「藤宮さん、メロンソーダ好きなんですか?」
「はい。甘くてしゅわしゅわするのが好きなんですっ」
しゅわしゅわだって。なんてかわいらしい言葉遣いなんだろうか。
すごく幸せそうに飲むので、こっちもつられて思わず顔がほころびそうになる。
「どうだい、僕の娘はかわいいだろう」
自慢げに語る佐城さん。全力で肯定します。
「どうしたんですか? 急に首をぶんぶん振って」
「いえ、なんでもないです。衝動的に首の体操をしたくなっただけなので」
「首の体操ですか? それなら、縦だけじゃなく横の動きも混ぜた方がいいらしいですよ?」
お手本を見せます、と言って首のストレッチを始める藤宮さん。首をぐるりと回している姿がなんとなくエロく見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「ほら、やってみてください」
「えっと……こんな感じ、ですかね」
「そうそう、上手です。1回で覚えるなんてすごいです」
「そ、そうですか? あははー」
褒められてしまった。照れる。
「ごほんっ! 三上くん。申し訳ないんだけど、そろそろ話を先に進めてほしいな」
デレデレしているとお父さんに睨まれてしまった。あまり時間をかけるのも藤宮さんに悪いし、そろそろ本題に入ることにしよう。
「常盤台って、学舎の園の外側と内側の両方に寮があるんですよね。藤宮さんはどっちに住んでるんですか?」
「私は内側の方ですねー。白井さんは外に住んでいますけど」
「寮生活とか、どんな感じですか? 常盤台って俺にとっては雲の上の存在で、何やってるのか全然想像できないんですよね」
できるだけ自然な流れで話題をくり出す。藤宮さんが元気に学園生活を送れているか、悩み事はないか……佐城さんが知りたいのはこのあたりだろう。
「基本的に他の学校と変わらないと思いますよ?」
「でも、食事とか豪華だったりするんじゃ」
「あっ、それはありますね。初めて見た時はびっくりしました。小学校の給食と全然違うー! って。皆さん食事のマナーもいいですし」
「さすがお嬢様学校って感じですね」
俺の住んでる寮なんかは、まず寮食自体が存在しないし。
「不満があるとすれば、ちょっと規則に厳しいところです」
「ああ、確かにその辺はしっかりしてそう」
「しっかりしすぎだって文句を言う人も多いですよ。私も、外出時の服装を制服に限定しているのはどうかと思います」
「え、私服着ちゃ駄目なんですか」
それは知らなかった。女子なんだからオシャレもしたいだろうに。
「制服もかわいいですけど、もっとフリフリした服も着たいです」
私服姿の藤宮さんか……見てみたいなあ。
「こんな感じの答えですけど、参考になりましたか?」
「十分です。藤宮さんはフリフリの服が好きなんですね、とても参考になりました」
「お役に立ててよかったです」
有益な情報を手に入れることができたな。
「参考にするところがおかしいと思うんだが……麗華も、そこは容赦なくツッコんでいいんだよ?」
ぶつぶつと文句が聞こえてくるが、今は気にせず話を進めよう。
「常盤台に入って2年目ですよね。ここを選んでよかったーって感じですか?」
「そうですねー……多分、その通りだと思います。授業も有意義ですし、先生やお友達も優しい方ばかりなので。毎日が楽しいです」
「それは何よりですね」
はにかみながら答える藤宮さんを見る限り、生活に問題とかはなさそうだ。
ちらっと佐城さんの様子をうかがうと、微笑みながら何度も小さく頷いていた。4年間会えなかった一人娘が元気に暮らしていることがわかって、ほっと胸をなでおろしていることだろう。
「それじゃあ、特に大きな悩み事とかもないんですね」
最後に確認の意味合いで聞いてみる。これで『はい』と答えてもらえれば、俺の役目も終わりだ。
「……そう、ですね」
返ってきたのは、俺が望んだ通りの肯定の言葉。
