4月も終わりに近づいた、ある日の朝のこと。
「すごい街並みだね。これが学園都市か」
「外とは技術が20年か30年違うらしいですからね。掃除ロボットがその辺うろついてるのも、こっちじゃ当たり前だし」
閑散とした歩道を歩きながら、俺は公園の自動販売機のそばを徘徊しているロボットに目を向ける。
「ああいうのがどこにでもいるんだねえ」
現在、俺はひとりのお伴を連れている。美少女だったりしたらうれしいのだが、残念ながら白髪混じりのおじさんだ。
「昔映画で見た未来都市っていうのが、こんな感じだったよ」
運転手のいないバス。数多くそびえ立つ風車。空を見上げれば、電光掲示板つきの飛行船が今日の天気を知らせている。
だが、ここは彼の言うような未来都市ではない。れっきとした、今この時代に存在する場所だ。
学園都市。東京都の3分の1の大きさを誇る、円形の街。総人口の大半を学生が占めており、施設も当然学校が多い。しかも世界で唯一『超能力開発』なんてだいそれたことを行っている、いろいろな意味で特別な空間である。
「科学の発展を追い求めてる街ですから」
「なるほど。その科学の街に、僕のような者がいるというのも変な話だね」
「俺も似たようなもんです」
見慣れない風景に驚くおじさん。やはりというべきか、こっちの常識とあっちの常識には大きな差があるらしい。以前母さんと父さんがやって来た時も、似たような反応をしていた。
「さっきも言いましたけど、とりあえず俺は学校行って授業受けなきゃいけないんで。話を聞くのは昼休みまで待ってください」
「ああ、それはわかってるよ。……ところで、少し気になることがあるんだけど」
「なんですか」
「君は学校に向かっているんだね?」
「そりゃあもちろん」
「その割には、周りに他の子供の姿が見えないんだが……どうしてだい?」
「………」
あたりを見回す。
確かに、俺以外に学生服を着た人間はひとりも見当たらない。別に裏路地を通っているわけでもないのに、おかしな話だ。さっき『閑散とした』なんて表現を自分で使っておきながら、今になってようやくそれに気づいた。
今日は月曜日。普通に学校はある。となると、考えられる線としては……
「うわっ……そうか。さっきいろいろ話してたからその分遅れてるんだ」
左手首に巻いた腕時計を確認すると、すでに始業時間まであと5分になっていた。登校中に隣にいるおじさんと出会い、話し込んでしまったのが原因だろう。
なぜ今の今まで遅刻の2文字が頭をよぎらなかったのか。昔親にも言われたことがあるが、やっぱり俺はどこか抜けているらしい。
「まあ、過ぎたことをぐちぐち言っても仕方がない」
ひとしきり後悔したものの、それで事態が好転するわけでもない。ここはすっぱり気持ちを切り替えることにした。
「どうせ遅刻するならゆっくり行こう。間に合わないのに急いでも損だし」
「そういうの、よくないと思うよ。日ごろ自分に甘くしてるとどんどんそれがエスカレートしてドツボにはまってしまうからね。あとで頑張ろうとした時には、もう手遅れになることだってある」
切り替えようとした矢先、すごく心に突き刺さるお言葉をいただいた。
「……なんか、めっちゃ心のこもったセリフですね」
「年上からのアドバイスだよ」
眼鏡をクイッとさせながらどこか遠くを見つめるおじさんの姿には、どことなく哀愁を感じさせるものがあった。朝日にキラリと照らされた白髪が、さらに寂しさをかき立てる。
「素直に聞くことにします」
駆け出した俺が目指す場所は、第7学区に校舎を構える学校。名を、柵川中学という。
*
「でさー。朝の占いによると、今日は衝撃的な出会いがあるんだって」
「衝撃的な出会いですか? それっていい意味にも悪い意味にもとれますね」
朝のホームルーム前の教室では、多くの生徒たちが各々おしゃべりに興じていた。
それは佐天涙子も例外ではなく、前の席に座る初春飾利と他愛のない話で盛り上がっていた。
「絶対いい意味だよ。あたしの星座1位だったし」
「なるほど。素敵な出会いがあるといいですね」
一口に出会いと言ってもいろいろある、と佐天は思う。人かもしれないし、もしかしたら犬や猫といった動物の可能性もある。あるいは――
