としては不十分だ」
「……」
「では、義貞はいったい、藤島で何をしていたのでしょうか? おそらく結論としては、彼は、誰かから依頼を受けて落延びる先を探していたのではないでしょうか。では、一体、誰のための」
一度だけ、息を吐き、
「そうです、君主たる後醍醐天皇です。そして、鬼ヶ淵こそ、後醍醐帝が隠れられるための場所として選ばれた終の住処だったのではないでしょうか」
二人は沈黙した。
「こうなると、『オヤシロ』さまの正体は、後醍醐天皇だと見て間違いないでしょう。彼はすべてが終わったあと、逃げ延びて彼を匿ってくれたものたちとここに潜みます。楠木、新田、頼みとする二人の武将を亡くした帝はすでに戦いを続ける意思をなくし、ここで隠棲なされるつもりだったのだと想像できます。その身を隠されるために、鬼の里の名前を隠れ蓑にしたのではないでしょうか。鬼とは朝廷が排斥してきたものたち、いわば天皇家の怨敵です。その中に、まさか今代の天皇が隠れているとは誰も思わないでしょうから。そして、おそらく、雛見沢の三家はそのまま後醍醐天皇の子孫にあたり、おそらく古手家こそが直系の子孫なのだと思います。天皇家は神事を司りますからね」
梨花ちゃんが、天皇陛下の子孫……。
あのえらそうな態度なら、わからなくはないかな、かな。
「これからの理由は推測の域を超えませんが、古手家の「古」の字が後醍醐の「醐」の中心に収まっていることや、後醍醐天皇自身が有能な霊能力者だという説もあるので、村で大切にされている古手神社の巫女さまがもっともあてはまるのだと考えます。園崎家などはもしかしたら、楠木・新田の子孫だったのかもしれませんね。さきほどの丸に一の字は新田の家紋ですから」
なるほど、だからさっきの反応があったというわけか。
「以上のことから、雛見沢は天皇家の子孫が隠れる場所であったにもかかわらず、歴史の流れの中でその意味を失い、特別な血筋の続く場所―――つまり鬼の子孫の住処という風に変貌していったのでしょう」
そういって、青年は立ち上がり、簡単な挨拶をして職員室から出て行った。
レナが時計を見ると、もう夕方だ。
急がなければ、先発隊に追いつかない。
だが、彼女はどういう訳か、動く気がしなかった。
青年の話が事実か否かに関わりなく、レナは必要以上に疲れてしまっていたのだ。
(オハギが食べたいな)
それだけがしか頭に浮かばなかった。
一箇所だけ本編の改変がありますが、おおよそ原作の設定をこねくりましただけです。
かなり前に執筆したものなのでアラが多いのが残念ですが……。
読んでいただいてありがとうございます。