でも、どこか引っかかりを感じさせる言い方だった。一瞬だけ、顔も曇っていたように見えた。
「何かあったんですか」
藤宮さんは、何かを隠そうとしている。少なくとも、俺に話すような内容のことではないんだと思う。
ただ、俺の隣には彼女の父親がいるわけで。失礼になるかもしれないとわかっていても、追及することを選ぶしかない。
「……三上さんは、
「そんな都合のいい能力は持っていません。でも、気になったから」
俺にあるのは、幽霊と会話するという突飛な能力だけだ。
けど、今までいろんな幽霊と接してきたからか、少しだけ人の顔色をうかがうのが得意なのかもしれない。
「初めて会った人に話すようなことではないですよ?」
「俺に遠慮してるんなら、気にしなくて大丈夫です。役に立てることかどうかはわかりませんけど、誰かに話すだけでも楽になることってありますし」
ただ単純に、俺が悩みを聞くだけの信用をもらえていないということなら、諦めるしかないが。果たしてどうだろうか。
「……かも、しれませんね」
目を伏せていた藤宮さんが、ゆっくりと俺に視線を向ける。話すつもりになってくれたようだ。
「最近、起きたことなんですけど」
緊張して次の言葉を待つ。俺以上にどきどきしているであろう佐城さんも、藤宮さんを見守っていた。
「先日、父が亡くなったらしくて」
「………っ!」
俺たちふたりは、同時に息をのんだ。
「父と母は、4年と少し前に離婚しているんです。その時母方に引き取られて、学園都市の学校に通うことになって以来、会ってはいなかったんですけど……昨日、お母さんから電話があって」
それは、彼女に関して俺が最初に知ったこと。父親を失っているという事実。
「まだ40歳だったのに、交通事故で……私、そんなこと全然考えていませんでした。こんな早くに死んでしまうなんて。いつか、お母さんに許してもらえた時に会いに行こうと思っていたのに」
一度口を開けば、あとは感情がこぼれるように言葉が次々とあふれ出す。
「能力だって見せてあげたかった。お父さん子供っぽいところあるから、喜んでくれたに違いないのに」
後悔を語る藤宮さんの瞳には、涙が浮かんでいた。俺はただ、それを見ることしかできない。
「会いたいよ……」
その一言には、どれだけの想いが込められていたのだろうか。理解できる人間がいるとするなら、それは彼女をよく知る人に違いない。
そして、その人は俺のすぐそばにいた。
「麗華……!」
佐城さんが手を伸ばす。これ以上、こらえ切れなくなったのだろう。
でも、届かない。どれだけ触れようとしても、その手は藤宮さんの体をすり抜けてしまう。
「知らなかった。麗華が、ここまで僕のことを想ってくれていたなんて……」
俺も、気づくべきだった。
4年会っていないとはいえ、実の父親が死んだと聞かされて、果たして悲しまずにいられるだろうか。もし俺が同じ立場にいるとしたら、平気でいられるだろうか。
そう問われたら、ノーとは決して言えない。
「麗華の心の傷は、僕のせいでできたものじゃないか」
ただただ、どうしようもなかった。
「ぐすっ……すみません。取り乱してしまって。えへへ、お友達になったばかりなのに、お見苦しい姿を見せてしまいました」
言ってあげたかった。あなたの求める人は、あなたの目の前にいますと。
でも言えない。信じてもらえるはずがない。たちの悪い冗談はやめてくださいと怒られるに決まっている。
それが俺の能力の限界。
佐城さんの姿を見せることはできない。声を聞かせることもできない。存在を感じさせることすら、できない。
この場で俺ができることは、何もないのだ。
「いえ、気にしないでください。俺から聞いたことなんですから。辛い話をさせてしまって、すみません」
でも、あくまでそれは『この場』における話だ。
たとえこんな半端な能力しか持っていないとしても、俺にはまだやれることがある。
*
その日の夜、俺は佐天さんに携帯で結果報告を行った。
『そっか。まだ全部解決ってわけじゃないんだね』
