今回から新しいお話がスタートします。
ジリジリジリと鳴り響くめざまし時計。
「んん……むぅ」
自分でもよくわからないうなり声を出しながら、ベッドの上で半身を起こす。
「眠い。もっと寝たい」
めざましを止めた俺は、どこに向けてのものかも定かでない愚痴をこぼしながらも立ち上がる。ここでうっかり二度寝などしてしまえば1時間は意識が戻らないだろう。そうなったら遅刻確定だ。
「う~ん」
華のゴールデンウィークも終わって、2ヶ月以上先まで祝日のない日々が続いている。今日ももちろん学校はある。非常にだるい。
本来、俺は朝に弱いタイプじゃない。ただ、今朝に限っては何度も寝ぼけ眼をこすってしまっていた。
その原因は、現在机の上に積み重ねられている漫画の山。友達から借りたそれらを読破しようとしたために、ついつい夜中の2時まで起きてしまっていたのである。ひとり暮らしだと夜更かしを咎める人もいないから、自制をきかせられない人間はこうなるのだ。
「忘れないうちに鞄に入れとくか」
読み終わった漫画を返す準備を整えてから、俺は洗面所に向かって顔を洗った。……うん、だいぶスッキリ。
目が冴えたところで朝食と弁当の用意にとりかかる。といっても手間がかかるものではない。朝食は食パン+ベーコンエッグですませ、弁当には白ご飯と冷凍食品を詰め込むだけ。
「………」
テレビをつけて、ニュース番組をBGMにしてパンをかじる。……うん、やっぱり食パンは5枚切りが至高の厚さだ。
「しかし、味気ない」
朝ご飯の味が、ではなく、この雰囲気そのものが、である。
たいして手の込んでいない飯を作り、ひとりでそれを食べる。今に始まったことではないが、やっぱりもう少しなんとかならんものかと思う。
せめて誰か話し相手でもいればな。それこそ生きた人間でなくてもかまわないんだが。
「っと、いかんいかん」
こういうことを言ってると、本当にそういったものを呼び寄せてしまうかもしれない。能力のコントロールができない以上、今この瞬間に霊魂を実体化させたっておかしくないのだ。
ひとり暮らしなんだからひとりで飯食うのは当たり前だと考え直し、気を紛らすためにテレビに視線をやった。
『続いてはスポーツのコーナー。まずはプロ野球からです』
ちょうど興味を持てる分野のニュースが始まったところだった。スポーツに関しては、やるのも見るのもそこそこ好きだ。
*
仕度を終えた俺は、最後に時間に余裕のあることを確認してから玄関を出た。
「お」
俺が玄関のドアを開けるのとほぼ同時に、隣の部屋のドアも動いた。中から出てきたのは、俺と同じ制服を着た男子学生。
「おっす理人」
「侑生か。今日は同じ時間だったようだな」
「一緒に行くか」
「いいだろう」
堅苦しいというかなんというか、大人みたいなしゃべり方をするのがこいつの特徴のひとつ。それに見合って、学校での成績もトップクラスにいい。
「侑生。少しは能力開発で進歩が見られたか?」
「1ヶ月かそこらで簡単に変わったりしないだろ。入学した時と変わらず、火も起こせないし風も吹かせられない」
「ふん、努力が足りないのではないか? 僕はすでに発火系の
「マジか」
「無能力者の君には想像できない領域かもしれないがな」
本当のことを言えば、俺にだって能力はちゃんと発現している。が、珍妙なものなので説明しても嘘だと思われるだろうし、最悪気でも触れたのかと言われるまでありえる。
「もっと励むことだな」
「へーい」
ちょっとイラッときたが、いつものことなので怒ったりはせずに流した。
学業優秀、能力も強力なのだが、こうやって上から目線で他人を小馬鹿にするのが理人の悪い癖だ。
「ところで理人。今日の数学の宿題、お前のクラスも俺のクラスも同じところだったよな」
「む、そうなのか? 他のクラスのことは把握していないが」
「同じなんだよ。で、俺はその宿題にまったく手をつけていないわけだ。数学は2時間目なのに」
「ほう」
漫画に夢中ですっかり忘れていて、宿題の存在に気づいたのは今朝のことだった。
「そこでお前に頼みがある。と、ここまで言えばわかるな」
「……仕方のないやつだな」
ほら、と鞄から取り出したノートを突き出す理人。表紙には『数学』と書かれている。
「サンキュー。やっぱり持つべき者は賢い友人だ」
「調子のいいやつめ」