すでに花が散ってしまった校庭の桜の木に目をやりながらあれこれ考えているうちに、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
クラス担任である大圄先生が教室に入ってきて、立っていた生徒たちもぞろぞろと自分たちの席に戻る。
なんとなくその様子を眺めていた佐天は、いまだに主がいない席がひとつだけあるのを発見した。
「三上くん、来てないんだ」
彼女がこの柵川中学に入学してから、もうじき1ヶ月が経つ。その間に、クラスメイトの顔と名前は全員分頭に入っていた。
「すいません、遅れました! はあ、はあ……」
果たして欠席か遅刻か、などと彼女が考えていると、ガラリと開いた教室の戸から当の本人が駆け込んできた。息を切らして咳き込んでいるあたり、全力で走って来たものの惜しくも間に合わなかったといったところだろうか。
「あれ」
大圄に注意を受ける三上の背後に、佐天の見知らぬ男性が立っている。教師か事務員にあんな人いただろうか、と記憶を掘り起こすが、彼と一致する顔は出てこなかった。
「すみませんでした」
注意といっても本当に短いもので、すぐに解放された三上はそのまま自分の席に向かう。
そして、なぜか後ろにいた眼鏡の男も彼について行く。
「え?」
大圄はその男性に目もくれず、朝の連絡事項を話し始めた。呆気にとられた佐天は周囲の様子をうかがうが、誰もリアクションをとっていない。
「初春、初春」
「なんですか?」
「あの……あれなんだけどさ」
席に着いて鞄の中身を取り出している三上の隣で黒板を眺める男。彼を指さしながら、佐天は初春に意見を求める。
「あれって……三上さんですか? 完全に息があがってますし、ここまで一生懸命走って来たみたいですね」
「いや、あたしが言ってるのはそっちじゃなくて。隣に立ってる眼鏡の人のほう」
「眼鏡……?」
どういうわけかきょとんとする初春。三上のいる廊下側の席と佐天とを交互に見た後、彼女は首をかしげて尋ねてくる。
「あの、佐天さんは誰のことを言っているんでしょうか。今立ってるのは大圄先生だけですし、その先生は教壇にいますし」
「え? いやいや、いるでしょ。三上くんのすぐそばに」
「……もう、あんまりからかっていると私も怒りますよ?」
むっと顔をしかめて、初春は視線を教壇へ戻してしまう。
「え? え?」
――わけがわからない。
初春や他の人の反応を見る限り、彼女たちには本当にあの男が見えていないのだ。彼の姿を認識しているのは、佐天自身と、時折彼に目配せをしている三上のみ。
いったいどういうことなのかと考えるも、納得のいく答えが出るはずもない。何かステルス系の能力を使っているのかとも推測したが、それでは佐天に姿が見える理由を説明できない。彼女はれっきとした
「………」
とにかく、このまま放っていては気になって仕方がない。
タイミングを見計らって、三上か男性のどちらかに話しかけてみるしかない。席が教室の両端に位置するため、どうやっても授業中に尋ねられないのがもどかしい。
*
休み時間になるたび、三上は友人数人と仲良く会話を楽しんでいた。
普段話さない相手ともあって、佐天がなかなか声をかけられないうちに迎えた昼休み。
「三上、昼飯行こうぜ」
「悪い。ちょっと用事があるから、今日は遠慮しとく」
友達からの昼食の誘いを断り、三上が教室をあとにした。例の男も一緒である。
チャンスだと思った佐天は、見失わないうちにと急いで席を立つ。
「佐天さん? どうしたんですかいきなり」
「ごめん初春、お昼先に食べといて!」
勢いよく廊下に飛び出した彼女は、階段へ向かう2人の姿を見つける。ばれないように適度に距離をとりつつ、尾行を開始した。
「屋上……?」
外へつながる扉を開け、屋上へ足を踏み入れる三上たち。ばたんと扉が閉まってから少し間を空けた後、佐天も同様にして外へ出た。
「ここに来たの、初めてだ」
屋上へ入ることは特に禁止されていないものの、来る機会がなかった。
きょろきょろとあたりを見渡すと、手すりにもたれかかって向こうを見ている三上と、そんな彼に視線を向けた眼鏡の男の姿が目に入った。