「ああ。とりあえず電話番号交換しといたから、また会うことはできそうだけど」
具体的な内容は伏せて、彼女に悩みがあるということだけを伝える。
「悪い。せっかく協力してくれてるのに、詳しい事情を話せなくて」
『藤宮さんのプライベートの問題だもん。仕方ないよ』
佐天さんは追及することなく、俺の半端な説明を素直に受け入れてくれた。本当にありがたい。
「それで、ちょっと話は変わるんだが」
『ん、なに?』
「藤宮さんみたいな女子に贈り物するとしたら、どんなのがいいのかな」
『……はい?』
「いやーその、親交のしるしにプレゼントでも、と」
急な話題転換についていけないのか、電話口の向こうにいる佐天さんは戸惑っているようだった。
『お昼の様子見て、まさかとは思ってたけど……本当に一目惚れしちゃったの?』
「まだわからないけど、もしかしたら嘘から出た誠になるかも」
『は、はあ……まあ、確かにかわいかったもんね。でもあたし、藤宮さんのことほとんど知らないよ?』
「それでもいいんだ。同年代の女子の意見が聞ければ十分だから」
*
「藤宮」
日曜日の朝。藤宮麗華が寮の部屋で授業の復習をしていると、ノックとともに寮監の声が聞こえてきた。
「はい、なんですか」
「お届け物だ。受け取りなさい」
そこそこの大きさな段ボール箱を手渡される。用事はそれだけだったようで、寮監は部屋を去った。
「何かしら」
特に宅配便を頼んでいた記憶もなかった麗華は、とりあえず差出人の名前を確認する。
「……え?」
伝票に書かれていた名前を見て、一瞬思考が止まる。
「佐城、康治……?」
記されていたのは、彼女のよく知る人物の名前。だが同時に、ありえないはずの名前だった。
「何が入っているの?」
ルームメイトは出かけている。今この部屋には、麗華ひとりしかいない。
とりあえず、中を確かめてみなければ。そう思い、彼女は段ボール箱の封を開けた。
「これは……」
中に入っていたのは、何かを包んだ包装紙と、一通の封筒だった。
麗華が先に手を取ったのは、封筒の方。中身を見ると、文字がびっしり詰まった紙が一枚あった。手書きではないので、パソコンか何かを使ったらしい。
「………」
手紙を持つ手が震えていることを自覚しながら、麗華は文章に目を通す。
『久しぶりだね、麗華。配達日指定したんだけど、この手紙、ちゃんと君の誕生日に届いているかな』
ハッとして壁にかかったカレンダーを見る麗華。父が死んだというしらせを聞いたショックですっかり忘れていたが、確かに今日は彼女の誕生日だった。
『こうして文章を考えている間にも、君と過ごした日々の思い出がどんどんよみがえるよ。一緒に公園に行って肩車をせがまれたり、転んでわんわん泣かれたり。おねしょを恥ずかしがるようになったのは何歳の時だったかな』
そこから数行の間、彼女が幼かった頃の出来事がつづられていた。
「お父さんだ……!」
彼女と彼女の父親しか知らない事実が、そこには確かに書かれていた。この宅配便は、彼が亡くなる前に発送したものだ――彼女はそう確信した。
『誕生日プレゼントを一緒に入れています。喜んでもらえると、父さんうれしいな』
包装紙を取り払うと、かわいらしいくまのぬいぐるみが姿を現した。麗華の好みのデザインをしている。
『母さんに会うことを禁止されているから、本当はこうして手紙を書くのもよくないんだけどね。でも、麗華と離れてから5度目の誕生日、どうしても祝ってあげたくなったんだ』
彼女の両親が離婚したのは、4年前の2月のこと。あの日のことを、彼女は今でも鮮明に覚えている。
『学校は楽しいかい? 友達はたくさんいるかい? いじめられたりしてないかい? 気になることはいくらでもあるよ』
娘を心配する気持ちが伝わってくる文章が、ずらずらと並んでいる。それらの一文字一文字を、麗華は噛みしめるように読んでいく。
『麗華が元気に生きていくこと。それが今の僕の一番の望みです』