たまに言動が不愉快なのは事実だが、頼まれたら断れないタイプでもある理人。きっと根は悪いやつではないのだろう。そう思うからこそ、俺は結構こいつと仲良くしている。隣に住んでいようが、気に食わなければ一緒に登校なんてしない。
「しっかりと問題の考え方から答えにいたるまでをまとめたノートだ。きっちり読み込むことだな」
「この解答長いな。1行飛ばしで写してとっとと答えまで書くか」
「おい! 僕の華麗な答案を省略するな!」
「いや、だって時間ないし」
というか、丸々写したら写したで先生に他人のノートを借りたと疑われる危険性が高まる。違うクラスとはいえ、気をつけるにこしたことはない。
「お前のクラス、数学は3時間目だよな。それまでには返すから」
「ああ。くれぐれも汚したり破いたりするなよ」
これでひとまず問題は解決だな。安心して登校できる。
*
数学の授業が終わり、先生が生徒から回収したノートを持って教室を出て行った。
「ふう」
今日の山場は越えたな。理人のおかげで、なんとか宿題を間に合わせることができた。
さて、忘れないうちにノートを返しに行くとしよう。
「三上くん」
席から立とうとした瞬間、背後から声をかけられた。
「あ、佐天さん」
「さっきの授業中、こっそりノート写してたでしょ」
にやにやと笑いながら話しかけてきたのは、先日の一件で友達になった佐天涙子さん。どうやら俺の内職はバッチリ見られていたらしい。
「休み時間だけじゃ間に合わなくてな。先生にばれずに提出できればこっちのもんだ」
「おお、悪い顔してるねえ。卑怯さがあふれ出てるよ」
「切れ者って感じがするだろ?」
「いや、どっちかっていうと序盤でやられる小悪党みたいね」
「失礼な。こんな2枚目役者を捕まえておいて」
「顔は関係ないと思うんだけどなあ……そういえば、なんで美男子のことを2枚目って言うんだっけ?」
腕を組んで考え込む佐天さん。俺の顔がきれいかどうかについてはツッコまないらしい。
「確か、昔の歌舞伎が由来だったはずだ。芝居小屋に看板を8枚貼り出すんだが、1枚目に主役、2枚目に美男子役の名前を書いてたことからきているらしい」
「へえ、そうなんだ」
納得したようにうなずき、佐天さんは眉間にしわを寄せていたのを元に戻した。
「あ、そうだ。話は変わるんだけどさ」
「おう」
なぜか彼女の声が小さくなる。何か内緒話でも始めるつもりなのだろうか。
「三上くんの能力ってさ、まだ名前決まってないんだよね?」
「ああ。前に言った通り、そもそもちゃんと認識されてないからな」
「じゃあさ、今から名前付けない?」
「え?」
彼女のしてきた提案は、俺の予想外のものだった。
「せっかくのオンリーワンな能力なんだしさ、かっこいい名前があった方がよくないかな」
「……そうか? でも特にこれといったのは思いつかないしなあ」
ちょっと考えてみたが、ぴったり合いそうな名前は浮かんでこなかった。佐天さんの様子をうかがうと、向こうも向こうで悩んでいた。どうやら具体的な名称までは用意していないようだ。
「あ、ひとつ思いついた」
「なんだ?」
「ゴーストスイーパーとかどうかな」
「スイープしてどうすんだ」
どちらからもいい案が出てこないので、このことはいったん保留にして話題を変えることにした。
しかし、何か忘れているような。
「侑生!」
その時、怒りを含んだ声とともに教室に生徒が入って来た。そいつの顔を見て、俺は忘れていたことが何かを思い出す。
「すまん理人。返しに行くの忘れてた。ちょっと話しこんじゃってて」
「まったく。僕が早めに取りに来たからいいようなものの、間に合わなかったらどう責任をとるつもりだったんだ」
「家にある使い捨てカイロで」
「これから暑くなる一方なのにカイロがなんの役に立つ!?」
仲良く友人らしい会話をしながら、俺は理人のノートを持ち主に手渡した。
「本当に君というやつは……」
「ご、ごめんね? あたしが三上くん引き止めてたせいで」
ぶつぶつと文句を言う理人に対して、佐天さんが申し訳なさそうに謝る。悪いのは100パーセント俺だから、そんなこと言わなくてもいいのに。
「俺の責任なんだから、佐天さんが謝ることじゃ――」
ない、と言い切る前に、俺は思わず口の動きを止めてしまった。
佐天さんの言葉に反応して彼女の方に視線を向けた理人が、その体勢のまま微動だにしないのだ。変わっているところと言えば、徐々に顔色が赤くなっていることくらいだ。
「お、おい、理人?」
「そ、そそそそうだ! あ、あなたに謝ってもらう必要はななない!」