ゆっくり近づいていくにつれ、彼らの会話の内容が耳に入ってくる。
「なんか申し訳ないっすね。退屈な授業につき合わせちゃって」
「いやいや、久しぶりに受けるとなかなか面白いものだよ。昔を思い出して懐かしかったなあ」
「ならいいんですけど……とりあえず、ここまでの事情を聞かせてくれませんか」
そう言いながら、三上はくるりと体の向きを変えた。
「ん?」
そして、ばっちり佐天と目が合う。隣の男も彼の様子で彼女の存在に気づいたらしく、同じくこちらに視線を向けてくる。
「え、えーと……こんにちは、三上くん」
何を言えばいいのかわからず、とりあえず挨拶する佐天。時間稼ぎ以外の何ものでもなかった。
「ああ……確か、佐天さん、だよな」
「う、うん。覚えててくれたんだ、あたしのこと」
「そりゃまあ、同じクラスだし」
そこで会話が止まってしまう。
三上の方は、なぜ彼女がここに? と困惑していることがうかがえる表情をしていた。
「えっと」
どの道、このままでは話が先に進まない。一度呼吸を整えてから、佐天は直球勝負とばかりに核心を突く質問を投げかけた。
「そこの男の人、誰なの?」
その言葉を口にした途端、三上の顔が驚きに染まる。まるで、彼女がそう言ったことが信じられないかのように。
「僕のこと?」
「あ、はい。そうです」
眼鏡の男が自分を指さしながらそう言ってきたので、彼女はこくりと首を縦に振った。近くで見たところ、彼女の父親と同年代くらいだと思われる。
「佐天さん」
「なに、三上くん」
「そのおじさんのこと、見えるのか?」
「え? だって、ここにいるんだから見えるに決まってるじゃん。なのにみんな見えてないみたいで……どういうことなの?」
ほとんどの人間が彼を認識できない理由。それを確かめるために、彼女はここにやって来たのだ。
「あー……その、だな」
難しい顔で何やら言葉を探している様子の三上。彼にとって、佐天に男の姿を見られたのは予想外の出来事のようだ。
「佐天さん、霊感とか強かったりするか?」
「霊感? 特に強いとか弱いとか感じたことはないけど」
「そうか……」
なぜここで唐突に霊感の話題が出たのか。
三上の言葉の意味を考えた佐天は……ひとつの、あまり気持ちのよくない仮説にたどりついた。
「いや、でも」
しかし、ここは科学の街である学園都市だ。そのど真ん中で、そんなオカルト全開な現象が起きるなんて――
「この人、幽霊なんだ」
「どうも、幽霊だそうです」
「………」
彼女の淡い期待は、2人の言葉によってあっさりと砕け散った。
「……本当に?」
「本当だ。嘘だと思うなら触ってみればいい」
三上に言われ、おそるおそる眼鏡の男の腕に手を伸ばす佐天。
「ねえ。すり抜けてるんだけど」
「だって幽霊だし」
「はは、なんだか妙な気分だね。触られてるはずなのに触られてない。やっぱり僕は死んでしまっているみたいだね」
感慨深げにうなずく男をよそに、佐天は体中に冷や汗が流れているのを自覚していた。
「ほ、ホログラムとか」
「それだと他のみんなに見えない理由が説明できないだろ」
苦し紛れの抵抗も、間髪入れずに突っ込まれてしまう。
「……幽霊?」
「そう、幽霊」
「そっか。幽霊なんだ」
これ以上否定しようがなくなったところで、ようやく佐天は彼の説明を受け入れた。
「えええええっ!?」
受け入れた瞬間、驚きやら何やらの感情が爆発した。
「幽霊!? 幽霊って、なんで!?」
突然の大声に面食らっている三上に詰め寄る佐天。都市伝説を調べるのがひそかな趣味とはいえ、間近で本物の幽霊に出会ったりなどすれば混乱するのが当然である。
「簡単に言うとだな……俺の能力なんだ」
「え?」
「霊魂を呼び寄せて人の形にしてしまう。それが、俺が能力開発で手に入れた力だ」
三上が告げた事実に、今度こそ彼女は言葉を失った。
はじめまして。キラと申します。このサイトで禁書の二次に挑戦するのは初めてですが、拙いなりにも頑張っていくつもりです。
基本は主人公の一人称ですが、最序盤のみ佐天さん視点で描いています。
次回は明日投稿予定なので、また読んでいただけるとうれしいです。