両手の震えが、次第に大きくなってくる。
『まだ君は中学生だ。そういう時期に、一緒にいられなくて本当にごめん。母さんにも、すまないと言っておいてくれ』
手紙の内容は、終盤にさしかかっていた。
『何か困ったことがあったら、母さんや先生、友達を頼るといい。きっと力になってくれるはずだ』
ゆっくり、ゆっくりと、終わりに近づいてく父からのメッセージ。
『最後に一言。月並みで使い古された言葉だけど、言わせてほしい』
最後の1行に、彼女は視線を移す。
『麗華、大好きだよ。愛している』
その瞬間、こらえきれなかったものが彼女の目からあふれ出した。
「お父さん、お父さん……っ!」
ぽつぽつと水滴が落ち、手紙が濡れていく。しかし、麗華にそれを止める術はなかった。
ルームメイトが戻って来るまでの間、彼女はただ、涙を流し続けたのだった。
*
「そうですか、お父さんから手紙が」
『いろいろなことが書いてありました。昔を思い出して悲しくもなりましたけど……でも、それ以上にうれしかったです』
日曜日の夜。電話をかけてきた藤宮さんの言葉に、俺と佐城さんは一緒に耳を傾けていた。ハンズフリー機能を使って、部屋に彼女の声が響くようにさせてもらっている。
「よかったですね」
『はいっ。最後にお父さんの気持ちを知ることができました。ありがとうって言いたいです』
他人名義(しかも故人の)で宅配を頼む時はどきどきしたが、無事に届いたようでなによりだ。藤宮さんの誕生日が近かったこともあって、配達日を指定したことにうまく理由がつけられたのも助かった。
『これで私も、ちゃんと前を向くことができます』
姿を見せられなくても、声を聞かせられなくても、言葉を伝えることならできる。佐城さんが考えた手紙の文面を、俺がパソコンに打ち込んで形にすればいいだけだ。
『あ、もうこんな時間。それじゃあ、そろそろ失礼しますね』
「はい」
その後世間話をしていたら、いつの間にかいい時間になっていた。
『おやすみなさい』
「おやすみなさい」
通話終了のボタンを押してから、俺は隣に座る佐城さんに話しかける。
「うまくいったみたいですね」
「正直不安だったよ。手紙を送ったら、僕とのことを余計に思い出させてしまって、悲しませてしまうだけなんじゃないかって。でも、よかった」
確かに藤宮さんは悲しいと言っていた。でも、それ以上にうれしいとも言っていた。わざわざ俺に教えるくらいなんだから、その言葉が心からのものであることは疑いようもないだろう。
「本当に、よかった」
「俺も頑張ったかいがありましたよ」
「ありがとう、三上くん。君のおかげだ。言葉にできないくらい、感謝しているよ。もちろん佐天さんや、君と麗華を会わせてくれた子たちにも」
深く頭を下げる佐城さん。なんだか照れくさくて、俺はそっぽを向いてしまった。
「これでもう、思い残すことはないかな」
しんみりした空気は、好きじゃない。
「佐城さん。別にお礼を要求するってわけじゃないんですけど、よかったら藤宮さんの好みとか教えてもらえないかなー、なんて」
話題とともに雰囲気を変えるという意図もこめて、俺は振り向きながらそう尋ねた。
……でも、そこには誰もいなかった。
さっきまで確かに座っていたはずの佐城さんの姿は、どこにもない。ただ忽然と、消えてしまっていた。
気配もない。彼の存在を示すものは、何も感じられない。
「……余韻ってものがないんだからなあ」
幽霊っていうのはいつもこうだから困る。自分が満足したら、すぐにいなくなってしまうのだ。残されるこっちの気持ちも考えてほしい。
「ま、いいか」
佐城さんは、未練を断ち切って成仏することができたんだと思う。手伝った立場の人間としては、それだけで十分だ。……もう慣れたしな。
「寝よう」
すでに歯も磨いているので、そのままベッドに潜りこむ。
今夜はよく眠れそうだ。そんなことを思いながら、俺はゆっくりと目蓋を閉じた。