やっとしゃべったかと思ったら、めちゃくちゃどもっていた。
「で、では侑生、僕はこれで失礼する」
「お、おう。本当、ごめんな」
「もういい。次は気をつけろ」
回れ右をして教室を出ていく理人。が、動きがどうにもぎこちなかった。
「………」
「三上くん。あたし、何かまずいこと言っちゃったかな」
「いや、そういうわけじゃないと思うが」
あいつって、女子と話すの苦手だったか? 仮に苦手だったとして、あそこまで取り乱したところを見たことがあったっけか。
「変なやつだな」
ま、ちゃんとノートは返せたし大丈夫だな。
*
佐城康治さんがいなくなってから、半月ほど経った。あれ以来、新しい幽霊の姿は目にしていない。
こうして普通の日々を送っていると、自分に宿った能力のことを忘れてしまいそうになる。
ただ、それは大きな勘違いだ。俺には他の人にはない(と思われる)けったいな力があって、しかもそれを制御しきれていない。これはれっきとした事実なのだ。
それを証明するかのような出来事は、翌朝、土曜日に起きた。
「ん……?」
ベッドで眠っていた俺が意識を覚醒させたのは、妙な感覚に襲われたからだった。この家には俺しかいないはずなのに、まるでそばに誰かがいるような……。
そこまで考えて、俺はひとつの答えにたどり着いた。簡単なことだ、また幽霊を呼び寄せてしまったんだ。
閉じていた目蓋を開ける。さあ、今回はどんな人の魂を形にしてしまったのか……?
「………え?」
その人の姿を目にした瞬間、俺は言葉を失ってしまった。
「………」
女の子が、驚愕の表情で俺を見つめている。金色の髪が肩まで伸びていて、肌の色は白い。
それ以上に特徴的なのは、左右の瞳の色が違うこと。左目は緑で、右目は青だ。
年齢は……俺と同じか、少し上くらいだろうか。
「……あ、あ」
さて、ここまで自分でも驚くほど冷静に観察ができた。よくもまあ、こうまじまじと見ることができたもんだ。人間、あまりに自分の理解できないことに直面すると逆に落ち着くものなのかもしれない。
寝ている俺の上で四つん這いになっている彼女の、最大の特徴。
「きゃ、きゃあああああっ!!?」
……全裸。素っ裸。すっぽんぽん。
何も服を着ていない彼女は、あられもない姿を俺に見られたことを認識するやいなや、大音量で叫びながら胸を隠してベッドから飛び退いた。
「な、なに、なんなの!? どうなってるの!」
「お、落ちついてください! 俺は悪いやつじゃないですから!」
彼女は幽霊なので、どれだけ叫んでも周囲にその声は届かない。俺の部屋から女の人の絶叫が聞こえてきたからと、隣の理人が押しかけてくる心配はないのだ。
だからとりあえず、ゆっくりでいいから彼女を冷静にしよう。
「思い出してみてください! あなたに何があったのか」
裸を見ないように目を逸らしながら、懸命に呼びかける。
幽霊になっている以上、『死』につながる大きな出来事を経験しているはず。それを思い出せば、自分が現在全裸であるという状況が少しは意識の隅に追いやられるかもしれない。
「………」
数分経って、彼女が無言になった。俺は恐る恐る、体を見ないように、彼女の顔だけが見えるようにちらりと視線を動かしてみる。
今さらながら、自分の顔が熱を帯びていることに気づいた。当たり前だ、母親以外の女の裸なんて見たことなかったんだから。
「わからない」
呆けた表情でつぶやく女の子。そりゃあ、いきなり見知らぬ他人の部屋にいたらわからないことも多いだろう。
「はい。だから、今から事情は説明するので――」
「何も、わからない」
「……え?」
その一言に、とてつもない重みを感じた。
呆けていた顔つきが、次第に恐怖に歪んでいく。
明らかに様子がおかしい。こんな反応、今まで出会ってきた幽霊たちは一度も見せていない。
「わからない。ここはどこなの? 私は……」
まさか、そんな。
「私は、誰なの?」
この人には、生きていた頃の記憶が、ない?
今回は主人公の友人として、ひとりオリキャラを登場させました。原作にいるキャラとしか交流がないというのもおかしいですからね。
そして、記憶喪失+初登場で全裸属性持ちの新キャラも出ました。こう書くとなんかインデックスと被っているような気がしないでもないです。彼女も早々にして服を破壊されていました。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。